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9.最強=影の支配者=・・・ ~思い立ったら突然に~ 

明けましておめでとうございます。


お正月なのに話の中では夏……

季節が真逆なのでとりあえずアイテムだけでもと思いまして。




“お餅”が食べたい。



突如、衝動に駆られた。

思いついたら即実行。

つきたての、ほかほかあつあつで、伸ばすととろんとした、やわらかい、あの、白い“お餅”。

正月には鏡餅、焼餅、ぜんざいに登場する、なくてはならない、あのお餅。


きな粉を付けたり、砂糖醤油で海苔を巻いて食べるのもいい。

中にあんこをつめて食べるのも捨てがたい。

あっ、黒ゴマも用意してもらわなきゃ。

黒蜜なんてのもあるのかなぁ。

おっと、涎が。


考えついたらすぐに食べなくてはいけないと思うこの使命感。

てぃへんだ、餅が私を呼んでいるっ!!

(←そんなはずがない)



***



「今すぐ餅つきがしたいから中庭貸してね。あと道具も勝手に借りるね。」

「本当に突然だね。かまわないけどいきなりどうしてそう思ったの?」

「食べたくなったから。」


当然のように答えたら困った顔をされた。

なんだ、なんだ?今の会話のどこにそんな顔をさせる何かがあったか?

(←真相;何をしたら喜ばせられるかを熟考中、今後の参考にしようとしたがシンプルな回答に見事玉砕)


「……? 餅つきダメだった?」

「いや、かまわないよ。でも食材とか揃っているのかな。確認してみないと。」

「それならもう確認済み。もう準備も進めてもらっているから。実はあとはソウの許可だけ。」

「そこまで根回しされてたらダメだなんて言えないね。もちろん一緒に楽しんでいいんだよね?」

「それはダメ。」

「えぇぇえっ!!」


もうこの世の終わり、みたいな顔をされ今にも膝から崩れ落ちそうなほど落ち込まれた。

訂正、崩れ落ちて床に両手両膝をつきうなだれている。

ネット語の“orz”のようだ。

そこにこの国の王たる威厳は微塵もない。

まあ、ふだんから感じることは皆無だけど。


それに今回はスイカの二の舞にはなるまいと、しっかり確認した。

餅のつき方とか餅の形状とか。

やり方も杵と臼で変わらなかったし、何も起きない、起こらないでほしい。


「な、なんで?」

「せっかくだから今日はこの前の“スイカ”で仲良くなったみんなでやるから。杵でつくのも初めてだし、お餅返すのもしてみたいなあ。ああ~、早く食べたい。」


スイカ狩りにもいいことは確かにあって、この屋敷の中で知り合いを増やすことができた。


スイカ狩り以外は今思い返せば、まぁ、いい思い出になった。

初めて顔を合わす人、顔は見かけていても初めて言葉を交わす人、予想外の出来事(アクシデントとも言う)も多々あったがそれなりに楽しかったし、その後のバーベキューではお決まりの肉の取り合い合戦なんて始まったりして……賑やかだった。

(←……の空白に何があったのか察してほしい、希望があれば後日詳細をお届けしよう)

花火は屋敷の裏に広がる原っぱ(未だ私にとっては未開拓地、なんせ屋敷から出してもらえない)から打ち上げられた。

が、スイカ狩りはもうこりごり。

(←その顔面蒼白イベントが毎年の恒例行事となることを来年まで知ることはないだろう)


そこで今日は餅つきに付き合ってもらえるように頼んだら快く引き受けてくれた。

自分の仕事もあるだろうに、みんな親切だ。


「せめて出来上がったら食べに行ってもいい?」

「それもダメ。今日は中庭には立ち入り禁止ね。」

「それもダメなの?!」

「燕浪さんが『さぼって溜めに溜めた仕事を全部片付けるまで部屋から出ちゃダメ』だってさ。お昼はお餅食べるから今日は別々ってことで。じゃっ、仕事がんばって。」

「そんな……。」


最後に何か縋るように喚いていたようだが脳内はすでに餅つきでいっぱいの私の耳には届かなかった。

トドメをさして部屋を飛び出すとこれでもかという程の書類を抱えた燕浪さんと出くわす。


「やけどには気をつけてくださいね。」


微笑まれて頷きを一つ返す。


「ソウは縛ってでも動かさないで。」

「部屋からは1歩も出しませんよ。今までサボったことでコレほどまでに書類を積み上げてくれましたからね。ここいらでじっくりしっかり反省してもらう為にも今日は全部終わらせるまで離れません。」


