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17.眠気×伝達ミス=茶番劇 ~霊獣レースは命懸け~


いつにも増して長いです。






しくしくしくしくしく……(以下エンドレス)



部屋の中でさめざめと泣く。

この状態になってから約20分強。

温厚な私もさすがに我慢の限界がやってくる。

(←温厚?夏バテ時とび蹴りetc.をかました人物が何を言うのか)(詳しくは第8話参照)

ああ、張り倒してもかまわないだろうか?

部屋の隅でひっそりと一人でやれや!

人の袖を握り締めてやられると鬱陶しくて仕方がない。


想像していたとおりのいじけっぷりで相手をするのもかったるい。

迷うことなく、すぐさま無視を決め込む。

数分もしないうちに、かまって欲しそうにちらちらとこちらを見てきた。

大変鬱陶しい。

図体のドでかい大男がするな。

激しく似合わないから!!

こんなヘタレが国のトップでよく今まで何事もなくこの国はここまで維持できたもんだ。

相手にするのが“ものっすごく面倒くさい”、と思いつつも、どうやら簡単には引き下がってくれないだろう。事態の収束を早める為、しぶしぶ話しかけることにした。


「ごめんって。朝から何度も謝ってんのに、まだいじけてんの?」

「………………」


珍しく反抗的だな、おい。

確かに最初に悪かったのは私だ。

けど、そろそろ堪忍袋も限界だ。

人が下手に出たってのにその態度はなんだ、コラッ。

昔は我慢強いね、とか言われたけどこの世界来てから短気になったな、誰かさんのせいで。

腹に耐えかねることばっかりなもんでね。


「だって、だってほんとうに楽しみにしてたんだよ。仕事だってちゃんと終わらせてさ。しかも執務室まで迎えに来てくれる、なんて夢のようなことまで約束してくれて。天に昇るような気持ちだったのに。ここ数日これを楽しみに仕事に励んだのに。燕のネチネチした責苦にも耐えられたのに。」


もうやめてしまえ、仕事。

今すぐ譲位しろ、それが国の為だ。

どうして王になれた?

他にいい人選(鬼選)がなかったのか?




コトは先日の“果物狩り”に遡る。

果物狩りへ行くのはその2日前に玖克くんたちと遊ぶ約束をして実現したことだ。

どうやらこの日、私はダブルブッキングをしていたらしい。

相手は言わずもがな、ソウ。

悲しいことに記憶の片隅にも残っていない。

ソウの主張によると確かに約束した、とのことだ。

頭を振ってもかけらも記憶が出てこない。

ついに痴呆の気か?!

あれか?こっち来てから脳味噌使う事がなくなったからか?

老後の介護はよろしく!!

ソウたちの実年齢でいったらこれって“老々介護”になるのか?


ミジンコ程も覚えていなかった私はものの見事にソウを無視した形になり、私がソウを執務室へ迎えに行くことになっていたらしいのでソウは忠犬ハチ公よろしく部屋で永遠に待ちぼうけをくったというわけだ。

何度も私の様子を窺いに行こうとは思ったらしいが、『私に部屋まで迎えに来てもらえる“新婚さんごっこ”を体験してみたかった』とのたまいやがったのであまり同情は必要ないような気もする。

うん、必要ないな。

ちなみに何故結婚しない鬼が“新婚さんごっこ”の知識があるのかというと以前、地球の夫婦はどういうものかという話の中で私が冗談で話した内容のせいだ。

冗談が冗談にすらならない。

他に何か話すことあっただろ、とお思いだろう。

私もそう思う。

だってもう訂正が効かないほど広まってしまっているんですよ。

あの時の私、何をヘンに調子にのっていたんだか……。



***



秋を告げる少し冷たさを含んだ風が首をくすぐる。

しばらくは過ごしやすい季節が続くだろう。

大歓迎だ、ただし本格的な冬が来るまでの一時の幸福だろうが……。

現在、冬支度を整える為に絶賛活動中である。

夏の二の舞は踏むまいぞ。


かのダブルブッキングの日、約束をしてソウは一体何をするつもりだったのか?

