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16.果物狩り=運動会? ~ヒーローと悪役は紙一重~


『――前略。お母様。お元気ですか。

 TVを見て、近所にその笑い声を響かせてはいませんか?

 家の前の道路にまで響き渡る声、あれは我が家の恥なので是非とも止めてください。

 賑やかなお宅ね、とご近所様に言われる時の居た堪れなさ、もう勘弁してください。

 私はと言うと現在、無害だと信じていた果物に命を狙われています。

 ええ、命の危機です。

 助かるように、どうか異世界の彼方から祈っていてください。』



『――拝啓。お父上様。ご健勝でしょうか。

 働きすぎてはいませんか?そんなに会社に心身捧げ過ぎるとハゲますよ。

 唯でさえ最近薄くなってきていたでしょう?

 私はと言うと現在、巨大なぶどうに潰されようとしています。

 ええ、あの“ぶどう”です。

 夏に食卓に並ぶ紫色の宝玉、冷凍庫に凍らすとさらにおいしいあの“ぶどう”です。

 ついに頭がおかしくなったのか、なんて思わないでくださいね。

 ココは常識が一切通じないところだって私も忘れていたんですから。』



『――急啓。愚弟よ。生きているか?

 相変わらず部屋に引き篭もり、アニメに漫画なんてオタク街道邁進しているのではあるまいな?

 兄弟喧嘩の挙句、私がフィギュアを売り飛ばしたことをまだ根に持っていますか?

 形あるものはいずれ壊れます、あれもそういう運命だったってことです、諦めてください。

 お姉ちゃんは謝りません、喧嘩吹っかけてきたお前が悪い。

 私はと言うと現在、まさに殺されようとしています。

 我が身は風前の灯です。

 世界が変わればこういう事態にも起こりうるということをこの数ヶ月、日々痛感しています。

 世界は広い、お前も自分の世界に浸らずに広く目を向けてください。』




なんてモノローグに浸った現実逃避。

現状、我が身を救う手立てにはまったく意味をなさない。



本日は晴天なり。



「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ~、もうどっか行ってぇぇぇぇえ~」



毎度毎度こんな登場でどうもすんません。


命の危機です。

えっ?!聞き飽きたって?

そんなこと言わないで!!

私だって毎回毎回好きでこんな状況になっているわけじゃないっ。



***



琥克くんたちと再び遊ぶことを約束し、友だちを連れてくると言って別れたあの日から2日後。

迎えた今日。

ちなみに前回の壁の穴はその日の内に塞がれた。

燕浪さんの怒りが作業者さん方に向けられていたのは申し訳なかった。

(この恩を速攻で忘れる自信があるけれど)かわいい子どもたちの為に犠牲になってくれてありがとう。


その話はさて置き、屋敷の門の傍で待っているとくだんの子どもらがやってきた。

怖いことにどこからともなくうじゃうじゃと集まってくる。

『1匹見つけたら30匹はいると思え』という黒い物体Xを彷彿させるかの如く湧いて出てくる。

何コレ、怖い。


「お友だち、いっぱいだね……。」


顔が引きつった私に罪はない。

私に保母さんの役割を期待しないでくれたまえ、と心の中で叫ぶに留めた。



夏の終わりを告げる、過ごしやすい少し冷涼感を含んだ風が吹き付ける。

暑さは遠のき、涼しくなり、そっと秋が寄り添った。


そもそも冒頭の絶叫するような状況になった事態を説明しよう。


またしても食べ物に釣られるというすでに数えるのも嫌になるほど同じ失敗を繰り返す自分の浅はかな決断のせいである。

そこのあなた、今溜め息ついたでしょ。(びしっ)

舐めてもらっちゃいけない!

失敗しても何度でも目先の欲に囚われる、それが私だ!!


発端は『今が旬だという果物の収穫に行かない?』と凛咲さんのお誘いから。

しかもその後、その果物を使った“この国では珍しくてめったなことでは作れない”というお菓子を食べさせてくれるという。

そりゃぁ誰だってその話に乗るでしょうよ!!