おぉっ、相当のお怒りだ。

その目には明確な殺意があった。

『触らぬ神に祟りなし』

燕浪さんを怒らせるなんて勇者の如き行動、ソウ以外にはできないだろうなあ。

今の私には確実に邪魔が入らない頼もしい言葉に背中を後押ししてもらい、意気揚々と中庭へ向かった。



***



お餅、お餅とウキウキした気分で向かう。

中庭に辿り着くと待っていたみんなが暖かく迎えてくれた。


そこでは臼と杵がスタンバイされていて、ほかほかのもち米がセットされている。

(←中庭でやることで“スイカ”モドキの思い出を払拭する目的も)


「もう準備は整ってるよ。もちろん王は許可をくだされたんだろう?」

「ばっちり、ねえ私も杵付いてみたい。」

「噂以上にちっさいなぁ。大丈夫かぁ?そんな細っこい腕で持てんのか?結構重いぞ、コレ」

「やめろ、橙軌。大丈夫だ、一緒にやれば平気だろう。」

「しゃあねえなぁ。ほら、こっちこい。」


男性陣だけでなく女性も多くいる。

きっとつきたてのお餅を食べやすいように丸める為に控えてくれているんだろう。

女性の傍にある台の上にはきな粉やあんこなどが揃えられている。

最初に声を掛けてくれた恰幅のいい女性は肝っ玉母さんの風貌。

この女性は明野さんといってお屋敷中の女中さんを纏め上げている女中頭さん。

これまで私も何度か直接お世話になったことがある。

何でもズケズケとモノを言ってくるけれど何一つ厭味に聞こえないという、とても貴重な人。

きっと他の人が言うと癪にさわるだろう言葉も明野さんが言うと苦笑いで終わってしまう。


「要望のあったものは全部用意しといたよ。」

「わぁ、黒蜜までちゃんとある。ありがとう。」

「なぁに大したことじゃないさね。あんたらもたっぷり餅をついとくれ。こっちで張り切って味付けするからね。」

「おうよ、任せろ。」


臼は全部で5つある。

一体どれだけ餅を作る気なのかはわからないが集まってくれたのは男女合わせて約20人くらい。

頼もしい声が上がり、楽しみで仕方がない。


「こっちがてんてこ舞いになるくらい大量に作ってみせな。」

「んなこと言って泣きを入れても知らねぇぜ。」

「あら、そっちこそ体力切れで私たちに餅つきの交代を頼む、なんて情けないこと言ってこないでよ。」


力強い声、軽快な声、楽しそうな笑いを含んだ声がそこかしこから上がる。

聞いている私も思わずにこにこと笑みをこぼしてしまう、そんな軽快な雰囲気。

ソウや燕浪さん、香麗さんといった特定の方々としか深く関わっていなかったのは勿体なかった、これからはもっと積極的に話しかけていこう。

うんうんいいなぁ、この空気。

スイカ狩りもこういう風なものを望んでいたんだけどなぁ。

なんでいつのまにモンスターと戦うアクション映画さながらのアトラクションになっていたんだろう。

何度考えても謎。


真面目そうな男の人が声を掛けてくれた。

切れ長の瞳が冷たい印象を与えるけれど、その瞳の奥は優しく淡い緑色で彩られている。

こういう色を萌黄色というのかな。

名前を聞いてみたら焚迅さんと名乗ってくれた。

スラっとしていて顔つきは真面目で堅そうだけど私へ向けてくれる態度は優しい。

今日この場にいるってことは焚迅さんも警備隊ってことだよね。

う~ん、眼鏡をかけていてインテリ風、内勤に見えるんだけどなぁ。

黒に近い深緑色の髪が風貌に神秘的な印象を深くさせている。

口調もどこか固め、性格を出しているんだろうなぁ。


「杵をついてみたいんだろう?その様子だと餅を返すのもやりたそうだな。一度やるからよく見ておくといい。」

「うん、ありがとう。お願いします。」


いざやってみる段になって手を貸してくれたのは砕けた口調の男の人。

さっき“橙軌”と呼ばれていた肉食獣のようなガテン系のお兄さん。

口調は粗野なところもあるけれど、一緒に杵を持って振り下ろしてくれる手つきは優しい。

歳の離れた兄がいたらこんなカンジなのだろうか。