そういうわけで今日はソウと久しぶりに(残念なことに)邪魔が入ることなく(もちろん香麗さん&護衛として橙軌さんはいる)、過ごすことと相成ったのであります。

忘れていたとはいえ、さすがに約束は守らないとね。

後々面倒くさいし。

(←こっちが本音)



屋敷の裏手に広がる原っぱに連れて来られた迄はいい。

ここに来たのは“スイカ狩り”イベント後半のバーベキュー以来。(詳しくは第7話参照)

バーベキューについては詳しくは語らなかったが、それはもういろいろあった。

今日も語るつもりはないが希望があれば、いずれ……うん、だぶん……ね。

それはさて置き、ここも屋敷の敷地内に入るというのだから相変わらずどんだけ広い敷地だ。


「子どもたちと走り回って遊んだんだってね。運動好きだったんだね。ミーシャがケガをするのが怖くて、本当はずっと部屋に閉じ込めて置きたかったんだ。」


さり気に監禁するつもりだったことを告白すんな!

薄々気付いてはいたが、やっぱ危ないヤツだな!!


「それがすごく楽しそうだったって姉さんに言われたんだ。『もう少し自由にさせてあげないと嫌われるぞ』って。ずっと動き回りたかったんだよね?ごめんね、気付かなくて。」


え?何をどうしたら先日のアレが楽しそうに見えたんだ?

恐ろしいほどの脳内変換!!

全身全霊をかけて逃げていたんですけど。

どんな色眼鏡で見たらそうなれるんだ?!


「ずっと街へ行きたがってるよね?ミーシャに屋敷の敷地から出るのはまだ危険だけど、これから行くところなら大丈夫だよ。少しでも楽しんでもらいたいと思ってこの前誘ったんだ。だからお願い、姉さんが見た楽しそうだったって顔を今日も見せて。」


そんな涙を溜めたうるうるな目を向けられても露ほども心は揺れ動かん。

ここに来た当初はその瞳を向けられる度に罪悪感に駆られたんだが……。

慣れってすごいな。

けどまぁ、今日は約束すっぽかした私も悪いし、外へ連れてってくれるみたいだし、良しとするか。


「あぁ~はいはいはい。今日は期待してるから。」

「うん、任せといて。」


ちょっと投げやりに応えとく。

ここで“期待してます”みたいな雰囲気を出すと途端に調子にのって暴走するのがこれまでの流れ。

私だって自らの身を危険に曝す事十数回にして身に着けた知恵だ。

(←十数回?!)


すると顔がほころび、ソウは本当に嬉しそうに笑った。

ちょっと可愛いと思った私は相当毒されてきていると思う。

意地悪な対応をしているってのにソウはそんな小さなことは気にしない。

なんか私が一人悪者になってる気分だぞ。


そもそもここで何をする気だ。

私の予想を粉砕する何かが起こりそうな、死亡フラグの予感をひしひしと感じる。

何もしてくれなくていいから、大人しくしていてほしい。

許可さえくれたら勝手に外出するからさぁ。

それの何がダメだってんだよ。


後ろから近づいてきた“何か”の気配に振り向く。

目の前は紺色で塗りつぶされた。


なに?


何が起こったのか理解できず、目をぱちくりと見開く。

頭上の遥か上からぶるるる、と動物の鼻息が耳に飛び込んできた。


思わず息を呑む。

見上げた先には一頭の、巨大な獣。

知らず畏怖を感じ、背筋に震えが走った。


群青色の毛並みとたてがみが美しい。

鹿のような胴体に首から上は龍のようで尻尾は馬のようにふさふさとしている。

馬のような蹄。

この生物はなんだ?


まるで中国の神話にでてくる麒麟のような体躯。

でも麒麟ってたしか、五色って聞いたような。

しかし目の前の生き物からは一色以外の他の色彩は見つけられない。

唯一頭上に突き出ている一角が七色の色彩を放っている。

日の当たり具合で見える色合いが変わるようで思わず目が引き付けられる。

穏やかそうな、優しい目が一番印象的だった。


「こいつは“麒麟”っていって、大陸で一番速く大地を駆けることができる動物なんだよ。」


やっぱり麒麟なんだ。

何でもありだな、この世界。


「名は颯雷(そうらい)。気性が荒いから気をつけてね……ってもう仲良くなったんだ。余計な心配だったね。」


ソウの紹介の間に首を摺り寄せてくる。

なにこれ、かわいい。

ふさふさの鬣が気持ちいい。

触り心地最高です。

全然期待してなかったけど、ソウも偶にはステキな事をしてくれるじゃないか!!