果物狩りなんて日本では頻繁にできることではないし、もれなくお菓子まで付いてくるとなるとすばらしく魅力的なお誘いに尻尾を振って付いていくという図式の一丁上がり、というわけさ。

それでどうせなら琥克くんたちも一緒に行こう画策したのさ。

果物狩りで誤魔化すことで、マトモに子どもの体力に付き合わなくてすむという打算あってのことだ。


子どもの相手を凛咲さんも助けてくれるだろう……なんて考えは甘かった。

激甘だった。

計算違いの事態だ。

まぁ、二度あることは三度あるって言うしな。

ここで二度や三度なんてかわいいもんじゃないだろっていう言葉、言われなくても自分が一番わかってる。

だからそのセリフは心の中に鍵をかけて厳重にしまっておいてください。(土下座)


燕浪さんには出掛けることに渋い顔をされたがそれはそれ。

いつものオネダリ作戦コースをフルラインナップで攻めさせていただきました。

ただしケガをしてこない、という条件付きで。

果物狩りでもせいぜい擦り傷くらいでしょ。

過保護な彼らは骨折したら、とか捻挫したらとか見当違いの方向で心配してたけど。

果物狩りってそんな危険なものだっけ?

心配するような悲惨な目に合うなんて聞いたことがない。

ま、大丈夫でしょ。

(←だからそろそろ学習しろよ)


ちなみにソウには黙って出てきた。

言うとどうにか引きとめようとしてきて出掛けられなくなることは分かりきってる事だ。

燕浪さんが後で言っておいてくれるだろう。

けれどこの判断が後にちょっと面倒を起こすこととなることをこの時の私は知らない。



***



イベント会場?はあまりにも広かった。

山何個分あるのかってくらいの規模。

余裕で遭難出来る自信がある!!

山岳救助隊の準備は万全ですか?

確認してくるのを忘れたぞ!

1年を通して収穫できるように計算して作物を作っているらしいから当然の面積……なのか?

ここで屋敷内の作物を賄っているとのことだ。


スイカのような超危険植物や作物を荒らす動物が出ない事も確認済み。

場所だって野山だから変なダンジョンが発生するわけでもない。

つまり命の危機に瀕するなんてことは起こり得らないというわけだ。

不思議磁場の発生で方向感覚を崩されない限り!!。



だったハズなのだが……。


私の予定では今頃はキャッキャ、ウフフと子どもらと楽しく果物をもいでいる予定だった。

ちょっと口に放り込んで、つまみ食いなんてしたりしてさ。

予定の誤差というのはまぁあるものだ、それは仕方がない。

“予定は未定”とも言うし。

旅行だってまったくの誤差なく計画通りに事を進めるというのは難しい。

むしろ旅先でもハプニングというのはちょっとしたエッセンスとして楽しめるから大歓迎だ。

けれど、なんというかコレは予定の段階できちんと報告として挙げるべき事項だ。


”ほう・れん・そう”(報告・連絡・相談)は大事なんだぞ!!

もう“ちょっとしたエッセンス”なんてカワイイものではない。

激辛香辛料だ。

ハバネロだ。


果物狩りはいつの間にやらサバイバル訓練の様相を呈しておりました、まる。




ここで冒頭に戻る。

ゴロゴロと転がってくる数多の球体に追いつ追われつを繰り返しながらの攻防。

隙間なく口からほとばしる悲鳴。


「もぅ、いやあぁぁぁ~」


しかしまぁ、視界の隅に入る子どもらは私の予定通りキャッキャ、ウフフと楽しそうだ。

ナニカがチガウ、断じてチガウ。


私は後ろから迫ってくるモノを右に左に避けながら走る。

子どもたちはサッカーボールよろしくパスを廻してやがる。

そこに私を混ぜてくれなくていい。

私はサポーターにしてもらえませんかね?

全力で応援させていただきますよ。


背後に迫る物体の大きさは運動会の玉転がしの玉を想像してほしい。

そいつが回転しながら転がり、どこまでも追いかけてくる。

ちょっとフェイントで避けようとジグザグに曲がってみても無意味極まりない。

むしろ体力を削って自分を追い込んだだけという虚しい結果をもたらした。

大きさだけならスイカの時のことを思えばこれほどの恐怖は感じない。

けれどそれだけで終わらないのがこの世界。


いったいどれだけ中身が詰まってんだ、というような重さを感じさせる轟音がこの大玉たちからは上がっている。

地面には大玉の重さで抉られて掘り返された跡と土煙。

スイカのように目やら蔦のような手足が存在するわけではないのに意思が宿っているとしか思えないほど的確にこちらを追い詰めてくる。



なんでこんなことになってんだ?