相変わらずの見上げるほどの身長と服の上からでも分かるほど、鍛えられた身体。

着物をくつろげて片腕を出している。

とてもいかつく、ソウよりも大きい。

私は橙軌さんの腰にようやく頭が届くくらいだ。

空を仰ぎ見るかのようにして見上げるしかない。


巨人の国にきた宿命で最近首のコリがひどい。

ここにピップ○レキバンってないのかな。

例に漏れず美形で、研ぎ澄まされた美というか、まとう雰囲気は凍てついたものなのに吸い寄せられるように近寄ってしまいそうになる。

危険な色気みたいな?言葉が貧困ですんません。

美人さんへ向ける美辞麗句なんてそうそう使わないから出てこないんだよ。

ただこれだけは言っておく、この世界の鬼全員に思うこと。

『視覚の暴力』

日本人の鼻の低さがなんだっていうんだ。

ちっ。


橙軌さんは「よろしくな」という硬く低い声の挨拶に、私は恐々と頭を下げる。

失礼な話しだけれど、あまりの身長差に怯えがでてしまった。

すると橙軌さんは黙っているときの雰囲気はどこへやら、ニカッと人好きのする笑みを浮かべた。

その笑顔が水色の髪と目の色と相まって爽やかな印象を受けた。



私の力が非力すぎるのか、鬼が逞しすぎるのか、杵が重すぎたのか……。

(←答え;全部)

橙軌さんと焚迅さんのいるところへ混ぜてもらったはいいが、結果は言わずもがな。

橙軌さんが持ち上げた杵には半ばぶら下がるようにしか捕まれず、餅の返しは熱すぎて触れず……、ふっ。

ただの役立たずで終了。

(←いつものこと)

向けられる視線の哀れみを含んだような、ほら見たことかと言わんばかりの呆れを含んだような、苦笑いを浮かべたような視線、視線、視線!!

イタイ、心が痛いです。

餅の返しだって、どうやら鬼は皮膚が厚いので熱には強いのだとか。

(そんな馬鹿なっ!!)


今日一緒に餅つきをしたのは外回り部隊の警備隊と厨房関係の女中さんたち。

鬼は男女関係なく力があるから餅つきだって平気で女の人もやっていた。

た、逞しい。

私は結局みんなに促されて餅をこねる方へ移動した。

が、こねる台も高くて届かない。

足元に台座を用意してもらったが、そこでも餅が熱くて触れず……。

久々に感じたこの脱力感。

明野さんに方をぽんぽんと叩かれて慰められた。


「あんたは出来上がったのをおいしく食べてりゃいいんだよ。それが仕事さ。」

「う~」

「後であんたにしかできない仕事があるからそっちをやっておくれ。」


その慰めが余計に落ち込む……。

にんまり笑われて「あとちょっとで全部できるから待ってな。」と言って離れていく。



しかし見ていて気付いたことが一つ。

さっきから頻繁に臼の中に餅と混ぜる様に加えられているその粉はなんですか?

摩訶不思議な赤やら緑やら青色をしているその物は何だ?

不思議なことに混ぜても白いもち米にはなんの色の変化もみられない。

聞くべき?う~ん、食べる段階で後悔したくないしな……。


「その粉ってなに?」

「ん?これか?ミーシャのとこでは入れたことないのか?この赤いやつは乱舞花の花弁と花粉をすり潰した粉さ。緑が柳って草を細かくしたやつで、青いのが不倒木の根を粉にしているんだ。」


は?何ですと?

ちょっ、ちょっと待て!!

如何にも超強力そうな植物の名前も含めて、ちょっと待て!!!


「これらを混ぜ合わせるとそりゃぁ強烈な効き目の薬になるんだぜ。」

「俺たち警備隊にはかかせない物だ。いくつあっても困ることはない。」


あぁ、それで大量に作ってるのか……。

いやいやいや、ちょっ、ちょっと落ち着こうぜ。


「この薬ってほんとにすごいんだぞ。1週間不眠不休の地獄訓練を受けても、これ1発で何事もなかったかのように体が元の状態に戻るんだ。」


ほうほう、そりゃすごい。

ハイスペック過ぎやしないか?

って、そうじゃないっ!

いや、1週間不眠不休ってのも待て。

なんでそれで死なない?それとも死ぬのか?

地獄なんて言葉ですむお話なんですか?

