もう一度刀と力を
以前書いた小説です。
学園モノ難しくて短編という形に。
掃除当番という面倒な役割を終え、放課後の校舎から校庭を眺めていた。
そこでは二人の女子が向かい合い、一人の男を取り合っている。男は一人オロオロとし、止めるようとする様子は見られない。まぁ当然だろう。今の時代は女尊男卑とまではいかないが、女が強いのが事実なのだ。
それから暫く二人の女が言い合ったあと、ついに実力行使にでる者が現れた。
手に光りを纏い、光弾を作り出して放つ。
それは真っ直ぐにもう一人の女子に向かっていき被弾。辺りに砂煙を起こす。
光弾を放った女子は勝ち誇った顔をするが、そこに飛来する色の違う光弾。先程まで勝ち誇っていた女子は目を見開き碌に対応することも出来ずにモロに当たる。
やがて砂煙が完全に収まると、一番最初に攻撃を受けた女子が立っていた。その目の前には何らかの壁があるらしく、それで光弾を防いだということらしい。
「あの男子も大変だな。複数の魔女に目をつけられるなんて」
魔法が使える女、それが『魔女』と呼ばれる。
何時からかは詳しく分からないが、天変地異で世界が一度荒廃し、人を喰う生物が誕生してから対抗するように『魔女』が生まれたと授業では聞かされる。
人が喰われ殺され滅亡しかけたとき魔女は現れ魔法を使い、人を喰う生物『オルター』を撃退した。その後人類は化け物の闊歩する荒廃した土地を捨て空へと上がった。今俺が立っているこの土地だって、地上に建てられた特殊な支柱で支えられた空にある土地だ。
こう言った土地は『シフト』と呼ばれている。ちなみに俺がいるのは『東京シフト』といい、過去の東京を出来るだけ再現した元首都である。今では日本と呼ばれていた国はバラバラになり、残存するのは北海道、福島、東京、京都、大阪、広島、鹿児島の七つのシフトのみ。
それにサイズだって、あくまで元の都市を再現しただけで大した広さはない。いいとこ五割と推測される。
「っと、メールか。なになに、帰りに牛乳を買ってきて?」
なら忘れないうちに買って帰るかと踵を返そうとしたところ、勝者である女子が景品であった男子に近づき自分の手から滴る血を飲ませた。片手にはナイフがあり、それで手を切ったのだろう。
すると男子の体から光りが溢れ、後に男子の中に収縮していく。見れば男子の頭には犬耳が生えており、一層頼りなさを醸し出していた。
あれは恐らく契約。
実は魔法を使う事は男子にも出来る。ただ、その条件というのが魔女との契約。
各々契約方法は違うが、契約してしまえば男だって魔法が使える。相性次第では特殊な魔法が使えたりするようにだってなる。だが、やはり契約は契約であり、基本魔女と契約すると魔女の言葉に絶対命令権とまではいかないが中々強制力が働くようになる。ついでに言うと、契約終了時に魔女の所有物ですよと契約の証が出現する。あの男子の場合はあの犬耳だろう、ご愁傷さまだ。出来るならば魔女はよく選びましょう。
何処かにはメイド服を証に家事をやらせている魔女もいるとか言うしな。
「さて、と。妹様もお待ちのようだし、さっさと帰るか」
最後に校庭ではなく更にその奥、続かない土地を見据える。
とある場所を境界に、そこから先には土地が存在しない。空中にあるシフトの限界だ。そこから先は暗い空白。落ちればひとたまりもなく、何とか生き延びても化け物の闊歩する世界。
ごく稀に、飛ぶオルターや登ってくる化け物の出現点。
そんな危険と隣合せにも関わらず、完全に慣れてしまった俺たち。
「……やめやめ。こんなんだからダメなんだ」
俺はそれを最後に教室の出入口から廊下に、階段に、昇降口へと移動し靴を変える。
途中暗い顔の犬耳少年とすれ違ったがかけられる言葉もなく、心の中でもう一度ご愁傷さまと手を合わせておいた。
秋月八雲、それが俺の名前である。
学年は二年、成績はそこそこ、の至って普通の一生徒。
家族構成は両親居らずの俺妹の二人。一応住居は親戚の経営する二階建ての貸家に住んでいる。
そんな俺は眩しい春終わりの日差しの中、学校へ登校する。
何時も通りの景色を眺めつつバスに乗り込む。人が多くてかなわないが、歩いて学校に行くよりはマシだと考え不満を押し殺す。ウチの学校は高台に建てられており、歩いたり自転車で行くと長距離かつ急な坂が待ち受けている。
それが終わると真新しい校舎が見えてくる。
俺の通う高校、『黒刻学園』だ。設立されたのは数年前で設備共に充実した中々いい高校だ。まぁ、そんな設備にも理由がある。何を隠そう、ここは魔女がパートナーを探す場所だからだ。パートナーの呼び方は様々だが特性上、眷属と呼ばれることが多い。
ガヤガヤとバスから降り立つ人混みに流され、大した労力もなしに下駄箱へと辿り着く。そこで靴を変えて階段を登ろうとしたとき、下駄箱正面にある掲示板が目に入った。
掲示板には大きな掲示物が貼られており、見出しにはこう書かれていた。
『近日、天文部と占術部が学内戦を行います。日時は以下の通り――』
「学内戦? こんな時期にか?」
学内戦とは、同じ学校内の部活同士が何かを賭けてぶつかると言うもの。
よく勃発する時期は春、新入生が入ってくる時だ。部員を集めたいがために魅力的な部室、活動場所を作ろうと躍起になる部活が互いにぶつかり合うからだ。
ただ当然規則があり、対戦する両陣営が学内戦への参加の意志を示しているか、その参加の意志は誰かに強制されたものではないかのおおまかに分けて二つ。
「学内戦だってよ? 確か天文部って特化戦隊のいるところじゃ?」
「遂に二つがぶつかるのか。見にいかなきゃな」
俺の以外の掲示物に目を向けた生徒たちは各々の感想と予想を口にする。
「多分占術部が勝つよな」
「特化戦隊は眷属いないものね」
ちなみに捕捉すると、特化戦隊とは各分野魔法にのみ特化した魔女の事を言う。人数的に五人いるしパーソナルカラーがまんま赤、青、黄、緑、黒なのでそう呼ばれるようになったとか。
確か攻撃、防御、速度、回復、知能で眷属は一人もいなかったハズ。何故そこまで詳しいかと聞かれれば、身内が一人いるからとしか言いようがない。
「……まぁ俺には関係ない話だ」
身内はいるが、手伝う義理もなし。
俺は掲示物を見に来た生徒たちの間をくぐり抜けて階段を登る。
俺の教室は二階にあるためすぐに着く。階段を登り終え、二つほど教室を越えて歩くとそこがもう俺の教室となる。扉に手をかけガラガラと開く。一瞬中の生徒の目が集中するが、なんだ秋月かと各々の会話に戻っていく。
席に向かうと、途中数人がおはようと挨拶をしてきたので俺も同じようにおはようと返す。そして机の横に鞄をかけ、椅子に座ると一人の女生徒がやってくる。
「あら、今日も一段と冴えないわね?」
「朝から失礼だと思わないのか特化ブラック」
瞬間、ブォン! と俺の頭目掛けて降り下ろされる分厚い辞書。
あまりに躊躇なく振り下ろすものだから反応が遅れてしまうが、何とか首を動かして頭の位置をずらすことに成功。間一髪のところだった。
「オイ!? 流石に洒落になってないぞ!?」
「だって、乙女をお腹真っ黒なんて呼ぶんですもの。しょうがないでしょう?」
うふふといい笑顔を浮かべつつ言う少女。
彼女の名前は秋乃美月、通称特化ブラックである。
腰まで伸びた綺麗な黒髪に、整った顔立ちをした清楚な少女――に見える腹黒少女。見ためはどこからどう見ても大和撫子そのものなのだが、言動と思考もろもろが実に黒い。
お淑やかに歩いていると思えば頭の中では地球征服についてとか考えていたり、彼氏持ちからの恋愛相談を受けているときなど、ニコニコ笑って親身になりつつも内心、どうやったら破局するだろうかなどど考えていたりするのが秋乃美月なのだ。
そして彼女が持つ魔女としての特徴は知能。
異常に頭の回転が早く記憶力もいい上、その頭の回転スピードで腹黒い事を考えるから特化ブラックと名付けられた。ちなみに命名俺。バレたらどうなるか分からないのでうやむやにしてるけどな。
「取り敢えずやり直そう。おはよう秋乃」
「ええ、おはよう秋月君。今日はいいお天気ね」
数名の男子が惹かれるような眩しい笑顔。
だが、俺にはその裏に暗い底なし沼があるのを知っている。
「そう言えば秋月君。掲示板は見たかしら?」
「ああ、学内戦やるんだろ?」
「そうなのよ。ウチの部のレッドとイエローが占術部の挑発に乗ってしまったの」
お馬鹿よねぇあの子達と黒いナニカがにじみ出る笑顔で言う秋乃。
笑顔なのにそんな黒い感情を読み取らせないでくれ、笑顔が信じられなくなりそうだ。
「まったく、あの時私がいれば何とかできたのに。こうなれば勝つしかないのよね」
「そうか、頑張ってくれ。……ってなんだ、その視線は」
獲物を見つめる蛇の様な目で見つめてくる秋乃。
なんなのだろうか、俺獲物なの?
「いえね? 私が苦労する原因の一つに、貴方の身内がいるのよねーと思っていただけよ?」
「そう、か、そうだった。いや、だがもうアイツもあの歳だ。俺に監督責任はない」
「ねぇ秋月君。ちょっと思い出した事があるのだけど。そう、時期は大体去年の今頃かしら。突然貴方が――」
「待て待て待て! なんで今更そんな話を持ち出してくる!? 一体何が目的だ!」
俺は秋乃の言葉を遮るように目的を問う。
そう言えば、コイツとも去年からの付き合いだったな。秋乃が言うとおり、去年の今頃に俺はとある失態を犯した。よりにもよってこの女の目の前で。それ以来、面白い人扱いされて今に至る。
「特にないわよ? ああ、でもちょっとしたお願いはあるの。ねぇ秋月君、今度の学内――」
戦、と言おうとしたのだろうが残念ながらチャイムが鳴り秋乃は最後まで続けることは出来なかった。
タイミングが悪いわね、とスピーカーを睨んだ後俺に向かい、
「もうホームルームが始まるから席に戻るわ」
「そうか。それと期待を裏切るようで悪いが、学内戦には出ないぞ?」
「あら、どうしてかしら?」
最早隠す気も無くなったのか、いや、元から隠す気なんてなかったか。
「元々俺は天文部じゃない。かと言って契約した魔女がそこにいるわけでもない」
秋乃はじゃあそれさえクリアすればいいのねと笑い、
「兎に角また後で。怒られてしまうもの」
そう言って自分の席へと戻っていった。
俺はため息をついて窓から外を眺める。
学内戦、契約、それも今の俺には到底受け入れられないもの。
冬の後半から一切振るっていない刀、使っていない魔力。体は鈍り、何より魔力には限界がある。そんな俺を引っ張り出すよりもよいい人材は沢山いるはずだ。
「ま、取り敢えず暫く逃げるか。捕まらなければいい話だ」
ガラガラと扉が開き、教師が入ってくるのを確認した俺は目をつけられないように前を向いた。
それから授業が始まる、一時限目から数学とやる気を根こそぎ奪う様な時間割だ。しかもこの後は英語ときている。どちらも俺の嫌いな科目であり苦手な科目。
面倒だと窓から校庭を見ると、一年生と思われる生徒たちが体育の準備をしていた。ちなみにこの学校の体操着はお決まりのブルマ――ではなくスパッツである。短パンでないだけマシだと思いたい。
俺だって思春期の男、それくらいは考える。
(俺も体育の方がよかった。数学より数倍ましだ。まぁ暑いだろうけど)
そう言えば妹はいるだろうかと思った俺は、女子のいる方角を探してみる。別に邪な考えはない、と言っておこう。
(どうせウチの妹様のことだ。元気に走り回ってるだろ)
簡単に想像できてしまう妹の行動を苦笑いしながら視線をずらしていくと予想通り元気に動き回っている妹様を発見した。……ちなみに、俺の妹様は特化イエローである。おつむがちょっと弱い。
スピード特化の妹様は圧倒的なスピードで無駄に動き回っている。とてもこけそうで見ていられない。
俺がオロオロと妹様を心配していた時、俺と妹様との間に入るように一人の女子生徒がやってくる。水色の髪に身長は低い方と思われる少女。後ろ姿だけなので判断はできないが、俺の知っている人物だろう。とはいえ、殆ど話したこともない。妹様経由で多少知っている程度のものだ。
確か彼女こそが特化戦隊のブルーだったハズ。
比較的大人しいと言うイメージがあるが、完全には信じない。秋乃の様なパターンだって有り得なくはないのだから。
ウチの妹様とは対照的かもと思っていると、突然彼女が校舎の方へ振り返る。
整った顔、表情から感情が読み取りづらく人形のような印象を受ける。目はパッチリとしていて、小ぶりな唇、シミ一つない肌って何少ない魔力使って視力を強化してるか俺!
