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11.兄弟喧嘩=魔王×魔人 ~夏でも寒さで殺される~


周囲のみなさんの甲斐甲斐しいお世話と尽力の賜物で夏バテから多少改善された。

食事はまださほど量を食べられず少々辛い作業だ。

朝は果物しか受け付けることができず、なんとか飲み込む始末。

自然と朝食の広間へ向ける足の速度も落ちていく……。


しかし甚平ってすごい、やっぱ足がくつろげるのがいい、着物は座り方が正座しかないし。

足の痺れに悩まされることが減ってきていたとはいえ、完全になくなることはなかった。

それから開放されたとなると便利この上ない。


夏バテにも意外といいコトもあるもので一気に痩せたのだ。

そう、痩せたんです。

くびれ、くびれがあります、隊長!!

運動不足かつどっかの誰かさんがひっきりなしに食べさせようとするので太ることを危険視していたが、何より、何より。


朝から若干憂鬱になりながらも向かった先には、風雪吹きすさぶ極寒の地と成り果てていた。

あれ?今は夏……?


「きゃ~ん、なにコレ、なにコレ、なにコレぇ?かわいいっ、かわいいわ。」


暢気な考えの脳内に大音量の声が耳を劈く。

突然の事態に私の脳内はついていけません。

目が点になるとはこのことか。

誰か説明ぷりーず。

突然硬い二つの腕に絞め技をきめられて圧死寸前です……。

どうか冥福をお祈りください、がくり……。


「姉さん、すぐにミーシャを離すんだ。そんなに強く抱きしめたら潰れる、ただでさえ力が強いんだから。」


いや、散々私の臓物を潰してきてくれたおまえが言うな。

今日まで生きてこられたのは偏に燕浪さんのおかげだ。


ねえさん……、姐さん?…、姉さん?!

ソウの?!

こりゃいかん、三食部屋付きの居候の身としてはしっかりご挨拶をせねば。

いくらふだんソウへ悪態をついているとはいえ、それくらいのマナーは常識。

でも睨み合うソウとソウのお姉さん?の間に火花が散っている。

この灼熱のような地獄絵図はなんぞや?


「うるさい、あんたは毎日嫌がられようが何だろうがずっと一緒にいるそうじゃない。ちょっとはその役回りを麗しいお姉さまに譲ったってバチは当たりゃしないわよ。」

「ミーシャは望んでずっと一緒にいてくれているんだ。存在すら知られてなかった姉さんと違ってミーシャとの親密さは雲泥の差に決まってんだろうが。」


なんか誇張されている気がします。

真実はきちんと伝えようね……?


「なぁんですってぇ~、こうなったのもあんたがちっとも私に教えてくれなかったからでしょうが。なんでこの私が、あろうことか他国の隠密部隊を締め上げて聞き出さなきゃいけないのよ。あの屈辱があんたにわかる?私だってずっと会いたかったってのあんただって知ってたでしょうが!!」

「ほとんど自国にいない行方知らずの姉さんにいちいち伝える手段をとるのがめんどうだろうが。」

「それをどうにかすんのがあんたの仕事でしょうが。私は遊びで出掛けているわけじゃないわよ。」

「半分は自分の為だろうが。不埒な動機で始めたことだろ。」

「最初はどうであろうと今は違うわよ。」


事情はよくわからんが、どうでもいい内容になってきているのは確実だな。

あと説得力がまるでないよ、お姉さん……。

つっこみ所がいっぱいあった所は聞かなかったことにしよう。

他国の隠密舞台締め上げたんだ、とかね…。


「そこを気やうのがやさしさってもんでしょうが。」

「姉さんに優しく?!意味がわからん。」

「あんた、しばらく会わないうちに性格が悪さに磨きがかかっただけじゃなく、根性まで捻じ曲がったわねっ!!」


キシャーと呻り声が上がった。

(←もう鬼とか人間とかではなく、野生動物さながら、いつからここは動物園に?)