もうこの子に出会えただけで今日は満足だぁ~。


「今日は颯雷に乗って少し遠出しよう。颯雷もミーシャが乗るから安全に走るんだぞ。」


ほぉ~、遠出!!

いいねぇ、いいねぇ。

地球だと神獣と言われる麒麟に乗ってのお出かけ。

貴重すぎる経験だな。

うっへへへへ、なんて贅沢。


ソウに首を軽く叩かれた颯雷は任せろ、と頼もしく嘶く。


た・だ・し、 もう少しサイズダウンしてもらえると、助かります。

私の髪がばっさばっさとたなびくほどの鼻息。

ということで、いかに巨体かを想像してほしい。

(触れ合い牧場でしか見たことはないが)地球の馬の軽く3倍はあると思われる。

そりゃそうか、ソウたち鬼の巨体を乗せて走るんだから大きくないと潰れるわな。


「颯雷?はじめまして。私はミーシャよ。」


気が荒いどころか自分から鼻を擦りつけてくる。

伝説の神獣の出で立ちから人を近づけさせない孤高のような性格かと思いきや案外人懐こい。


「颯雷はあまり他者に触らせないんだ。後脚に蹴りあげられて大怪我負わされたヤツもいたんだけど、ミーシャにそんな心配いらなかったね。ミーシャは誰からも好かれるなあ。結構手懐けるのに苦労したんだけど。」


純粋な好意は素直に嬉しい。

とぐろを巻いた黒い重愛をばっかりだったからこの真っ直ぐな目は癒しです。

子ども等も純粋だけど、純粋が故に残酷だったりするんだよね。

無邪気に心を抉ってくれるから……。

忘れよう、忘れるんだ。


「颯雷はふだんどこにいるの?」

「この草原は山の果樹園まで繋がっているのは知ってるよね。彼らは獣の王者と言われていてね、ここら全てが縄張りだよ。」

「颯雷に会いたい時は?」

「呼べば来るよ。たいていは、だけどね。」

「私が呼んでも来てくれる?」


顔を擦り寄せてきてくれたことが返事だろう。


「ミーシャなら百発百中みたいだね。」


この短い間に颯雷の中で私は主人ソウよりも立ち位置は上になったらしい。

やったね。

トリップに付きものの、愛され特典は動物にも有効なことが証明された。

この歳で逆ハーレムに憧れることは一切ないが、ムツゴロウ帝国の建国はどうやら射程範囲内のようだ。

待ってろ、もふもふ。


てなことで早速、颯雷に乗せてもらえることになった。

颯雷に気に入られなかったら別の子に乗せてもらう予定だったらしいけど、問題は早々に解決。

むしろ颯雷の様子を見ていると、私が他の子に乗せてもらったりしたら怒り出しそうなんですけど。

ちなみに蹴りあげられた鬼は片手片足を骨折したらしい。

なかなかの暴れっぷりだ。


颯雷に先に跨ったソウに引っ張り上げてもらう。

地上にいる香麗さんに脇下から持ち上げてもらいソウに渡された姿、中々涙を誘うモノだった。


「そろそろ出発しますかぁ?」


準備を整えて声を掛けてきた橙軌さんが跨っているのは、空色の毛に覆われている麒麟。

勝気そうな目が橙軌さんと似合いのコンビに見える。

この子たちは話さない分、目に性格が良く現れる。


「橙軌さんの子は何ていうの?」

「こいつは暁威あきたけって言って俺の相棒だ。」

「へぇ~、颯雷も大きいと思ったけど、さらに大きいんだ。脚力も強い?」

「おう。こいつの脚力は一番だぜ。」

「ほぉ~、かっこいいねぇ。ということは一番速く走れるってこと?」


何がまずかったか、と後々振り返ればこの一言に尽きる。

なんでまたあんな事を言ってしまったのだろう。

いい加減自分の言動が災厄を呼び込むということを理解すべきなんだろうな。



何があったかと言うと、唐突に始まった早駆である。

駆けっこというにはあまりにも壮絶すぎる競馬のごときレース。

颯雷 V.S 暁威

聞こえるハズのないスタートの銃声が遠くで鳴った気がした。



感想?

