10.夏バテ-冷気×妖気=心身的負傷者 ~暑さは人を狂わせる~
夏真っ盛り。
ままならぬ暑さの中、部屋には死体が一つ。
はい、私です。
部屋の中央でくたばってますが、なにか?
こちらの暑さは日本よりも日差しが強く、部屋の中にまで入り込む熱気に当てられ完璧な夏バテ。
現代日本は本当に便利だった。
本当に便利だった。
文明の利器が恋しい。
文明開化よ、はよきてもうたれ、いや違うか。
エアコンもなく扇風機もない、ついでにストーブもない世界。
夏は暑く、冬は寒い。
どうやらここは忍耐力を自ずと鍛えてくれるとても結構なお土地柄だったらしい。
こんなトコによこしたヤツが目の前にいたなら胸ぐら掴んで恫喝するのに……。
決して、夏は家に引き篭もってエアコン天国にいたのが敗因ではない。
冷蔵庫に買い溜めたアイスばっか齧るという食生活のせいでもない。
こんなに辛いのは服装に原因がある!……と思う。
家ではタンクトップに短パンで十分だったのにここではそうもいかない。
着物から浴衣へと変化を遂げてはいるけれど、身体にはぴったり張り付いているし、丈は足首まである。
もちろん女性が胸元をはだけるなんて言動同断、なんて固定観念はない。
警備隊に属する女性陣は上半身にサラシを巻いているだけ、なんての格好も見かけた。
私が同じようにしたいと訴えた結果、発狂して止められた。
あの凄まじい奇声、雄叫び、錯乱状態のソウは見物だった。
なにがそこまでソウを焦らせたのはわからない、が 周囲への平穏の為に泣く泣く諦めた。
なんか燕浪さんや香麗さんを含む女中さんたちまでが蒼白になって必死に止めてきた。
あまり我を通して困らせるのもちょっと大人としてあれだし、香麗さんたちはきちんとした姿なのに自分だけだらしない格好というのも憚れる。
女中さんはさすがに体裁・風紀・見映えなどの理由により、そんなことをするようなことはないし長年体に慣れた気候に私ほどの苦しさを感じることはないらしい。
まあ、そんなもんか。
その割には男の人は着崩しているのは不公平だ。
憎たらしい。
まさに茹蛸状態。
酷暑、そう酷暑というに相応しい。
夏にコレなら冬は真逆の状態になるのは目に見えている。
ああ、冬になるのが恐ろしい。
外界と部屋を阻むのは障子、夜は雨戸なんてものも付加されるがどうしたって隙間風は阻みきれまい。
もう熊のように冬眠するしかない。
ここにコタツってないのかなぁ。
ソウが時折心配して覗きにくるのすら鬱陶しい、相手なんてしてらんないから追い返す。
(図体のでかさが暑苦しさを増長するから)
(←しっし、と追い払われ、まるでウジ虫のような汚物を見る目を向けられる哀れな国主)
(←すごすごと引き返す寂しげな後ろ姿が見られたそうな)
燕浪さんは時折冷えた果物を差し入れてくれる。
(もう黒いオーラですらありがたいから出してほしい、その冷涼感で涼めるのならば何でもいい!)
(←もはや手段は選んでいられないほどに追い込まれているようだ)
香麗さんは頻繁に冷茶や水に浸した手ぬぐいを運んできてくれる。
(なんで?なんでその額に汗は浮かんでないわけ?これが女中スキルというものなのか?)
