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5.お詫び=お礼=頂き物 ~いざという時の懐柔方法~


「料理、を、したい?」

「はい、台所を使わせてもらえるのであれば、ぜひ。あと香麗さんもできれば手伝ってもらえるとありがたいんだけども。」

「それはかまわないけれど、調理器具が扱えるかしら?取りあえず台所へ案内するわ。」


トイレの出来事から数日、経った。

今日は私の暇つぶし料理教室を行いたいと思う。


食事の事情は地球にいた頃となんら変わらないのはすばらしいのだけれど、文明の利器がないこの国ではどうやった料理を用意しているのか気になるところ。

というわけで、調査を兼ねての料理教室。

料理得意じゃないだろって?そこはそれ、香麗さんがいるではないですか。

私一人で作る、なんて無謀なことはいたしません。

そんなことしようものなら死地を彷徨いかねん代物が出来上がってしまう。

私は犯罪者にはなりたくない。

それでも誰かさんは喜んで食べてくれそうだから怖い。


「聞いてなかったけれど、何を作りたいのかしら?」

「私のいたところと台所がどう違うのかが分からないのでまだ何とも言えないんだけど、お菓子を作りたいなって。今ある材料で簡単かつ大量に作れるものってある?」

「そうねぇ、お餅とかにしてもミーシャには力仕事になってしまうし、お団子は今度月誕祭の時に用意するから、外した方がいいわよねぇ。う~ん、平焼きなんてどうかしら?」

「その平焼きってどんなの?」

「丸く平らに焼いた2枚の生地の間にクリームを挟むっていう素朴なお菓子よ。作り方も簡単だし、すぐにできるわ。」


つまり“平焼き”とは“どら焼き”のことか。

場所が変われば名前も変わるということだ。



一言で言うならば香麗さんの料理の腕はすばらしかった。

なんせ私が手を加えているにも関わらずこうまでもすばらしいお菓子が出来上がるとは。

なんたって私にとって3分クッキングとはカップラーメンのことだからね。

私がやったことなどほんとに僅かで、香麗さんの手から作りあがるお菓子はまるで魔法を見ているようだった。


当然ガスコンロとかオーブンレンジなんてハイテクなものは存在しない。

かまどに火を焚いての調理なので作れるお菓子も限られてくる。

やっぱり多少材料が違うからか生地のふっくら感は多少物足りない気がしないでもないけれど、これだけ出来れば上出来だろう。

鬼ノ国ではあんこを入れることはないということなのでここはせっかくなので日本式の“どら焼き”を作った。

あんこを煮立てて生地の間に挟み込めば完成である。

ガスと電気のない生活は大変だが、なにかを達成したときの喜びは大きい。


「でもどうしていきなり、こんなことを思いついたの?食べる専門だって以前言ってなかったかしら?」


そんなことまでよく覚えていらっしゃる。

今日はこの前のお詫びの品を作成する、という名目なのだ。

もちろんその相手は香麗さんも含まれている。

(含まれている本人に手伝ってもらうのもどうかと思うが。)


主旨を説明すると優しい香麗さんは感動してくれた。

そんな胸震わせるようなことを言ったつもりはないのだが。

ここまで喜んでもらえると逆に申し訳なくなる。

こんな単純なものですいません。


試食した感想は中々のもので私もやればできるじゃないか、と自画自賛したいところだがほとんどの工程をやってくれたのは香麗さんであることを忘れてはならない。

これならば配りに行っても大丈夫だろう。


配りに行きながら先程の会話に出てきた月誕祭とやらを聞いてみる。

1年に一番綺麗に月が輝く日に皆で月を愛でる会を開くそうだ。

お月見のことを月誕祭とここでは言うということだろうか?

管弦の演奏を月に捧げ、お餅を付いてお団子を奉納するのだけれど、どちらかというと宴会のお酒を飲んだりご馳走を食べる方がメインになりつつあるのだとか。

皆さん花より団子、ということか。

そういうところは鬼も人もかわらない。

それが数ヵ月後に催されるらしい。

それはそれは風情があり、その日は不思議なことに決して雨が降ったりましてや曇ることもないらしく、必ず空が晴れ渡りいつも以上に冴え冴えときらめく月が夜空に昇るのだそうだ。