えっ聞く?聞いちゃう?

おおかた想像付いていると思うけど、何かしらの緊急事態でもない限り今後一切乗りたかないね。

乗せてくれた颯雷には悪いけど。

神獣?なにそれおいしいの?

私は憧れよりも自分の命の方が大事です。


人が乗った途端、嘶いて走り出しやがった。

初心者相手に手加減一切なし。

ソウが抱えてくれているから振り落とされる心配はなかったけど、怖いのなんのって。

ジェットコースターに乗るよりも質が悪い。

予想以上に背は高いし、速いし、掴めるのは鬣だけで不安定だし、嫌がらせかと思った。

文句を言おうにも舌を噛みそうで話せない。

そうか、懐いたように見せかけて人のことを振り落とそうという魂胆か。

頭脳派だな、ちくしょう。


「どうだった?」


どうやらいつの間にか目的地に着いていたようだ。

周りを見回すとすっかり景色が変わっていて、湖の周りに色とりどりの花が群生している。

湖の近くには大木が1本。

『あの~木、何の木、気に○る木』のフレーズを思わず口ずさみたくなるような巨木。


ようやっと止まってくれたと思ったら、何やら自慢げに聞いてくる主人と期待に目を輝かせる麒麟。

突発的に始まったレースは颯雷の勝利で終わったらしい。

近くには悔しそうな暁威を苦笑いした橙軌さんが首を叩いて宥めている。

しかし、そんなことはどうでもいい。

問題はそこじゃない。


えぇ、この煮えたぎる怒り。

もうぶつけてやりましたとも!!

あんたらは楽しいかも知れんが私は恐怖しか感じなかった。

走りたいなら自分たちだけでやっとけ。

あの瞬間、私はソウが悪魔に見えたね。

颯雷を止めることもできたのにそれをしなかったんだからソウが一番の重罪だ。

どっちが速く駆けれるかなんて所詮はどうでもいいんだよ。

わざわざ体感させてくれなくて結構。

事実だけ教えてくれりゃいんだ。

それをこの馬鹿主従は!!


追いついてきた香麗さんに半泣きになりながら縋りついた。

今、外敵から守ってくれるのは彼女だけ。


「香麗さぁ~ん、怖かったよぉ~。」

「あぁよかった、何ともないわね。怖かったでしょう。震えているじゃない、もう大丈夫よ。」

「酷いんだよぉ~、心の準備もないまま、いきなり走り出したんだよ。」

「無神経な主従はほっておきましょう。名ばかりの護衛も必要ないわ。」

「うぅぅ……。」

「ほら、顔をふいて。顔から出るもの全部出ているわ。」


なんてこったい。

顔から出せるものって、涙に汗、鼻水、涎……。

乙女として終わった……。


「心配いらないわ、帰りは私と一緒に帰りましょう。」


いえ、今 私が心配しているのはそれもあるけど、もっと乙女としての死活問題です。


『そんなっ』と喚いているどっかのアホは放っておくに限る。

香麗さんは菖蒲色の鬣が神秘的な麒麟を連れていた。

彼女は女の子らしく、好奇心を隠さない円らな瞳が輝いている。

私にしきりに鼻を近付け匂いをかいでいる。

えっ?!汗臭いですか?