(←畳の上、板の間の上と半死体状態なのは少しでも肌に感じる涼を取ろうという努力)
(←しかしその行為が女としてどうなのか、など本人はまったく考える余力はないようだ)
部屋の外に花が置いてあったり、金平糖のようなお菓子があったりと屋敷の人々も気にかけてくれている。
(ありがたい、でも口を開くのも億劫なのですよ)
床板から冷気を取ろうと屋敷内いたる所で転がっている、木っていいわぁ。
(←屋敷内の者たちには次はどこにいるのかと宝探しのような状況を楽しんでいるのだが本人は知らない)
溶ける、きっと私は溶けてなくなってしまうに違いない。
朝になったら体がなくなってて寝巻だけが残ってるんだ。
(←思考回路の麻痺は大目にみた方がよさそうだ)
“スイカ狩り” (断じて“スイカ割り”とは認めない)のあの時期はまだ良かった。(詳しくは第7話参照)
暑いっていっても我慢できないほどじゃなかったし。
最近は暑さのあまり、ソウに触られるのも嫌。
でかい図体のせいで傍にも寄ってほしくないところだけど、ソレを言っては酷だろうと堪えている。
けれどいつ口から言葉が飛び出すか保障はできない。
一緒の布団で寝る?ソウの膝で食事?ないないない。
そんなもんやってられっか。
半径1m以内には絶対に近寄ってほしくない。
夜勝手に部屋に入ることを硬く・硬く禁じた。
これはまあ、ソウもすんなり諦めた。
(←ここで実は執務補佐の強固な防護壁が作動していたことは一部の者のみが知る事実である)
ここまではいい。
問題は食事だ。
一人で床に座って食べる、という極当たり前の行動に移って今日で3日目。
もちろん3食すべて、である。
ようやっとmy箸の登場する機会を得た。
苦節数ヵ月、長かった。
使い勝手も上々でこれからは自分で食べよう、と思うが夏バテとは恐ろしい。
折角の“自分でご飯♪”の絶好の機会なのに食が進まない。
まったく残念無念。
それでもあまりに食べないと目の前(隣に座られるのも暑苦しいので強制退去)の“かまってちゃん”は心配のあまり(本人談)日中何度も訪れようとする。
面倒くさいのである程度の体裁とやらは必要なのだ。
食後で吐かない程度の量をなんとか飲み込む。
(←“食べる”のではなく“飲む”になっている)
吐き気をもよおした際、いっそこの目の前の秀麗な顔にぶちまけてやろうかと思ったが止めておいた。
なんか嬉しそうな顔が想像できるから。
(お食事中の方はまたしても失礼)
どうにもヤバかった時、ほんとに手を目の前に差し出された時はマジで引いた。
ドン引きだ。
吐き気も引っ込んだ。
あれが民間療法だというなら私には使ってくれるな、頼むから。
“ゲロ吐き女”というレッテルは遠慮する。
いくらふだん乙女という言葉に疑問を感じさせる言動をしていようとも出してはならぬものがあるのです。
守らねばならぬ境界というものを私も持っていますよ。
これ以上不名誉な栄誉は賜りたくない。
どんな拷問だよ。
それでも無理矢理自分の膝に乗せて食べさせようとしつこく言い募る。
「ミーシャ、こっちにおいで。」
「やだ。」
「そんなこと言ってないで。一人で食べるの大変だろう?」
「専用のお箸があるから平気。」
「ここのところずっとそう言ってるけど寂しいじゃないか。ここにおいで。」
「嫌だって言ってんだろ。」
泣こうが喚こうが懇願されようが知ったこっちゃない。
「体しんどいんじゃないかい?ここにくれば背中がもたれることができるし楽だよ?」
そう言って胡坐をかいた自分の膝を指差してくる。
尤もらしく言ってはいるが要は自分が寂しいだけだ。
捨てられた子犬のような円らな目を向けてくるが、騙されはしない。
この手に引っかかり何度煮え湯を飲まされたことか。
「暑いからやだ。」
「そんなこと言わないで久しぶりなんだから。今回だけ?ね?」
「うるさい。」
だがついに相手も強硬手段に出てきた。
膝に抱き上げてあろうことか先ほどの提案にあった一番回避したい格好、後ろからの抱擁で攻めてきた。
生地越しに伝わる熱に限界。
主に堪忍袋の緒と我慢が。
「うがぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあああぁぁぁぁあああぁぁぁあ。」
雄叫びをあげて、暴れまくった。
(←もう“大人の女”とか“25歳”とか“乙女だ”とかいう考えはどうでもいいらしい)
ここまで怒ったことは社会人になってからあっただろうか、というほどにキレた。
(←暑くて常に蒸し風呂状態の体の熱はついに能にまで達した模様)