どうしよう、どこから突っ込もう。

取りあえず目下問題の餅の話に戻そう。


「つまり……、栄養剤ってこと?お餅が?」

「そういうことだ。もちろん餅そのままでも食べられる。が、この粉末は餅に入れることでより効果が発揮する。入れたところで味に何か問題が起こるわけでもなく、色にも出てこない。だから餅を作る時は必ずいれるようにしている。何かいけなかったか?」

「いえ、皆さんがそれでいいのなら私に言えることはなにもないです。」


突っ込むまい。

餅そのものに特に問題がないようだし、体に悪影響を及ぼすこともないだろうし。


「どうした?そんなに肩を落として。疲れたのか?」

「いや、これは疲れたからというよりかは何というか、異文化交流に衝撃を受けたというか……。」

「異文化交流……?」

「気にしないで。特になんの力にもなれてないから悪いなぁって。全部やってもらっちゃってるし。」

「そんなことない。俺たちはふだん警備で外に出ていることが多いから屋敷にいることはあまりない。ミーシャとこんな風に一つのことを成し遂げられるのは嬉しい。話をしたいという奴も本当に多いんだ。今晩、俺はそいつらから大量の質問と恨み言を聞くだろうな。」

「私もみんなとこんな風に過ごせて楽しいよ。今日ここに来れなかったみんなとも仲良くなりたいと思ってるし。」

「なら、今度鍛錬所に顔を出してくれないか?泣いて喜びそうなやつが大勢いる。」

「それはちょっと大げさなんじゃ……。」


焚迅さんはやさしく頭を撫でてくれた。

あぁ、癒される。

焚迅さんってもしかして数少ないマトモな人っ?!

ソウはただの変態だし、燕浪さんは黒いし、香麗さんは武器の出し入れとかナゾな人だし。

私の周囲にいる人ってほんと濃いな……。


「なんだ?次は鍛錬所の方にも足をのばして来てくれんのか?」

「橙軌さんも今日はありがとう。ちっとも手伝いにならなかったというか、手を煩わせただけというか。焚迅さんに誘ってもらえたから今度行くね。そんときは歓迎してね。」

「んなもん、おめぇの力なんて最初から当てにしてねぇよ。たんまり餅食ってろ。おまえ細っこ過ぎるんだよ。もっと肉付けろ。で?いつ来るんだ?」


肉付けろって嫌がらせだな、こんにゃろう。

全体的なバランス考えたらこれ以上つくとやばいんだよ。(怒)


「いつにしようかな。近いうちにね。ダメな日とかってある?」

「特にそういった日はないが……。そうだな、1週間は空けた方がいいな。明後日から不眠不休の耐久レースがあるから。」


こわっ、なにそのサバイバル訓練。

そんなんばっかやってんのか?

焚迅さんが言うには警備隊に属する鬼はほぼ全員強制参加らしい。

しかもレース……。

ちょっと見てみたいかも。

汗臭そうだな、止めとくのが賢い選択か。


「ほら、いつまでもそこでしゃべってないで。おいで、できたよ!」


明野さんの声にやった、と一目散に駆け寄った。

その跳ねる様な動きを見せた私の後を焚迅さんと橙軌さんが微笑ましい表情で付いてきていたのを見てはいなかった。


皆でつくったお餅のおいしさはひとしお、いい汗かいて杵でついただけのことはある。

(←本人は特になにもやっていない)

作りたてはほかほかで、口に入れると蕩けた。

噛み切るのに苦労するほどよくのびてやわらかい。

口の中に広がる上品な甘さにほうっとため息がこぼれる。

リクエストしていたきな粉やゴマ、海苔などが揃っているおかげで味にも変化をつけられるので飽きがこない。

周りで欠食児童のようにガツガツと口に放り込む鬼の食欲に引きつつ、みんなでわいわいと食べる。

おいしいものって笑顔にする力がある、最強の武器だ。

“百の噂より十の会話、十の会話より一の食事”とは人が仲良くなるための方法。

これだけで世の中に争いなんてなくなるのにね。


「後でこのお餅を王と燕浪様へお持ちしておくれ。」と明野さんに餅が乗ったお盆を渡される。

食べさせないつもりだったがちょっと意地悪しすぎたのを反省し、届けることを引き受けた。

私が行かなくてもきっと誰かが持って行くだろう。

今日、なにも役立っていないのだからそれぐらいの仕事はしなくては。


その後いろんな人にもっと食べろ、大きくなれ、ってお餅を勧められた。

私って一体いくつに見られてるんだ?