目頭を押さえ、視線を黒板の方へと戻す。こんなんで魔力を使っていたらあっと言う間に無くなってしまう。もう補充の効かないものだから大切にしないといけないというのに。
それから暫くは真面目に授業を受け、気づけば昼休み。
俺は食堂に行くために席を立つと、秋乃もまた席を立ち俺についてくる。
「まだ何かあるのか?」
「ええ、でもそれだけじゃないわ。私もお腹が空いてるのよ」
何を当然な事を、と嘲笑してくる秋乃。
ホント人をおちょくるのが上手い。
食堂は一階にあり、俺は秋乃と二人で中へ。少し混んでいるがなんとかBランチセットの食券を勝手列に並ぶことができた。
「こういう時、男子と来ると人避けになっていいわよね」
「おい、俺は人間用ブルドーザーじゃないぞ」
「誰も秋月君とは言ってないわ? 私はただ男子といってだけよ」
「く、ああいえばこう言う。っと、食券渡さないとな」
俺は食券をおばちゃんに渡してBランチセットを受け取る。
メインは焼き魚で、他にはお漬物、味噌汁、ご飯と和食となっている。
焼き魚の香ばしい香りが食欲をそそる。腹も減っているしさっさと食べたいと思い空いているテーブルを探す。が、どこま満席である。どうしたものかと困っていると秋乃も昼食を受け取り終えたらしい。
「あら、困ったわね。どこも満席だなんて。仕方ないわ、私の知り合いがいるから相席させてもらいましょう」
「そうか、じゃあ俺も友達探してって、あれ、秋乃さん? ちょ、こぼれる味噌汁こぼれる!?」
「遠慮しなくていいのよ? 部活の後輩で静かな娘だし、妹ちゃんの友達だから」
秋乃はニコニコと笑いながら俺の襟を掴んで誘導して行く。ここで反抗すると体勢の関係から味噌汁が御陀仏になりかねない。最悪他のオカズとごちゃまぜなんて事も。
従うしかないのか。まさか、これも計算内だったりしないだろうな?
秋乃は人混みを縫うように移動し、段々と窓際へと近づいていく。……この迷いのなさ、やはり最初から仕組んでやがったか。本人は何食わぬ顔で歩いている。
そしてたどりある一席へと辿り着く。
「こんにちは、流ちゃん。お邪魔するわね」
意図的に空けてあったとしか思えない二つの席。その隣に座るのは今朝、数学の時間窓から見えたあの少女だった。本名を確か、御東流と言ったはず。
御東さんは秋乃に対し頷くことで了承の意を示す。
「ほら、秋月君も挨拶しなさい? お邪魔するのだから」
「分かってる。俺は秋月八雲、秋乃のクラスメイトな。悪いがここ、お邪魔する」
すると御東さんは少し俺を思い出したのか、苗字に反応した。
「秋月と言うことは、小雲ちゃんのお兄さんですか?」
小雲とは妹様のこと。こぐも、じゃなくてこくもだからそこのところ気を付けて欲しい。じゃないと、「私はクモじゃなぁーい!」と言って蹴りを入れてくるから。
「まぁそうなる。何時も妹様がお世話になってる、大変だろ?」
「いえ、まぁそうですね」
一瞬取り繕おうとしたようだが、実の兄には無駄と判断したのだろう。実に正しい。
あの妹様の相手が大変じゃないと思える人間はそうそういないはずなのだから。
「あら、二人はすでに知り合いだったのかしら?」
「いや、妹様経由でちょこっと話した程度だ。それよりさっさと食べよう。時間がなくなる」
「そうね、食べてしまえば時間ができるもの」
それからは静かだった。元より静かそうな御東さんの他、俺も秋乃も静かに食事をしていた。
大体二十分した頃だろうか。俺が昼食を食べ終わり少ししてから秋乃も食べ終わる。それまでの間終始謎の視線攻撃をしてきた御東さんもまた、お茶を飲んで視線を秋乃へと向けた。
「さてと。それじゃあ流ちゃんもいることだし、秋月君、今朝の続きをしましょう」
俺はやっぱりかとため息をつく。
「だから今朝も言ったとおり、俺は学内戦には出ない」
「? もしかして秋月先輩を誘ったんですか?」
状況を完全には理解できていない御東さんから当然の疑問が飛んできた。
「ええ、でも断られてしまったの。妹ちゃんとピンチだと言うのに……」
「いや、そこまで俺が関与すると唯のシスコンだろ? 俺は普通の兄なんだよ」
どの口がそれを言うのかしら、と視線で告げられるがスルーする。認めなければいいんです。
「まぁそれはいいとしましょう。それより気になるのは、何故ダメなの? 恐らく秋月君、妹ちゃんがいなくとも断るんでしょう?」
「それこそ当たり前だ。全く俺とのつながりが見えない」
「もう、頑なね。一体何がそうさせるのかしら。去年はバリバリと戦ってた気がするんだけど」
それはあくまで去年の話。俺のパートナーがいた時の話だ。
「それに、契約もしてないわよね?」
「そうだな。もう契約はしてない」
「それよ。あえて話題にするのは避けていたけど、聞いてもいいかしら」
何時になく真剣な顔になった秋乃が俺と向き合う。
今まで避けてくれていたのはありがたい話だ。もしかしたら他のクラスメイトたちもそうなのかもしれない。そう考えると多少、何かしてやりたいとも思うが……
「やっぱり無理だ。今の俺にはまったくもってやる気が足りない。そんなの連れてっても足でまといになるだけだろうさ」
完全に問われる前に、俺は自分の返答を先に返し逃げる。
少々情けないとも思うが、こんな公共の場で怒鳴りたくはない。
「秋月君、貴方……いえ、止めておきましょう。今日は、ね?」
「粘るなぁオイ」
俺は食器を三人分纏めて持ち上げ、返却口へと向かう。
「あ、私は自分のを」
「いいの、ああいうのは自分からやってくれたらお礼を言うのよ」
「とか言いつつ、言葉にすらしないのはどうなんだ秋乃」
クスクス笑う秋乃をジト目で見つめ、その後止まっていた足を進める。
返却口は意外と近くあっと言う間に到着、おばちゃんにご馳走様と伝えてから食堂の出口へ。すると後ろから視線を感じたような気がして道中振り返るが誰も此方を見ていない。
気のせいか? と首をかしげつつ、腹ごなしに校内を練り歩こうと近くの階段を登り始めた。
八雲が去った後の食堂では、取り残された二人がゆっくりと紅茶を飲んでいた。
「あの、秋乃先輩。さっきの秋月先輩は……」
「ああ、彼ね。一応ダメ元で誘ってみたんだけど、やっぱりダメみたいね」
秋乃は少し残念そうな顔をするものの、予想していたのか大した悲壮感を持っていない。
それはまるで断る理由すらも知っているかのようだった。
「でも、秋月先輩は契約してないですよね? それを今から契約したとしても戦闘慣れしてないんじゃ……」
「それは違うわ。食堂でも言ったとおり、彼は契約していた経験があるの。あれでも当時、最強の魔女と侍眷属って言われて闇討ちなんてしょっちゅうあったんだから」
流がとてもそうは見えなかったと呟くと、秋乃はおかしそうに笑う。
突っ込みどころはそれだけではないのだが、何処かずれてる二人は論点を別のところへ持っていく。
「……ふと思ったんですが、秋月先輩の力って必要なんですか?」
最もな質問だった。天文部は特化戦隊なんて呼ばれているが、実力はそれなりにある。各々が各分野に特化している分対策がとられると厄介だが、補い合えば撃破は可能だ。
そこに秋乃という知能が入れば並大抵の敵では敵わない。
それに、今回の敵である占術部は部室のない弱小部。流は負ける要素が見つけられなかった。それ故に何時も通り冷静沈着に過ごしていられた。
すると秋乃は渋い顔をしながらその理由を言う。
「実はね、厄介な事になりそうなの。まだ噂程度だけど、占術部に何処かの運動部のエースが一時的に入部したとか」
その話を聞いた流は少し動揺を見せる。
まさか奥の手を所持しているとは思っていなかったのだ。一見卑怯で規則を破っているかとも思うが、制限する規則はどこにもない。実際、二つの規則をキッチリ守っている。
両陣営に戦闘の意志があるかないか、それは卑怯な手で言わされてはいないか。一つ目も二つ目も、特化レッドとイエローが承認にているから守られたことになる、あくまでこの二人は挑発にのせられ、自分の意志で学内戦を受けたのだから。
「運動部と言えば、戦闘能力も高いだろうしましてやエースよ? 本当だったら不味いわ」
秋乃はそう言って紅茶を口に含んだ。
そのカップを持つ手は何時もより優雅さが欠けていたかもしれない。
「こうなると、やっぱり秋月君は魅力的なのよね。今のうちに確保できれば、ある程度ブランクの埋めようもあるし」
チラリと流に視線を送る秋乃。
流はそれだけで秋乃が何を言いたいのかを理解した。
「私が、誘うんですか?」
「そうよ。人一倍あの部室に思い入れのある流ちゃんなら、秋月君を説得できるかもしれないわ」
これは賭けとも言えた。
流は元々喋らない静かな生徒であり、対人との会話が得意ではない。もしかしたら全然会話にならないかもしれない。だが、今回の賭けの対象となっている部室には最も思い入れがあるのが流だった。秋乃が期待するのは感情が伝わること。
「負ければ部室は没収。中にある資料は最悪捨てられてしまうわ。高価なものは帰ってくるでしょうけどね」
トドメとばかりに畳み掛ける秋乃に、うぅっ、と胸打たれる流。
流は少し考えるようにカップを弄る。
紅茶の表面の写る流の顔は、もう答えを出していると分かるものだった。
「分かりました。何とか誘ってみます」
「ありがとう流ちゃん。もしもの時は妹ちゃんも連れて行けばいいと思うわ。秋月君、妹ちゃんには弱いからつけいる隙ができるかも」
そんな秋乃の発言に、流はたらりと冷や汗をたらす。
流は、あまりにサラッと黒い発言をする秋乃に畏怖の念を覚えた。知ってはいたが、ここまで非道いものだったとは思っていなかったのだ。もう少しお茶目なものかとばかり思っていた。
「それじゃ私は情報を集めるから、そっちはお願いね。あ、間違ってもレッド連れていっちゃダメよ? 秋月君きっと本能のままに逃げちゃうから。グリーンもダメね。あの娘優しすぎるから」
「基本は私一人、ですね。大丈夫です、きっと」
頼りない返事に秋乃は苦笑した後、飲み終えたカップを持って席を立つ。
「秋月君の行動パターンを書き出しておいたから、これを元に追いかけてみて。きっと遭遇できるから」
攻略本というか生息地分布図というか、何故そんなにも用意がいいのだろうかと思った流だが、聞くのがはばかられたのでスルーを選ぶ。後にそれは正解だったと知るがまだ先の話。
流は去っていく秋乃の後ろ姿を眺めながら、どうしたものかと悩むのだった。
おかしい、何かがおかしい。
俺は授業終わりの休憩時間にそんな事を思っていた。
何故秋乃が来ない? 諦めたなんてことは有り得ない。秋乃が狙った獲物を押す簡単に逃がすわけがないのだ。
「ヤベェ、嫌な予感しかしねぇ」
次に秋乃が一体どんな手を打ってくるのか予想できない。まさか妹様を使う気だろうか。だがブラコンではない俺からしてみれば、妹様のお願いなんぞ跳ね除けることは簡単だ。
まぁこの件意外だったら少し話は変わってくるが……ってどうでもいいか、この話は。
それよりも現状の確認でもするべきか。
先ず、昼以降は全く接触がない。しかし、時折視線を感じ後を追うと秋乃がニタリと嫌な笑顔で迎えてくれる。絶対なにか手を打ってきていることは確かだ。それが何なのか定かではないのが恐ろしい。
「兎に角、俺に残された一手は逃げることだけか」
そうそう俺を捕まえられると思うな秋乃。
妹様さえ介入してこなければ逃げ切ってみせる。
「おい秋月、ここの問題答えてみろ」
全く授業とは関係のない事を考えていた俺は、授業の内容が頭に入っているわけもなく、
「……すみません、聞いてませんでした」
「やっぱりか。最近弛んではいないか? まぁそれは後でだ。取り敢えず次の問題が終わるまでそこで立ってろ」
そう言って教師は授業を再開する。
俺の周りはクスクスを笑い、秋乃のやつはニタニタ笑っていた。
元はといえばお前が原因だと言ってやりたい!!
