表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三国志だと思った?残念!  作者: 龍ヶ崎エタニティ
22/22

一刀、平安の都を散策する

柄にもなく平安京の資料など漁っていたら、妙に時間がかかったりしました。

「一刀、早く早くなのだ」

「そんな急かさなくても、店は逃げたりしないって。だけど、本当に大きいだな、西市って」


ぐいぐいと前に進んでいく鈴々に苦笑を浮かべながら、一刀は自分が足を踏み入れたこの国最大の都━━平安京に二つしかない公認の市場の様子をもの珍しそうに眺めていた。


猪々子の一群と別れた後、一刀たちの旅路はつつがなく進み、合計一月あまりを経て、目的地である平安京へと到着していた。七乃の下準備と平の一門のコネもあって、とある貴族の別宅を宿とし、とりあえず一息ついた一行だったのだが、落ち着くことを知らない鈴々のこと、次の日には朝の早々から一刀を連れ出して、今に至るのであった。


にしても広いよな。平均的な大きさの野球場が丸々4つ納まるほどの大きさの土地に、店々が点在するという現代日本では考えられないような大胆な土地の利用法に、一刀は感心と呆れが半ばするとったような心持ちだった。


もちろん、この広さには相応の理由がある。流通経路を別に設けるという発想が存在しないこの時代において、店の距離を詰めることはすぐさま商品の搬入の難しさに直結するのだ。重い荷物を運ぶのがトラックではなく、牛や馬である以上、何事も余裕のある間隔が求められるのである。


長旅によって牛や馬の有難さが骨身に沁みている一刀はなんとなく、そこら辺は察せないでもなかったのだが、イメージと現実の平安京の落差に未だに心が追い付かず、どうにも点数が辛くなる傾向があるのだった。


「あっ、一刀、あそこに梨が売ってるのだ」


鈴々が指差した方向には、確かにござの上に丸々とした梨がいくつも置かれている店があった。


平安京に置かれた東西の市は、数十人の使用人を抱える貴族の世帯を支えることを目的としたものであるため、個人がふらっと立ち寄って物を買うような場所ではない。しかるべき紹介がなければ、取引そのものをしてくれない店もままある。

とはいえ、そこに見本用とはいえ商品があり、懐の温かい客がいれば、目先の銭を拾おうとする商売人が存在するのも当然の理ではあった。


「おっちゃん、その梨一つくれなのだ」

「お嬢ちゃん、見る目があるねぇ。この梨は遠路はるばる川を下ってこの市までやってきた上物中の上物だよ。ほれっ、一つ食べてみるといい」


一刀の方をちらりと確認した後、店主は無造作に梨を一つとると近寄ってきた鈴々に手渡した。この日の一刀は目立つことを避けるため制服ではなくこの時代の一般的な衣服を身に着けていたが、それを一瞥で支払能力ありと判断するのだから、何とも抜け目のないものであった。


「ありがとうなのだ。だけど、鈴々としては、これじゃなくて、そっちの梨の方が美味しそうだと思うのだ」


鈴々が指差した先にあったのは、彼女が持っているものより一回り小ぶりな梨であった。


「馬鹿いっちゃいけないぜ、お嬢ちゃん。うちの梨はどれだって同じくらい美味しいんだぜ」

「それなら、別にそっちのやつだっていいと思うのだ」


店主は己の額をぽんと叩くと、何とも軽快な音を奏でてみせた。


「こりゃ、一本取られたな。お兄ちゃんも、賢い妹さんをもって安心だ」

「ははっ、ありがとうございます。じゃあ、俺はそっちのお勧めのやつ貰えますか?」

「そうかい?俺としてはお兄ちゃんが、気前良く一籠くらい買ってくれるかと思ったんだがね」

「まだ来たばかりなんで、荷物になるのはちょっと、ね。美味しければ、帰りに買っていってもいいですけど」


一刀の言葉に、店主は内心で小さく舌打ちをした。いかにも誰かに言わされているといった風情の、半ば棒読みに近い台詞ではあったが、そう言われてしまえば、相場を明らかに超えた代金を要求するのは躊躇われる。


瞬時の損得を計算すると、店主はほとんど適正に近い価格を一刀に告げた。米や麦と比べると、梨は商品として扱える時間の短い生ものである。むざむざ売れる機会を逃して、腐りかけた商品を自らの胃に収める可能性を増やすより、あるかないか定かならぬ口約束の可能性に賭けた方がよほど建設的だろうと思ったのだ。