もう挨拶とかどうでもいい。

ステレオ大音量の声を耳元で浴びせられ、ノックアウト気味に始まった今日。

こっちは夏バテで体力が削られているってのに、人のことは二の次で激しい兄弟喧嘩に没頭していく二人。

こいつらほんとに私のことが好なのか?

実は私のこと嫌いで遠まわしに痛めつけてきてないか?




私には3つ下の弟がいる。

メガネ・根暗・ガリ勉の見事な3拍子揃った弟。

こういう弟を持つと喧嘩らしい喧嘩(叩いたり・蹴ったり・殴ったりと一度はあるだろう兄弟喧嘩)というものはない。

しかしその代わり口喧嘩は容赦なかった。

まあこの私の口の悪さにして かの弟あり、と言ったところか。

両親が引くぐらいの冷圧と刃の如き言葉はお互いを傷つけあった。

しかしどんなに口が廻ろうとも最後は年の功。

(←たかが3年と思われるだろうが、若かりし頃の3年の差はあまりに大きい)

最終的に怒りが静まらなかった私は弟の趣味であるアニメのフィギュアを売っぱらってやった。

(その上アニメに嵌るとかもう立派なオタク街道真っ只中なヤツなのだ)

勿論目尻に溜まった涙を見て溜飲を下げた私に多少の非はあるだろうが、その後弟の口喧嘩は形を潜めた。

よっぽど堪えたらしい。

姉を舐めてかかると痛い目にあうのだ、思い知ったかあの野郎。




だから世間での所謂“兄弟喧嘩”というものを目にしたのは始めてで……。

観察するかの如く、マジマジと見る。

アッパーが決まった、右ストレートにキレがある。

ほほう、と感心する。

フックを避けられた、今度は足技だ。


友達が青痣を作ってきた前日はたいてい2つ上の兄との喧嘩が原因だった。

なるほど、こういうことか。

これなら痣に引っかき傷、擦り傷ができるのは当然。

ちょっと目の前のはスケールがでかい気もするが……。


あっ、障子が破けた、障子の枠ごとぶっ壊れて庭に飛んでいった。

庭の花壇が荒らされ、石造がちょっと砕けたみたい。

柱に亀裂が入ったぞ、崩れないのか?逃げるなら今のうちか?

天井裏に穴が開いている、いつの間に?

今、天井に人影があった気がするけど気のせいか?

あんなトコに誰かいる訳がないしな。


ソウの姉というだけあって目元や口元などそれぞれのパーツだけでなく、配置まで似ている。

性別の違いはあれど、顔の造りはそっくり。

紫水晶の瞳は強い輝きを宿し、頭の高く上で1つに結ばれている長い髪が体を動かすごとにたなびく様が美しい。

室内とはいえ、ソウと同じ、群青色の髪の美しさはよく分かった。

目や髪の色の違いはあれど、10人が見れば10人共そっくり、という二人の容姿。

まるで双子みたい。

ま……、仲は相当悪そうだけれど……。

う~ん、兄弟なんてどこもそんなもんか。

(←それはただの偏見である)


お互いの繰り出す技が早すぎて見えない。

そう言っているうちにソウが庭にまで吹っ飛んだ。

ということはお姉さんが優勢ってことか?!

ほぉ~、女は強し、ってのはどこの世界も変わんないんだな。

見事な枯山水が無残だ。

庭師の人の嘆く姿が目に浮かぶ。

かわいそうに……。

さらに追い討ちをかけるべく、お姉さんは庭に下りていった。

トドメか?


はぁ……。

ため息をつくと幸せが一つ逃げていくらしいが、現在絶賛 幸せが羽を付けて空へ飛んでいったのが見えた気がする。

兄弟喧嘩の観戦にも飽きたし、この際朝食なんてもういいから部屋へ戻ろう。

いつまでやってんいるんだか、屋敷が壊れない程度にしといてくれるといいんだけど。

(←既に手遅れだと思うが)


「ミーシャの部屋に食事を用意するから、朝食はそこでゆっくり食べましょう。ここでは落ち着いて食べるのは刺激が強すぎるわ。」

「そうしてくれると有難いな。朝から疲れた。ありがとう香麗さん。」

「お二人は顔を合わすといつもああなってしまうのよねぇ。毎回修理するこちらの身になってほしいものなのだけれど。以前屋敷が半壊したことがあってねぇ、あの時の燕浪様はそりゃぁもう恐ろしかったのなんの。」