「帰りはよろしくお願いします……。」

「ほら、木陰に入りましょう。ちょうどお昼に近いし、用意してもらった昼食を食べない?」

「うん。」

「ミーシャ、香麗にばかりかまってないでこっちにおいで。」

「うるさい、しばらくこっち来んな。」

「なんで?気持ちよかったでしょう?」

「そんなもん感じる間もなかったわ。いきなり凄まじい速さで出発して、何なの?!約束忘れてたのは確かに私が悪いけど、あんな仕打ちしなくたっていいじゃない。」

「えっ?!何で?そんなに楽しくなかったの?」

「風が顔に当たって痛いし、目も乾いてくるから閉じるしかないし、そのせいで周りの景色も見られないし、ぜんっぜん楽しくなかった!!」


ガガ~ン

そんな効果音が聞こえてきそうな衝撃を受けた顔。

しばらく挙動不審ぎみに視線を動かしていたソウは、しょぼくれて俯いた。


「カッコイイ所を少しでも見せたくて……。これからはもう少し気をつけるから……。」

「絶対にい・や・だ。」


まったくない信用にソウは項垂れた。

颯雷もつられたように首を下げている。

ふんっ、そこでしばらく反省してろ。




香麗さんが持ってきていたお昼を木の下で食べる。

こういうのは小学校の遠足以来だな。

偶にはいいかもしれない。

マイナスイオンが満ち満ちている。

快適だ。

もうあんなトコに帰らずにここに永住したい。


飛び蹴りをお見舞いして以来、ソウは私に触れるのにお伺いを立ててくるようになった。

なかなかの進歩でしょう。

やっぱり躾って大事。

さっきの怒りもあったけれど、まだ頭がくらくらして背もたれが欲しかったのでソウが立てた膝の間に素直に抱えられておいた。

アメとムチって大切。

最近ムチを容赦なく奮いすぎた感もあるし。


ソウはにこにことご機嫌だ。

そりゃまぁそうか。

体を軽く後ろから抱きしめてきた。

夏も過ぎ去ったので嫌がらずに好きなようにさせておく。

最近はそのせいかこれまでに増して浮かれているように見える。

夏に禁止令を出して減った分のスキンシップを取り戻そうとしているのか、最近触れてくる時間が長いように思うのは絶対に気のせいじゃない。

そのせいでムチを奮いすぎてしまったのだ。

今は優しく頭を撫でてくる手が気持ちいい。


広げられているのは豪華絢爛な5段重。

が、3個。

しかもきれいな色取りで配置され、立派な芸術品だ。

分解するとお重は全部で15段になるわけだけれど、内容はすべて異なっている。

あっぱれ、調理担当の皆さま。


「すごい、すごい!!」


思わず無邪気に手を叩き、声を上げて喜んだ。

ソウは相変わらずふにゃりと表情を崩したままだ。

この場にはいないが凛咲さんに言わせるとこの顔は、『私の動作が可愛らしくて仕方がなく、メロメロの腑抜け状態』なのだそうだ。

メロメロがどうかは分からないが、腑抜けってのはその通りだ。

さっきから香麗さんの差し出しているお茶を視線を私の方へ向けているせいで何度も取り損ねている。

手が空をかいているのに気付いていない。

誠に残念な美形だ。

さらに凛咲さんは『長年一緒にいたけれどあんな顔これまで生きていた中で初めて見た』だそうだ。

私にとっては見慣れたソウの表情なのでなんとも返事のしようがなかった。

私の前ではいつもああなのだけれど。


「はい、あ~ん。」


ソウが差し出してきたおかかのおにぎりには見向きもしなかった。

今は梅味の気分なのだ。

それにおにぎりデカ過ぎる。

コンビニの3倍サイズだ。

行儀は悪いが3口ほど食べた後、残りのおにぎりはソウの口の中に突っ込んだ。

こんなん食べたら他のおかずが食べられない。

