一刀、住宅事情に感嘆する
一週間が目安と言ったのですが、ちょっと予想外のアクセスが来たので、一話目だからご祝儀みたいなことなのか、それとも普通にこれくらい来るものなのか確認したくて即効で書きました。
「──つまり、一刀さんはこの時代よりはるかに未来から来たと?」
「自信はないんだけど、そういうことになるのかな」
「七乃、まだ話は終わらないのだ?」
一刀たちはとりあえず森から近い、七乃の本拠である大国玉という場所に向かって馬で移動を始めていた。一刀には当然のように騎乗の経験などなかったため、鈴々の馬の後ろに乗せてもらうことになった。
その道中、一刀は鈴々たちに自分の事情を説明し始めたのだが、興味津々といった様子の七乃とは対称的に、鈴々は早々に飽きてしまっていた。
「鈴々さま、もう少しだけ待ってください。もう終わりますから──さて一刀さん、貴方が鈴々さまの名前を知っていたということから、色々な推測が成り立つわけですけど、それについてどう思われます?」
「喋るなってことですか?」
「ふむ、やはり、そうなるわけですね」
七乃の反応で、一刀は自分が当分は秘めておこうと考えていた平将門の未来を、彼女がある程度まで読み取ってしまったことに気づいた。
「一刀さん、そんな怖い顔しないでも大丈夫ですよ。ぶっちゃけた話、ここら辺の人間で一刀さんの話を理解できる人なんて、ほとんどいませんから」
「だけど、迂闊に喋らない方がいいに決まってますよね」
「その賢さを鈴々さまのために使ってくださるなら、わたしとしては特に何も言いません、と言いたいところなんですけど」
「七乃、一刀には一刀の生き方があるのだ。それを無理強いするのは武士のすることではないのだ」
鈴々の言葉に、七乃はつかれたような笑みを浮かべた。
「鈴々さまはこういうお方ですからね。別にこれと言って要望はありません。流石に人までは付けれませんけど、元の世界に戻りたいと思うなら、京の方に出てみるのも悪くないんじゃないですか」
「いや、しばらくは鈴々のとこでお世話になりたいんですけど。正直、常識の類すら分からない状態で一人旅とか、怖くてとても出来そうにないし」
「そうですか?先ほどの様子なら、よほどのことがない限り、問題無いと思いますが。ああ、もちろん、ここに留まってくださるというなら大歓迎ですけど」
「問題無いって、それは流石に買いかぶりが過ぎるっていうか」
鈴々と七乃は、二人して顔を見合わせた。
「もしかしてですけど、一刀さんのところには神技って無かったりします?」
「しんぎ?何ですか、それ?」
「鈴々さま、ちょっと刀お借りしてもいいですか」
「別に構わないのだ」
そう言うと七乃は馬の腹に括り付けていた鈴々の直刀を手で掴むと、不安定な馬上であることも微塵も感じさせない優雅な挙措で抜刀した。自分の主であるはずの鈴々にむかって。
「ちょっ」
一刀が何かを言い終わる前に、七乃が一閃した直刀は、その頭を上下に両断しうる高さで当然のように鈴々の顔に真正面から衝突した。
思わず目をつむった一刀の耳に、何か金属音のようなものが響いた。
「目を開けて下さい。一刀さん」
「そうなのだ、一刀。この程度で、鈴々が傷つくとでも思っているなら、それは心配というやつなのだ」
「なんとなく意味は通じますけど、おそらく心外が正解ですね」
「も、もちろん、分かってるのだ。ちょっと七乃を試してみただけなのだ」
「これは気づきませんで。欠かさぬ臣下への心配り、心服しました。心憎いですね。よっ、関東一」
暗闇の中で聞こえてくる楽しげな会話に誘われて、一刀は目を開けた。
そこには信じられない光景が広がっていた。
鈴々の顔を二つに両断するはずだった直刀が、彼女の目の前で大きくひしゃげていたのだ。