だが、直接言っても、「私は何もしてないわ。貴方が一人悩んでいただけじゃない」と正論を言われて終わりだろう。口で秋乃に勝てたことなど一度もない。
今に見てろと思いながら、次の問題が終わったので座り二度同じ目に合わないようそれから終始聞き逃さないよう授業を受けた。
放課後、授業が全て終わり開放された俺は何か秋乃に仕掛けられる前に変えろと大急ぎで荷物を纏めて廊下に出た。どうせ秋乃はそんな俺を見て楽しんでいるのだろうが関係ない。逃げることが最優先だ、プライドはちょっと後ろに置いておく。
流石に廊下を全力で走ると風紀員は先生方からお説教を食らうので早歩きでおさめる。そして俺の下駄箱についきもう大丈夫だろと安心したところに、秋乃からの刺客が現れた。
「あー、御東さんだったよな? そこ、どいてくれないか?」
御東さんだった。彼女は表情を変えず俺の下駄箱の前に立ちふさがっている。
改めて容姿を確認するが、とても可愛らしい娘だと思った。ショートの水色の髪に平均以下だろう身長。体は細くスタイルはいいがちょっと足りないところがあるかもしれない。
もしかして妹様も一緒だろうかと思い辺りを見回すがそれらしい人影はない。
「秋月先輩、少し、お話があります」
瞬間、グサリと突き刺さる幾つもの視線。
一体何事だと少し辺りを探ると、一部男子が非常に怨念篭った視線を俺に向けていた。
彼らは俺が気づいたと知るとプラカードを持ち上げる。
『我らが流ちゃんに何用だ!!』
用があるのは俺じゃないと言ってやりたいし、お前らこそなんだと問いたい。
だが、あの手の奴らは会話が成立しない事を知っている俺は、通りかかった風紀員に報告。即刻退場願った。
「それで、どんな話だ?」
「……学内戦の話です」
「なんでそこまで俺を誘う。特化戦隊なら並大抵のには負けないだろ」
素直な評価だ。周りの認識は眷属がいないことから大したことないというものだが、実際彼女たちは各分野トップレベル故、相当の強さを持つ。確かに眷属がいないと手数やら切り札が使えないが些細なことだ。
「いえ、今回は運動部のエースが絡んでくる……らしいです」
俺はそれから少し御東さんから話を聞いた。
どうやら相手に思わぬスケットがいるらしい。今の状態では対応するのが難しいとのことだ。
運動部となるとそれなりに身体能力はいいだろうしましてやエース。恐らくそこに契約した魔女もつくだろうから中々厳しいかもしれない。どうせエースの契約した魔女も実力者だろうしな。
「成程な。理由は分かった」
「では――――――」
「やっぱり他の人を探せ。前にも言ったかも知れないけど、俺はやる気がないしブランクがある」
御東さんは同じことしか言わない俺に少しカチンと来たのか表情を強ばらせる。
少し不味ったか? と思うが後の祭り。
「やる気ですか。分かりました、やる気が出るようなものを用意します。ブランクは秋乃さんがある程度補えるそうでし大丈夫ですね」
あまり表情のない彼女に火がついてしまった。
「明日、また来ます。それでは」
そう言って立ち去る御東さん。
俺は一人ポツンと残され思う。
「面倒なことになりそうだなぁ……」
今年入ってから最も面倒な事態。俺は去年の経験から、契約にいい思いを抱けなくなったし、元々大したものでは無かった刀すら振るわなくなった。言ってしまえば、どうでもよくなってしまった。
そんな俺を引っ張り出そうとする御東さん。
どうも秋乃の思うがままになっているような気もして軽く寒気がしたのだった。
あの人は去っていく。
追いかけたいが体は全く動かない。
待ってくれと訴えかける。
声すら碌にでやしない。
何でだ、と問いたいが声がでなければなんの意味もない。
だがそれでもあの人は気づいてくれた。そしてあの人は言う。
「もういいの。君の役目は終わり」
終わり、その言葉が媚びりつき離れない。
何度も耳の中で反響し消え去ってはくれない。
「もっと強く、いい眷属が見つかるの。だから、もう終わり」
そう言って彼女は去っていった。
振り向くことさえなく、興味を失ったかのように。
翌日、ドタバタとうるさい足音で目が覚めた。
恐らく妹様が部活に遅れると焦っているのだろう。ああ、この場合部活と言うのはスケットの事であり天文部は全く関係ない。というかホント今頃だが何で天文部なんて選んだのか謎である。
俺はまだ時間があるので二度寝でもしようかとも思ったが、今寝てしまうと遅刻しそうなので渋々断念。
ついでに何だか頭に残る嫌な頭痛を感じ取りため息をつく。
「なんだか、嫌な夢を見たような……学内戦やら契約やらと触れたからか?」
そんな事を思いながら顔を洗いに下に降りる。
「あ、お兄おはよう! アタシは今から青春の汗をかいてくるぜ!」
「おう頑張ってこい。ただし制汗スプレーは持ってけよ? どこぞの阿呆どもが騒ぎ出す」
「ん? よく分からないけど分かった! それじゃあ玄関にあるの借りて行ってきます!」
「おーう、行ってらっしゃい」
ちなみに玄関に置いてあるのは俺が妹様ように設置しているもの。
一度歩いたり走り出すと止まらない妹様の事だ、洗面所に行って制汗スプレーなんぞ持って行きはしないだろうからな。まぁ一応部室棟にはシャワーもあるからいらないとは思うが。
身内贔屓が入るかもしれないが、本当に俺と兄妹かと思うほど整った顔にサイドテールにされた綺麗な黒髪に健康的な肢体を持つ美少女と言える妹様だ、御東さんのようにファンクラブだって秘密裏にだがある。そんな変態どもは口を揃えて言うのだ。
『小雲タンの汗の匂いハァハァ』と。
見つける度に鈍った体を動かし殲滅しているが一向に減る気配がない。故にこうやって気を配るしかない。……あれ? よく考えると案外俺って刀振るってないだけで体自体は動かしている?
流石妹様、無意識に俺の健康状態を改善しているとはおそるべし。
そんな事を考えている間に妹様は家を出て学校へと向かった。
俺は一人顔を洗うやら歯磨きなど身支度を整え食パン一枚丸かじりする。
ついでにテレビをつけて軽く情報収集。
「……近いうちに他のシフトとの交流会がある、ね」
普通シフト同士がかかわり合うことはない。シフト同士が繋がっているわけでもないから、連絡を取るにせよ全部通信でしか出来ない。シフトを行き来するならば、それこそ危険性を伴う空の旅くらいしかない。
それじゃああまりに危険と言うことで、シフト同士に間に橋をかけようなんて試みもあるらしいがどうなっているのやら。
「さて、と。ちょっと早いが出るか」
テレビを消し食器をシンクに放り込む。
そしてカバンを持って家を出た。何時も通り歩きバス停へ。少し早かったからかまだ並んでいる人は少なく、バスに乗り込む際に席に座ることができた。
少し早くでるだけどこれなら、これからはこの時間に出るのもいいかもしれない。
すると隣に座る生徒が一人。トスンと座り込んだその生徒は、昨日の昼、放課後に少し話しをした御東流という少女だった。
「ん? 御東さんか、おはよう」
「……おはようございます」
彼女は少し眠そうにそう返事をする。
俺は今まで、このバスで彼女を見かけたことがなかった気がするので少し訊ねてみる。
「御東さんもこの時間のこのバスだったのか?」
「え、と。そう、ですね。あの、わざわざさんをつけなくてもいいですよ? 私の方が年下ですし」
「そう言ってくれるなら、今後は御東と呼ばせてもらうよ」
前半は少し歯切れの悪い返答だった。
もしかして影が薄いねという意味だと取られてしまったか?
それからは無言だった。何をすればいいか、なんて話しかけるべきか分からず只々バスに揺られて黒刻学園を目指す。
はて、どうしたものか。あまり会話をしたことのない相手だとやりづらくてかなわない。まぁ、御東は静かに登校したい人かもしれないし様子を見るか。
と思っていたらコテンと肩に伸し掛るものが。
何だ? と肩を確認すると、綺麗な銀にも見える水色一色で視界が埋まった。同時にシャンプーの匂いか、爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。俺は急いで顔を正面に戻す。
恐らく今のは御東の頭だろう。あれか、眠そうにというか眠かったのか。もしかしたら先程の無言空間はこれが原因あったのかもしれない。兎に角、御東は眠ってしまい俺の肩に寄りかかってきた。髪の毛はサラサラで、眠っている御東の顔が視界に入る。ホント、人形のようだ。まぁ実際は生きてるけどな。
「役得? とでも思っておくか。なんか起こすのもはばかられるし」
そのまま御東は、学園のバス停につくまで目を覚まさなかった。
そしてそれから時間は経ち、授業終わりに休み時間。
何処からともなくジッと見られているような感覚に陥った俺は、また秋乃かと彼女を見る。しかし秋乃はまだ黒板の文字を書き写しているところで視線の主では無かった。
では一体誰だと言う話になる。そこで俺はさりげなく周りの様子を伺う。するとどうだろうか、廊下の方で動く影があった。普段ならどうでもいいのだが、タイミングが良すぎる事から念のために廊下へと出る。
「………………あ」
「………………ん?」
そこには、今朝も一緒だった御東がいた。
御東はしまった言う表情をした後、そそくさと退散していく。
「……なんだってんだ」
それからも同じような事があった。
授業終わりの休み時間、必ず視界の何処かに御東を見かける。
その度に会いに行くのだが、既に居なくなっていたり、いてもそそくさを逃げていく。解せぬ。
「という訳で、お前の差し金かと思ったんだがそこのところどうなんだ?」
「どうかしら、私にはさっぱりね」
昼休み、もしかして秋乃の差し金かと思い聞いてみたところ今一な反応を返してくるだけ。ただ、秋乃が俺を見る目には、面白そうという色が見えたことは確かだ。
そこで俺は、昼休みに一度御東とはっきり向き合おうと決めた。先ず捕まえて真意の程を問いただそう。ということで俺は食堂ではなく購買に行きパンと牛乳を購入。そのまま校舎裏の方へと向かう。
案の定、後ろからジャリと砂を踏みしめる音がする。
そして曲がりきった所で待ち伏せ。どうやら足音の主は行くかどうか迷ったらしいが勇ましく歩みを進めてきた。
「ようやく一対一だな御東後輩」
「っ!? ま、待ち伏せですか……心臓に悪いです」
「いや、お前が逃げなければ俺だってこんなことしないからな?」
逃げ道を塞ぎながらそう言うと、うぐと黙る御東。
御東は俺を恨めしげな目で見つめつつ、覚悟を決めたのかしっかりと向き合ってくる。
「さて、一体なんの用で俺を監視してたんだ?」
「……単刀直入に言えば、昨日の件です」
大体予想通りの返答にため息をつくほかない。
「あのな、俺は嫌だって言ってるだろ?」
「でも、今のところ頼れるのが先輩しかいないんです」
「いや、お前らも何処からか人借りてくればいいじゃないか」
「それは学内戦が成立した時点で無理です。他の部から体験入部させる場合、書類提出、審査が入り残り日数ではできません」
それはつまり、他の部から引っ張ってくるのは無理だが、親友部員なら可能と言うことだろうか。確かに、入部するだけなら届けを出せばすぐ承認される。
「てことはだ。俺以外の帰宅部でもいいんだろ? 帰宅部は多くが契約してない奴らだから簡単に集まるさ」
「実力が足りないんです。実戦経験皆無が大多数だそうです」
秋乃先輩がそう言ってましたと御東が付け加える。