「うっとうしいんじゃ、おんどりゃぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ。」
実際、現場に出くわした者はこう語る。
給仕の為近くにいた証人A女中その1は言う『額にいれた頭突きはいい音がした』
部屋の隅に控えていた証人B女中その2は言う『右ストレートは見事だった』
急ぎの案件発生の為、ちょうど入室してきた証人C執務補佐は言う『顎に入れた膝は実に効果的だった』
天井裏に控えていた証人D暗部その1は言う『腹に入れた飛び蹴りは人体の急所を見事に衝いていた』
如何なる時も側にいる証人E側遣え女中は言う『全ての一連の技が完璧だった』
要はあまりの暑さに逃げ出した、というわけだ。
さすがに不意をつかれたことでソウはそれなりにダメージを受けたらしい、ひどく咽せた。
その時は遠くで勝ち鬨の音を聞いたわ。
それからはしばらくソウに会いたくなくて部屋に引き籠った。
食事は部屋へ運んでもらい、ひたすら暑さに耐える日々。
部屋を閉じ切るわけにはいかないので(熱中症になる)3部屋先までは近付かないように厳命した。
見かねた屋敷の皆さんは協力を惜しまず、私の見方に付いたわけで、ソウは孤立無援となった。
(ざまぁみろ)
私の前ではたいそう落ち込んでいたけど他の鬼の前では絶対零度の空気だったとか。
なんでその空気を私の前で出してくんないんだよ。
それ、その冷涼感が欲しいのに。
結果、ソウの不機嫌によって被害は屋敷中の人が被った。
“ただならぬ冷気が妖気とともに漂っていた”と聞くこともあれば、“酸欠で息ができなかった”と耳にすることも。
だがしかし、今の私は気にしていられる余裕はない。
被害者の皆さん、どうか自分で切り抜けてほしい。
戦死者の皆さん、心置きなく成仏して欲しい。
私は部屋の中にて心からの応援とご冥福をお祈りしております。
アーメン。
この時期の屋敷はただならぬ空気が蔓延していた……ということだ。
後から聞いた話を以下に整理する。
***(今この時のみ3人称でお送りする)
屋敷の内部、執務室周辺は水を打ったように静まり返っており、紙をめくる音や筆を運ぶ音が控えめに響いているのみ。
ピリピリとした緊張感が張り巡り、運悪く足を踏み入れようもんなら焼き焦げてしまいそうなほど。
この暑さの中、働く者の額には暑さからではない汗、冷汗がじわじわと流れ落ちる。
彼らを苦しめる冷気と妖気の根源は、室内の奥から。
この屋敷の、いやこの国の頂点に立つ男が原因そのものである。
その表情は“不機嫌”とでかでかと書かれている。
書類の不備は絶命の時、とまで言わんばかりの緊迫感の中での仕事。
外回りの部隊(警備部隊)の者たちはその姿を涙なしでは見られなかったと言う。
そっと目じりの涙をぬぐった者は決して少なくはない。
しかし気分転換(ウサ晴らし)に体を動かそうと“ちょっと付き合え”、と警備部隊の詰め所に元凶が現れたのが運の尽き。
漏れなく八つ当たりという名のお鉢が回ってきた。
この間内回りの部隊員(内政部隊)は束の間の休息に胸を撫で下ろし、再び襲いかかるであろう恐怖に心の活を入れ、枯渇してしまった気力をどうにかこうにか補った。
ここまで暑くなる前までは本当によかった、と内政部隊員たちはつくづくと思う。
王はこれまでも度々重要な書類があろうとなかろうと関係なしに抜け出すことはあったが、執務補佐のお陰で忙しくともどうにかこうにか仕事は廻っていた。
今は頼みの綱の執務補佐も外へ出ていることが多く不在ばかり。
彼は何やら夏バテに効く薬があると聞けば自ら出向いて試飲、身体を冷やす料理があると聞けば手ずから試食、体のダルさを改善する整体があると耳にすれば自ら習得、と血眼になって北へ南へと駈けずり廻っていた。
(←あっぱれな行動、どこかの誰かさんも見習ってはいかがか?)
時にはこれがあのいつも彼の執務補佐に睨まれなければ仕事をしない、あの王なのか?と疑うほど嬉々として仕事に取り組んでいたこともある。
(←単にさっさと終わらせて憩いの時を満喫したかっただけ)
迷惑をこうむることもあったが上機嫌で送っていた日々からの突然の変貌。
今や些細な間違いも指摘してくる、が指摘してくるだけで自分の書類は裁かず減る気配はない。
ちなみにその際顔を直視することは絶対にできない、なにが何でもできない。
見たら石になってしまう、被害者はすでに両手両足では足りない数に達した。
(←メデューサはこんな身近に存在していたようだ)
ため息をついては遠くを見、遠くを見てはため息をつく。
永遠に終わりの来ないその動作の中、どうやって仕事が進むと?