「じゃあ、銭で」

「あいよ」


前もって七乃から貰っていた銭で払い、買った梨を受け取って、店から少し離れたところで、一刀は大きく溜息をついた。


「緊張したぁ。たぶん相場くらいだったと思うけど、七乃さんの”おまじない”のお蔭かな」

「なのだ」

「美味しかったら、お土産にするのもアリか。残ったらジャムにすればいいわけだし」

「なのだ」

「あっ、牛売ってるや。なるほどなぁ、考えてみれば、みんなが野生の牛を追い立てるわけにもいかないか」

「なのだ」


一刀はその女性関係を見れば分かるように人見知りの対極にあるような人格の持ち主だったが、レジに商品を持っていけば物が買えることを疑いもしない現代の日本人でもある。


そんな彼からすれば、梨一つ買うのに、人品そのものを品定めされるような取引の場というのは、かなり精神力を使うものがあった。その反動でかなり饒舌になった一刀であったが、しばらくすると異変に気付いた。いつもなら溌剌と返ってくるはずの鈴々の言葉が、先ほどから”なのだ”ばかりなのである。


「えっと、鈴々。俺、何か悪いことしたかな?」

「━━鈴々は、妹じゃないのだ」


往来で立ち止まり、口を尖らせてそう主張する鈴々は、何とも庇護欲を誘って妹的可愛さを発揮していたが、一刀はそれを指摘したりはしなかった。流石にそれが逆鱗であることが分かる程度には、彼も経験を積んできている。


「もちろん、分かってるよ」


一刀はまだ納得していない様子の鈴々の手を取ると、自分の指を彼女の指と指の間に滑り込ませ、いわゆる恋人握りを形作った。


「これなら、兄妹には見えないんじゃないかな」

「そうなのだ?」

「よっぽど好き同士じゃないと、しない形だしね」

「なら、いいのだ」


鈴々は片方の手で指の力だけで梨の皮をこそぎとりつつ、つないだもう片方の手を元気よく振り回しながら市の中を進んでいった。それに引っ張られる形の一刀は苦笑するしかない。結局、何処までいっても、男女の仲という言葉に含まれるような、艶やか関係性からはとことん遠い彼らなのであった。


「むう、どうやら店の場所が変わったみたいなのだ」


自信満々に道を進んでいた足をぴたりと止めて、鈴々は周りを見回した。その言葉通り、一刀たちの目の前にある一画に売られているのは、彩美しい絹の織り物たちで、彼らが目指す醤━━平安時代における味噌━━とはほど遠い代物だった。


剥いてもらった梨を頬張りながら、一刀は首をかしげた。深い森の奥にいても、その日の夕食の品目を当然のように的中させるのが目の前にいる少女だったからだ。


「匂いで分からないの?」

「こんなところで鼻を使えるはずがないのだ」


顔をしかめた鈴々を見て、一刀は納得した。何とも単純明快な理由だった。実際のところ、彼もこの平安京に来てからずっと口呼吸を心掛けているのだ。それほどまでに、この都の悪臭は凄まじいものがあった。


「まあ、人が沢山集まるところは大変だよな」

「一刀の住んでたところは違うのだ?」

「俺の住んでたとこでは、下水道って言って、排泄物を水で流す仕組みが発達してたから」

「それならこの都にもあるのだ。通りに沿って流れてた小川がそれなのだ」


ゴミがたまってすっかり流れが押し止められ悪臭の原因の一つになっていた小川を思い出して、一刀は理想と現実の差を噛みしめずにはいられなかった。


「とりあえず、誰かに聞いてみるしかないかな」


食べ終わった梨の芯を郷にいれば郷に従えで地面に投げ捨てると、一刀は改めて周りを見回した。すると視界の端に、不安げに周りを見回している女の子がいることに気づかされた。


「鈴々、あの子」

「どうやら迷子みたいなのだ」


一刀もその判断に否はなかった。市の中には沢山の子供たちがいたが、その子の身に着けている着物は色合いこそ地味だが新品同様で、他の子供たちが来ているボロまがいとは一線を画していたからだ。おそらく、貴族か何かの子弟がお忍びで来て、お付きの人とはぐれたのだろう。


ざっと歩いた範囲で判断する限り、平安京は身なりの良い幼子が一人で出歩るけほどの治安を誇っているようには見えない。一刀の女の子の前まで足を向けると、彼女の視線の高さに合わせるようにしゃがみこんだ。