どうやら着々と俺を追い詰める包囲網が完成しつつあるようだった。ここに秋乃がいないのは外堀から埋めるためか! こうしてはいられないと思い秋乃を止めようとするが、ガシッと俺の制服の裾を掴まれる感触が。
見れば御東がしっかりと俺の制服の裾を掴んで離すまいとしていた。
「く、御東その手を放せ! 秋乃を止めないと手遅れになる!」
「無理です。取り敢えず、嫌だというなら納得のいく理由が欲しいです」
「だからやる気が――」
「嘘ですよね」
御東はハッキリとそう言い切った。
「いや、嘘ではないのかもしれませんけど、他にも理由があるんじゃないですか?」
ジクリと胸の奥が痛むが、それを押さえて聞き返す。
「何を、根拠に言っている?」
「小雲ちゃんの話と、今まで観察してきてなんとなく、そう思っただけです」
俺は一瞬、はい?と惚けてしまう。俺はてっきり、先程のハッキリとした物言いから俺が断る理由にたどり着いたんじゃないかと思っていたからだ。秋乃の後輩故、そう言った手法は教え込まれているとばかり思っていた。……そうなるとウチの妹様もそうなるから有り得ないか。いや、あのお馬鹿加減からして教えられても覚えていないだけかもしれないが。
まぁそれはともかく少し安心だ。実の所、俺のやる気を削ぐことになった出来事は俺が女々しいだけというもの。もう終わり、戻ってくることのないという事実を知ってしまい、頑張るだけ、やるだけ無駄と考えてしまう。
「先輩、何度でも言います。手伝ってもらえませんか?」
御東はそう言って俺を下から見上げてくる。
手伝うと言うことは、刀を持って戦い、誰かと契約すると言うこと。
『またその内捨てられるぞ?』
自分の中で誰かが囁く。
『期待するだけ無駄だろ?』
それはまさしく自分の声。
『あれだけ頑張ったのに無駄だったんだ』
うざったい。だが否定しきれない自分がいる。信頼しあい、頼り合い、上り詰め、捨てられ。地道に積み重ねてきた信頼は、たった一言で崩れ落ちる。誰よりも信頼してきたパートーナーの言葉で。
そう考えるともうダメだった。やはりもう一度刀を持ち、誰かと契約しようだなんて思えなかった。きっと俺は、一度でも誰かと契約してしまえば見捨てられなくなる。
「……悪い、やっぱり無理だ。俺にはできない」
「そう、ですか」
そう言って御東は俺の裾を離す。が、そこで終わりでは無かった。
「でも、諦めません。どうやら私、諦めは悪い方だったみたいです」
自分でも確認するかのようにそう呟く。
どうやら自分で自覚したのは初めてだったらしい。
「なんでこんな時にそれを言う!?」
ある意味秋乃より面倒くさい奴かもしれない。
「では私は教室に戻ります。……また来ますので」
「オイオイ、勘弁してくれ……」
御東は俺の呟きなんぞ完全無視して先校舎の方へと歩き出す。その姿はすぐに消え、残されたのは俺一人。
「はぁ、先が思いやられるな」
最近ため息をつくことが多くなったなと思いながら、もう一度深くため息をついた。
次の授業終わりの休み時間。
廊下を歩いていると御東がやって来て、
「先輩」
「嫌だ」
「先輩」
「嫌だ」
「先輩」
「い・や・だ!」
更に次の時間。
「秋月! 可愛いお客さんだぞ!」
「お邪魔します」
「遂に教室にまで入ってきやがったッ!?」
更に次の次というかSHR前の掃除終了後。
「ここにいましたか、先輩」
「何で、俺がここの自販機にいると?」
「秋乃先輩が、先輩の分布図をくれまして」
「あのアマァー!!」
そしてしまいには放課後に。
「……一体どこまでついてくる気だ?」
「先輩が私と会話をしてくれるまでです」
「よし、今会話した。もういいなほら帰れ」
「ただいまー」
俺はふらりと家の中へと入る。
予想以上にしつこかった、あの後輩。あの後も引っ付いてくるのでワザとファンクラブのたむろする場所へ移動。周りをファンクラブに囲ませた上で振り切ってきた。大丈夫、ファンクラブは流を絶対とするから傷つけることはない。中には風紀員もいるみたいだし。
一度部屋に戻り普段着に着替えて下に降りる。忘れていた手洗いうがいをした後、水をコップに汲んでリビングのソファに深く座り込む。
疲れた、とても疲れた。段々あの後輩は遠慮がなくなってくるし、周りからは奇異の目で見られるしで散々だ。特化戦隊め、どいつもこいつもやってくれるじゃないか。妹様は別だが。
「にしても、学内戦ねぇ……」
あそこまで言われ続けると、嫌でも言葉が染み付く。
学内戦、もし参加するなら何ヶ月ぶりだろうか。去年の冬、大体一月からだから五、六ヶ月と言ったところか。つまり刀をそれだけの月日、振るっていない。
「は、あの頃の俺じゃ想像もできなかっただろうに」
ひたすら上達しない刀術を練習していた数年前の俺。
刀を始めた当時は明確な目的もあり常に振るっていたが、中学に卒業する頃に一度冷めてしまった。理由は目的を果たすことが出来そうになかったから。そして高校に上がりとある日を堺に再び熱意を取り戻した。と言っても普通に刀術なんて使えなかったけど。
「冷めたのは二度目、か。いや、一度目とは違うし、少し違うのか」
まぁ目的を果たせなそう、目的を果たせなくなったの些細な違いだ。
ダメだなぁ俺、と一人落ち込んでいると玄関が少し騒がしくなった。恐らく妹様が帰ってきたのだろう。パン、と顔を叩き気合を入れ直す。あんな湿気た顔を見せたくはない。
そしてリビングに入ってくる妹様。
「おかえり小雲」
「ただいまーお兄。今日も青春してきたぜ!」
グッと親指を立てて拳を突き出す妹様。
本当に俺の妹なのか不安になる精神構造の違いだ。この根暗兄は養子ですと言われても信じてしまうかもしれない。
「おや、お疲れ?」
「ああ、凄い疲れた。って、ん? 小雲、お前の後ろに誰か――」
「お邪魔します、先輩」
「――――――――」
「ありゃ、お兄が固まった」
俺に安寧の地はないと言うのか!!
心のなかで、一人静かに涙を流した。
御東はそんな俺を見て更なる追い打ちをかけてきた。
「今日は一日お邪魔しますね、先輩」
「一日、だと? つまりお泊り?」
御東は頷く。
「どういうことだろうか小雲」
「あ、あれ? 言ってなかったっけ?」
ガッシリと小雲の両肩を掴み問い詰めるが、そのいいようだと前から決まっていたようだな。何故、何故もっと早く言ってくれない。言ってくれれば俺も友人宅に泊まりに行っていたのに!
「えっと、実は前々から泊まりにこない? ってきいてたんだけど、今日はOKって言うから連れて来ちゃった。聞けばお兄とも交流があるみたいだし……ダメ?」
「分かったOKだ。俺は自室にいるからなにかあったら呼んでくれ」
そう言って階段を登ろうとしたところ、
「何故ついてくる?」
「いえ、お構いなく」
俺は御東の後ろ襟元を掴んでポイとソファに投げつける。
ふみゃ!? と可愛らしい声がしたが気にしない。
「おおー、あのながれんがお兄には遠慮ない。仲良しなんだね!」
「違うからな小雲?」
ははは、照れなくてもいいのにー、と笑っている小雲。
もうそれでいいから部屋に戻ってもいい? というか戻る。
俺はソファから恨めしげな視線を送ってくる御東に見送られながら自分の部屋へと閉じこもった。もう必要最低限の時しか出ない、そう決めた。
リビングに残された流と小雲は談笑していた。
「いやぁ、お兄とながれんがここまで仲が良かったとはね~。てっきり、始めてあった時から変わってないと思ってたよ」
「秋乃先輩絡みで色々ありまして。最近はよく会います」
正確には会いに行っているだが、それを洩らすヘマはしない流。
「そっか、秋乃先輩絡みなら仕方ないよね。お兄も敵わない人だし」
何より怖いし、と最後に付け足しニシシと笑う小雲。
流はそれを見てクスクスと笑う。
「あー、そういえばさ」
「どうかしましたか?」
突然小雲が申し訳なさそうな顔をしていう。
「いや~ほら、私と部長が挑発に乗っちゃったから学内戦が起きるわけでしょ? 今回は相手、そうとう強いみたいだし負けたら部室も何も無くなっちゃうのに……ホントごめん!」
小雲は両手を合わせて真摯に流に向かって謝罪をする。
何時もは元気で何も考えていないような娘だが、実際はいつ謝ろうか悶々と悩んでいたのだと思うと、おかしくてクスリと笑ってしまう。
「わ、笑った!? ながれんがアタシの謝罪を笑った!」
プンスカ怒る小雲。
それを見て更に笑いが込み上げてくる。
「あ、あはは、ごめん、なさい。ちょっとおかしくて」
「むぅ、そりゃあアタシは能天気ってよく言われるけどちゃんと謝罪くらいは出来るんだからね?」
「うん、分かってる。その挑発に件は今私が笑っちゃったのでチャラにしましょう?」
「ほほぅ、おぬしも悪よのぅ」
「小雲ちゃん、使い方がちょっと違うかと」
きっとテレビで見たんだろうなぁと思いながら、出されたお茶を飲む。
緑茶の渋みが広がり、はふぅとつい気の抜けた声を出してしまう。
「あはは、ながれんおばあちゃんみたい!」
「な!? 言うに事欠いてそんな事をいいますか!?」
わいわいぎゃぁぎゃあ騒ぐ二人。ちなみにこの時八雲は自室にて今後について考えているところだったのだが、下から聞こえる馬鹿騒ぎによって考えるのが馬鹿らしくなり課題に手を付け始めた。
それから暫く談笑し、クラスメイトや担任、部活の話やらで二人は大いに盛り上がった。珍しくテンションの高い流は、ファンクラブ会員が見れば卒倒もので諭吉さんが飛ぶレアシーンであると、後に八雲は知ることになる。
「っと、もうこんな時間だね。そろそろ夕飯だからお兄が降りてくるはずなんだけど」
小雲がそう言うと、タイミングよく二階からドアが開く音がし八雲が降りてきた。
そして流を確認すると失念していたと頭をかく。
「あー、そういや三人分か」
それを見た流は、負担になるのかと思い、
「すみません、大変だったら私はコンビニでも平気です」
と言うが、八雲は違う違うと手を振り言う。
「別に二人も三人も変わらない。ただ、嫌いなものはあるか?」
八雲の以外な問いに少し硬直する流だが、戸惑いながらも特にありませんと返事を返す。
「そうか。じゃあ予定通りカツ丼でいいか」
八雲は冷蔵庫を漁りながらそう言い、材料を引き出していく。
流はふと、疑問が浮かび上がり八雲に聞いてみる。
「あの、もしかして秋月先輩が作るんですか?」
「ああ。ウチの妹様は細かい作業がてんでダメだからな。大根はまっぷたつ、人参は三等分、じゃが芋は皮剥かず丸ごと入れるんだ。おかしな物を入れないのが唯一の救いか」
「待ったお兄。アタシだって進化してるんだよ?」
「ほぉ、じゃあどんな事が出来るようになった?」
問われた小雲はフフンと胸を張って、無駄にためを作ってから言う。
流の中ではドラムロールが鳴っていた。
「ジャジャーン! ゴボウはあくを抜きましょう!!」
流はまたジャジャーンの使い方が違うと思いながら、呆れているだろう八雲に視線を向けるが、その反応は予想とは違い震え驚いていた。何故?と疑問に思うがその理由をすぐ理解することとなる。
「お兄知ってた? ゴボウってそのまま食べると体に悪いんだよっ!」
八雲の反応を見てさらに調子に乗った小雲が言う。
その顔はまさにドヤ顔。
そして八雲は、
「まさか、じゃが芋の芽すら取らないあの小雲がアク抜きを覚えただと!?」
その言葉から、八雲が驚いていた理由を悲しくも理解してしまった流。