「そりゃ……なんて勇気溢れる行動を……。地獄を見ただろうね。今回も似たような結果が待ってんじゃない?ねぇ、私が今まで一度もお姉さんと顔を合わせたことがなかったのはどうして?」

「それはね、私が愛しの旦那を追いかけていたからよ。」


背後から会話に参入してきたのはさっきまで殴る蹴るの大乱闘をしていたお姉さま。

強烈な印象を与えてくれたおかげで私の記憶からこの初対面の光景が消えることは一生ないと思われる。


「あいつは片付けてきたから問題ないわ。これから朝食なんですってね、一緒に食べましょう。ミーシャって言うんでしょう?私は凛咲りんさよ。」

「どうもハジメマシテ。旦那様?」

「ふふ、一目見たときからもう絶対ずっと一緒にいなくちゃダメって直感したの。何が何でもずっとくっついてってやる、って追い掛け続けたのよ。最初はまぁ逃げ回ってくれちゃって、でもついに私の想いが通じて夫婦になれたのよ!!」

「はぁ……、そうですか。情熱的ですね。それでその旦那様は今どちらに?」

剴暈がいえん、旦那の名前ね、は後から来るわ。ちょっと別の用があってね。私たちは仕事で国から国へと移動ばっかりなの。今回は私だけ先に来たのよ、我慢できなくて。あの馬鹿があなたのことを黙っててね、それでこんなにミーシャに会うのが遅れたってわけ。さっきのはその腹いせよ。ま、かわいいもんよね。」


屋敷を壊した時と比べるとたいしたことないわ、と続けた凛咲さんに突っ込む者は誰もいない。

あれでかわいいんだ、という想いは心の中にしまっておいた。

確かに柱は折ってないし(ヒビは入った)、床も破いてはいない(天井は破いた)けど……、いいのか?


「仕事も一段落したししばらくここにいるつもりよ。だからよろしくね。」

「こちらこそよろしくお願いします。」

「やっぱり何度見てもかわいいわねぇ。噂に聞いてた以上だわぁ。」


その後和やかに朝食を終えた後も凛咲さんのおしゃべりは続いた。

旦那さんのことは聞くと尚のこと話が止まらなくなる、との香麗さんの助言を受け、口には出さなかった。

そのせいか、凛咲さんは聞いて欲しそうに何度か水を向けてくるが頑として私はその手の質問を一切しなかった。

人の恋愛話は楽しいというよりも妬ましさが勝るもんなんですよ、すいませんね、狭量で。


「そういえば香麗さんに旦那さんはいる?」

「わたし?いないわ。」

「鬼には旦那とか嫁って関係を結ぶってことほとんどないわ。私は珍しい部類なのよ。」

「と、言うと?」

「鬼って他者への執着がとっても薄いのよ。むしろ感じないわね。親とか子供っていうのも生まれたてを除けばもう赤の他人だしね。その後生きようが死のうが自己責任、っていう考え方なの。他人への愛情がほぼないから結婚なんてあり得ないのよ。よしんば恋人止まり。相手が欲しかったら適当に見繕えばいいわけだしね。私とあいつが姉と弟って言い合うのも稀なことでね、私たちの場合は双子で生まれたっていうのが大きいかな。小さい頃はいつも一緒だったわ。特殊な事情があってそうでないと生きられなかったってのもあるんだけど。大人になったらそんなこともなくなったけどね。」


へぇ、だからソウの周りには奥さんだとか“大奥”的なものがないのか。

女性の“じょ”の字もないし、もしかしたら男性趣味なのかもと思ってたんだよなぁ。

執務室で燕浪さんとめくるめく……なんて考えたけど、その瞬間燕浪さんの輝きを宿した双眸と目が合って恐怖が全身を駆け巡った。

声に出していないのに何をどうして察知したのだろう?