凛咲さん、どこ行ったのさっ!

子どもたちよ、お姉さんは楽しくて悲鳴を上げているわけではありません!!


子どもと大人の差は多々ある。

一番は間違いなく“体力”。

電車を乗り継いでショッピングに明け暮れた帰り道、まだ体力の残っていた高校時代。

しかし大学生の時には遊んだ帰りはヘトヘト。

電車の座席を勝ち取れたならば即・夢の中。

(あれは熾烈な争いだった、目を皿のようにして降りそうな乗客に見当をつけるのだ)

この間、僅か1~2年。

そんな私がここまでがんばっているのだ。

人間ってこんなに早く走れるのかっていうぐらい駆けた。

がんばりましたとも、誰も褒めてくれないから自分で褒める!!


ちょっ、マジでギブギブ。

選手交代を願います。

代走者スタンバイしてください。

なのに子どもたちはヒートアップして別の“ぶどう(・・・)”を蹴り上げている。

あいつ等数を増やしやがった!!




ちなみに今回、頼みの綱の香麗さんは不在である。

香麗さんが私に付いてくれるようになってから一度もお休みを取っていないことに気付いた。

今頃になってようやく気付くなんて私も大概ひどいと思うが今までは自分のことで精一杯だったのだ、次からは気をつけよう。

失敗ってのは繰り返さないのが大事だからね。

今日からお休みを取ってもらうことにした。

『明日からで』とか言い張ってたけれど、そんなこと言って1日、また1日と先延ばしにしていきそうだったので却下した。

香麗さんならきっとする、100%する。

みんなして私を最大限に甘やかそうとするんだから。

確かに日常生活は困難なことが多かったけれど、私だって一人で大丈夫だってことを証明しなくては。

『はじめてのお○かい』を見るかのごとくハラハラ見守っていたらいいのさ。

言ってて自分がダメージを受けた(泣)


傍を離れたら逆に心配のあまり心労で病気になりそうだ、なんて香麗さんにしては珍しく冗談まで言って遠慮してくれるから5日間で折り合いをつけた。

(←決して冗談ではない、むしろ休みを貰った本人には5日間ですら心労を抱え込めるギリギリな範囲)

本当は2週間くらい上げたかったんだけど、急な休みを言われても予定も立てられないだろうしね。

(←数々の己の起こした珍事件を棚に上げて何が2週間だ、自分が困るだけだ)

心配性のようだしまた別の機会にお休みを取ってもらえばいい話だ、と思い直した。

なので今日は香麗さんと一緒ではない。


しかし試合開始1分で早くもその決断を後悔した。

香麗さん、お願いです!5日と言わず(今すぐ)戻ってきてください!!




今にも襲い掛からんと真後ろに迫ってきてるっぽい。

さっきもちらりと言ったが追跡者は“ぶどう”だ、そう“葡萄”だ。

“ぶどう”に追い掛け回されるなど、現代日本で誰が体験しているだろうか?

その前にそんな状況にならないか。

いや、まず“ぶどう”は走らん。

この世界に地球の常識を当て嵌めてはいけない。


「っ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」


ふっ、私の人生ここまでか?

イロイロあったけど私の人生、奇天烈だった。

何コレ珍百景的な数ヶ月。

こんな人生の終焉、誰が予想したよ。


もう足を一歩前に踏み出すのも辛くて足がもつれて転びそう。

息切れなんてもんじゃない、喉に空気を取り入れるのも辛い。

心臓はバクバク煩く騒ぎ立て、口から飛び出してきそうだ。

ああ年齢による老化は着々と私を蝕んでいるようだ、なんて冷静な自己分析ができているってことはまだ余裕があるのか?


その刹那、一陣の風が舞った。

叩きつける風の重い衝撃に、硬く瞳を閉じる。

顔を伏せたその耳元で空気が大きく唸り声を上げた。

ゆっくりと顔を上げ、辺りを見回してみる。

生み出された衝撃波に、周囲にいたぶどうは遠くまで飛ばされている。

それと同時に私は抱えられ、先ほどの場所から少し離れた所へ移動していた。

瞬間芸で分からなかった。

いやもう、ほんとに。


「ミーシャ、無事っ?!」


剣を片手に颯爽と凛咲さん登場。

遅いっ、と思わず心の中で罵った。

助けられたにも関わらずのこの悪態、あれだけの恐怖体験の後ではかわいいもんだ。

なんたって後ろから追っかけてきていたのは“ぶどう”だかんね!!