知るのが怖いあまり、いまだに誰にも聞けていない。

『知らぬが仏』とも言うしね。



***



お腹が膨れて機嫌のいい私はソウと燕浪さんのいるであろう執務室へ向かった。

手には出来たてのお餅。

道具やら食材やら場所やら借りるだけかりて放置はひどかったかもしれない。

でも今日は懇親目的でもあったんだからかまわないよね。

偶にはいいよね、そう偶にはさ。


夏に入ろうとしているこの季節、暑さは日に日に増している。

なのに足元から忍び寄ってくるこの部屋のこの冷気はなんだ?

身体の心を冷やすようなそこはかとない寒気が背筋を走り抜けた。


襖を開くと文字通り山と詰まれた書類に埋もれたソウ。

生気が抜け、口から半分魂が出かかっていた。

何コレ怖い。

書類は今にも崩れ落ちてその身を埋め尽くしてしまいかねない、どうにも危うい均衡で積みあがっている。

絶妙なバランス、悪戯心でこれを崩したらどうなるかなぁ、なんて心に住む悪魔が囁いてきた。

が、その考えはソウの顔を見てすぐさま却下した。


顔色は青白いなんてもんじゃない。

紫だ。

血の気の失せた青白い顔色というのはまだまだ健康な証拠なんだな、という発見。

うん、一つ勉強になった。

目はどこか遠くを見ているような近くをみているような……。

訂正、書類を見ている。

なんとか文字を追い、指は必要最小限の動き。

どうやら何があっても書類から視線を逸らすことはできないようだ。

おそらくそんなことをしようものなら地獄を見るに違いない。

……いや、地獄を見た結果がこの姿なのやも……。


傍に控えている燕浪さんはこれでもか、というイイ笑顔。

それは悪魔の微笑み、天使の殺意。

背後に青白い炎が吹き上がっている、閻魔大王も裸足で逃げ出すだろう。

冷気は確実にこのお方から滲み出ている。

そうとう腹に据えかねていたんだろうな。

ここぞとばかりに反撃の狼煙を上げたんだろう。

ネチネチと攻撃し続けた結果が目の前にあるのだとしたら……、おそろしいっ……。


さすがに哀れに思ってソウの目の前にお餅を差し出す。

すかさず手が伸びてくるのだから心配し損だった気がしないこともない。

途端に復活できるんだったら情けなんていらなかったな。

もっと苦しめ。

(←1番酷いのはコイツ)

「おいしい、おいしい」と涙ながらに喜ばれると悪い気はしない。

(例え自分の労力が雀の涙ほどもあやしい代物だったとしても)

燕浪さんにも喜ばれていい気分だ。


しかし、ソウがあそこまで半死の状態って燕浪さんは何をどうしたんだ。

そして今日何回目かの誓いを心に刻む。

『知らぬが仏、触らぬ神に祟りなし』



***



滋養強壮剤、つまり現代日本で言うとドリンク剤。

しかも含まれている成分はこれでもか、というほどの強烈な一品ばかり。

性も根も付き果てた状態であっても復活できてしまう超強力な代物。

どんな死にかけの状態でも、もしかしたら魂が体からでていても呼び戻せるほどの力を持っていそうな物。


つまり、紫色だった顔色も元の状態に戻り、落ち窪んでいた目も活力に溢れ、根こそぎ奪われていた気力の回復、体力なんぞ言わずもがな。

餅を食べた後のソウは大復活を遂げた、その後待っているものといえば……。

うず高く積まれた書類処理という苦行、瀕死の状態(多少手加減されていた)時よりも燕浪さんのスパルタが増したというわけで……。


その晩、執務室から明かりが消えることはなかった、という。

翌朝、部屋に朝食を告げに訪れた女中によって再度、屍化としたソウが発見された。

机に片頬をつけたまま口を半開きにし、目は白目を剥き、ピクリとも動かない状態だったとか……。

(なにそのホラー!!昨夜燕浪さんとソウの間に何が?!)

(←ちなみに執務補佐はしっかり自室に帰還していたとか)

第一発見者の女中さんが言うには、『朝日を浴びたその体は、さらさらと粉になって消えてゆくのではないかと真剣に思った』そうだ。

(吸血鬼じゃあるまいし……)



ここで一句。

『サボらずに コツコツやろう 何事も』





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