王の周辺に詰まれた書類はやがて座っている本人の丈を越すだろう、その日も間近だ。
むしろ周囲の者はそれを願っている。
(←そうすれば少しでも妖気の侵入を阻める)
王の機嫌はほぼ直角に近い角度で急降下していった。
そして今や「屋敷の奥には鬼がいる」と陰で噂されるほど、王は空恐ろしい気を周囲に撒き散らすようになった。
(いや、あんたら元から鬼だから!おかしくね?そのセリフ;by元OL25歳♀)
こうして屋敷で働く者たちは一日が通り過ぎるのを祈るような心地で待ちわびる日々が続いていた。
***
以上がこれまでの屋敷内の様子である……らしい。
一見して誰が悪いのかは明らか。
働く人を労わることのできないどっかの脳内お花畑変態ストーカー男のせいだ。
(←暑さのせいで若干皮肉が通常営業よりも辛らつになっているのはご愛嬌)
私のせいではない。
兎にも角にも私は己の体と精神があまりに瀕死状態で今後の生存率の低さに呻き、香麗さんに頼み込んだ。
まあ、優しい私は“雀の涙ほどは自分にも原因があるかもね”なんて思い、良心がほんのちょっと(小指の爪の先以下)だけ痛んだことで改善策に打ってでた。
「香麗さん、甚平を作ってほしいの。」
「甚平?それってどういうものなの?」
「こっちにはまったくないのかな?上下が別々になってて、上は着物みたいに重ね合わせて着るわけ。で、下は二股に分かれてて丈は膝下ぐらいまでのものかな。腰は紐で調節するの。」
「上体部分は今の着物なのね?」
「そう。上半身の丈はへそ下ぐらいまでかな?中と外それぞれ2ヶ所を紐で結んで留めるの。」
「形は似てるようでそうでもないようね。それだと着るのも楽そうだし動きやすそうね。けど、膝下っていうのは問題ね。」
「えっ?!膝下もダメ?」
「ちょっと足を出しすぎよねえ。男は良くても女、ましてやミーシャがそこまで出すといろいろと問題が……ね。」
「問題の方は言わなくてもいいからね、なんとかく予想がつくから。丈はもうちょっと長くてもいいから。ゆったりとした形で作って。じゃないと近いうちに昇天する。」
「丈が問題なのはね、ミーシャの生足を見ると暴走する危険人物がいっぱい出てきちゃうでしょう?返り討ちにあう可哀相な者を量産したらめんどくさいのよ。その後の掃除をするのは私たちだもの。」
「黒っ。こわっ。あ、あの~香麗さん?黒いのが出ていますけど?!隠して、隠して!!」
「一番狂乱しそうな人物はきっとそれこそ片時も手放さなくなるわよ。跳び蹴りなんて最早意味なくなるわね。きっと涎垂らして文字通りご自分お一人で、部屋でじっくり、ねっとり、堪能するまで(堪能しきることがあれば、の話しでしょうけど)愛でるんじゃないかしら?」
「言わなくていいって言ったのにぃぃぃぃいい~。(泣)」
「ふふふ、燕浪様に相談してみるわね。」
これしか私がここで生き残る術はない、と必死に頼み込んだ。
予想外に黒い香麗さんに遭遇してしまったが任せていればなんとかなると思う。
きっといろいろと腹に据えかねることが多々あるに違いない、なんせあの主君だし。
そんなこんなで数日後、私は戦利品を手に入れた。
丈はくるぶし近くまであるものの身体にまとわり付くようなカンジもなく、いわば陶芸家のような格好。
これで大分と緩和された。
足を広げられるってさいこうだっ!!
それでも暑いことに変わりはないが。
着る物一つで夏バテが改善されるならば、と急遽お針子さん総出で何着も作ってくれた。
何やら他に急ぎのお仕事があったにも関わらず、だ。
どっかの迷惑男は『今日中に間に合わなければ厳罰に処す』とやらの厳命を出し、デザイン、柄の選定、生地が肌に触れる感触、着易さ、動きやすさなどのチェック・監修を自ら行うという総合プロデュースまでこなした。
(←どんな無理難題にも愛する者の為ならば全力で願いを叶えようとする男、文字だけならイイ男)
(←何度も言うがその熱意を仕事にも向けてみてはいかがか?)
最近邪険にしすぎたソウにかまう余裕が出てきた(膝抱っこの食事はまだ避け続けている)ので屋敷の空気も凪いだものになった……らしい。
私の与り知らぬことではあるが。
被害に会った皆さん、ご苦労様でした。
これからは多少は改善されるんじゃないかな?