日本では食卓に並ぶ、ゼリーでも定番の“ぶどう”。

私の真後ろに迫っていたものも“ぶどう”。


発見したときは大きさこそ違えど、地球の葡萄のように鈴なりになっていた。

木に実るのではなく、地面に横たわっていたけれど。

辺りには房からばらけて転がっているのもあって、

まぁあの大きさを木で支えるのは無理だろう。

“ジャックと豆の木”ぐらいの大きさの木なら別だろうが。

これは“ぶどう”だと紹介された時、開いた口が塞がらなかった。

顎が外れなかったのはよかった。

その“ぶどう”が突然1粒1粒に房から分かれ、私たちに襲い掛かってきたのだ。

呆然と眺めていた私は琥克くんに引っ張られて走った。

自分の事だけでなく、周囲も気にすることができるなんて。

ほんと将来有望株です。


こいつほんとに“ぶどう”だよな?

実はこっそりチャックが付いていて中におっさんが入っているとか言わないよな?!

熊ならまだ分かる。

追いかけられたくはないけどさ。

熊のプ○さん、とか○ラックマだったら問答無用で飛びつくとこだが。

ごめん、話が反れた。

そんな乙女チック路線趣味じゃなかった。

なんて自問自答し、現実逃避を繰り返しながら走りました。

ちょっと……だいぶ動揺していていたってことだ。



「はっ。たいして何もできやしないくせに。余計な知恵だけは持っている下等生物がっ。」


先ほどから耳に入り込んでくるこの罵声は空耳でしょうか?

きっと私が作り出した幻聴ですね。

そうであって欲しい。

まさか目の前の美麗な容貌から吐き出されているとは信じたくありません。

若干子どもらも引いている。


後で子どもたちによくよく言って聞かせよう。

こんな女王様はそういう気質と素質がある子しかなっちゃいけません。

これは人(鬼)を選びますからね。

似合わない者がやったら失笑を買うだけですよ。


凛咲さんの口元に浮かんだのは、完全な冷笑。

忌々しげに舌打ちをして細められた紫水晶の双眸が鋭利な光を宿して輝き、冷たい怒りの炎を宿した瞳が相手を射抜いた。

唇の両端をあげ、酷薄な笑みを浮かべる。


「食べられるしか利のない食物が、楯突くとは。片腹痛いわ!!」


どこの悪役ですか?

問いは声に乗せることなく飲み込んだ。

凛咲さんから発される声音も氷塊の如き冷たさ。

如実に鋭さを増した凛咲さんに声を掛ける勇者のような所業、私には到底無理。

不穏な空気と、紅い唇は笑みを刻んでいるのだが、目だけは笑っていない。

かなり怒っていることが分かる表情に凍りつく。

嫣然と微笑んだその表情をただ“美しい”と表現するにはあまりに陳腐過ぎた。

武者のような様相でも、纏う隙の無さと鋭さから刀を手にする凛咲さんは、むしろ覇者の印象を抱く。


「くくくくくく、小賢しくも私や子どもたちを引き離し、ミーシャを重点的に狙うとはね。ミーシャを狙うなぞ、覚悟はあるんだろうな。」


子どもたちとは引き離された、というよりも遊んでいる子どもたちが離れていっちゃっただけです。

それから数人はいっしょにいました、完璧遊びと思っていたみたいだけど。

この世界の果物って知能持ってんの?!


凛咲さんは恐るべき反射神経で上に飛び、向かってくる巨体を避けると、そのまま敵の頭頂部に一刀を切り込んだ。

スイカを狩った際のソウのような力強さが前面に出ている剣筋ではなく、その姿は踊っているように軽やかでまるで剣舞のようだった。

花弁の如き唇が微笑む。

その大輪の花のような微笑みは寒気がするほど残酷で、見るものを虜にするほどに艶やかだった。

ただし、空まで届く高笑いと毒の如きセリフがなければ、の話だが……。



ばきっ。

めきっ、ぎぎぎぎぎぎぎぎぃぃぃぃぃい。


考えたくもないが、この嫌な予感しかしない不気味な音。

見たくもないが御丁寧に私が登っている木の幹めがけて何度も体当たりをかましてくれたおかげで折れそうな事態に陥っている。

凛咲さんに木の上まで抱えあげられて避難していた私はこれで一先ず安心と安堵していたところへ後方から葡萄別部隊が木をなぎ倒そうと突進してきたことにまったく気付いていなかったようだ。