考えた自分が恨めしい。

もう二度とすまい。


わりと日本に似た雰囲気を持っているこの世界だからこそ、あの豪華絢爛・陰惨・陰険・泥沼の女の園をこの目で見たかったなぁ。

嫌味に嫌がらせ、嫉妬に駆られた女の成れの果て、なんてドラマを傍観したかった。

巻き込まれるほうは神経すり減らす生活なんだろうけど、第3者の立場だとこれほどいい見世物ってない。

まぁないもんはしょうがない。

生で昼ドラを見れるかと思ったんだけどな。


双子ってのにも驚いたけれど、“特殊な事情”とやらが気になったから尋ねようとしたけれど、その言葉は凛咲さんによって遮られた。


「ま、そんなつまんない話はもう止め止め。いろいろと持ってきてるんだから。」


…………?



***



「……誰が、入室の許可を出した……?」


地獄の底から響いてくるような低い声音。

朝から私を捕られたまま仕事をしていた最高に機嫌の悪いソウは、凛咲さんに問いかける。

一応は仕事をしていたらしい。

机の周りには書き損じたからか、丸められた紙があちらこちらに散らばっていた。

ソウは敵意を込めた眼で先程からずっと睨みつけているが、凛咲さんは全く意に反さない。

これもいつものこと……らしい。

(あの凄まじい兄弟喧嘩はまごう事なき通常仕様だったということか……)

凛咲さんはこちらが何を言っても聞く耳を持たない、興味のあることしか意識を向けない、まったく鬼の性そのものは性格のようです。


すごい勢いで入ってきた凛咲さんに驚いて見開かれたソウの紺の双眸が、その腕に抱えられた私を捉えて細められる。

凛咲さんには襖を開く前に声を掛けるという至極当たり前の行動は頭の中に存在していないらしい。

どこまでも我が路をいく。

そんな彼女に一般論を説いたところで無意味。

無駄なことはしない、これ鉄則。


「ちょっと、コレかわいいでしょう?私が見立てたの!」


何がどうなっているかと言うと、凛咲さんに着飾られた、私が。

夏バテだから暑苦しい格好はやめて欲しいと必死に頼み込み、なんとか一番軽装というのが今着ているもの。

今の私の服装は白いワンピース。

清楚なお嬢様が来ていそうな清純路線、レースと控えめなフリルにリボンの『ザ・乙女』まっしぐらな一品。

日本でもこんな格好をしたことがない。

気恥ずかしくてしょうがないがこっちの世界にもレースなるものがあるのか、と目から鱗だった。

ただ日本のように機械で作れるわけもなく全て手作業で編むので、総じて高級品とのことだ。

さらに意外だったのはワンピースが存在していたということ。

これは北の国がまだ作り始めたばかりの衣装らしい。

よく手に入ったなぁ、と思うがこれは仕事が絡んでいるようだ。

私が着ているのはくるぶしまでの長さのもの。

ミニスカートなんて履いたらきっと卒倒してしまうんじゃなかろうか?

主に燕浪さんが……。


目元を緩めたソウはいつもの通り賞賛をくれたので本当に似合っているのかあまり参考にならない。


「すごく似合ってるよ。甚平姿も斬新でかわいいけど、そういった格好もいいねぇ。ふわふわしていて飛び立てそうな可憐さだよ。」

「でしょう?ふふ、私の目に狂いわなかったわっ。」


私を褒めてくれているがこの二人、今朝から私を巡りさらに強敵と互いが認める間柄となったらしい。

会話だけだと互いの意見が一致しているように読めるが、ふたりの間には真冬のブリザードもかくやという寒波が吹き荒んでいる。

互いに怒りの炎を宿して相手を射抜く。

側に控える女中さん達は凍死寸前。


こうして壮絶なバトルの火蓋が今切って落とされた!――――

(←RPG風の中継でお送りしよう)

(←魔物2体があらわれた!魔物同士は睨み合っている!)

(←魔王ソウは雷神を放った!)