「ふっふ、二年前のアタシとは違うのだよ!」
「まさか、二年前まではアク抜きもじゃが芋の芽も取らずに調理を?」
八雲は流の問いに頷く事で答える。
流は戦慄し、知らずにメラニンに抵抗し続けた八雲に尊敬の眼差しを向けた。
「あ、あれ? 何だかお兄だけ好感度上がってない? ねぇアタシは?」
「味はいいんだがな。成分の方が非常に危険。傷みきってるの普通に使っちゃうしな」
「も、勿体ないからだよ? わざとだからね?」
「体が丈夫にはなったよな。ホント、そこだけ感謝してるよ」
「いまアタシ褒められた? 喜んでもいいの?」
喜んじゃうよ? と再三確認する小雲に、八雲は頷く。
そんな八雲に同情の視線を向ける流。この空間は実にカオスだった。
それから小雲と流はキッチン付近から、調理するからあっちで待ってろとリビングに追い出されていた。
今回のメニューは前からの小雲からのリクエストだったらしく、ソファに座る流の隣で鼻歌を歌いながら喜びを露わにしていた。
「随分、仲がいいんですね」
「でしょー。まぁたった二人の家族だからね。ちょっと過保護なとこがあったりするけど、お兄は優しいよ?」
一応小雲からこの家にお邪魔する前から知らされていたことだが、改めてお邪魔してみて家族が二人しかいないと言う事実を確認することとなった。
家具は四人分あるのに、あまり使われてないと分かる新品同様の椅子。生活品がそこらじゅうに置いてあるが、どう多く見積もっても二人分しかない。壁にかけてある上着もやはり二人分。家がそこそこ広い分、余計寂しく感じる風景だ。
何故二人だけなのか詳しい理由を流は聞いていないが、八年前に両親が他界していることだけは告げられている。
流の頭から八年前という単語が離れなかった。この東京シフトで起こった大事件、それもちょうど八年前。死者が多数出たその事件は、他のシフトすら動揺させるものだった。
「おーいながれーん戻ってこーい」
するとニュッと流の眼前に小雲の顔が現れる。
流はハッとして意識を此方に戻し小雲の話を聞く。
「それでさー、この前なんてお兄がさー」
内容は揃って小雲をお世話する八雲の話。
そしてそれが第十話へと差し掛かろうとしたとき八雲がエプロンを外しながらリビングにやってくる。
「ストップだ小雲、それ以上言うと俺の中の小雲アルバムが火を吹くぞ」
「わーわー! 分かった、カツ丼をテーブルに運べばいいよね!」
「物わかりがよくて助かる素直な妹だよ。ほら、御東は座ってまってろ」
「私も手伝いますよ?」
「いいって。お客にそんな事させる訳にはいかない。取り敢えず俺の為とでも思ってまっててくれ」
そう言って八雲はキッチンへと戻っていく。
変なところで頑なな、と流は思いつつもその顔には笑みが浮かんでいた。
そして夕食。
流は小雲の隣に、八雲は小雲の正面の椅子に座って食べ始める。
「……想像以上に、美味しいです」
「想像以上はいらん。男の料理だから不安だったかもしれないが、伊達にこの妹様の兄はやってない」
流は成程、と納得し食事を再開する。
普通ならここで突っ込んでくる小雲だが、彼女はガツガツと乙女を捨てた勢いでカツ丼を平らげていた。
「んぐ、おかわり!」
「はいはい。ちょっと待ってろ」
八雲は席を立ち上がり小雲から茶碗を受け取りキッチンへ。
流は小雲の食べるペースがあまりの早さに驚くが、八雲の様子を見てこれが何時も通りなのだと知る。
それから小雲は食べ続けた。八雲と流が食べ終わる頃、彼女はすでに五杯目。流石にこれが日常とは大丈夫なのだろうかと心配になってくる流。
そんな流に気づいたのか、八雲が言う。
「何時もの光景だから問題ないぞ。ただ、肉が絡むと食べる速度と量が上がるんだ。だからウチでは肉を使う料理は安売りセールの時だけだ」
「まるで主婦ですね、先輩」
「まぁ、小雲に家事を任せるとガラス一枚二枚おしゃかになるからな。ああ、でも代わりにお使いとか買出しは小雲がやってるんだ。ほら、小雲は運動神経もいいし俊敏だしでセール時何かは助かってる」
まぁ自分の食べる肉が関わってくるからなと苦笑いし、小雲を見ながら言う八雲。
それに流もまた苦笑し、未だ食べ続ける小雲に視線を向ける。しかし、ふと訊ねたい事があったと思い出し八雲を見る。
「あ、先輩、食器は何処、に……」
置けばいいですかと訊ねようとしたものの、小雲を見る八雲を見た瞬間言葉が途切れる。その時流が見た八雲は、何時になく穏やかで優しい目をしていた。途中で言葉が途切れたのは、この温かい光景が終わってしまうと思ったから。
気づけば流の視線は八雲に向いていた。
「お兄、もう一回おかわり!」
「何だ、いつも以上によく食べるな……って、ん?」
八雲は小雲からまたお茶碗を受け取り立ち上がる。その際、自分を見ている流に気づき頭を傾げる。一方流は、何を見とれていると独り心のなかで羞恥に悶えていた。
そして八雲は何を思ったのか、流に訊ねる。
「御東もおかわりいるか?」
「いりません!」
「そ、そうか。って、ありゃ、そもそも後一食分しかないか。小雲、今日はこれで終わりだ」
「えー、お肉がちょっと足りないかも」
流はそんな会話をしている兄妹を他所に、気にしてくれた相手に対し先程の言い方はないだろうと自分を嫌悪したと同時に、この家の食費は大丈夫なのだろうかと気になった。
ようやく、秋月家の夕食が終わろうとしていた。
夕食後、俺は自室に戻っていた。
食器洗いは妹様の担当なので任せておいたのだ。
「女性相手におかわり聞くのは失礼だったか」
先程の流の返事を聞いてそう思った。何時も妹様しか見ていないからつい自然と聞いてしまったのだ。もう少し女性の扱いには気を付けないといけないな。
「まぁ、それは次があれば気をつけるとして……ここまで接触がないと言うことは純粋に遊びにきただけなのか?」
今この時まで、御東から接触してきたことはない。見れば純粋に妹様と談笑しているだけだ。実に楽しそうに語り合う二人の声は、俺の自室までしっかりと届いていた。
これなら変に警戒する必要はないのかもしれない。
そう考えると、大分精神的に楽になる。学校での御東はストーカーかと言いたくなるくらいにしつこかったからな。まぁそれだけ必死だと言うのも伝わってはきているが。
「そもそも、なんであそこまで真剣になるんだか。たかが部室だろうに」
負ければ次の機会を待って取り戻せばいい。それこそ、学内戦を相手が拒否してこようが秋乃がいれば簡単に挑発できるはずだ。別の部だっていい。どの部も弱いとまではいかないが、強いとされる部は分かっているのだからそれ以外を狙う。特化戦隊は噛み合えば強いと部類されるのだから念入りに作戦を立てれば勝てないことはないはず。
「それとも、あの部室にこだわりがあるのか? それとも中身?」
次々と疑問が浮き上がるがどれが正解かなんてことは分からない。
いや、詳しく知る必要なんてないか。というか知りたくない。知ってしまえばきっと簡単に揺らぐ。そこに妹様まで追加されてしまったらもう逃げられないじゃないか。
……止めよう。考え出すと切りがない。
「風呂でも入れてくるか」
考えることから逃げ出すように、俺は下に降りて風呂場へと向かった。
当然、お約束なんて事はなく、ちゃんとノック、様子見をした後に風呂場へ。それから風呂を洗って流す。一応ちゃんと洗えたかを指で擦って確かめてからお湯を入れ始める。
入る順序はその時によるのだが、御東がいるから女性陣には先に入ってもらおう。そうすれば間違いも起きまい。そう考えながらキッチンで水分を取ってから二階の妹様の部屋に行き風呂の事を伝える。
そして俺は自室に戻り、暇なので漫画を手にしてベットの上で読む。
ちなみに全二十巻のバトルもの。
読んでいるうちに段々眠気が俺を襲ってくる。風呂に入って吹き飛ばしたいところだが、先程階段を降りる足音がしたので妹様たちがはいっているのだろう。
下に降りて顔を洗うのもありだが、変なタイミングで鉢合わせとか勘弁して欲しい。課題はやってしまったから本当にやることがない状態でこの眠気。もう抗わず従ってしまおうか。
朝風呂でも問題はないハズ。むしろ問題なさすぎて良い。
そうしよう、そう思った瞬間完全に俺の意識が抵抗をやめる。徐々に徐々に意識は曖昧になり、俺の意識は落ちていった。
カポーン。
小雲が桶を風呂場の床におくとそんな音がする。
「さあって、アタシも入ろー!」
そう言って流の向こうへと座り込む。
流は堂々としている小雲を見ながら、羞恥心を隠せずにいた。
「んー? そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃん。どうせ女の子同士だし、ながれんの肌凄い綺麗じゃん!」
そう言って小雲は流へと飛びついた。
「ちょ、小雲ちゃん!?」
「よいではないか、よいではないかー……ふへへ」
小雲の手はが流のあらゆるところをまさぐる。
鎖骨、へそ、尾てい骨などなど、その手つきはまさにオヤジ臭い。流は抵抗するのだが、身体能力では小雲に勝てずなすがままとなっている。
「ふ、そ、そこは! ん、小雲、ちゃん!」
「ふぇー、お肌スベスベ。色も白いし素晴らしいね!」
「くぅ、なら、私もやられっぱなしでいられません!」
ここから流も反撃に転じる。
同じように小雲に撫でられた部分を攻める。が、小雲はそれを微笑ましそうに見ているだけ。
何故効かない!? と流が言うと、小雲は、
「ふっふっふ、慣れって、怖いんだよ?」
遠い目をしてそう言った。
そう言えば、助っ人帰りのシャワールームとかでそういう目によくあっていたと聞いたことがあった。当然同性だが。
「と、言うわけで、アタシも無駄に手つきがね? それじゃあ今度はアタシのターンだッ!」
なんという失態と呟く流。此方からの攻撃は効かず、相手に一方的にやられる状況。防御特化としてのプライドが折られてしまった瞬間だった。
それから数分間攻防は続き、
「ふぅ、満足満足」
「そ、それは……良かったですねぇ」
幾分か肌がツヤツヤ輝いている小雲に対し、ぜぃぜぃと荒い息をする流。最後まで流の完敗だった。
流石にやりすぎたと思ったのか、小雲は両手をあげてもうしないと反省を示す。流は怪訝な表情で小雲を見つめていたが、軽くため息をついて警戒を解いた。
「いやぁ~、だってあまりに綺麗でスベスベで」
「嬉しいですけど、勘弁して欲しいところです」
そう言いながら、浴槽から出て髪やら体を洗う。
髪を撫でる流の姿は実に無防備。小雲の悪戯心が疼き出す。
そろーりと指先を脇に突きつけ、ちょいと押す。すると、
「ひゃん!?」
小雲の望んだ通りの反応が返ってきた。
ぷるぷると体を震わせる流。
「反省の色が、見えませんね」
その時の流は何時になく目が座っていた。
あー、ついやってしまったと今更思う小雲。
第二Rが始まった。
「ん、く……」
「ふはは、アタシに勝とうなんて三ヶ月早い!」
先程以上にくれんとした流がそこにいた。
どうやら第二Rも、流は勇ましく戦ったが惨敗。その結果がこうだった。無論、小雲は更にツヤツヤとしている。
「分かりました、降参です。……何で私が下手に出てるんでしょう」
「あ、あはは」
ジト目で見つめられた小雲は苦笑いで誤魔化す。流ははぁ、とため息をつくと湯船に深く浸かる。
「う、機嫌を直して下さいよながれーん」
対して流は湯船のなかでブクブクと音を立ててる。
(ありゃー、流石にやりすぎちゃったか!)