ぐぐぐぐぐぐぐっ。


みな皆さまのご想像通り、順調に木は傾いでおります。


落ちまいととっさに張り出している枝につかまっているが腕2本で全体重を抱えられるほど筋肉はない。

二の腕に垂れ下がった贅肉ならたっぷりしっかりと補填されているが。(泣)


「ぎょあぁぁぁぁあぁぁぁぁ。」


あわわわわわ。

このまま地面に不時着するともれなくヤツ等の餌食になることは間違いない。

踏みつぶされて顔面から地面にめり込む未来予想は外れてくれることはなさそうだ。


そこでこれまた颯爽と再びヒーロー登場。

いやぁかっこいい。

どこぞのアニメのヒーローや戦隊レンジャーよりも数倍凛々しさで輝いている。

木から振り落とされた私を見事に地面でキャッチしてくれたのは恢那くん。

重さなど感じさせない所作で恢那くんに両腕で頭上に抱え上げられて運ばれました。

とても子どもとは思えない力強さと身のこなし、香麗さんといいここは忍者の里ですか?

ムササビのような跳躍力、背中に羽でも生えてんのか?

その前に子どもに抱えられるって……。


「姉ちゃん、だいじょうぶ?」

「う、うん。恢那くん、ありがとう。」

「これくらいどうってことないよ。姉ちゃんは緋棕が言ってたように力がないんだね。」


疲労困憊です、もう立てません。

君たちと同じようには考えないでくれたまへ。

見た目年齢5歳時の子ども(鬼)に運ばれる25歳の大人(♀・地球人)の心境なんて一生わかんないだろうさ。


「ごめんね、ミーシャ。私が少し読み間違えたみたい。まさかこの時期に“ぶどう”があんな動きをするとは思ってなかったの。この状態になるのに例年より1月以上も早いわ。異常事態よ。」

「と、いうことは動き回るのは通常仕様と……?」


追いついた凛咲さんは心配そうに眉根を寄せた。


「もちろん。あら?ミーシャは知らなかったのね。ごろごろと転がるのはふつうよ。熟れて食べごろになると自然と房からばらけてそこいらに転がってるわ。ただ今日みたいな集団行動で追い掛け回してくるは収穫時期の過ぎた、腐る一歩手前の時期に起こることなんだけど、おかしいわねぇ。今の時期には起こりえないことなんだけど。」

「腐る一歩手前?」

「そうよ、『食べられる適正時にきちんと収穫しろ』っていう“ぶどう”たちからの無言の訴え。だからああいうことになる前にすべて収穫しなきゃいけないの。」


実力行使で訴えてくるってことか?

なんつぅ不気味な……。

まぁ腐って土に還るだけってよりかは食べられた方がいいのかもしれない、植物的には。

もうちょっと、こう、なんて言うか無害な食べ物ってないのか?

いつも食卓に並んでいる食べ物って全部こんな危険性質を持ったのばっかなのか?

毎食毎食調理場の人たちはどれだけの苦労を?!

今度改めてきちんとお礼と激励を掛けておこう。

ありがたや、ありがたや。

それにしてもほのぼの果物狩りができるなんぞ、何とち狂って勘違いしていたのだろう。

あの時に自分に活を入れていやりたい。

いい加減に学習しろ。



ふと目線を凛咲さんへ向けると次から次へと獲物を狩りとっていた。

お見事、と拍手喝采の早業。

わたくしめ如きの動体視力では最早なにが繰り広げられているのか付いていけませぬ。


「あっははははははは。食物の分際で何をしてくれようとしてたのかしら。素直に食べられときゃいいのよ。」


えっ……、ヒーロー……だよね?

戦隊レンジャーもびっくりな技の数々で助けてくれたもんね?

ヒーローどこいった?!

