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三国志だと思った?残念!  作者: 龍ヶ崎エタニティ
21/22

猪々子、うっかり忘れものをする

エタらせない(約一年ぶり、二度目)

「あのさ、一刀のにーちゃん、これ、あたいの連れにも食べさせてやりたいんだけど、何個か持って帰っていいかな?」

「それなら帰るときに言ってくれれば、新しいの焼きますよ。ただ、焼いてから何日も立ったやつは、今の味はしないと思いますけど」

「鈴々としては、やっぱり焼きたてに敵うものはないと思うのだ」

「せやねぇ、三日目ぐらいまでは美味しく頂けるけど、やっぱ焼きたてが一番やと思うわ」

「焼きたては、外はすっごくぱりぱりだし、中はほんとうにふわふわなの」

「確かに、焼きたてのぱんは冷めたものとは違った魅力があるの」

「そっかー、流石のあたいでも馬で数日の距離を一っ飛びってわけにゃいかないしな」


これはどういう状況なんですかね。七乃は早足で駆け込んだ天幕の中の光景を見て、徹夜明けの頭に痛みに似たものを覚えずにはいられなかった。

とはいえ、ここ何日か自分たちを襲撃していた集団の長であり、昨夜捕虜になったばかりの平良正こと猪々子が、自分の軍の主だった武将たちが車座になって和気藹々と朝餉を楽しんでいるのだ。そんな普通ならありえない場面を見て、頭痛程度で済んでいるのだから、彼女もまた常識から大分外れた人間ではあった。


七乃はきっちりと腰を折って主である鈴々に朝の挨拶を済ませると、いつもの楽しげな笑みを張り付けて、車座の方へと足をむけた。そもそも彼女にも猪々子は拷問にかけてどうこうという気などなかったのだ。

血縁的には、平良正は鈴々の叔母で、祭の種違いの妹にあたる。平一門の間に争いなどないと都に弁明しにいく旅中で、わざわざ進んで不和の種を作ろうと思うほど、彼女は酔狂ではないのである。


「あっ、七乃さん、おはようございます」

「ご苦労なことじゃの。無駄じゃったじゃろ?まっ、警備の責任者としてここまで猪々子に接近を許しては、警戒の上にも警戒を重ねたくなる気持ちも分かるがの」

「おはようございます」


七乃は二人の言葉に挨拶を返しながら、最後に挨拶をしてきた凪の方へと視線をやった。

まあ、今は何を言っても逆効果ですかね。ここは最後まで一刀さんに責任を持ってもらいますか。沙和と真桜の間に座っていたたまれなさそうにしている凪を観察しながら、七乃はそう結論づけた。


万が一を考えて襲撃に目処が立つまで一刀と関係を持つことを控える旨の通告を出した七乃であったが、そんなものがいつまでも守られるとは最初から思ってもいなかった。むしろ、他の女たちを一刀から遠ざけることによって奥手な凪が最後の一歩を踏み出してくれればと淡く期待していたところに、猪々子のおまけまでついてきたのだ。ここで罰など与えて、せっかく縮まった一刀との距離を遠くするようなことをするつもりは微塵もないのだった。


ただ、凪さんみたいな真面目な性質の人はこういうとき例外扱いされるのを嫌いますから、そこら辺は一刀さんと要相談と言ったところですかね。そんなことを考えながら、七乃は一刀と鈴々の間に入るように座り込んだ。一刀が慣れた様子で前もって腰の位置をずらしたのが寝不足で沸点が低くなっている身には少々苛立たしくもあったが、今の彼女には他に集中すべきことがあった。


目の前であからさまに嘲弄の意図を込めて鼻を鳴らしてきた猪々子である。


「なるほどねぇ、あんたが鈴々坊に入れ知恵した張本人ってわけだ」


ああ、なるほど、わたしの手には負えないはずですね。自分に挑発的な言動を向けてきた相手を見て、七乃は色々なものが腑に落ちた。こちらの分断を狙ってことならあまりにも稚拙が過ぎるし、己を大きく見せようという示威にしては本人の立ち振る舞いに気負いが無さすぎる。要するに、猪々子はただ単純に思ったことを口に出しただけなのだ。普通の人間は、敵ではないしても積極的な味方と言えるような人間は誰もいないような状況で、そういうことはしないものだ。


七乃が今回の襲撃に対して講じた策は小さいものを含めれば百を超える。だが策というものは己のことを賢いと思っている馬鹿を騙す手管だ。そういう余念のない混じりっ気なしの馬鹿には、まったくもって空回りするだけなのである。


「入れ知恵かどうかは分かりませんが、将門様の補佐をさせていただいている平真樹です。どうぞ、お見知りおきを良正殿」

「挨拶、席順、礼儀作法、ってわけだ。あんたさ、殿上人の真似事なんかして楽しいの?」

「楽しくはありませんが、将門様の大望のためには必要なことですから」


優雅な笑みでそう言い切った七乃に、猪々子は心底嫌そうな顔で応えた。


「おい、鈴々坊、こんなやつの言うこと聞いてると、そのうち屋敷の奥の方に押し込められて、独りで冷めて美味くもない飯食うはめになっちまうぞ」

「ごはんは美味しくないと嫌なのだ」

「そんな心配は無用ですよ、鈴々さま。いつだってこの七乃が、最高のごはんを用意してみせますから。第一、良正殿だって、さっきからバクバク、バクバクとうちの食事を美味しそうに食べてらっしゃるじゃないですか。ちなみに、それにはこちらの数種類の果実を煮詰めて蜂蜜を加えたものが合いますよ」

