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4.茸

 勇者は荷物の中からお金の入った皮袋を取り出し腰に括りつけた後、長い黒髪を紐で一つに縛り上げた。


「ん? 外に行くの?」

「食事。朝以降何も食べていないから」


 勇者は魔王へ振り返らぬまま答えると、ドアへ向かう。この宿は一階が食堂兼酒場、二階と三階が客室という造りをしていた。


「あ。俺も小腹が空いたところだったし、一緒に行くよ」


 ベッドからぴょんっと軽く飛び降りた魔王は勇者の元へ素早く駆け寄ると、さも当然と言った様子で彼女の肩に腕を回す。


「さっ、触らないでよ!? そもそも何で、あんたと一緒に行かなきゃ――」

「まあまあ、堅いこと言いなさんなって。飯代くらい俺が奢るからさー」


 ぎゃーぎゃーと喚き続ける勇者を強引に引き摺りながら、魔王は階下へと向かうのだった。







 一階は人で溢れ返っていた。この宿に着いた時はほとんど人はいなかったのに――と店内の劇的な変化に勇者は面食らう。祭で踊りまくって腹を空かせた観光客達が、こぞって食事を取りだしたのだ。

 店内に十ほど設置された各テーブルからは絶え間無く談笑が漏れ、それは喧騒となって食堂全体に響き渡る。勇者はぐるりと視線を這わせるが、テーブル席はどこも空いていないようだ。だがカウンター席に目をやると、まるで彼女達を待っているかのように、二席分だけがぽっかりと空いていた。どちらとも言わず二人は自然にそのカウンター席へと向かい、腰掛ける。

 カウンターには主人が書いたのであろう、走り書きのような雑な字で書かれたメニューが置かれてあった。


「おじさん、このキノコとサーモンのクリームパスタをお願いします」

「あ、俺もそれ。あとお勧めの酒何でもいいからちょうだい」

「了解」


 宿の主人は二人に視線を送り何やら言いたげだったが、次々と入ってくる注文に対処するのが精一杯といった状態だった。忙しそうだなー、と勇者が主人に少し同情していると、不意に二の腕がツンツンとつつかれた。つついた主は言うまでもない、魔王だ。


「何?」

「勇者ちゃんは、酒は飲まないの?」

「……あたし、まだ十六だから」

「あ、そうなんだ」

「あと『勇者ちゃん』はやめて」

「じゃあ名前聞いてもいい?」

「……勇者ちゃんでいい」


 酒が飲める年齢が決まっているなんて人間って面倒臭いねー、と勇者にだけ聞こえる声で囁いたところで、魔王の前に酒の入ったグラスが置かれた。しかし魔王はそれを手にすることなく、ただじっとグラスを見つめるばかり。


(無理矢理飲ませて酔わせたところを――って手もあるけど。どんな酔い方するかわかんねーしなぁ。暴れだしたら嫌だし。でも「暑くなっちゃった」って脱ぎだす可能性も皆無じゃないだろうし。ここは僅かな希望に賭けてみよっかな? どうするよ、俺?)


「……飲まないの?」

「えっ!? いやっ!? の、飲む! 飲むよ!」


 まさかやましいことを考えていたのを見透かされたのか!? と焦った魔王は、一気にグラスの中の酒を飲み干した。しかし魔王がそんなことを考えていたなんて夢にも思っていなかった勇者は、その姿を見ても豪快に飲むなぁ、という感想を抱いただけであった。







「すみません、大変お待たせしました」


 待つこと数十分――。ようやく料理の皿が二人の前に置かれた。と、その瞬間、早くそれをくれと言わんばかりに勇者の腹が情けない音を鳴らす。


「……正直だね勇者ちゃんのお腹。あだっ!?」


 勇者は顔を赤くしながら、無言で魔王の脛を蹴った。

 気恥ずかしさを誤魔化すように、勇者は少し乱暴にフォークを手に取る。そしてフォークをくるくると回して結構な量のパスタを巻き取ると、一気に口に運んだ。その瞬間、勇者の紅の瞳が大きく見開く。濃厚なクリームが、疲れきった体と空っぽの胃袋に染み渡る。次にクリームがよく絡んだ白いキノコにフォークを付き立て、一口。つるん、としたキノコの食感がまた堪らない。サーモンもほんのり塩が効いていて、これまた絶妙な味だった。


「おじさん、コレ美味しい!」

「ありがとうございます」


 カウンター内で別の客に提供する酒を注いでいた主人が、笑顔で勇者に答える。

 勇者はその後も夢中でパスタを平らげた。と、あらかた食べ終えたところで勇者の目が隣の魔王の皿に止まる。

 魔王の皿の中はパスタだけがきれいに無くなり、キノコとサーモンがこんもりと残されている状態になっていたのだ。


「……ちょっと」

「ん? 何?」

「何? じゃないわよ。何で残してんのよ」

「いや、俺このキノコのツルンとした食感が嫌いなんだよね。サーモンもすぐ崩れる軟弱な感じが好みじゃないっていうか……」

「じゃあ、どうしてキノコもサーモンも嫌いなのに、これを頼んだのよ?」

「え? だって二人で同じメニューを頼むと何か恋人っぽ――痛い痛い痛い痛い! 太腿(つね)るはやめて!」


 悶絶する魔王を冷めた目で一瞥した後、勇者は魔王の皿からキノコとサーモンを自分の皿に移動させていく。


「え? もしかして食べてくれんの?」

「こんな残し方したら、作ってくれた人にも食材にも申し訳ないでしょうが」

「勇者ちゃん……」


 魔王はどこか感動した様子で、ぶすっとした表情のまま残り物を頬張る勇者を見つめていたのだが――。突然、魔王が彼女のフォークを持つ右手を強く握り締めた。


「んなぁっ!?」

「それじゃあ、お礼に俺も食べてあげる」

「なっ、何を!? あたしはあんたにあげるものなんて――」

「後で勇者ちゃんを食べがふっ!?」


 魔王の顔面中央にきれいに決まる、勇者の左ストレートパンチ。

 鼻を押さえて無言で悶絶する魔王には目もくれず、勇者は魔王が残したキノコとサーモンを黙々と口に運び続ける。だが割と早く復活した魔王がそこで声を上げた。


「勇者ちゃん、ストップ!」

「――!?」


 大きな魔王の声に驚いた勇者は、キノコの笠を口に咥えた状態で思わず硬直してしまった。


「そう、それ。その状態でしばらくストップね」

「――?」

「うん、いい。何か……エロくて、良い」

「ひはいなほうほうふんな(卑猥な想像すんな)!」


 勇者の怒りの蹴りを腹でまともに受けた魔王は、胃に納まったパスタを逆流させないよう、体を痙攣させながら懸命に堪えることになるのだった。

 その様子をカウンター内で密かに見守っていた主人は、やはり二人を別室にした方が良いんじゃないのかなぁ、と一抹の不安を抱いていた。


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