一刀、後世に禍根を残す
ちょっと早く更新し過ぎちゃいましたかね(ドヤッ
次もこの調子で出来ればいきたい、出来ればですけど。
「一刀さん、今ちょっとよろしいですか?」
「あっ、はい。どうぞ」
昨日も、ずいぶんとお盛んだったみたいですね。木戸を開けながら、七乃は部屋に残った真桜の臭いを嗅ぎ取っていた。もちろん、彼女には鈴々のような野生並みの嗅覚は存在しない。ただ単に、部屋の主の夜の生活を完全に把握しているというだけの話である。
別に七乃としては一刀がどのように他の女を抱いているかなど、さほど興味も無かったのだが、不和の遠因を避けるためには、どうしても彼女のように全てを把握し管理する立場の人間が必要なのであった。
鈴々さまは興がのれば一人だろうと何人だろうと構わない人ですが、真桜さんは出来れば二人っきりが好みみたいですし、沙和さんは逆に人数が多い方がいいみたいですからね。とはいえ、相手にする方も相手にする方ですけど。
「俺の顔が、どうかしました?」
部屋に入ったっきり、座るでもなく一刀の顔をじぃっと眺めている七乃に絶えかねて、一刀はそう質問した。
「いえ、鈴々さまからは聞いてはいましたけど、こないだこの部屋でご一緒したときの沙和さんの乱れっぷりは凄かったなと思いまして」
「どうなんですかね?鈴々と俺が強引に巻き込んだようなものだから、こんなこと言うの筋違いなんですけど。アレはちょっと無理してるんじゃないかな。やっぱり、奥底に真桜への気兼ねがあるっていうか」
「そこまで分かっていて、あそこまでしたんですか?」
ヘロヘロを通り越してヘタヘタになるまで肉の悦びに身を苛まれ、呆けた笑みを浮かべている沙和の耳元で、腰をねっちこっく動かし続けながらこ甘ったるい言葉をこれでもかと囁いていた一刀の姿を思い出して、七乃はあきれた調子で言った。
「一度、精も魂も尽き果てた方が、沙和のしこりみたいなものもほぐれるかと思ったんですけど」
「まあ、確かに終った後、何かすっきりした顔はされてましたけど。それにしても、一刀さんは案外と女に容赦がありませんね」
「そんなこと言ったって、七乃さんだってノリノリだったじゃないですか。後半はともかく、前半は独壇場って感じでしたよ」
「だって、あういう風に小動物にみたいにちぢこまってる娘に、自分のあさましい欲望を口にさせるのってゾクゾクしません?」
そう言いながら楽しげに笑っている七乃に一刀は苦笑でかえした。彼としても”誰にも負けないほど深く愛して欲しいの”そう沙和が口にしてから、己の中の箍が外れてしまったことに自覚があったのだ。
「ちなみに、わたしが一刀さんに一番ゾクゾクするときがいつか聞きます?」
「遠慮しときます。自信が無くなりそうなんで」
一刀がわたしを精一杯気持ちよくしようとしてくださって、力足りずに先に精を放ってしまったときの顔ですよ。七乃はよっぽどそう言ってやろうかと思ったが、下手に立たなくなったら、それこそコトなので止めておいた。
「それで何の用ですか?」
「いえ、ご助言の通り、相手から文が届いたので、いちようお教えしておこうかと思っただけなんですが。一刀さんの方こそ、何か問題でもありましたか?」
部屋に入ったとき、一瞬だが部屋の主が文机の前に座り何とも難しげな顔をしていたのを目ざとく確認していた七乃はそう問いかけた。
「いや、問題っていうか、問題以前っていうか」
「一刀さんが読んでいらっしゃったのは、わたしがお貸しした『蒙求』ですよね。あれですか、流石に内容が幼稚すぎましたか?ですけど、他にこの辺りで手に入る文字が書かれたものって、土地の所有者とか税に関係するものになって、子供向けにものを教えるには向かなくなっちゃうんですよね」
七乃の言葉に、一刀は気まずげに頭をかいた。
「そういうことじゃなくてですね。読めないんですよね、ほとんど」
「へ?」
「いや、文字は読めるやつもあるんですよ。所詮は漢字だし、ちなみにこれって”阿”ですよね?」
一刀が指差した字を見て、七乃は満面の笑みで頷いた。
「違いますね」
「マジかー」
丁寧に『蒙求』の木巻を机の横に退けた後、一刀は空いたスペースに上半身を滑り込ませた。
「けど、一刀さんの”すまほ”には文字が書かれていますよね?わたしにはよく読めませんけど」
「同じことですよ。七乃さんが俺の時代の文字を読めないように、俺は七乃さんの時代の文字が読めないんです。それにこれ基本的に漢文ですよね?」
