18.仕事=補佐<お守り役 ~執務補佐のとある1日~ (Side燕浪)
Side燕浪(執務補佐)
朝は夜明けと共に起き出します。
王がそのくらいの時間に置きだすので合わせないわけにはいきません。
特になにか朝の支度を手伝う、というようなことはありません。
(数えるのも面倒なくらい)いい年なんですからそれぐらい自分でやってくださいよ。
私は自分の子どもの着替えだって手伝った記憶はないですよ。
遅く起きたところでお咎めがあるわけではありませんが、王より遅く起きるとうのは気げ引けますからね。
なんて殊勝な考えからではありません。
早起きはただの習慣です。
王は起床後体を動かしに行きますが、私はその間に本日片付ける優先順位に書類を用意します。
これがなかなかに重要なんですよ。
王はすぐにサボろうとしますから、重要書類は上に用意しておかないといけません。
ただ一番上に置いておけばいいというわけではないのが厄介なんですよ。
時間帯によって王の集中力が異なるのでそれを見越しての書類順序です。
王は真面目なことの方が珍しいので代わりにこちらが常に臨戦態勢で臨まなければなりません。
今日も大量にありますね。
“月誕祭”があるので関連の書類量がなかなかのもんです。
しかしこの仕事は嬉々とやってくれるんですよ。
私たちは何百、何千と繰り返してきた行事ですが、ミーシャにとって“月誕祭”は初めてですからね。
『今まで以上に成功すればきっと感激して喜ぶでしょうね』と呟いた途端、書類処理のスピードは目に見えて上がりました。
アメとムチは使いようです。
最近ではミーシャもこれの使い分けが上手くなってきたようです。
中々飲み込みが早いですね。
そうして朝食の準備が整ったころに王に抱き上げられたミーシャがやってきます。
今日も目は半分閉じていますね、それが尚のこと可愛らしい。
頭も揺れています。
そのまま卓にぶつかれなければいいのですが。
ミーシャの額が赤くなってしまうのは可哀想ですが微笑ましい。
けれど痛い思いはさせたくありませんからね。
まぁそれすら王が回避できないほどの体たらくならば、王から掻っ攫ってしまいましょう。
王には任せておけないという何よりの証明を王自らしていることにしかなりませんからね。
この時間の王のにやけ面がどうにも気に食わないのは私だけですか?
昼食や夕食は私が食べさせることはありますが、朝食だけはいまだに達成できていません。
それもこれも誰にもその権利を譲ってくれない心の狭いどこぞの主のせいですね。
朝と夜が分からない程ボケて起きてこられない日を待つか、前の晩から薬を盛るか、強硬手段にでるべきか。
闇打ちでもしてその権利を奪ってしまった方が手っ取り早いですかね。
その後、少しでも時間を引き延ばそうと画策する王を(文字通り)引き摺り執務室に連行します。
別に羨ましさから急かしているわけではないですよ。
これも仕事を片付け、王の負担を減らして差し上げようという気遣いです。
我ながら見上げた主への想いです。
多少扱いが雑になるのはご愛嬌といったところですよね。(にっこり)
朝は仕事に身の入らない王を叱咤し、仕事をさせます。
卓の前に座らせるだけでも一苦労。
朝から手間を掛けさせてくれますよ、ほんと。
私にだって抱えている仕事があるってことを王は忘れているんのではないかと思うことも度々です。
私はお守係ではないんですけどね、ちょっと目を離すと手が止まっているんですから。
王の執務室の隣に仕事部屋をいただいていましたが、効率が悪いので今では同部屋ですよ。
これで少しは監視の目が楽になりました。
常に仕事をしているか隣室の気配をうかがう必要はなくなり一つ負担が減ってやれやれです。
さっさと仕事を終わらせたほうが余程効率的だってことにいい加減気付いてもいいと思うんですが。
昼食前、王は仕事になりません。
仕事をしません、と言った方が正しいやも。
体はそわそわし、目はうろうろと彷徨い、集中力はくず入れの中。
あまりにも態度が目に余る時にはそのまま部屋から出しません。
このままでは私の仕事どころか内政部隊の機能が滞ってしまいます。