「これが鈴々さまの神技<鉄身>です。守れば易々と鉄の刃を曲げ、攻めれば易々と岩すら両断する。一刀さん、先ほどあなたが受けて平然としていたのは、そういった一撃なんですよ?」
「けど俺、そんな力持ってた覚えないんだけどな」
「ここに来たことによって目覚めたのか、あるいは別の要因に寄るのか。まあ、とりあえず邪魔になるものでもなし、そういうものだと思っておけばいいんじゃないですかね」
二人がそんな会話をしている中、鈴々は素手で曲がった直刀をどうにか出来ないか悪戦苦闘していた。
「その直刀は諦めた方がいいんじゃないですか?今まで、<鉄身>に曲げられた刀でまた使えるようになったものなんて、わたしが知る限り、ありませんし。鈴々さまなら、もっと良いの造れますって」
「うん、七乃の言う通りにするのだ」
鈴久はしょんぼりしながら、持っていた直刀を二つ折りにして、馬の側面に鞘をくくりつけるためにつけていた紐にそれを無造作にひっかけた。
「いや、最初から分かってたなら──」
「あれれ?一刀さん、先ほど迂闊なことは口にしない方がいいって自分でおっしゃりませんでしたっけ?」
「そうなのだ、一刀。武士に二言はないのだ」
あれれ、味方がいないぞ。まあ本人が気にしていないのだから、別にいいだろうと割り切ることにして、一刀は別の話題に転じた。
「大国玉って規模的にはどれくらいなんですか?」
「ここら辺で七乃のところより大きい集落といえば、国香のばばあの所くらいしかないのだ」
「こう見えても、けっこう優秀なんですよ、わたし。もちろん、鈴々さまの足元に及びませんけど」
「まあ、鈴々は関東一の武士だから、それと比べるのは可哀想ってやつなのだ」
鈴々はその言葉を受けて、楽しそうに笑っていた。
どう見ても、上手く転がされてます。本当にありがとうございました。
これでいいのだろうかと思わないでもなかったが、迂闊なことは言うなと先ほど釘をさされたばかりの身なので、一刀はとりあえず黙っておくことにした。
「ほら、そこの坂を抜ければ、大国玉が一望できますよ」
「あまりの栄えっぷりに、一刀の度胆が点になるかもしれないのだ」
「そうですよ、一刀さん、是非、点にして下さい。そしたら、わたしの目が点になりますから」
「いや、そしたら死んじゃいますから」
驚くことはないだろうけどな。一刀は内心で、粗末な平屋建てが点在している姿を想像して、口元に微苦笑を浮かべた。彼は高層ビルが立ち並ぶ現在の日本から来た身なのだ。どうやったって、1000年前後の関東に集落を見て、驚く道理がなかった。
そして、現実はそんな彼の遥か上を行ったのだった。
「嘘だろっ」
「ふふん、一刀の目が点になっているのだ」
「いえ、そんなはずは、一刀さんの着ている服を見た限り、最低でも都の様子でも見ない限り──逆、まさか、逆ってことですか!」
七乃の推測は完璧に当たっていった。
目の前に広がっている光景は、いかなる意味でも一刀の想像を下回っていたのだ。
まだ集落の中央にある木造の建築物はいい。なんか想像よりべったりしている気はするが、十分に許容範囲内である。
だが、その周りにある大きな三角形のようなものは一体何なのだろうか。
「もしかしてですけど、あの藁みたいなので包んである建物の中で人が生活してたりします?」
「何を言ってるのだ?ここら辺ではアレが一般的な家なのだ」
マジか。別に一刀にその建築様式の知識が無かったわけではないのだ。というより、中学レベルの日本史の知識があれば、おそらくほとんどの人間が、その建物の名称を口にすることが出来ただろう。
ただ、一刀の中では、それは弥生時代の建物だったというだけの話である。
竪穴式住居。
大国玉に点在するのは、一刀がそんな名前で知っている建物だった。
「一刀さん、一つお尋ねしますけど、そちらでは、どのような家にお住みで?」