私の態度次第なんだろうけど。
そうしてこれまで同様ソウと燕浪さんにかまわれるという状況下に落ち着いたわけですよ。
こんな変態ストーカー王に出会ったことは、もしかしなくてもこの上なく不幸だった……と思う。
美形ということで目の保養はできるからプラマイ0。
いや、マイナスだよな、これは確実に。
「ミーシャ、よく似合ってるよ。もちろんこの前までの浴衣も可愛かったけれど。」
「体調も良くなったようで安心しました。まだ若干顔色が悪いようですが、依然と比べると雲泥の差。よかったですよ。」
「心配かけてごめんね、二人とも。まだちょっとしんどい時もあるけど前みたいに日がな一日中ぶっ倒れているってことはないと思う。」
「ミーシャがこんなに暑さに弱いって知ってたら氷とかの用意もちゃんとしといたんだけど。来年からは気をつけるから。ごめんね。」
「そんなに気遣ってくれなくていいよ。甚平で改善されたし。それに燕浪さんが薬とか滋養のいい食事とかを調べてくれたんでしょう?どうもありがとう。」
「いいえ、お役に立てたならばそれでいいんですよ。」
「あれのおかげでもあるんだよ。」
「いえいえ、日がな屋敷で腑抜けていたどっかの莫迦とは違って出来る事をしたまでですよ。」
いろいろと手を尽くしてくれた功労者の燕浪さんにはとびっきりの笑顔を向ける。
むろん隣で何やら騒がしい男は気にしない。
「う……。ミ、ミーシャ……、私だっていろいろやったんだよ。急いでその甚平とやらも用意したんだよ。」
「うん、お針子さんたちにはすっごく感謝してる。」
「あれ?私には……?」
「キレさせるまでうだうだと鬱陶しい行動をしでかしたどっかのバカに向ける感謝なんぞない。」
「温厚なミーシャをあれほどに怒らせることができるのはある意味才能かもしれませんね。」
「まったくいらない能力ですが、否定はできませんわね。」
「あの……、ねぇ……?」
傍に控えていた香麗さんまで会話に参入してきた。
皆で寄ってたかって苛めておく。
散々イライラさせられた報復だ。
「それよりもまさか私が臥せってた間、屋敷で働いてくれてる人に迷惑かけたとかない?」
「えっ……、勿論だよ……。」
「その沈黙が嘘くさいわっ!!というより、もう知ってんだからね。さんざん不機嫌な空気をだして周りを困らせてたって。」
ソウが“チクったのはオマエか?!”と言わんばかりに燕浪さんをギロっと睨むが燕浪さんはどこ吹く風。
さすが年の功。
他の鬼だったら震え上がって硬直するだろう視線をいとも容易く受け流す。
「うっ……。だって、」
「だって、じゃない。働いている人を大事にできない雇い主なんて最低最悪っ!働いている人たちあってこそなんだからね。ちょっと何ニヤニヤして。聞いてんのっ!」
「うん。ミーシャはいい子だね。」
撫で撫でされたって誤魔化されないし。
くっそう、なんだこの負けた気分は。
突然ソウの双眸が彼方を見据え、すっと細められる。
その緊迫さに、体が無意識のうちに強張る。
ソウは忌々しげに舌打ちをし、鋭さを増したその瞳に息を呑んだ。
「来るのか。」
聞き取れない低い声でソウが呟く。
「えっ?なに?」
「なんでもないよ。燕、それよりも警備を固めろ。検問を通ったら即時に伝えるように言っておいてくれ。」
「かしこまりました。」
「えっ?なに?何かあんの?」
「ミーシャ、珍しい夏のお菓子が手に入ったんだ。夕刻近くで涼しくなってきたし、縁側で食べよう。」
話は終わり、とばかりに微笑まれ、抱き上げられた。
あたしにも説明しやがれ、と思う。
何だか訳がわからない。
“珍しいお菓子”という誘惑に簡単にまけてしまった私が悪うございますよ。
だって食べたかったし。
縁側で冷やしたゼリーのようなお菓子を食べる。
つるん、としていてのど越しさわやか、食べやすい。
私の専用に水桶が用意されていて足を浸けている。
至れり尽くせりってやつですな。
そうしてようやっと穏やかな日常が戻ってきたと思いきやそれは唐突に終わりを告げた。
次の嵐がやってきたから。
なんでやねん。
まあ夏は台風の季節とも言うしね、というかそんなんばっか。
(安寧の日々ってどこ?どうやったら手に入るわけ?どこに行ったら売ってんの?)
(←暑さで少々壊れているがどうか生暖かい目で見守ってほしい)