突っ込まれた本人が喜んで食べているわけだし、問題はないってことで。


「はい、これ。これはこの時期にしか食べられない料理よ。」

「へぇ~、ありがとう、香麗さん。」

「ミーシャ、これはどう?あれは?言ってごらん、取ってあげるよ。」

「うるさい。食べてる途中に話しかけないで。」


香麗さんはオススメ品を取り分けてくれるなか、自分もとソウが皿に載せてくれる分量は多い。

ご飯にかこつけてさっきのハプニングを済し崩しにしようったってそうはいかないからな。


「橙軌、まさか全部食べきるつもりじゃないでしょうね?全員で分け合って食べるっていうのわかってるのよね?」


ガツガツと食べ続けていた橙軌さんに香麗さんがにっこりと笑い掛ける。

橙軌さんのそばにあったお重はすでに1つが空になっていた。

あぁ~、あそこにあった蓮根の唐揚げっぽいの、食べたかったのに。

顔に出ていたらしい。

私の表情を素早く汲み取った香麗さんはスーパー女中さんだと思う。


さぁ、ブラック香麗さんの降臨だ。

私に火の粉が降りかからなければ何だっていいけど。

くわばら、くわばら。


橙軌さんが香麗さんに叱られている横で私とソウはほのぼのと食べ続けた。

だっておなかすいたし、どれもおいしそうだし、橙軌さんに食べられる前に確保しとかなきゃだし。

ソウが後ろからせっせと食べ物を口まで運びこんでくれるのでそちらに集中することにした。

橙軌さんを助ける前に自分の胃袋を満たしとかないと。

食べ物は早い者勝ち、我が身はかわいい。


「これも食べてみて。これは北の国の料理が元になったんだよ。」

「へぇ~、サクサクしてる。」

「伝わってきた当初は独特の臭みがあったんだけど、調理長が改良してね。今ではこの国でもよく食べられる一般的なものになったんだ。」

「ほぅ、ほぅ」


香麗さんのお説教はまだまだ続いている。

先は長そうだな。


「ソウ、あの丸いのも食べてみたい。」

「どれ?あぁ、あの赤い実のこと?」

「あっ、おいし~。ミニトマトかと思ったら違うんだ。酸味があるけどくどくないし、割とさっぱり食べられる。野菜?」

「そうだよ。年中収穫ができる、なくてはならない食べ物だよ。」

「ふ~ん、でも初めて見た気がする。今まで食事に出てきたことあったっけ?」

「細かく刻んでいたりしてたかな。あと熱を加えると色が変わるんだ。だから気付かなかったのかもね。」

「そっか、なるほどねぇ。」

「ところでミニトマトって何?」

「私の故郷にあった野菜。これと同じで赤くて丸いの。」


そろそろ香麗さんを止めてあげるべきかな。

橙軌さんが哀れになってきた。

あんなに体が大きいのにご飯が原因で悄然としちゃって。


「し・か・も、ミーシャが食べたかった料理、あんた後先考えず全部食べたわね。食い意地張ってんじゃないわよ。」

「す、すまん。」

「謝れば何でも許されると思うんじゃないわよ。しばらく何も食べるな。」

「えっ、飯抜きかよ。」

「そうじゃなくて、私たちが食べたいものを取り終わるまで待ってなさいって言ってるの。どうせ最後は全部あんたの腹の中に納まるんだから少しくらい待ちなさい。」


橙軌さんの額に汗が流れている。

このメンバーだと香麗さん、最強だな。

図式としては、 燕浪さん<ソウ<香麗さん<橙軌さん ってトコか?

(←執務補佐が王より上位なのはいいのか?!)


「これぐらい噛み砕いて言えばお頭の小さいあんたでも理解できるでしょ?わかったの?!分からないのっ?!」

「すまんかった!!」


一番体の大きい橙軌さんが、一番立場が弱い。

がんばっ!!


