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1.祭

挿絵(By みてみん)



 山あいにある、小さな村――。

 人口は百人にも満たないというその村で、現在、盛大な収穫祭が行われていた。

 この村の収穫祭は、山の神を模した巨大な猿の石造の周りを、ひたすら「一本!」と叫びながら一晩中踊り狂い、神に感謝の念を捧げるというものである。踊りの内容はともかく、どこの田舎でもありそうな、ごく普通の収穫祭だ。

 昔は村民だけで行われていたこの祭だが、今ではこの村の観光名物となっていた。

 腕を大きく振り上げながら腰を激しく振るこの踊りが、いつからか「ダイエットに非常に良い」と噂されるようになり、その噂は瞬く間に各地に飛び火。そして若い女性や腹がだらしなくなってしまったおじさま達などの間で、一大ムーブメントとなっていたのだ。

 恐ろしきかな口コミの力。そして『聖地』であるこの村で是非踊りたいと、わざわざこの辺鄙(へんぴ)な村までやって来る者が増えていたのだ。

 意図せず観光地になってしまったこの村だが、祭の際には酔いたい者やツマミを求める者達が金をたくさん落としてくれるので、村長を含め村民達は内心ウハウハであった。

 綺麗なお姉さんも肝っ玉母ちゃんも、脂ぎったおじさんもヨボヨボのお爺さんも、猫も杓子も「一本!」と踊り狂う山奥の村。


 さて、この異様な雰囲気の祭に参加している客の中に、この世界を牛耳ろうとしている魔王の姿もあった。

 短めの明るい茶髪。胸元の大きく空いた服にシルバーのチェーン型ネックレス。裾の開いた七分丈のパンツから覗く足は、素足にサンダルといういでたちの青年だ。どこからどう見ても『チャラい』としか言い表せない風貌の青年だったが、彼は間違いなく魔王であった。

 城で座りっぱなしの日々に飽き飽きしていた彼は、偵察という名の観光に繰り出していたのだ。


「どうせこの世界俺が支配するんだし? 支配する世界の事を詳しく知っておかなきゃ魔王の名が(すた)るし?」


と制止する部下達を無視し、この村へとやって来たのだった。この観光の諸費用は『経費』という名目で領収が落ちてしまうことを考えると、税を毟り取られている魔王の部下達に同情を禁じえない。

 魔王は周り同様「一本!」と叫び踊りながら、頭の中で部下の大臣と『精神通話』という手段で会話をしていた。平たく言えばテレパシーである。


(いや、噂通りこの踊りかなりきっついわ。城で座りっぱなしだったこの足腰には堪えるねー。やっぱ適度に運動しないとダメってことだね。明日筋肉痛になるかも)

(さ、左様でございますか……)


 離れた場所の者とも会話できる便利な精神通話だが、これを実行できるのは魔王を除けば、彼の右腕の大臣だけである。

 ちなみに大臣は、顔と胴体はミノタウロス、(ひたい)と頭には雄鹿のような三本の角、背中には悪魔の如く黒々とした羽が生え、長い尻尾は蛇という、魔王よりもよっぽど禍々(まがまが)しくラスボスっぽい姿をしていた。だが大臣である。

 個別に呼び出して命令を出すのも面倒臭いから、魔王は部下全員にさっさと精神を開通しろと何度も言っていたのだが、やれ脳に穴が空くだの、激しい耳鳴りに悩ませられるだの、定額になるまで控えたいなどと、尽く部下達に拒否されていたのだ。

 閑話休題――。 


(あの、魔王様……。そろそろお帰りになられた方が……)

(えっ? もうそんな時間? でもこの祭、まだまだ終わりそうにないんだけど)

(切り上げて早くお帰りになってください。ペットのケルベロスのケンちゃんが、お腹をすかせて咆哮しております)

(えー。そんなん、お前がやっとけばいいじゃん)

(むむむ無理ですよ! ケンちゃんは魔王様の言うことしか聞いてくれないじゃないですか!この前なんか危うく腕を――)

(あーあー、腕の一本くらい後で再生してやっから、とにかくお前が餌やっちゃって。俺今日はこの村に泊まって明日帰るから。じゃ)


 一方的に大臣との精神通話を切った魔王は、その後も満面の笑みで「一本!」と叫びつつ踊りあかしたのであった。







 そんな祭で賑わう小さな村を目指している、一人の少女がいた。

 幼さと可憐さを合わせ持つ顔立ちをしたその少女は、その雰囲気とは不釣合いと言ってもいいほどの重量な鎧を身に纏っていた。

 彼女こそ魔王討伐を命じられたこの世界の救世主、勇者である。

 勇者はふらふらとした足取りで、祭の賑やかな声が響く村を懸命に目指していた。

 彼女の長い黒髪は様々な箇所が(もつ)れ、本来は艶やかな黒も今は土埃にまみれてくすんだ色をしてしまっている。ある国の王から授けられた白くて神々しい鎧も、魔獣の返り血と泥で無残な色に染まっていた。

 山を越えようと歩を進めていた勇者だったが、途中どこかで道を外れてしまっていたらしい。気付いた時には光がほとんど届かない、深い森の中を彷徨っている状態だった。そうして彷徨っている内に、この森を根城にしているコカトリスの群れと、運悪く出くわしてしまったのだ。

 しばらくは襲い掛かってくるコカトリスの群れから逃げ続けていたのだが、地の利は圧倒的にコカトリス側に有り。結局群れに追いつかれてしまった勇者は、命を守るため余計な戦闘を強いられることとなってしまった。

 おまけに逃げる時に毒の沼地に突っ込んでしまい、体力もそこでごっそりと落とされてしまっていた。回復魔法を使おうにも先の戦闘で魔力を使い果たしており、勇者はもう限界であった。


(とにかく、あそこの村まで行けば、ゆっくり休める……)


 僅かな月明かりと祭の賑やかな喧騒を道しるべに、勇者はもつれそうになる足を懸命に前へ前へと動かした。脳内で思い描いた温かいベッドが、今の彼女の唯一の原動力だった。


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