「マジで」

「是非こちらのお茶も試してみてください。口の中がすっとして、食事がより進むと思いますよ」


あぶねぇ、つい話を逸らされちまうところだったぜ。さらにパン八切れと薄荷茶を三杯ほど胃に納めたところで、口の周りにたっぷりとついたジャムを指でふき取って舐りながら、猪々子は七乃の知略に戦慄を覚えずにはいられなかった。


「っ、そういうことじゃあねえよ。あんただって分かってるだろ?」

「つい昨日まで、わたしたちの隊列を襲撃していた人にこちらの台所の心配なんてされたくないんですけどね」


まったく、食い気に集中していればいいものを。七乃としては、これで議論を打ち切ることを狙った研ぎ澄ました一撃のつもりだったのだが、彼女の想定に反して、猪々子は心底不思議そうな顔をして小首を傾げてみせた。


「いや、あれは普通襲うだろ?」

「のだ」

「確かに、それは一理あるの」


これだから、戦闘民族は嫌なんですよ。急に一致団結した平一門の三人に対して、七乃は助けを求めるように沙和たちの方を見たが、話そのものが耳に入っていない様子の凪を除く二人は疲れたように首を振るだけだった。


「やっぱ、平の人間のことは、平のやつが一番分かってんだよ。鈴々坊だって、独りで飯食うより、こうやって車座になって仲良く飯食った方が楽しいだろ?」

「良正殿、将門さまを懐柔にかかるのは止してもらえませんか。これはそういう話ではないでしょう」

「そうかい?あたいにとっては、そういう話だよ。やりたくもないことを、楽しくもないことをさ、無理してやるなんて無いんだから」


そう言ったときの猪々子の表情を見て、七乃は徹夜の疲労が己の意識を蝕んでいることを意識した。最初から気づくべきだったのだ。こんなもの議論でもなんでもないということに。


「では、その楽しい宴の席で問題が起こったら、どうするんです?」

「そのときは腕づくだな。一番力のあるやつが他のやつらを黙らせればいい」

「もし問題が一度に幾つも起きたらどうします?」

「どうせ全部黙らせるんだ、手近なやつから片づければいいさ」

「問題が雨後のたけのこのように生えてきて、収拾がつかなくなったら?」

「そんなこと、やってみなけりゃ分からないだろ」


これでは童同士の口喧嘩ですね。七乃は少しばかり途方にくれていた。なるべくなら事を荒立てずに口論を終わりにしたいが、猪々子を言葉で説得するのは難しそうだったからだ。

元より勝つ必要性がある議論でもない。余裕の笑みでも浮かべて負けを認めれば、それで済む話なのだが、鈴々の前ではなるべく知的で頼りになる自分を強調していきたい彼女なのであった。


次の手を打ちあぐねていると、助けは七乃が想定していなかったところからやってきた。


「鈴々は、今の話聞いてどう思う?」


余計なことを。一刀の言葉に七乃が最初に抱いた感想はソレであった。


鈴々に尋ねれば、楽しい方がいいと言うに決まっているのである。しかし、多くの人間を内側に取り込んでいけば、組織の秩序であるとか、立場の上下であるとか、そういった楽しくないことも必要になってくるものなのだ。

七乃は、武によって立つ鈴々のような人種がそういったものを余計に感じることを百も承知で、己の役割をこなしていた。ただ、その事実を本人の口から言われるというのは、全く別の事柄に属するものだ。


「鈴々は楽しい方がいいのだ━━」


七乃は割と本気で恨みの篭った視線を一刀に向けた。


「けど、七乃が鈴々のためにしていることなら、それはきっと必要なことだと思うのだ」

「鈴々さまっ」


七乃さんと鈴々って何か面白い関係性だよな。一刀がしみじみとそんなことを思っていると、横では猪々子が苦笑を浮かべていた。この場で最もそういったことに厳格だったはずの人が、尊ぶべき将門さまに涙目で抱きついているのだから、それも無理のない話ではあった。


「最初からあたいの付け入る隙なんてなかったってわけだ」


わしには斗詩には吐けぬ愚痴を、他人様にぶつけているようにしか見えんかったがのう。朝からの迎え酒で滑らかになっていた舌が言いかけた文句を飲むこむと、祭はまだ中身の残った瓢箪を半分だけ血を分けた愚妹へと渡してやった。


瓢箪の中身を一気に飲み干すと、猪々子は長い長い息を吐いた。


「なんだか、斗詩が恋しくなっちまったぜ」

「ところで猪々子、一つ疑問なんじゃが」

「改まって、何だよ?」

「お主、こんなところまで何の用があってやってきたんじゃ?」

「あっ」


その日の夕刻、平良兼からの親書はちゃんと鈴々の手に届けられた。何故、夕刻だったのかは如何なる歴史書にも記されていない永遠の謎である。ただ一つ言えることは、親書の返事は猪々子ではなく、その副官に手渡されたという事実くらいだろうか。

完璧に斗詩さんのいない猪々子を持て余したということです。

その内に再チャレンジするつもりですが、とりあえずは話を前に進めていこうかとは思っております。

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