その後体が大きれりゃ胃袋も大きいので残ることなく食べ切った、橙軌さんが。

しかもまだ物足りなさそうにしているのが分けわからん。


湖や周辺の散策、咲き誇る花の名前を教えてもらって過ごした。

この世界は本当に美しい。

日本でなかなか見れる光景ではない。

ましてやOLとして働き、オフィス街と自宅の往復だけの毎日では余計に。

空気は澄んで冷たく、とても清浄だ。

肺の奥の置くまで染み渡るような気がした


護衛として付いてきてくれただけあって橙軌さんは会話に加わらず、周囲を見張っていた。

その割にはご飯にはがめつかったけど。

何か起こるようには見えない。

ただっ広いこの風景で何かが近付いてきたら一目で分かると思うんだけど。

もう一度言う、ここも屋敷の敷地内ってどんだけ広いんだ。




西の空を見ると既に薄赤く染まり始めていた。

そこから深い青へと続く空の色が美しい。

太陽はすっかり沈み、空が明るい青に染まっている。


「陽が傾いできましたし、そろそろ帰った方がよろしいかと。」


香麗さんのその一言で帰路につくこととなった。

その帰り道。

一人(一鬼)と一頭は寂しそうに且つ何か言いたげな目を向けてきたが、断固としてその方向を向いてやらなかった。

香麗さんの相棒の麒麟、陽奏ひかなに乗せてもらい屋敷に帰還した。

ちょっとは反省しろ。


確かに草原は青々としていて、空気は清々しかった。

肌をくすぐる風は強すぎず、花の香りを運んできてくれた。

初めて見る光景に心奪われたし、ピクニック気分で食べたお弁当も美味しかった。

晴天の下で食べるおにぎりはいい。

木陰で昼寝はしなかったけれど、きっと心地いいまどろみを提供してくれたに違いない。

すべて颯雷に乗っている以外は、の話である。


でも颯雷自身に関しては乗せてくれたわけだし、今日初めて出会ったんだからイジメすぎてもかわいそうだ。

連れて行ってくれた所は天国みたいなおとぎ話のような場所だったし、スピードさえ落としてくれたらまた乗せてもらいたい。

と思えるようになるかもしれない、いつかは。


「颯雷、今日は乗せてくれてありがとう。ちょっとイジメ過ぎちゃったかな?ごめんね。また乗せてくれる?」


顔を擦り付けて応えてくれた。

まかせろ、と言いたげだ。


「ありがとう。ただ今度は速度を今日の半分以下にしてほしいな。」


あの子は賢いから、次はきっと今のことを守ってくれるだろう。

さて、これで颯雷はよし。

次だ、つぎ。


出迎えてくれた燕浪さんの腰に抱きつき、本日の報告を詳細にさせていただいた。

いかに恐ろしく、無常で無慈悲な行為だったかを、懇々と語らせていただきました。

涙は欠かせません。

もちろんウソ泣きですが、何か?

涙の出し方?ネロとパトラッシュの最後を回想すれば一発ですよ、そんなもん。

虎の威を借る狐?

上等だ、それの何が悪い。


その後燕浪さんに拉致されたソウと橙軌さんがどうなったかなんて私は知らない。

夕食の席でも姿を見ることはなかった。


同情?何ソレおいしいの?



***



そもそもなんで今回の約束が記憶になかったのか?

不思議だった理由がようやっと判明した。

なけなしの記憶を手繰り寄せ、香麗さんの見かけたという光景とソウの話を繋ぎ合わせると以下の通りになる。



【第9話の夜】

まだまだ夏の暑さが残る夜、“夕食後入室禁止令”はいまだ有効な日々。

凛咲さんの初登場で精神的な疲れで正直、夕食時からご飯よりも眠りに旅立ちたい状態だった。

頭が揺れて顔面から食事に突っ込まなかったのはひとえに香麗さんのお陰だ。

ども、すいません。

意識もこれまでか、という状態。

そんな意識混濁な中、早々に寝る為部屋へ向かおうとした。


そこへソウが引き止めた。

近頃邪険にしすぎたようで無理にでも約束を取り付けたかったようだ。

迷惑な。


「ミーシャったら最近はちっとも一緒にいてくれないんだもん……。」


“もん”とか言うな、気持ち悪い。

最近は夏場の暑さで寝る時は別だけど、ご飯もおやつの休憩時間も一緒にいてこれ以上どうかまえと?!

四六時中一緒にいろってか?

『旦那元気で留守がいい』あの言葉は真理だ。

結婚した友人が“家に個々の部屋は必要だ”って言っていたけどよくわかった。

パーソナルスペースとか個人の時間ってものっすごい大事。

新婚夫婦だってこんなに一緒にいないだろ。


「ご飯だって一緒に食べてるってのに?」

「だってミーシャは姉さんとばっかりいるし、香麗はいつでもどこでも一緒だし、燕とはますます仲良くなっているし、橙軌や焚迅と急速に親しくなっているから……。」

「はぁ?」

「餅つきだって参加できなかったし、農園への果物狩りにも付いて行けなかった……。夏になってからは一緒に寝れなくなっちゃって夜は寂しいし……。」

「あのねぇ、香麗さんを付けてくれたのはソウでしょ。燕浪さんはいっつもどっかの誰かさんよりも親身に体調を気に掛けてくれてりゃ仲も良くなるわっ。橙軌さんや焚迅さんは警備隊のことや屋敷内のことを教えてくれてるし、それはそれで勉強になるの。それから凛咲さんとは今日初めて会って仲良くなっている最中で今日1日くらい一緒にいたっていいでしょ。面白い話いろいろしてくれるし、ソウがちっとも外出許可くれないから全部が物珍しいの。未だに私は屋敷に併設されている建物とか敷地にしか行ったことないんだけど!!」

「そんなの当たり前じゃないか!!ミーシャはこんなにかわいいのに、外に出たらどんな事になる!!心配で仕事なんてどうでもいいよ!!」


どうでもいいわけないだろうがっ。

この偏屈ジジイ、生きた化石め。


「あのねぇ、そんなほいほい危ない人に付いて行くわけないでしょ。どんだけ信用ないんだ。」

「信用とかの問題じゃない。ミーシャを一目見て、連れ去りたいと思わないヤツなんていないよ。」


なんだ、この国は誘拐犯の巣窟か?