小雲はどうやったら機嫌がなおるのか考えるが全く思いつかない。そこで最終手段、本人に聞いてみる、を実行した。
「どうやったら、ですか?」
すると釣れた。
思った以上に好感触だったので小雲は一気に畳み掛ける。
「うん! そ、例えばお兄のアレな本の場所とか傾向とか恥ずかしい話とか!」
同時刻、眠っているハズの八雲がくしゃみをした。
流は小雲の話のなかに、自分ではなく兄しか出てないがいいのだろうかなどと思いつつ、最愛の妹に売られた八雲に同情せざるをえなかった。だが、これは正直流にしてみればチャンスだった。
聞きたいことは幾つもある。冷静に情報を整理し、この日常的会話の中で聞いても問題がないであろう疑問をピックアップし絞り込む。両親の話は重い。では何時刀を持ち始めたか? それは些細な事。
もっと他にあるはずだ。
流は風呂で熱くなった思考を冷やし、小雲に聞く。
「それじゃあ、秋月先輩のことを聞いても?」
「んぅ? 冗談で言ったけど、お兄の話でいいの?」
「はい、秋乃先輩が何時も面白そうに言っているので少し気になって」
なるほどーと頷く小雲に、少し嘘をついたことで罪悪感を感じたが今は気づかぬフリをした。
「よーし、それじゃあお兄についての質問どうぞっ!」
流は一拍おいて口にした。
「秋月先輩が――刀を手にとったわけを」
「お兄が刀を手にとった理由?」
考えた末、聞くことにしたのはそれだった。
何を思って刀を持ち始めたのか。それが分かれば、もしかしたら今持たない理由が分かるかもしれないと思ったからだ。
小雲は少し考え何といったらいいのだろうと悩み始めた。
「えーとね? んー刀を選んだ理由は案外適当だけど、刀を持つことを選んだのは明確な理由があったから、かな?」
小雲にしては曖昧な返答だと流は思った。
二つはそれぞれ意味も違い、それぞれ別の理由があることだけは伝わる。どういうことかと小雲を見ると、また少し考えをまとめているところだった。
「刀を選んだ理由はだよ? お兄恥ずかしがって言わないけど、カッコイイから! だったハズ」
思わぬところで抜けた回答が返ってきた。
まさか八雲が刀を武器に選んだのがそんな理由だとは思っていなかった。それは確かに恥ずかしくて言えない。
「それで刀を持つ事にしたのは、ね? あー、これはお兄には内緒だよ? ながれんだから話すけど」
「分かりました、誰にも言いません」
よろしい、と小雲は頷き続きを話す。
「あんな呑気なお兄だけど、一時期凄い張り詰めてた時期があってね? 大体六七ねん前の話なんだけど。今から八年前かな、両親があの事件で殺されちゃってね?」
「っ!」
「アタシとお兄は生き残ったけど、当然心が病んじゃってさ。アタシは外が怖くなって、お兄は失うのが怖くなった」
あまりに重い話だった。これは自分が聞いていい話じゃない、そう思った流は小雲を止めようとしたが小雲は言う。
「大丈夫、もう割り切れてるからいいんだ、親友であるながれんには言っておくよ。知って欲しいんだ、アタシとお兄を。……えーと、それでね、結局お兄が刀を持つことにしたのは復讐の為でありアタシの為」
流は真摯な目で伝えてくる小雲から目が離せない。
知って欲しいと言われた。そのきっかけを作ったのは自分なのだからと、小雲の言葉を聞き逃すまいとする。
「外が怖くて出れないアタシに、お兄が言ってくれたんだ。『ちゃんと守るから』って。まぁ大して強くなかったけどね。というか普通の刀術全然ダメだったって聞いてる。」
「……………………」
「それからお兄と一緒に外に出たりしてたら、数年で克服できて今のアタシがいます! って、ありゃ、お兄の話のはじがアタシの話に?」
明るく元気なお転婆娘という印象が強かった小雲。
その実、トラウマを抱えた少女だったと知り流は強い衝撃を受けていた。
「小雲ちゃん……」
「そんな目しちゃいけないよ? 同情するなら揉ませておくれ!!」
「ど、どこをですか!」
「そんなの決まって……あー! しまった! 今日はロード賞がやる日だった!」
そう言って伸ばしかけていた手を引っ込め風呂場から出ていく小雲。
「それじゃあお先に失礼! 録画も忘れるなんて凡ミスまでぇぇぇぇぇ!!」
彼女はバスタオルを体に巻きそのままリビングへと消えていった。
流は逆に気を遣われたかと当初は思っていたが、先程の焦り具合からして本音だと分かり表情が崩れる。
「ありがとうございます、小雲ちゃん」
独り湯船に使って考える時間ができた。
分かったことは、秋月兄妹はそれなりに大変な人生を送っている事と刀を選び手にした理由。ある意味、どちらの理由も今の八雲からは読み取ることができない。
そして増えてしまった疑問。
「そこまでの目的を持っていったのに、何故今は……」
妹を守る、復讐する。明確な目的があったにも関わらず、今は刀を持たないその理由。先ずありえることとすれば復讐の完了だが、これは先ず有り得ない。次に有力な説は、志を折られること。
恐らく校舎だろうと流は予測。
そうなると、では誰に、何に折られたかという疑問が出る。
「うぅ、のぼせちゃいますねこれじゃ。それに、折角遊びにきてるんですし今はやめましょう」
そう言って頬を上気させた流は、ゆっくりと風呂場から出ていった。
翌朝、何時もより早くセットしていた目覚まし時計で目を覚ます。
まどろむ意識をゆっくり覚醒させながらベットを出る。
「あー、電気代がもったいねえ……」
カーテンが閉まっているはずなのに明るい事に気づいた俺は、つけっぱなしの電気を見て言う。
パチ、と電気を消して着替えを持って一階へ。まだ下は薄暗いことから誰も起きていないということだろう。ならば遠慮なく風呂に入れる。足音を立てないように歩き湯を沸かそうと――して止めた。
よく考えると、これには妹様の他にも御東が入ったものでありよく知らない男に残り湯を使われるのはアレだよな。
ということで急遽予定を変えてシャワーのみに。まぁ男だし頭やら体やら洗えればいいからな。
出だしのシャワーの冷たい水で顔を洗い、寝ぼけた頭をより目覚めさせる。後は温かいお湯が出るのを待つ。それから頭やら体と洗い洗面所に行き着替える。
その後にリビングへ。
時間もあることだしフレンチトーストでも作っておこう。客人に朝からトーストそのまま渡すだけじゃ味気なさすぎるし。卵をといてパン焼いてあっというまに出来上がり。
更に盛り付けておいてソファに座りテレビをつける。
もうこれのテレビをつける、は習慣なので無意識にやってしまう。
『遂にシフト同士の交流会の日付が決定しました。詳しい日程は――』
「……正気か? 一体どこでどうやってやるきだよ」
どちらかのシフトでやるにせよ、移動手段は飛行機やヘリ。このシフトを出た空には、稀に飛行可能なオルターが生息している。運が悪ければ道中でかならず喰われる。そんな危険性を帯びているのに行うことなのだろうか。
今までシフト同士は連絡を取り合うのみで大した干渉をせずに生活していた。言い換えれば、互いに干渉しなくとも生きていくことは普通に可能だということ。
「まぁ、俺には関係ないか。どうせ行くのは偉い人だけだろうし」
こっちに来ると言う話だったとしても、対応するのはえらい方々。
さて、と。学校へ持ってく道具を一式揃えて来ますか。
俺はソファから立ち上がり自室に行ってカバンを手に取る。中身はほとんど揃える必要はない。置き勉という奴だ。無論、課題に必要な時は持って帰っているが。
カバンを片手に、トイレによっていこうと思いドアの前に立つ。念のため、ノックをするが反応はない。ならば平気だなと思いドアノブに手をかけ中に入ろうとするが、
ガチャ。
「……ん? 開かないと言うことは……入ってたか!?」
これではまるで変態ではないか。
俺は一言謝ってから急いで下に降りる、足音なんて気にしてられない。
「頼むから、ノック時に返事してくれよな」
今ので完全に眠気が吹っ飛んだ。
取り敢えず出てきたらもう一度謝っておこうと決意し、下のトイレに向かう。
が、この時俺は上に誰かが入っているから下は空いてるなんて二人暮らしの発想をしてしまった。
普通にノックもせずドアノブを回しガチャリと開く。そして用をたそうと中に入ると――
「――――――え?」
驚愕の混じった澄んだ声が聞こえた。
俺がギギギと錆び付いた様な音をたてながら首を動かし、声の持ち主の顔を確認する。それは、銀にも見える水色の髪に澄んだ目、白い肢体が惜しみなく露出されてしまっている御東流その人だった。
俺と御東は二人して状況が飲み込めず硬直状態に陥る。どちらかが動けばいいのだろうが、変な緊張間が体を束縛している。だが、体は動かずとも顔の色はミルミル変化していった。
「え、あの、んっ!?」
御東の頬が赤く染まる。それはいずれ頬だけでは済まなくなり耳を含め顔全体が赤くなる。よく見れば御東はグルグルと目を回して混乱していると分かる。更にはうるみ始めてしまう。
ここにきてようやく体の束縛が解ける。
俺は速攻で振り返りドアノブを掴む。
そして体を翻し外へ。
最後にドアをバタンと締めれば――終わりだったはずなのに。
俺の行動が遅かったばっかりに、しっかりと俺の耳には水音が聞こえてしまっていた。
「………………………………」
「………………………………」
かけられる言葉は無く、というか声をかけるべきではないので俺に残された出来ることは、出来るだけ静かにドアを閉めることだけだった。
「――――――――――――っ!!??」
御東の声にならない声が聞こえたのは、それから数秒後の事だった。
むすっとした御東の隣で冷や汗を流す俺。
なぜそんな状況になっているのかと言えば、
『あれ、何でながれんがそんなに不機嫌なの?』
『詳細ははぶくけど、原因はお兄なんだね?』
『じゃあやることは一つだよ! 謝りましょう!!』
で現在に至る。結局家の中では碌に会話も出来なかったので、優しい優しい妹様がこうやってバスの席をとりセッティングしてくれたと言うわけだ。
「な、なぁ御東。今朝のことだが……」
「今朝、何かありましたっけ?」
「え、いやほら、トイレで――」
「ありましたっけ?」
「だから――」
「ありまし――」
「だぁぁああ! 分かった、何もありませんでした! だが取り敢えずすまん!」
すると御東、少し俯いて言う。
「ま、まぁ私の鍵をかけなかったのは悪いですし。と、兎に角、今朝は何も無かった、で終わりにしましょう。私も思い出したくないですし」
何とか和解? できたようだ。
そんな様子をどこからか見ていた小雲がやってきて、
「お、仲直りできた? ふふん、アタシが場を整えたおかげだね!」
「いや小雲。そもそもお前がトイレで居眠りなんてしなければよかったんだぞ?」
「わーわー無し無し無し! それは無し!」
小雲は俺の言葉を遮ろう叫ぶ。周りは一体何事だと此方を見てきたが、なんだ特化イエローかと言うと直ぐ様自身のしていた事に戻っていく。妹様よ、ぞんざいに扱われているがいいのか。
そしてバスが学園につく。
一二年と下駄箱は別なので一旦別れることになるが、何故か御東だけが階段の前で俺を待っていた。
「どうした御東。小雲と一緒に行かなくてもいいのか?」
「はい、少し先輩に用事がありまして」
そう言うと彼女はくるりと方向を変えて歩き出す。
ついてこいと言う意味だと受け取った俺は御東の後ろをついて歩く。
そしてたどり着くのはすぐそこの掲示板。
「今日、正式メンバーと賭けの対象が発表されるんです」
御東が掲示板の一部を指さす。
指の先には掲示板にペタリと貼られた大きめの紙。
内容は当然のごとく今度の学内戦の正式メンバーと賭けの対象が書いてある。
「賭けの対象は、価値の高いもの以外の全て。つまり私達天文部で言えば望遠鏡と一部を除いたものです。対して、占術部がかけたのは今年度の部費」
部費ときたか。確かに部室を持たない占術部からしてみれば賭けの対象にできるのはそれくらいのものか。だって天文部は基本的に占い道具とかいらないだろう。
「そして相手は、想像以上の大物です」
御東がずらす指の先に書かれている名前。
それはこの学校に入れば一度は聞く羽目になる有名な人物。
「まさか剣道部の主将か? なんだってこんな……」
「どうも、占術部の方と付き合い始めたらしいですよ?」
常に東京シフト内に大きな大会で入賞を果たしている強者だ。接近戦なら特化戦隊が勝てる要素がないくらいに。
というかおい主将。それでいいのか。
「一応、昨日生徒会にこれはいいのかと秋乃先輩が訴えたそうです。それの返答というのが、『それは今回限りの禁じて』というものでした」
「それって、今回は許容するってことか」
コクリと頷く御東。
その表情からは落胆の色が見て取れる。
とはいえ、万が一俺がここでやってやると言っても正式メンバーが決まっている時点で意味はない。後は特化戦隊だけで頑張るしかないのだ。
だが、御東は続ける。
「それでも秋乃先輩が色々やった結果、此方も一人に限り仮入部を認めてくれることになりました。その最後の期限が今日なんです」
そう言う御東は、焦っているように見えた。
「秋月先輩、今日で最後です。せめて、放課後に話をさせてくれませんか?」
真っ直ぐな目だ。
時間もないのに、チャンスを一度に絞り込む度胸。
俺よりもよっぽど男らしいじゃないか。
そして何より、その真っ直ぐな目と度胸はあの人を連想させる。
しかし何故だろうか、何時もあの人を思い出すと気分が沈むと言うのに、今の俺は笑えている。
「分かった、放課後時間を空けとく。最後だからな、俺も真摯に向き合うって誓おう」
「ありがとうございます、秋月先輩」
そう言って自分の教室の方へと歩いていく御東。
俺はその後ろ姿を最後まで見送った。
「それで、お泊り会で何かあったかしら?」
自分の席につくなり秋乃の奴がそんな事を言ってくる。
何故お泊り会の事を知ってるし。
「何故知ってる?って疑問に思ってる顔ね。ただ、部活中も小雲ちゃんがうるさかっただけよ」
「兄の前で妹をさらりと貶せるお前はホント凄いな」
うるさいのを否定できない俺も兄としてどうなのかとも思うが。
「まぁそれはともかく、どうだったの? 流ちゃんの白い肌を堪能した?」
「秋乃、一体俺が何をしたと思ってるんだ? というか俺を何だと思ってる?」
「あら、私は貴方を年下好きだと思っているわ。ちなみにこれは優しい言い方で、オブラートに包まずいえばロリコン」
「しゃらっぷ! 俺にそんな性癖はねぇ!!」
冗談よと言いながら秋乃は俺の机に腰掛けた。
「お前が言うと冗談に聞こえないんだよ。……それで、一体何の用だ? 今日に限っては弄るために来たんじゃないだろ?」
俺の言葉に秋乃は少し意外そうな顔をして言う。
「今日は察しがいいのね。もしかして掲示板を見たのかしら」
「見た。まさか剣道部主将が出るなんて。災難だな」
「そうね。あの甘甘カップルのせいでこんな苦労する事になるなんて思ってなかったわ」
どうしてくれようかしらね、と笑う秋乃の顔は怖かった。というか黒かった。