今は他国などへ行っている人等もこの国に戻り、大勢の人で賑わうらしい。

日本の正月的なイベントなのかな。

なかなか楽しそうだ。

現在お酒は飲ませてもらえていないけれど、その時ならちょっと人目を盗んで一口なりとも飲めるかもしれない。

お酒のせいでこの世界へ来る羽目になったというのに懲りていない自分がいる。



***



お菓子の反応は上々だった。


「これ、ミーシャが?私の為に?ほんとに?わあ、どうしよう、もったいなくて食べれないよ。一生大事にとっておこう。」


ソウなんて異常な喜びと共に目を潤ませ小躍りしそうな勢いで感動してくれた。

そこまで喜ばれると作ったかいがある。

しかし後生大事にとって置く、なんて言葉にすかさず止めに入る。


「いや、もうさっさと食べちゃって。作った意味がないから。」

「そんなっ」


いやいやいや、こっちこそそんな絶望に彩られるほどのことを言ったつもりはない。

ここでこっそり仕舞い込む、なんて悪行を働かせないためにさらに釘を刺しておく必要がありそうだな。


「でも、ミーシャからの初めての贈り物なんだよ。」

「折角作ったのに食べてくれないの?」


ここは泣き落としにかかるしかない、ということでソウの腰にぴとりと張り付いた。

そのまま唇を噛みしめ、下からの上目遣いでうるうると半泣き目線を心掛けソウを見上げる。

これは生きていく中でとても大事なスキルだ。

この作戦が百発百中なのは過去の対戦成績から明らかである。

こんな砂糖菓子を大量に食べさせられたかのような甘ったるい行動に吐き気がこみ上げてくる。

ここはグッと我慢するのだ。勝利のために。


案の定「うっ、、、」と言葉に詰まったソウは慌てて「食べる、もちろん食べるよ」と約束してくれた。

ここまでしておけば勝利は確実なのだが、それでも用心のため駄目押しにもう一声。


「ちゃんと全部食べてね。後で感想を聞かせてね?」


トドメにこてん、と小首を傾げてお願いしておく。

ソウにはこれ以上ない必殺技だ。

ゴ○ゴ13並みの威力を発揮する、必殺の殺傷力と命中率を有している。

これで落ちなかったことはない。

ここまでしておけば安心だ。

勝利はもう目の前だ。


しっかり“全部”というこれまた重要ワードを付けておいた。

半分食べて半分保存、なんて余計なことを考えそうだから怖い。


了解を取り付け心の中でガッツポーズを決める。

お礼に満面の笑みを浮かべ、首に抱きついた。

その際にすりすりと顔を首筋に押し付けるのも忘れない。

この攻撃を受けた者はいとも容易く陥落するのである。

どうやらもう説明が不要なくらい小さな惑星なら軽く吹っ飛ばせる、波動砲並みの威力があるらしい。


この行為にも慣れた。

(悲しいことに慣れた)

何か人間としての大切な尊厳とか、日々失っている気がしないこともない。

考えちゃだめだ。


そういえば私は与えられるだけで何も返したことがない。

なにかを上げるにしてもそれはソウから出ている金銭になるので意味がないのだけれども。

しかし生菓子をいつもでも記念に取っておかれても困るのでまた作ることを約束するハメになってしまった。

これ作戦だったらどうしよう。

というか次もあるというのがちょっと憂鬱である。

都合の悪いことは頭の中からさっさと追い出すに限る。


あんなもん食べずに取っておいたところで虫がわくだけ。

ソウがよくても私がいやだ、ぜひご遠慮願いたい。

ここの虫はどれもこれも大きさが規格外で以前蚊に刺されただけで数日寝込んだ。

侮っては大変な目にあうのだ。

あの時は体中に発疹が出てかゆいわ、熱にうなされてしんどいわ、さらに食べてもいないのに吐き気に襲われ胃液を大量に吐く、といった症状で散々だった。

二度と味わいたくない、御免こうむる。




「王への対応も手馴れてきたわねぇ。私もあの手法を使われたら一発で落ちてしまうわ。」


香麗さんにはしっかりばれていたがこの作戦はソウ以外にも有効な手段であると保障された。

そうか、香麗さんにも効くのか。

覚えておこう。

その可愛らしさは核弾頭並みの威力で、すり寄られたソウたちは可愛くって仕方のない、クラクラのめろめろ状態に陥っていた、との香麗さんの言である。

ここぞ、という時の秘策としよう。




燕浪さんも喜んでくれ、お礼と言ってさらにお菓子をくれ、屋敷で何かとお世話になっている人たちに配り終える頃には作った分以上の大量のもらいもののお菓子で両手は塞がっていた。

いい年こいてなんだか一人ハローウィンをやった気分だ。

何か本来の目的が変わっているが、気にしない。

要は自己満足なのだから。



調理器具とかの謎?

そんなもん料理音痴かつコンビニやスーパーの“出来合いおかず万歳!”な私に解明できたわけがない、

とだけ述べておく。




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