なんでだ?セリフだけだと悪役だ……。

または女王様だ。

『武器を持つと女王様が降臨』、と脳内メモに記しておいた。


「ミーシャに襲い掛かるなんて命知らずなヤツらめ。所詮食べられるだけの運命だっていうのに。往生際が悪いんだよ。ざまぁないわ。」


件の“ぶどう”の上に立ち、踏みつけながら吐きかけるセリフ。

何故だか妙に似合っている。

これで鞭をしならせてくれれば言うことない、完璧な絵に描いたような女王様が出来上がるに違いない。



***



「ミーシャ、ケガはないわね?」

「凛咲さん、みんな、ありがとう。」

「お姉ちゃん、大丈夫?顔色悪いよ。」

「たのしかったぁ~、またやろっ。」

「ごめんなさい。僕たちちょっとはしゃいで遊びすぎたみたいで、お姉ちゃんは怖かったんだよね?」


優しく心配してくれる声に混じって聞き捨てならぬ言葉があったぞ!!

もう二度とやらないし、来ないぞ。

やりたいなら自分たちだけにしなさい。

私を誘ってくれるな。


「姉ちゃん、弱過ぎだぞ。」

「お姉ちゃんは人間だからね、この体力が標準なの。」

「だからってもっと鍛えた方がいいぞ。」

「うん、ご忠告どうもありがとう。」

「ねぇ、俺たちといっしょに明日からかけっこする?」

「やろ~よ!!くんれんにもなるし、たのしいよ。」

「忌々しい動きをしてくれたけど獲物は必要分確保できたわね。そろそろ引き上げるわよ。」


そんで緋棕くんは相変わらず冷静に人を分析するのね。

大人な私は終日耳に入ってきた凛咲さんのまんま悪役セリフには触れずにおきました。

“かけっこ”やら“訓練”という恐ろしいセリフもその子には悪いけれど聞き流して有耶無耶に誤魔化しておきました。

死に目を見るのは明らかだからね。

子どもたちよ、その歳で訓練って……、逞し過ぎるでしょうよ。


「すっごい疲れた……。」

「服が汚れてしまったわね。顔や手だけでもそこの川で洗った方がいいわ。」


この場にいる者で疲れきっているのは私ただ一人。

仲間ハズレかい、知っていたけどね!!


「いこ、いこ~」


子どもらに引っ張られるかたちで傍にある川で汚れた手を洗おうと近付いた。

けれど水面に映った自分の顔は、“げっそり”とでかでかと書かれていた。

それを見て余計に疲れる。



日本では“ぶどう”とは“葡萄”と漢字で表す。

ワインやブランデーなどのアルコール類やジュース、乾燥させてレーズンとして食べられるが、この世界ではハイスペック食物でプロテインと同様の作用があるのだとか。

もう筋肉はいいです、おなかいっぱいです。

ここで『果物じゃなかったか?』なんてセリフは愚問である。

要は植物自体も武道家のように攻撃的で動き回る事、食べれば立派な体を作る事の二重の意味を掛けて“武道”とも言われるらしい。

そんな雑学どうでもいい。



「なんで突然こんなことになったのかしら?調べさせないとね。」なんて凛咲さんの声が遠くで聞こえる。

もう何も考えず布団で寝たい。

“ぶどう”いやここでは“武道”か、凛咲さんが意気揚々と紐で縛り付けた獲物を引きずって前を歩く。

鼻歌まで奏でてひどく機嫌はいいらしい。

そりゃ、あんなに動いたらストレス発散にもなるだろう。

対照的に私は悪い夢でも見ていた気分だ。

次に目が覚めたら屋敷の布団の上、夢オチでしたなんてことにならないだろうか?



もちろんその後、川べりについた手を滑らせて顔から突っ込むなんて馬鹿な真似してませんとも。(必死)

手を洗うどころか髪の毛までびしょびしょにした、なんてこと起こってませんとも。(絶叫)

子どもたちが遊びと勘違いして始めた水掛け合戦に巻き添えくった、なんてことしてませんとも。(落涙)

服まで濡らしてくしゃみが止まらなくなった、なんてこと有り得ませんとも。(悲哀)


屋敷へ帰り着いた私の姿のせいでソウがてんやわんやで心配しまくったお決まりコース、なんてなってませんとも。(疲労)


噂を聞き付けた香麗さんが休暇を切り上げ、翌日何事もなかったように仕事に戻ってきた、……なんてありま……した。(脱力)




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