「えっと、君、大丈夫かい?」

「ふぁ」


幼女は一刀の呼びかけに身を固くしたが、彼の隣にいる鈴々の姿を確認して、少しだけ緊張を緩めたようだった。


「道に迷ったのだ?」

「うん、璃々、お供の人と来たんだけど、馬さんに気を取られてたら、春蘭おねーちゃんとはぐれちゃって」

「そっか、家の場所は分かるのかな?」

「あのね、一番大きな通りを、まっすぐ行けば着くんだ」


これはお付きの人を探した方がいいんだろうな。朱雀大通をまっすぐ行けば、そこは宮廷である。その途中に家があるということなのだろうが、流石に理解が大雑把過ぎる。一刀は彼の常識でそう判断した。


「何処ではぐれたか分かるかな?えっと━━」


名前を聞こうとしたところで、少女はまた身を強張らせた。おそらく、家の人から濫りに他人に名を教えてはいけないと言われているのだろう。

その一人称からして、まったく隠せてはいないわけで、名前を呼び合うことで少しでも親密度を上げられればという一刀の浅知恵だったのだが、完璧に裏目に出た形ではあった。


どうしたもんかな。思案したところで、一刀は自分が間食として持ってきていた食べ物の存在を思い出した。布に包んで懐に入れておいたソレを出すと、彼は璃々の目の前で二つに割ってみせた。


「うわっ、お兄ちゃん、何これ?」

「これはあんぱんというものなのだ。とても甘くて美味しい食べ物なのだ」


半分に割ったパンを璃々に渡し、残った半分をさらに二つに割って、片方を鈴々に渡すと、一刀は毒ではないことを証明するために自分の分を口に含んだ。


うーん、やっぱ砂糖じゃなくて蜂蜜だとアンコの風味が違うんだよなぁ。不満を顔に出せば璃々にいらぬ不安を抱かせるだけなので一刀は笑顔でソレを食べていたが、本心としてはいまいち納得してはいなかった。とはいえその効能は、鈴々たちや、都に上がるまでに配った人たちで実証済みである。


璃々もまた案外と思いきりよくガブリと頬張ると、次の瞬間には、相好を崩した。


「何、これ!すっごい甘いし、なんか綿みたい!」

「気にいってくれたみたいで嬉しいよ。それで君がはぐれた場所なんだけど」


げっ歯類のように頬いっぱいにアンパンを詰め込んだ後、それを飲み込んだ璃々はすっかり一刀たちへの警戒を緩めていた。


やっぱ子供だな、危なっかしいや。一刀は現代の基準でそう判断したが、この時代、果物ならともかく加工した菓子となると、ただの庶民には到底手に入らない品なので、それを公衆の面前で惜しげもなく子供に与えている彼の方が危ないと言えなくもなかった。


「璃々でいいよ、お兄ちゃん。場所は、ごめんなさい。よく分かんないの」


ここで真名を交換しないのは、警戒してくれと言うようなものなのだが、考えてみれば一刀には真名がない。自分のうかつさに呆れていると、鈴々が代わりに己の真名を明かしてくれた。


「じゃあ、鈴々のことは、鈴々って呼んで欲しいのだ」

「俺のことは一刀でいいから」


多少のやましさを感じつつ、無いものは無いのだから仕方がないと割り切って、一刀は璃々の問題を解決することに集中した。


「俺に肩車されるっていうのはどうかな?視線が高くなれば、はぐれた相手も見つけやすいと思うんだけど」

「肩車?」


何を言われているか分からないというように首を傾げた璃々を見て、一刀は逆に吃驚したが、考えてみればやんごとなき身分の姫君は肩車などされないのかと思い至って、自分が何をしようとしているのかを説明した。


「楽しそう!やる!」


すっかり満面の笑顔を浮かべている璃々にホッとしながら、一刀は彼女を肩車した。


「うわぁ、一刀お兄ちゃん、高い、高いよ!」

「そっか、一緒に来た人は見つかりそう?」

「うーん、ちょっと待ってね。あっ、いた。春蘭おねーちゃんだ!お兄ちゃん、いたよ!」


ちなみに一刀には、璃々の言葉を聞く前に、自分の目的が成就したことは分かっていた。何せ、土埃を舞い上げながら何かがこちらに接近してくることが一刀の視線の高さからでも実に良く見えたからである。


「とぅぐううさまぁああ」


人間の足出せる速度の限界を思わせる速さで近づいてきた隻眼の女は、一刀の少し前で止まると、黒々とした長髪が乱れるに任せて、息すら整えずに佩いていた直刀を即座に抜いた。