王がいくら後で死に目を見ることになろうとどうでもいい事ですが、とばっちりを食うのはたまりませんから。
王に極悪非道だと言わんばかりの顔を向けられたって知ったこっちゃないですよ、そんなもん。
こっちの身にもなれ、というやつです。
いい薬にはなるんですよ、これが。
これをやると次の日は真面目に仕事をするんです。
一応反省するだけの殊勝な心は持っているようで何より。
まぁ、真面目にやった次の日はたいてい罰を与えるような不真面目さに戻ってしまうんですがね。
罰をくだすのは実に楽しいです。
(陰で言われているのは知っていますが)私の性格が黒いからというわけではありません。
これは正統な行為に他なりません。
気分もすっきりしますし、何より私がミーシャと共に過ごせるおちう恩恵まで付いてきます。
もちろんその間、王が逃げ出したりしないようにがんじがらめに部屋にくくりつけておきます。
こんなもんは罰にしては生ぬるいと思うのですがやり過ぎても仕事の速度が進むわけではありませんしね。
ミーシャの鶴の一声もありますから、今では言えば渋々ながらきちんと部屋に残り、仕事をするようになりました。
最初からこちらの手を煩わせず、そうしてくれればいいものを。
そんな攻防を繰り広げ、迎えた午後。
ミーシャと過ごした後の仕事の速度は目覚ましいものがあります。
重要書類・検案が必要な物は大体この時間にきます。
きちんとした裁量をもらえる数少ない時であることを私が通達してありますからね。
王がぐったりしようが何しようがこの時を逃さん、とありとあらゆる書類がきます。
朝食前の書類整理でもこの時間に最重要案件の書類を見るように計算して並べてあります。
なので朝のあの時間はもしかしたら1日のうちで一番重要な時なのかもしれません。
反対に罰を与えた日は気力切れですね。
分かりやす過ぎるほどの差があります。
仕方がないので休憩に絶対にミーシャと過ごせるよう時間の確保をしなければなりません。
それでも部屋から出せないぐらい忙しい時はミーシャにご足労願います。
エサで釣るしか手立てはありません。
こんな王の世話まで職務内容に含まれているんですかね?
特別手当を申請したいぐらいですよ。
それなのにこの前この王はなんてのたまったと思います?
業務の改善を指示して来ました。
それだけならなんら問題はありません。
ようやっと仕事にもきちんと腰を入れて望んでくれるのかと安心するぐらいですよ。
けれどあろうことかこの王が言った内容はまったく明後日の方向でした。
***
『どうやら仕事に忙殺されている者がいるらしい。満足に休みが取れていないそうだ。偏った仕事量ではその者が倒れた後他の者が困る。すぐに改善するように。』
言っていることは至極真っ当であるのに、なんでしょうね。
この湧き上がる抑えようのない怒りは。
『ずっと仕事をさせるよりもきちんと休みを入れて働いた方が効率もいいだろう。ったく誰だ?そういう状況にしているのは。責任者を呼んで来い。』
思わず胸倉掴んで顔を張っ倒してやらなかった自分を褒めてやりました。
まさかですが、そのまさかです。
王は自分が原因だとまったく、これっぽっちも、頭の隅に髪の毛1本ですら考え及んでいないんですよ。
私は身震いしましたよ。
どこまで無自覚・無責任・無頓着を貫き通せるのか、とね。
こみ上げてくるものを押さえ込むのに呼吸が浅くなってしまいましたよ。
『発端の者には責任を取らせてかまわないのですね?』
『もちろんだ。』
『二言はありませんね?』
『当たり前だろう。なぜ確認する必要がある?』
『わかりました。では働きづめになっている者には同部署の他の者に仕事の引継ぎを終えた後、連休で数日休みを与えましょう。また、似たような状況になっている者にも同様の処置を。また今後そのような者がでないよう、王にはここにある書類を全て片付けていただきたい。屋敷に働いている者は幸せですな。このように下の者にまで細かに気遣っていただける王がいてくださって。では王よ、下の者たちが安心して休みをきちんと取れるように仕事を溜め込むことなく、ちゃっちゃと、さっさと、とっとと仕事をやってください。さぁ、今すぐに!!』
『おい、燕。ちょっ、ちょっと待て。』