「いや、むしろ広さ的には、こっちの方が広いんですけど。何っていうんですかね、その、材質というか。逆に聞くんですけど、こっちには漆喰とかないんですか?」
古代ローマ人はセメントで道を作っていたはずだが、一刀はその技術がいつ日本で利用可能になったのか知らなかったので、より手ごろなはずの建築技法を尋ねてみた。
「しっくい?何なのだ、それ。上手いのだ?」
「わたしの知識では、それは寺社の類を飾るために用いるものなんですが、それとは何か違うんですか?」
「えっと、それだと思います。俺の知る限り、城の壁とかによく塗るんですよ。そうすると、固くなるんです」
「固くなる。ですが、風雨を受ければ、剥げてしまうのでは?」
七乃は馬から落ちんばかりに一刀に近づきながら、ギラギラとした目つきで質問を重ねてきた。一刀としては正直かなり怖かったが、答えなかったら、その方がもっと怖いのは目に見えている。自分の中のぼんやりとした記憶を頼りに、何とか質問に答え続けた。
「たぶんですけど、固くなると多少の雨や風では剥がれないはずです。あと、火矢の類にも強いとか昔、テレビで見たような」
「一刀、そのテレビというやつは何なのだ?」
「テレビっていうのは、遠くの情報を──」
鈴々の方に向きかけた顔が、強引に七乃の方に向き直した。そして、酷くドスの利いた声が。
「優先順位って、言葉分かりますよね?」
一刀は顎を固定されたまま、こくり、こくりと頷いた。
「七乃、集落の方から誰かやってくるみたいなのだ」
人間ってこんなに毒々しい音を出せるんだ妙な感動を覚えるほどの舌打が一つ響きわたった。そして、大きく深呼吸をする音が一つ。
「すいません。少し取り乱しました。考えれば、そこまで急がなくてはいけない話題じゃなかったですね」
テヘッ。と言わんばかりに、自分の頭に拳をぶつける七乃を見ながら、一刀はこの人には逆らわないことにしようと固く、固く、心に決めたのだった。
「どうしたのだ?そんなに急いで。落ち着いて用件を言ってみるといいのだ」
息も絶え絶えな様子で一刀たちの元にやってきた男に、鈴々は労うように言葉をかけた。男はその優しげな言葉に感動したのか、わずかばかりであるが目が潤んですらいる。
こう見ると、本当に平将門なんだな。一刀は今更ながらに、そんなことを思った。ただ、このときの彼はまだ平将門という存在を理解していかなったのだ。
「真樹さま、将門さま、申し訳ありません。国香のところの兵に桃香さまを拐わかされました」
突如、一刀の前から熱が来た。
「七乃」
「心得ています」
七乃がひょいと一刀の襟首を掴むと、鈴々の馬がその熱に当てられたかのように大きく嘶き、前二本の足を大きく宙に上げた。
一刀は当然ように馬から滑り落ちるはめになったわけだが、一瞬の浮遊感の後、いつの間にか七乃の馬の方にまたがっていた。
「先に行ってるのだ」
「少しは残しておいてくださいよ。鈴々さまが全て殺しちゃうと、兵の鍛錬になりませんから」
鬼神だ。七乃の言葉に、鈴々が浮かべた笑みを見て、一刀は今度こそ、彼女が平将門だと理解したのだった。
山川の赤い本で勉強してるときのイメージと、もう少し硬い本を読んたときのイメージで、日本って大分発展度が違うよなーという思いがあり、それをネタにしてみました。
漆喰は全然知らないことにしようかと思ったんですが、技術的には法隆寺にも使われていたみたいなので、七乃は知っているということにしました。都に出仕していた将門も知らないはずが無い気はしますが、それはそれということで。
次回は、新しいのが四人出ます。魏呉蜀から一人ずつ三姉妹を組ませるという手も考えたのですが、あと10人以上出てくる予定なので、ここは省エネの一手としました。三羽烏と比較的御歳をめした方が一人という感じ。