秋乃の事だ、情報収集してる時も甘ったるい話を聞くはめになったのだろう、ご愁傷さまだ。ちなみにこれは、秋乃だけでなく主将カップルにも送っているものなので誤解せぬよう。
秋乃に目をつけられるということがどういうことか身をもって知ることになるだろうからな。
「また話がずれたわ。私が言いたいのは、お泊り会を得て何か心境に変化はあったか、なの」
「お泊り会を得て? いや、俺は基本自室にいたから特になにもなかったが?」
今日の朝、トイレは行ってない。行っていないのだ。
「そう、じゃあ今日なのね。ふふ」
今度の笑いは普通のものだった。
「どうした、急に笑って」
「ねぇ、つまり流ちゃんは最後の大勝負に出るってことよね」
一体どう言う過程を得てその答えにたどり着いたか分からないが、正解だ。
どうせ秋乃のことだ、何か知っているのだろう。
「ホント、あの人に似てるわね?」
「――言うな。俺も思ってたから。何時もああ言った大勝負だったからな。胃が痛くなったもんだ」
今度は秋乃が珍しいものを見たような顔をする。
「久しぶりね、秋月君の口からあの人が出てくるの」
「どうせ知ってるだろ? だから俺何か誘うのやめとけ。士気が落ちるだけだぞ?」
「そうでもないのよ? 貴方がいるだけでやる気がでる娘はいるもの」
ねぇ、と俺に問いかけてくる。
あー妹様か。そう言えば昔、一緒に殴り合いたいなんて耳を疑う発言があったな。詳しく聞けば、一緒に戦いたいと言うものだったが
「でも、テンション上がりすぎると空回りするだろ」
「そうなのよねぇ。でも、秋月君が前向きに考えてくれているようで嬉しいわ」
「あ? どこが前向きだよ。俺は参加するなんて一言も言ってない」
「そうね、でも気づいてる? さっきから貴方、はっきりとやらないって言ってないのよ?」
俺は秋乃の言葉に硬直する。
はっきりと否定していない。いや、そんな馬鹿な。
今朝だって俺は……あ、れ? もしかしてさっきも俺は秋乃にやめたほうがいいと忠告しただけか? おかしい、これはおかしい。そう言えば、アッサリとあの人を思い浮かべるのすらおかしいのだ。更に言えばそれで不快にならないのがおかしい。そう、今日の俺は全体的におかしすぎる。
「いや、でも俺はもう――」
「まだ結論は早いわ。最後に放課後の一回、残ってるんでしょう?」
「……秋乃、お前本当に何処まで知っている?」
確かに今までの会話から話合いが一回あるのはわかるかもしれないが、時間まで指定されるのは解せない。何処に情報網をはっているんだか、というかもし網がはってるとしても伝わるのが早すぎる。
これではまるで秋乃が直接一人で収集しているようなものじゃないか。
まさか秋乃特有の魔法だったりするのだろうか。
「私は基本、興味があることを調べてるだけ。偶然よ偶然」
答えになっていない。
だが、追求するだけむだだとも分かったので放置を決め込むことにした。
「正解ね秋月君。知らないほうが良いことって、結構あるのよ?」
「なら、お前もヤバイの拾わないように気をつけろよ?」
すると秋乃は今日一番の驚いた顔をする。
「なんだよ、俺がお前を心配するのがそこまで意外か?」
「ええ、意外よ。だって私、自分が厄介って自覚してるもの」
「そうだったか。まぁ俺は別段気にしない。慣れたとでも言えばいいか?」
周りに濃ゆいのが多かったんでね。
「そんな風に優しくされたら惚れてしまうわよ?」
「は、お前がそんな乙女な訳ないだろ」
「ふふ、そうね。自分でも言ってて思ったもの。っと、そろそろ時間ね。私も席に戻るわ」
そう言って自分の席に戻っていく秋乃。
だが、その時の表情が少し寂しげだったのは気のせいだろうか。
時は経ち昼休み、俺は一人購買部に寄ってパンを買い屋上へと向かう。
言っておくが、ピッキングをして屋上の鍵を開けているわけではない。以前貯水タンクの点検時、お手伝いとして業者さんを手伝った際いただいたものだ。業者さんは中々話のわかる人だった。
残念ながら人が滅多に来ない屋上なので、直に座ると制服が汚れてしまう。そこで隠しておいた、廃棄寸前だった箒を使ってホコリをはらう。そしてある程度綺麗になったら座り込み買ってきたパンを食べ始める。
「やっぱり、カツサンドは美味いよなぁ」
「そうかしら、私は断然メロンパンね」
「なっ、何時からここに!? というかどうやって!?」
突然聞こえた声に、俺は驚き飛びずさる。
声の持ち主は当然のごとく俺に鍵を見せつけてくる。
「流石秋乃。お前、この校舎で入れないとこないんじゃないか?」
「いいえ、私だって入れない所はあるわ。理事長室とか」
「ああ、そう」
「つまらない反応ね。無駄にスルースキルなんて身に付けちゃって」
秋乃はやれやれと肩をすくめて俺を見る。
このスキルのどこが悪い。
「誰のせいだろうね? それより、一体ここになんのようだよ。まさか俺をつけてきた訳じゃないだろ?」
「そうね。今回は本当に偶然。実は、ここで私達も食事を摂ろうとしていたの」
そう言って手荷物弁当を掲げる秋乃。
大きさに包み、実に女の子らしい量とデザイン。
「へぇ、じゃあ妹様とかも来るのか?」
「残念。妹ちゃんは流ちゃんと食堂よ。ここに来るのはレッドだけ」
「レッド? 特化レッドの事か?」
「そうよ。もしかして、秋月君はあまり知らないのかしら?」
「ああ。顔と名前くらいしか知らない」
確か名前は上谷舞。容姿は赤い髪の普通に美少女だった。
ただ、俺のクラスメイトの話によると、親しい人と上谷の会話を聞いていると体温が上がるとかなんとか。炎系の魔法でも使っているんだろうか。
「多分、そろそろ来る頃よ」
「じゃあ、俺は御暇しようか。女子の空間に男子一人とか辛すぎる」
そう言って俺は屋上の出入口に手をかけ引く。
その瞬間、俺の視界を赤が襲った。
「な、何なの!? ってうわぁ!?」
「ぐふっ!? は、鼻が!?」
そして脳裏に星が飛ぶ。
どうやら、俺が扉を引いたときに声の持ち主、恐らく声音から女だろう、その女生徒は向こうから押したらしい。そのせいで声の女生徒は俺の方にバランスを崩し突撃。見事俺の鼻に頭突きをお見舞いしてくれた。
当然俺は全体重をかけられた頭突きにより仰向けに倒れ、更にトドメとばかりに女生徒の体重が全体に伸し掛る。
一瞬ほみゅと柔らかい感覚があったが、痛覚により一瞬で消しさられる。
「痛たたた、一体なにがあったのよ」
そう言って起き上がる女生徒。どうやらそちらの方には大したダメージがいっていないようだった。不公平だと思わなくもない。
そして起き上がった女生徒だが、俺には少々見覚えがあった。赤い髪、大きな男のロマン、ハッキリと意志を示す強い瞳。特化戦隊が一人、上谷舞だった。
「全く、開けようとしたら勝手に扉は開くし倒れるし。何か憑いてるんじゃないのコレ?」
そう言って俺の上に座ったまま扉を開け閉めする上谷。
やめい、柔らかい感覚はいいものの、動くたびに体が軋む!
だが、直で重いと言ったらぶっ飛ばされるのは確実なのでここは一つ助けを求めよう。
チラリ。
ニタリ。
ああ、もういいです。その笑顔は止めてください。
「折角いい気分でお昼にしようとしてたのに。ああ、もう!」
その場で憤慨を露にする上谷。
表し方は体で表現。まさかの俺の上でドスン。
「ぐ、はっ」
「……ん? 何か聞こえたような?」
気づかないのか、気づいてないのかこの女は!
くそ、もういい、ならば堪能してやろうじゃないかその柔らかさを。
もぞもぞ。
「へ、ちょ、ん! 何、何か動いて――ってあああアンタ! そんなとこで何やってんのよ!!」
「言っておくけど、お前が俺を押し倒したんぞ?」
「そんなの些細な問題よ! それより問題なのは乙女の下で何やってるかよ!」
そう言いながら上谷は勢いをつけて俺の上から飛び退く。
「お、おま、もう少し静かに降りてくれ。昼食ってたらアウトだった」
「あ、ごめ、じゃなくて! ていうか秋乃、気づいてたなら教えなさいよ!」
「あらごめんなさい。珍しいプレイかと思ってたの」
「ぷぷぷぷプレイとかないから! だぁぁ、もう! 取り敢えずアンタ、えーと、名前は何?」
上谷ズビシと俺を指さしてくる。
「俺は秋乃のクラスメイトの秋月八雲だ」
「そう、じゃあ秋月と呼ばせてもらうわね。あたしは上谷舞、何を隠そう特化レッドよ!」
ドーン!と後ろに効果音が見えそうなほど自信満々に名乗る上谷。
え、ここまで特化~を誇る人がいたの?
チラリと秋乃に視線を送る。
その秋乃と言えば、
「ふ、くふふ、さ、流石舞ちゃん。素晴らしい名乗りだわ」
腹を押さえて笑っていた。
おい、おかしいと分かってるなら止めてやれよ。
肩書き名乗るのはいいけど、せめて特化レッドで名乗らせるの止めてやれよ!
「それじゃあ秋月、燃えなさい」
「萌えなさい?」
「燃・え・ろ!!」
そう言っていきなり火球を出現させる上谷。
思っていたより直情的で行動力溢れているらしい。
だが、ちゃんと威力の調整がされているところを見ると一応考えているんだと分かる。
あたっても精々髪が焦げる程度だろう。……当たりどころわるいと十円ハゲ出来るけど。
「乙女のお尻を無断で触ったんだから、大人しく受けなさい!」
「待て、それじゃあ唯の痴漢だろうが!」
「そうじゃないの! 弁解なんて認めない!」
ボウッと火球を投げ飛ばしてくる上谷。
威力は低いものの、放たれてからの速度が非常に早い。牽制に使えるなぁなんて戦闘向けの考えをしながらどうしたものかと空を仰ぎ見る。残念ながら、見えてもよけれない。せめて刀あればなぁ。
なんて思いながら諦めていると、黒い影が走り火球を打ち消した。
「ちょっと秋乃! 何で邪魔するのよ!」
「落ち着いて舞ちゃん。貴方はちょっと勘違いしてるわ」
火球を打ち消してくれたのは秋乃だったらしい。
しかし一体どう言う風の吹き回しか。
「いい、舞ちゃん。さっきの事だけど、結果的に秋月君がクッションになってくれてたのよ?」
「で、でもコイツは……」
「そうね、でも、タイミングが悪かったのは二人ともでしょう? 秋月君はクッションに、舞ちゃんは秋月君に一時の夢を。はい、これでお互い様よ」
「う、ぐ」
そう言って言葉で上谷を諌めていく。
何だろうか、凄く秋乃が楽しんでいるように見える。
「ね? だから今回は、両方が謝って終わり。もう時間もないし、お昼を食べましょう?」
「わ、分かったわよ。……秋月、いえ、八雲と呼ばせてもらうわ。さっきはゴメ……じゃなくて! いい、覚えときなさい? 今日は許してあげるけど、今度やったら只じゃおかないんだから!」
「え、ちょ、待っ!」
「ふんだ!」
再び俺に指をビシッと指した上谷は、顔を赤くしながらドタドタと屋上を後にした。
秋乃ははぁ、と悩まじげであり、色っぽいため息をつく。ああ、これが噂の。
確かにこのやりとりを客観的に見る立場に入れば体温が上がるかもしれない。あまりにわかり易すぎて面白すぎる。
「ああ、ホント可愛いわね舞ちゃん。惚れ惚れするわ」
秋乃はそう言いながら上谷が去っていった方向を見つめている。
「え、何だ、お前ソッチの趣味だったのか?」
「違うわ。私は私が好きなものが好きなだけ。私が好きなものであれば性別なんて関係ないの」
「答えになってねぇ。いや、なってる、のか?」
複雑すぎる。
ああ、やはり天文部はおかしい。
天真爛漫元気な暴走娘、秋月小雲。
冷静沈着決めたら譲らない、御東流。
頭脳明晰お腹真っ黒、秋乃美月。
戦隊がリーダーでツンデレ系少女、上谷舞。
「濃すぎるだろう……」
「何を言ってるの? 乙女の前で下ネタなんて」
「俺の発言を下にとる方がおかしい! 俺が言ったのは天文部のメンツが濃すぎるって意味だ!」
「分かってるわよ、秋月君は初心ね? でも、まだ秋月君はグリーンにあっていないんじゃないかしら」
そう言えば、まだグリーンは知らなかった。
というか基本特化戦隊の噂を聞いても出てきてないような気がする。
「確かに、全く知らないな。回復特化ってだけだ」
「やっぱりね。あの娘、恥ずかしがり屋だから。……気になるなら天文部にいらっしゃい。お茶を出してあげるから」
「は、どうせお茶の料金とか言って入部届けを書かせるんだろ?」
すると秋乃、心外と言う顔をして言う。
「まさか、お茶にお薬を入れて母印を押させてもらうだけよ。まぁ良心的」
「どこが!? 薬入れる時点で良心ねぇだろうが!」
「だって私が穏便に済まそうとするとそれくらいしかないわ。でないと、沢山の黒歴史を作ることになるわよ?」
勘弁してください。
ちなみに、昼食のパンはペシャンコだった。
相手目掛けて木刀を振るう。
しかしそれはあっさりと弾かれた。
「くっ!」
相手はチャンスとばかりに攻撃を仕掛けてくる。
一合、二合、三合、防いではいるものの徐々に徐々に追い詰められる。
そして、
「……あ」
呆気なく木刀を遠くに弾き飛ばされた。
「今日はここまで」
俺の相手、師範代はそう言って振り返りもせず道場を去っていく。
残されたのは、居残りで練習していた俺一人。
「ダメ、だな。全然ダメだ……」
弾き飛ばされた木刀を回収しながら言う。
これじゃあダメ。復讐なんぞできやしない。相手は人にあらず。人に勝てないうちはまず勝てない。
「やっぱ、荒事なんて向いてないのか?」
復讐するため刀を選んだが、全く上手くいかない。
基礎通り振ることは出来ても、流派固有の刀術が使えない。
それじゃあ幾ら基礎が出来ても勝てやしない。練度は同じ、技術が違うし力も違う。
「くっそ……」
ゴロンと寝転がる。
どうしようもなく力が出ない。
気力が失われる。
「でも、小雲に言ってしまったしなぁー」
最愛の妹様を思い浮かべ、力を振り絞って立つ。大げさかもしれないが。
そんな時だ、不意に道場の扉が開いた。
「おや、道場の真ん中で寝っ転がっている子が一人」
ショートカットの銀色の髪に、俺を真っ直ぐ見る真摯な目。
「どうした少年、やる気が足りないぞ?」
「いや、えと、どなたでしょう?」
「おっと、自己紹介が遅れたね。よーく耳をかっぽじって聞きなさい。私こそ、世界最強の魔法使い目指す歳上お姉さん、――だよ? よろしくね」
そんな唐突な出会い。
ただ、これが俺の人生を変えたターニングポイントの一つでもあった。
「さて、じゃ今度は君の番だ。名前を教えて?」
「秋月、八雲です」
「よし、それじゃあ八雲君でいいね、うん。じゃぁ早速始めようか」
そう言ってあの人は木刀を持つ。
構えから何もかも適当で、重心もおかしくフラついていた。
だが、構えを指摘する前に聞かねばならないことがある。
「何を始めるんです?」
「ありゃ、説明してなかったっけ?」
俺はその問いに頷いて答える。
「あーそりゃあ戸惑うよね、うん。じゃあ説明しよう。君、私と組む、最強目指す、OK? という訳で始めよう!」
「組む? タッグ? 一体何の事を……」
「っと、またやっちゃったよ。いやいやゴメンね。私かなり話をぶっ飛ばす癖があるからさ。まぁ慣れるよきっと。んで、組むって言うのは私魔女だから、契約しようって事」
契約、魔女と契約して眷属になるってことか?