「確かにかわいらしい。ミーシャと朝から引き離されたのは腹立たしいが、この為だったというのならまぁ許さなくもないな。はた迷惑な行動にはいつも腸煮えくりかえっていたが、今日のこれは実にいい仕事だ。姉さんもやればできるじゃないか、よくやった。」

「なんか引っかかる言葉が多かったけどまぁいいわ。今の私は機嫌がいいから。水に流して差し上げてもよろしくてよ。あんたには絶対できない代物でしょうしね。」


(←魔人凛咲の口は引きつっているが火炎砲を撃った!互いに-100のダメージをくらった!)

凛咲さんは険を宿した瞳で見据える。

その瞳に浮かんでいるのは、明らかな不快と憤りだ。


「まったくこういうことに関しては確かに姉さんの右に出るものはいないな。こういうことだけにしか褒められる点がないってのが残念だ。他に取り柄らしい取り柄が無いのだから仕方がないか。」

「男ってほんとうにこういうことに関しては美的価値がまったくわからないからいやになるわ。かわいいって言ってれいば相手が満足するとでも思ってんのかしらね。もっと他にも入用のものがあるのに箪笥を見たらさっぱりじゃないの。まったく粗野よね。」


凛咲さんを射抜いたソウの碧の双眸が、冴え冴えと冷たい、射殺すような鋭い眼光。

対する凛咲さんの全身から怒気にも似た闘気が立ち昇った。

(←魔王ソウはこめかみに青筋が浮いている!かまいたちを仕掛けた!)

(←対して魔人凛咲は手が震えている!光球を投げつけた!)

(←魔王ソウは-100、魔人凛咲は-150のダメージを受けた!)


「どっかの誰かさんのように好きなことだけやってりゃいいなんて生活ならそういった細かすぎるところにまで目が行き届くんだろうな。なんせこっちは執務とかやることが本当に多くて。暇な誰かとは違うんだ。」

「時間というのは自ら作り出すものよ。自分の不甲斐なさを忙しさのせいにするなんて。とんでもない、これが我が弟とはね。美的感覚が損なっている男なんて嫌われて当然よ。あぁ、もう手遅れだったわね。」

「ミーシャは質素なものを好むんだよ。誰かさんのようにやたらごてごてと飾りつけたらいいってもんでもない。本人の好みも把握できていないのに飾り立てても苦痛を与えるだけだろうに。相手を思いやるって言葉を知らないようだな。」

「男には言いにくいこともあるってことすら気付いてないのね。女ゴコロでも勉強したら?ミーシャが謙虚な性格だって会って少ししか経ってない私でも分かるわよ。そりゃ服の好みなんて言い出せないでしょうよ。それを汲み取るってのが男の努めでしょうよ。」

「まったくああ言えば、こう言う。これじゃ剴暈の苦労もわかるってもんだ。あいつも厄介なのに付け回されて気苦労絶えないな。」

「あぁ~ら、ご心配なく。夫婦仲はいたって良好よ。それよりも自分の心配をしたら?夏バテのミーシャに抱きついて蹴られて殴られて噛みつかれて嫌われたんですって?相手の気持ちがわからない証拠じゃない。最低最悪極悪人物という烙印を押されたも同然ね。」


あの、私を引き合いに出さないで。

それに噛みついてはいなかった……はず。

(←魔人凛咲は僅かのスキをついて手立て続けに攻撃を掛ける!一気に蹴りをつけるか!怒りの業火を吐いた!)

(←魔王ソウの手は震えている!次の攻撃を仕掛ける余力が足りない!)

(←魔王ソウは-1000、魔人凛咲は-800の傷を負った!)


「ぐっ……。なぜそれを……。」

「忙しいったって執務放り出してんでしょ。この前そのツケを払わされたそうじゃないの?馬鹿?馬鹿なの?あっ、間違えたわ、大馬鹿だったのよね?ごめんなさい、私ったらつい分かりきったことを言ってしまったようね。」

「ぐぐぐぐぐぐぐ……。」


何処か人を馬鹿にしたような言葉遣いも何もかもが今のソウの癪に障るのだろう。

けれど言われていることにぐぅの音も出ないほどに追い込まれている。

見上げた凛咲さんの顔には、背筋が凍るような微笑をその赤い唇に浮かべていた。

(←魔王ソウは衝撃波を受ける、-1500のダメージを受け、勝負は決した!)