『これで皆休みが取りやすくなりました。王のお陰ですね。』
『待て!責任を取らせる者の負担が増えるのはわかるが、なぜそれがこちらに向く?!』
『自覚がないようですが、す・べ・て 王のサボリ癖から始まった事態です。責任を取らせてかまわないとたった今ご自分でおっしゃられたところではないですか。あぁ、撤回はききません、二言はないと言われましたしね。』
『百歩譲って仕事をしたとして、非常に言いにくいのだが、その……。』
『あぁ、王のお休みですか?要らないでしょう、そんなもの。』
『そんなもの?!』
『あなたは何だかんだと毎日きちんと休憩を取られていますし、私の目を盗んですぐにミーシャのところへ行こうとしているじゃないですか?十分過ぎるほどに休みを取っているのにこれ以上なぜとる必要があるんですか?』
『いや、休みは欲しいぞ。丸1日とかは取ってないだろう?』
『ミーシャが寝込んだ際、看病と称して付きっ切りだったじゃないですか。それに忘れたとは言わせませんよ。ミーシャが夏の暑さで倒れた際、あなたは私がいないのをいことにまったく一切仕事をしなかったそうじゃないですか!!』
『それは悪かったと思ってはいるが……』
『悪いと思っているなら今がその贖罪の時です。さぁきりきり働きなさい。』
***
なんて遣り取りがありました。
思い出すだけで疲れてきました。
ふぅ、歳ですかね……。
迎えた休憩時間。
何とか今日終わらせるべき書類の目途が立ってほっとしている時分です。
ほくほく顔で幸せ時間到来ですよ。
仕事と時間の折り合いが付けば、私もご同伴にあずかれます。
その時の王の悔しそうな顔といったら、せいせいしますよ。
おっと、失礼。
その場に橙軌が来ている時もあるそうです。
橙軌がいるということは探しに来た焚迅も合流することになるでしょう。
私はかち合ったことはないんですが、王は結構な頻度で邪魔されているようです。
そういう時の王は不満さを隠しもしないで戻ってきますから分かりやすすぎますよ。
橙軌は動物的勘がよく働くようですね。
私を態と避けているんですかね?構いませんが。
それほど警部部隊は暇なんでしょうか。
それならもう少し仕事を増やして上げましょう。
偶にどうにもこうにも腸が煮えくり返るようなどうしようもない怒りに襲われるなんて時もあります。
私にもありますよ、そんな時は。
相手は誰なんて分かりきっているとは思いますが。
そんな時の癒しにミーシャですよ。
仕事の合間に会いに行って気力を補給させてもらいます。
有難いことにミーシャには王のように疎まれてはいないので、いつもにこにこと迎え入れてくれます。
会いに行くことに王に睨まれようとも、痛くもかゆくもありません。
私はきちんと自分の分の仕事は目処もつけて、こなしているんですから何の問題もありません。
本音として、この状態でいれば王の首を絞めかねません。
そうならないだけいいと思ってほしいんですけどね。
ちょっと一緒にお菓子を食べて『あ~ん』をしてもらって何が悪いっていうんですか?!
自分はもっと羨ましい事、あれやこれとふんだんにしているってのに。
自分がしてもらえないのは自業自得っていうのにいい加減気付いてみてもいいと思うんですけどね。
その後は業務もあと少し。
ここまで来たらようやく何も言わずとも書類は進みます。
ここでちんたらやると夕食を共に過ごす時間が延びるからです。
誰と過ごす時間?なんて愚問はいまさらですね。
多少遅いぐらいなら待っていてくれるんですよ。
本当に気の効く優しい子です。
大勢の方が楽しく美味しいからだと言って私も誘ってくれます。
ただ橙軌が時折乱入してくるのは如何なものか。
焚迅まで引き連れて来る時もあります。
焚迅もしっかりなさい、なんの為にオマエを補佐に付けていると思っているんですか。
オマエの一番の役目は橙軌の壁になることですよ。
ミーシャが楽しそうなので何も言いませんけどね。
やれやれ、今日も何事もなく終われました。
明日も王の首根っこ引っ張っての格闘です。
おちおち休暇も取れやしない。
私だって休みが欲しいですよ!!
王を雁字搦めに縛り、一応慈悲として傍らに水でも置いといたら気兼ねなく休みを分捕れるでしょうか?