いや、なんで?
「間違いだったらすいません、一応、初対面、ですよね?」
「そだよ。まぁ私は君を見かけたことはあるけど話したことはない!」
あの人はそう言いながら何故か胸を張る。
それが何でだか面白くて、
「あ、今君笑ったね? 私の事を笑ったね!?」
「す、みません。いや、でもまぁ、軽くなりましたかね」
先程の倦怠感は既に薄まりつつあった。
今認識しなければ、気づかぬ内に消えていたかもしれない。
「軽くなったね。まぁいいよ。それより本題に入ろうよ。さぁ、秋月八雲君、私の手を取りなさい」
あの人は勿論取るよね? と右手を差し出してくる。
正直意味も分からないけど、手を取りたいと思ってしまっている俺がいるのだから拒否はできない。だが、それでも一つ聞いておかねばならないことがある。
「何で、俺なんかを選ぶんです? 俺、まともに刀も使えませんよ?」
「知ってるよ? 見てたもん。でも剣に変えろとは言わない。それと選んだ理由だっけ? まぁぶっちゃけ一目みてビビッと来たって感じかな。きっと君はね、おかしなところが伸びる面白い子なんだよ」
「いや、一目惚れ見たいに言われても。……後悔してもしりませんよ? ちゃんと頑張りはしますけど」
「よし! ほらほら手を貸しなさい。早速契約といこうじゃないか」
本当に意味が分からない。初対面に気を許すこと自体おかしいのに、彼女は俺なんかと契約を求めてる。まともに戦えもしないことを知っているのに。
俺が未だ逡巡していると、バッと手がかすめ取られる。
「優柔不断だね君は。もう後悔しても遅いよ? 逃げない君が悪いんだから」
あの人がそう言うと、繋がれた手に熱が宿る。
それはいずれ体に回り、染み渡る。そして体にラインが出来る。契約魔女から魔力と呼ばれる力を譲渡されるためにあるものだ。眷属はそのラインを通して魔力を貰い、固有の力を使う。
そして熱が回りきった後、最終的に繋がれた手へと戻ってくる。
戻ってきた熱は光りとなり放出され、その際二人の手に印を刻む。
「よし完了。これで君は私の眷属だ」
「よろしくお願いします、でいいんですかね。にしても、世界最強ですか。……外界維持課にでも入るつもりですか?」
外界維持課、それは稀によじ登ってくるオルターを殲滅する魔女のエリートが進む道。
そのトップに立つことこそ、このシフトでも最も強い魔女である証拠となる。
「いや、違うよ? というか勘違いをしてるね。そもそも私が目指す世界一はこのシフトの話じゃないよ?」
「え、まさか、他のシフト込み、ですか?」
「まだ甘い。よく聞いてね八雲君。私が目指す世界最強とはね――――」
それを聞いたとき、本当に驚いたことをよく覚えている。
口は空いたままふさがらなかったし、暫く思考が回りはしなかった。
あの人の夢は、俺に近くまったく違うもの。
それこそまさに――――
「えい」
グサリ、と何かが刺さる。
おかしなことに、何がどこに刺さったか感覚が鈍くて分からない。
だがやはり痛覚とは切れぬもので、段々とどこがどう痛いかが分かり始める。
「あら、じゃあもう一刺しいっとこうかしら」
そんな声が聞こえたと思ったら、今度は分かった、手のひらだ。手のひらになにかが刺さってる。
「~~~~~~~ッ!?」
ガバッと倒れていた体を瞬時に起こす。
声は挙げないよう必死に抑えているが痛い! マジで痛い!
「おはよう秋月君、よくお眠りだったわね」
「せめて、もう少し別の起こし方があるだろう!?」
「だって揺すっても起きないんだもの、仕方ないでしょう。というか、感謝されるべきだと思うのだけれど」
そう言って秋乃が携帯の時計を見せてくる。
時間は、すでに放課後だった。
「何か言うことがあったりするのかしら?」
「……ありがとうございました」
「よろしい。流ちゃんには屋上に行くように行っておいたから、早く行ってあげてね?」
そこで俺は放課後の約束を思い出した。
危うく約束を破るところだったのか俺は。
「悪い、助かった秋乃。そんじゃ行ってくる!」
待たせては悪いので駆け足で行く。
そう言えば、寝てたときにまたあの人の夢を見た気がする。
俺が刀を持ち戦えるようになる前の出来事。
そのまま走り、教師に見つかりかけるが角を曲がることで見つからないよう逃げる。そして屋上へと続く階段が見えてくる。この学校の屋上は、普通の学年棟を行き来する階段とは繋がっていないのだ。
二段飛ばしで駆け上がりもう少しで到着と言うときに、屋上へ繋がる扉の前に人がいるのが見えた。スカートであることから女子。ウチの学校はスカート丈がそんなに長くないので、まぁアレだ。水色だった。
そうなると連想されるのは御東のみ。
顔を見ようと頭を上げると案の定そこには御東がいる。
彼女は俺を見つめたまま少し恥ずかしそうにしている。まさか、バレたのかとも思ったがどうやら違うらしい。どうしたのかと登るペースを弛めゆっくりと階段を登る。
そして彼女は、俺に対して右手を差し出してきた。
「――――――っ」
「秋月先輩……」
その目はどこまでも真剣で、まるであの時のあの人のようで。
冗談を言っているように聞こえても、その目からは何処までも本気だと見て取れたあの時の目。
「御東……」
何故か手を伸ばしたくなるのも同じだ。
御東の目はさぁ早くと催促する。
俺は当然逡巡する。
だが、此処で一つ違ったのは、強引に手を取らず口を開いたことだ。
彼女はため息をついてから、言った。
「……鍵を、貸してください」
俺はその場で崩れ落ちた。
幸いだったのは、階段から転がり落ちずにすんだ事か。
そして御東と俺は屋上で向かい合った。
今日という日が、学校の時間で終わるまで後三時間。
彼女は唐突に口を開いた。
「私が天文部に入ったのは、姉の影響でした」
そう言って、一息置いてから続ける。
「姉は、ここのOBで、いっつも天文部であったことを私に話してくれたんです。そうやって、天文部への興味が募っていって今年、その天文部に入部しました。そこからは毎日が楽しかったです。小雲ちゃんの秋乃さんに、他の部員の方々」
「はは、あの秋乃を楽しいと言えるか、案外大物だな」
すると流は茶化さないでくださいと、俺を見る。
「コホン。ええと、ですね、何が言いたいのかと言えば単純で、それも私の我侭なんです。私が過ごしたあの楽しい日々、その場所であったあの部室を取られるのは嫌です。何より、私だけじゃなくて、姉さんの思い出の場所まで奪われるのが、嫌です」
俺はつい、奪われると言う言葉に反応してしまう。
俺たち秋月兄妹は、奪われた。両親を、敵に。規模の重要度も違うが、それでも彼女は必死だ。俺は揺らぐ心を否定する。
「なぁ御東。部室がなくとも、ほかの場所でも思い出は作れるだろ? アイツらがいれば」
「はい、それは絶対です。それでも、嫌です」
わからず屋、と俺はつぶやくが、やはり何処か笑ってしまう。
嘲笑ではなく、楽しくて、嬉しくて。
あの冷静そうな後輩の意外な一面。いや、確かに前も見てきたが、いつにも増して強い意志で迫ってくる。
「私の姉は未だ健在です。でも、だからこそ、あの部室を守りたいです」
「健在なら、やりなおせるだろ?」
少し羨ましい気持ちから、嫉妬が生まれた。
健在ならまだ、大丈夫だろう。俺たちと違って幾らだって……
「そうですね。やり直せます。でも、それじゃあダメなんだと思います」
「何が、だよ?」
「やり直せる、だから大丈夫。それは唯の油断です」
俺の思考に空白が生まれる。
「私は、自分でも思っていたより強欲です。……言っちゃえば、失うことなく守りたいです」
そしてしまいに、ガツンと頭を殴られる。
つまりこの後輩、失う、やり直す以前に、その前から全て守りたいと言うのだ。
「情けない話にすれば、究極の逃げですよね」
失うことから逃げる為に、戦う。
とても極端な思考だが、何処かでそんな話を聞かされたような気がする。
「そんな私ですが、結局口だけです。望みに力がついていきません」
ふと、昔の自分と重なった。
仇を打ちたくとも、自身の力が及ばない昔の自分。
もう、固めた心が揺らいでいることは隠せなかった。
「だから、力を貸してください先輩。他人からすれば小さな望みかもしれないですけど、私には叶えたい望みです」
失うのが怖くて、逃げている少女。
失う事の辛さを知っている俺。
失うものは違うが、その怖さを知っている俺からすれば十分理解できてしまう。
「俺が、力を貸しても勝てるとは、失わずに済むとは限らないぞ?」
「大丈夫……です。きっと」
「どこから来てるんだよ、その中途半端な自信は」
また、何処かで感じたことのある懐かしさ。
少し弱いが、覚えがある。
「と、取り敢えずです。部室を守るために力を貸してください先輩。昔先輩に何があったのか知りませんが、少し、私達を信じてみて下さい」
そう言って手を伸ばしてくる御東。
ああ、思い出した。この屋上に来る前にも感じたことだ。
この後輩は何処か、あの人に似ているんだ。性格も、目的も違うがやっていることは一緒だ。
『まだ甘い。よく聞いてね八雲君。私が目指す世界最強とはね――――この地球上での話よ!』
あの人の強欲さ。
どんな敵にも負けない強さを求めたあの強欲。
あの人はその後、こうも言った。
『世界一になれば、誰かが目の前で死にそうなとき絶対守れるでしょ? ある意味、誰かが死ぬところを見たくなからっていう逃げよね。でもいいの、逃げ続ければ負けやしないんだから。昔からいうでしょ、逃げるが勝ちよ!』
情けないようで無茶苦茶で、でもとても凄い決意だった。ちょっと方向性は違うが、御東と同じような事を言っていた。
その時のあの人の目は、本当に綺麗で――――――
「ありがとうございます、先輩」
気づけば気持ちは固まっていた。また捨てられる、そんな気持ちはどこにもない。信じられる要素なんてありはしないのに、まるであの日、あの人に出会ったときのようだ。
また同じ失敗をするぞ、と聞こえてくるが、御東の目を見ればそんな声は消え失せる。
結局俺の手は、しっかりと、差し出された手を握り締めていた。
もう一度、刀を手に取ろう。
もう一度、誰かと共に戦おう。
ああ、久しぶりに胸が高まる、やる気が満ちる。
現金だなぁと思いながらも、俺の脳裏には――――――
「行こう、御東」
――――共に戦う、彼女の姿が浮かびあがっていた。
中途半端です。
文字数が限界だったので。
もっとコンパクトにする技術が欲しいですね(-_-;)