「漢文というのはよく分からないんですが、もしかすると一刀さんのところでは、文章というのは全て音に一文字、一文字、漢字を当てる方式ということですか?」
全ての人間に読み書きを強いるとなると、その方がいいのかもしれませんね。七乃は一人合点した。これは、『蒙求』が本文を正式な漢文で、その脇の注釈には漢字の音のみを用いて正しい発音の仕方が書かれていたことから来る勘違いであった。
「そういうのも、あるって言えばあるんですけど。えっと何て言えばいいのかな、俺のところでは、文章っていうのは漢字とひらがなっていうのが混ざった方式で書くんですよ」
「すいません、そのひらがなというのは?」
「えっと、ひらがなっていうのは、つまり、えっと、音に文字を当てた文字って言えばいいのかな」
「それなら、『蒙求』のここら辺もそれですよ」
そう言って七乃が指した部分を見て、一刀は喜んでいいやら悲しんでいいやら分からなくなって、最終的に乾いた笑い声を上げ始めた。
「そっか、だからいくら読んでも意味が分からなかったんだ。俺は今日一日何やってたんだろうな」
「一刀さん、何をたそがれてるかは知りませんけど、説明を続けてもらえませんか?」
「あっ、すいません。つまり、ひらがなっていうのは、この当て字っていうのかな?それを簡略にした文字なんです。ほら?いちいち漢字書いてると大変じゃないですか」
一刀の説明は現代の常識を前提とした十分とは言えないものだったが、七乃は割合いとすんなり受け入れた。かつて彼女の師であった僧侶崩れが、不精をしてそういう文字を書いていたことがあったからだ。
「つまり、一刀さんの時代では、その省略した文字と漢字で文章を書いていたと。ですが、それなら一つに統一すればいいのでは?文字が音を表すなら、その方が分かりやすいと思うのですが」
「えーっと、世界的にそういう使い方をしている人達もいるんですよ。ただ、俺もよく分からないんですけど、この国では違うんです」
「なるほど。確かに文字が音を表すとなると、箸と橋の区別も付けづらいですしね」
「ああっ、それもあると思います。アルファベットと違って、ひらがなだと基本的に母音と子音が一緒になってますし」
「すいません、一刀さん。そのあるふぁべっと、母音、子音というのは?」
「あっ、それはですね──」
それから数時間をかけて、一刀のつたない言語上の知識をあらん限り聞き出した七乃は、一つの結論を下した。
「一刀さん、構いません。一刀が普通に知っている、そのひらがなとカタカナと漢字というものを、子供たちに教えて下さい」
「いいんですか?たぶん、それを教えても漢文は読めるようにならないと思いますけど」
「しゅご、じゅつご、もくてきごの順番でしたか。問題はありませんよ。この関東の地に文章で記録されたものの量はたかが知れています。漢文が読める人間が2,3人、そのにほんごというものを学んで、全て書き直せば、それで済む話です。むしろ、今話している言葉で書けるとなれば、一刀さんの知る未来の世界のように文字を扱える人間の量は飛躍的に増えるでしょう。おそらく、わたしが生きている間に、漢文より一刀さんが教えたにほんごが、関東の地を席巻するはずです。そうすれば、漢文なんて読めなくても別に困らないですから」
「そんなもんですかね」
「そんなものですよ」
七乃は笑って太鼓判を押した。
後年、国学者たちが、古来より伝わる言葉を乱し、国を二つに分けたとして、北郷一刀を蛇蝎の如く嫌うようになるのだが、それはまた別のお話。
ちなみに、この時期まで発覚しなかったのは、一刀さんが夏休みの宿題よろしく、めんどくさいものを後回しにしていたからです。今更、読み始めたのも、旅=読書という安直さによります。
そもそも、この人ら何語喋ってるねん問題はあるんですが、真・恋姫の魏ルートでは言葉は喋れるが、文字は読めないという話があったので、それを踏襲しました。何語を喋っているかについては『戦国†恋姫』の設定をしている人にでも聞いて下さい。
五年で終るんでエクスキューズを連発してたので、たまには長い視野に立った話でもぶっこんでみようかなという目論見でした。
ぶっちゃけ、京に上がったところで起こるイベントが、歴史改変としてある種のピークなのに、まだ作中の時間が一年目の途中であることにミスった感がはんぱないのですが、歴史先生がそうおしゃっているので、逆らわないことにします。
全部書き終えた後で、いつの間にかイベントの順番がゴリゴリと入れ替わってるかもしれないけど、気にしないでね?筆者との約束だよ