(←魔人凛咲は不適な微笑を浮かべた!)


あの、もしもし……。

喧嘩ならよそでやってください。

夏の暑さとは別の汗が出てまいりました。


私の近くで壮絶に寒波が吹き荒れる喧嘩を勃発させないで。

氷のような冷たい視線、氷解のように冷たい声音、口元には冷笑を浮かべている。

互いが互いに冴え冴えとした声音で突き刺し、氷刃のように切りあっていた。

狭い室内に静寂が満ち、張り詰めた空気。

私は凛咲さんの腕にお子様抱っこ状態なので必然的にこの極悪兄弟喧嘩を眼前で見守るハメに。

(女性にお子様抱っこされる自分って、泣)

あまりに凄まじい必殺技の応酬に、巻き込まれた女中さん方からは失神者が出掛かっている模様です。

私もその一員に加えてほしい。

壮絶にそっち側に行きたい、行かせてほしい!!


「はっ、聞いてるんだぞ。その無鉄砲さで剴暈の静止も無視して首を突っ込み、余計に問題を引き起こしてきた数々の所業を。碌に事情も聞かずに中途半端に関わろうとするからそうなるんだ。その勘違いと思い込みから生まれる騒動に巻き込まれる方のことも考えろっての。まったくちっとも進歩してないようで、相変わらずのハタ迷惑さだな。」

「言わせておけば……。そういうあんただって植物園の薬草を全て姿かたちがそっくりな毒草に植え替えて病人を死地へ送り込んだでしょ。それも種類を変えて何度も。一時期屋敷内で働く者が減って機能しなかったなんてこともあったわね。理由は……ああそうだったわ、誰が一番早く回復するかが見たかったんだったっけ?1週間は燕に雁字搦めに縛られた状態で天井に宙吊りにされたんだったかしら?」

「ふん、姉さんこそ他国への輸出品を勝手に別のものとすり替えてあわや戦か、なんて事態になったこともあったな。あれは燕が相当苦労して事態を収束させたよな。詫びとして関税が100年一方的に撤廃されて不利益を被ったのは苦い思い出だな。燕が騒ぎを収めるのに不眠不休で動いていたよな。騒動を起こすと必ず周りを巻き込むそのクセどうにかならないのか?」

「それを言うならあんただって湖の底はどうなっている?とか言って湖に横道を掘って水を抜きかけたわよね。周辺の民家は数十年畑の作物が獲れなくて補助金が出されたんだったかしら?国庫を枯渇させたかったとか言わないわよね?」

「それなら……」


あの、もういいかな。

なんでこんなスケールのデカイ悪戯話を聞かされにゃならんのだ。

やっていることが危険すぎて子どものイタズラなんてもんじゃ済まされないもんばっかり。

燕浪さんの苦労に涙が……、ほんっと昔から手を掛けさせられちゃって……。


頼む、やめてくれ。

切に願う。

夏なのに凍死しそうなんですけど。

吐く息が白いって何だ?!

いや、夏バテだったけども……こんな冷気は望んでないっ!!


神さま、仏さま、女神さま、そんなに私が憎いですか?

どなたでもけっこうです、教えてください、そんなに私が嫌いですか?

そりゃ日本では品行方正だったとは言えない生活していたけれども、異世界トリップなんてことに巻き込んでくれた上に更なるこの仕打ち!!

太陽照りつける夏に寒さで死ぬってどうなんだっ?!


香麗さん、なんでこんな時に限って傍にいてくれないの?

燕浪さん、この暴走迷惑男の手綱をちゃんと握っといてくれないと!!

剴暈さん、まだ会ったことないけど早くお仕事終わらせてあなたの嫁を止めてっ!!

ああ誰か、突っ走り気味のこの兄弟のブレーキのかけ方を是非ご教授ください。



喧嘩するほど仲がいい?

これで仲が良かったらとっくに世界は平和に満ちているわ。





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