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第一話

 ――そして刃が胸へと突き刺さった。

 敵の見下したようにつりあがった口元が、脳にこびりつく。

 自分を殺したあの敵を殺してやりたいと思うが、すでに体は動いてくれなかった。

 これで何度目だろうかとワーウルフは落ちる意識の中で考え続けた。

 迷宮と呼ばれるこの世界でワーウルフは何度も死んだ。死ぬ瞬間にその記憶がよみがえり、生まれ変わればまた何も知らない馬鹿な魔物に逆戻りだ。

 死ぬ瞬間にいくつもの記憶が脳を流れ、新たな体へ転生するまで、死の惨めさを教えられる。

 むかつくシステムだ、とワーウルフは憎しみを持ち続けた。


 しばらくして、ワーウルフは両の足で迷宮に降り立った。

 両足から感じるざらざらとしたひんやりさ。どこか、詰まるような迷宮の空気をワーウルフは懐かしいと感じた。

 ワーウルフは驚いていた。今までの戦いの記憶が残っていることに。

 理由は分からないが、今までと違い、死んだときの記憶が残っていたのだ。

 ワーウルフは喜びのあまり大声で吠えた。雄たけびともとれる声により、人間を呼び寄せてしまう。

 しまったぁ、とワーウルフは大きな口を半開きにする。

 敵は幼さの残る顔をした少年だ。速い動きから繰り出された刃は、子どもとは思えぬほどの速さと正確さを備えている。

 ワーウルフは人型の魔物であり、弱点は人間とほぼ同じだ。迫る刃が首へ襲い掛かり、ワーウルフは咄嗟に左手に持つ長剣で一撃を受ける。力だけならば、ワーウルフのほうが上のようだが不利な体勢のため押し返すことは不可能だった。

 攻撃を逸らしたワーウルフに対して、少年は一撃で仕留められず歯噛みをした。

 逆にワーウルフは、体に残る感覚に小さな感動を覚えていた。

 今までならば、攻撃を受け流すなどという真似はできなかった。知能が限りなくゼロに近いワーウルフならば、力任せに押し切ろうとして、その力を利用されてしまい殺されていただろう。

 何百、何千と殺されたことにより、そのアホのような攻撃は適切ではないと体が判断できたのだ。

「ちっ!」

 甲高い声で少年は舌打ちとともに後退する。ワーウルフはそこへと突っ込もうとして、体を止める。敵の懐に突撃するというのは、つまりカウンターの危険がある。

 少年がわざと距離を開けたのは、カウンターが狙いではなかった。

 記憶の箱がさらに開けていき、少年の目的を理解する。記憶から理解したのは、魔法。少年が放とうとしている魔法は、ウィンドショットだ。

 風の銃弾である。それほど強力ではないが、周囲を切り裂きながら進むことにより、完璧な回避は不可能といえる。

 ならば、とワーウルフは身を低くして最善の一手を導き出して加速する。

 膂力ならば、決して劣ってはいない。爆発的な加速を受けた体に対して、少年は両目を驚愕に見開いている。

 ウィンドショットを放ちながら、少年は横に跳んだ。ワーウルフが対処できたのも、ウィンドショットを喰らった回数が覚えきれないほどだったからだ。

 ワーウルフは敵への攻撃に失敗し、ウィンドショットを腕に浴びた。周囲の風を吸い込み、切れ味を増そうとするそれを無理やり手で多い尽くして魔法を消滅した。

 ウィンドショットが風を吸い込む前に、周囲を覆ってやれば、うまく風が吸収されずに大した威力にならずに掻き消える。記憶から立てた予想はまさに的中だ。

 風を吸い込むための魔力がつき、発動したウィンドショットは手に切り傷をつけるだけだ。痛みなど大して感じないワーウルフにとってこれは傷ではない。跡である。

「魔法を理解しているのか?」

 少年は戸惑いながらも、動くのはやめない。駆け寄り、

 少年が得意なのはスピードを活かした攻撃だろう。

 いらいらが募り初め、ワーウルフの動きが荒れていく。

 ――止まれ! 動きを止めろ!

 ワーウルフの怒りを見て、少年はほくそ笑む。驚かされたが、所詮は魔物だ、と。

 ワーウルフは少年の笑みから、馬鹿にされていることを悟る。

 ――オレを馬鹿にするなっ!

 何度も殺された記憶がよみがえり、怒りが抑えきれない。同時に記憶が放たれ、はっとワーウルフは敵の術中にまんまとはめられてしまったことを理解する。

 落ちつかなかなければ、目の前の敵に集中しなければ……。だが、気づくのが遅かった。

 少年は加速を足に溜めるように、ワーウルフへ正面から突っ込んでくる。

 舐められている。普通の状態ならば、どうにでも対処できただろう。

 だが、体は敵が周囲を回ることに対応しようと、動き始めてしまっている。正面からであるのに、ワーウルフが自ら右回りで敵に隙を見せてしまっている。

 回りそうになる体を必死に止める。何とか止めたが、敵はすでに一歩でも踏み込めば届く。

 それでもワーウルフは死にたくない一身長剣を振るった。少年の体へと何の妨害もなく近づき、敵は気づいていないのでは、と期待が膨らんでいく。

 そんなことなかった。なかったのだ。

 少年にとってその剣は、気にするだけ無駄だったのだ。

 力が全く乗らない長剣は少年に簡単に弾かれてしまった。武器を失ったワーウルフは無我夢中で噛み付こうと口を開く。

 広がる血の味。少年の頭を噛み千切ったわけではなく、ワーウルフ自身のものだった。

 身体が崩れ落ちていく。神経が切れたように両足に力が入らない。

 ――動け! 動けよっ! オレの体だろうがっ!

 命令しても体はだんまりを決め込んでいる。役立たずがっと罵っても下半身は動かない。

「ちょっと……おかしな魔物だったね」

 そういって、少年はワーウルフの顔へと剣を振り下ろした。

 死の間際……ワーウルフは自分の失態を悔い続ける。

 まだ記憶と体が追いついていない。

 ワーウルフは英雄の剣技により体を真っ二つにされたこともある。

 力任せの一撃に砕かれたこともある。

 それらすべてを思い出し、イメージを膨らませていく。それらの剣技を使えるようになるために。

 ワーウルフは記憶を探りながら、目標を打ち立てる。もちろん、少年を殺すことだ。それによって、ワーウルフは力の成長を計ることが出来ると考えた。

 次に目覚めるときまで。ワーウルフは今まで自分を葬ってきた敵の技を思い返すことに専念する。

 殺されるシーンばかりでワーウルフはイラつきながらも、今度は殺す側に立つためにひたすら研究を続けた。

 勝てる可能性が少しでもあることに、ワーウルフはかすかな光を感じていた。

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