「不埒もの!すぐさま、東宮さまから離れろ!今なら苦しませずに一撃で殺してやろう!」

「失礼なやつなのだ!鈴々たちは感謝されこそすれ、罰せられるようなことは何もしてないのだ!」


こいつ中々やるな。調息に行いながら、春蘭は油断なく刀の先を向ける相手を変えた。素手と刀の対決である。圧倒的な優位が自分にあることは疑いもないが、息を乱したまま襲いかかれば、万が一もありうる。それだけの情報を、彼女は鈴々が一刀を守るように一歩踏み出しただけで読み取っていた。


「ふん、貴様のような子供とそんないやらしく手を絡ませ、あまつさえ東宮さまの股ぐらに頭をつっこんでいる変態に、感謝などすれば、わたしの口が腐るり落ちるわ!」

「どうせなら、その役立たずの片眼も腐らせたどうなのだ!」

「いい啖呵だ。今更、飲み込めると思うなよ?」

「非礼を詫びるなら、今の内なのだ」


春蘭から発せられる気合いに当てられ、少しの間茫然として一刀はやっと我に返ったが、事態は既に収拾がつかなくなりかけていた。こうなったら二人の間に入って、強引に争いを止めるしかないか。彼は覚悟を決めたが、幸運なことにそれは空振りに終わった。


「二人とも、めっ!なの」


彼の頭上から、二人の諍いを止める天の声が降ってきたからだ。


「ですが」

「だけど」

「二人とも仲良くしてくれないと、璃々泣いちゃうよ?」


一刀から降りた璃々がそんな脅しだかお願いだか分からないよう台詞を紡ぐと、鈴々と春蘭は最後にガンをつけあった後で、互いに矛を納めた。


「春蘭おねーちゃん、この二人がいなかったら、璃々たちずっとはぐれたままだったかもしれないんだよ?」


くっ、わたしがあの絹織を用立てれば、華凛さまに似合いの衣装が作れるなどと呆けていなければっ。春蘭はほぞを噛んだが、気さえ落ち着けていれば、相手のことをきちんと評価できる人柄ではある。何となく鈴々に礼を述べるのは癪だったものの、きちんと頭を下げた。


「お二人とも、先ほどの非礼を許して欲しい。この忠文、東宮さまを見失って、いささか動転していたようだ」

「頭を上げてください。こんな可愛い子とはぐれたら、当然ですよ」

「まあ、許してやるのだ」

「━━二人とも、何かお礼をさせて欲しいの」


一瞬、険悪になりかけた空気を取りなすように璃々が言葉を発すると、それを受けて一刀も急いで調子を合わせた。


「だけど、当然のことをしただけだから、そんなの悪いよ」

「そんなことないよね?春蘭おねーちゃん」


まあ、主命に背くのは武人のすることではないからな。春蘭は自分をそう説得すると、璃々の言葉に頷いてみせた。それに彼女が見た限り相手も一角の武人である。機会があれば戦場でまみえることもあるだろうと思ったのだ。


「もちろん、是非とも礼をせねば、わたしの面目が立ちません」

「じゃあ、俺たち醤を買いにきたんですけど、その場所まで案内してもらえませんか?」

「いや、しかし、それでは」


せめて代金を払わせて欲しい。そう主張しかけた春蘭を、璃々は袖を引いて押し止めた。もはや二人の善意は疑うべくもない。ならその礼だって相応にするべきだと彼女は思ったのだ。


「一刀お兄ちゃんたちは、何処に住んでるの?」

「えっと、二条通りって分かるかな━━」


こうして、一刀たちは醤を買うことに成功した。

後日、何故だか大量の醤が宮廷から一刀たちの宿に届けられ、その匂いに難儀したりもするのだが、それはまた別のお話。




東西市で小売ってやってんのかが、最大のネックだったんですけど、正直よく分からなかったので、折衷案みたいな形で落ち着きました。

銭で払うならともかく、米で払う場合の煩雑さを考えると、やっぱ基本は掛けでの取引による年末決算だったんじゃなかろうかという気はします。そうすると、一見さんには厳しい世界ではありますね。

平安京の機能不全については色々ありますが、本筋でもないので、軽く触れる程度にとどめました。

春蘭は藤原忠文で、璃々ちゃんは後の村上天皇です。

忠文さんは、結局、将門と戦わずに終わったので、春蘭は鈴々に妙につっかかりたくなるみたいな、無印恋姫の方にあったメタネタ系のやつでした。

次は一週間で書けるんじゃないかとは。麗羽さまの超絶チートが無駄に冴えわたる回のはず。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