王がこんなだと国民もみんなそれに倣うのか?

この国って犯罪者の集まりだったのか?


「あ~もぅ、面倒くさいなぁ。ならどうしてほしいわけ?」

「丸1日、ミーシャを独占させて。」

「はあぁぁあ?」


なに言ってんだ?

この暴走列車の緊急停車を要請する、非常ボタンどこだ?

すでに独占してるようなもんだろ。

これ以上私の体の所有権を他所にやるつもりはないぞ。


「仕事ばっかりで全然ミーシャが足りない。このままだともう書類に押しつぶされるよ。僕がそうなってもいいわけ?」


まったくもってなんら困ることがない、なんてはっきりきっぱり述べてもかまわないものか?

話なんて明日にしてくれればいいものを、なぜ今でなくてはいけない?

眠気MAXで機嫌悪く相対した。

さっさと布団へ辿り着くべく、早々に話を切り上げることにする。

じゃないと何時までも目の前のコイツは会話を続けようとしてくる。


「本日の営業は終了いたしました。」

「えぇっ?!」

「営業時間は朝の9時から18時迄となっております。」

「いつそんな決まりが?!」

「またのご来店お待ちしております。」

「ちょっ、ご来店ってなに?ちょっと待って!!」

「緊急の際は香麗さんにまで。」

「その香麗がなんで手に暗器かまえて近付いてきてんの?!聞いてくれる気はないってこと?」

「ちっ。要件は手短に。30文字以内、10秒で。はい、さんはい。」

「舌打ち?しかも時間制限短いしっ」

「10・9……」

「えっ、本気で?」

「8・7……」

「えっ?えっ?!……」

「6・2……」

「明らかにおかしかったよね?!」

「はい、10秒経過したので、またのお越しをお待ちしておりません。」

「10秒なかったんだけど。しかも何気に来訪拒否?!」


話は済んだと部屋へ向かおうとしたら進路を阻まれ、廊下を通せんぼされた。

温厚な私も(←どこらへんが?)さすがにイラっときた。

多少巻き舌になったのは御愛嬌というやつだ。


「要件あんだったらさっさと要点まとめて言えやっ。ぐだぐだと御託ばっか並べやがって。こちとらさっさと寝たいんだよ。」

「ミーシャ、人格変わってるよ。」

「あぁっ?」

「こ、こんど屋敷の裏に行こう。楽しいことを考えてるんだ。」

「それだけかっ?!たったそんだけの事を言う為にだけに手間取らせやがって。」


その後さっさと部屋へ入り、布団にばたんきゅー状態になった。

という一幕があったわけだ。

もちろん半分以上夢の国へ旅立っている私には会話をした覚えすらない。




【第11話の夜】

さらに間の悪いことに明確な日時が言い渡されたのは、琥克くんたちと初めて出会った日の夜。

筋肉痛と疲労で前後不覚の中、風呂へ赴く為に懸命に歩いていた途中で起こった。


「ミーシャ、明後日に行こう。前に約束していただろう?楽しいことを考えてるって。特に用事はないよね?」

「あ~、はいはいはい。」


言葉は一時停止の標識なんぞ振り切って、耳の穴を右から左に通り抜けて行ったわけだ。

生憎その場に居たならば言葉の交通整備をしてくれただろう香麗さんは、忘れ物があったとかで一時的に私から離れ部屋まで荷物を取りに戻っていてくれていた……らしい。




物事は絶妙なタイミングで起こったというわけですよ。


ま、不運ってそんなもんだよね。


そこでその日は都合がつかないことや“前の約束”って何だ?とかの確認もできぬまま、当日がやってきた。

私は息も絶え絶えな”果物狩り”に参加し自分が狩られる恐怖を味わっていた中、ソウは一人寂しく執務室で私が来るのを待っていた、ってなわけ。



ねぇ、なにこの茶番。





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