第31話〜39話
第31話 せつなさとやるせなさと
●森田卓の手記より
僕はどうしても須藤さんに借りた2千円を返さなければならないと思った。
あの回転寿司屋の駐車場で、彼女からお金をもらわなかったら、前科者になるところだった。
彼女は返さなくてもいいと言ったけど、そういうわけにはいかない。
毛嫌いされようがどうしようが僕の気持ちが納得いかない。
でも、いざ返すと決めた当日が来ると、僕の心に緊張感が走った。
行っても会ってもらえず、門前払いだったらどうしよう・・
須藤さんが返さなくていいと言ったんだし、やっぱやめとくか・・
いや、それではあとから絶対後悔する。きっとする。
それに正直言うと、少しの時間でも須藤さんと会っていたい気持ちがあるのは事実だ。
僕の潜在意識の中では、お金を返すことも、それを口実にしているだけかもしれない。
嫌われてるのに会いに行くなんて、我ながら未練がましくて情けない男だと思うよ。
僕ってホント、どうしようもない人間なんだな。。
雨が降りしきる中、夕方まで待って、僕は彼女の自宅へ車でと向った。
留守だったらどうしよう?あり得ることだ。彼女に直接お金は返したい。家族には嫌だ。
そういう思いを駆け巡らせながら僕は須藤さんの自宅前の門より、少し手前で車を停めた。
そして僕が車から降りようとする寸前、1台の車が横を通り過ぎ、彼女の自宅の正面に停まった。
僕は慌てて車の中で、身を低くして様子をうかがう。
なんと、その車から出て来た人物は、須藤さん本人と男性ひとり。しかも僕よりカッコいい。
まぁ僕よりカッコ悪い男を捜す方が難しいかもしれないけど。。
その男は傘をさして須藤さんをエスコートして玄関先まで送って行った。
僕は恐る恐る正面の門の端からそっと覗き見をした。
するとなんてことだ!!須藤さんが・・須藤さんが知らない男とチュウしちゃったよ。。。
もちろん僕がその男を知らないだけの勝手な言い分なんだけど。。。
でも僕だって彼女と数ヶ月も付き合って来たのに、1度もチュウなんてしてないのに・・
それを意図も簡単にしちゃうなんて・・(TロT)ダァァァ〜
あ、男がこっち来た!
僕は急いで自分の車に戻り、ドアを開けて載ろうとしたが、ドアが開かない。
ひえー!(◎0◎)しまったぁぁぁ!ドアロックしちゃったぁぁ!鍵が中に刺さってるぅぅ〜!
もちろん僕のオンボロ車なんて、キーレスエントリーのような代物じゃない。
降りしきる雨の中、僕の体もどんどん濡れてゆく。
そこに追い討ちをかけるように、例の男の車がUターンしてこちらに向って来て、勢いよく僕のそばの水溜りを飛び散らせた。
僕は呆然と立ち尽くした。
『・・・。』( ̄ ̄ ̄_ ̄ ̄ ̄;)また顔から下まで泥だらけのびっしょり・・・
それなのにおバカなこの僕は、この汚れた格好で、彼女にお金を返そうと玄関をノックしていた。
このときの僕は、須藤さんのキスを見てしまい、精神状態が不安定になっていた。
以前も、泥だらけで家にお邪魔して迷惑をかけたときの反省など、思い浮かびもしなかった。
「はーい。」彼女の声が近づいて来た。
「あの・・その・・お邪魔します。。」
「!!!」
彼女が玄関で固まってしまった。
「すみません。。どうしてもお金を返したかったもんで・・」
程なくして彼女が口を開いてくれた。
「・・・・・・いいって言ったのに。。」
「はい。そうなんですけど。。」
「それにまた泥んこで来たのも何か理由でもあるんですか?」
「いやこれは今そこで。。」
「待ってて。タオル貸してあげるから。」
彼女はすぐに走ってタオルを取って来てくれた。
「すいません。また迷惑かけちゃって・・」
「それが森田さんだもの。わかってるわよ。わざわざお金ありがとう。」
「はい・・・」
「じゃあさよなら。元気でね。」
そっけない挨拶だった。『元気でね。』と言われたものの、その言葉には何の感情も含まれていない社交辞令的なもの。
僕も結局、片言しか言えずに家をあとにすることになった。
もう須藤さんのことは忘れなければならないんだろうか?そんなこと僕にできるだろうか?
初めて心から好きになった彼女を。そして初めて味わった失恋。立ち直って行くというより、まだ未練が残って仕方ない。
立ち直りたくない!須藤さんが今でも大好きなんだ!
僕は・・・僕はこれからどうしたらいいんだ?
●須藤ゆりかの手記より
少し森田さんに冷たすぎたかしら・・・
でも本当に今のあたしは彼に何の感情もない。
たしかにかつては、泥だらけになった森田さんを見てるだけでもいとおしくなった。
彼の行動全てが可愛くて、素直な純真な人だと感じるときがあった。
いけない。こんなこと考えてちゃ。全ては暗示だったのよ。催眠術のせいよ。
あのときの感情は、あたし本来ではなかった。これからは作道さんと新たな時を過ごすの。
そうよ。そうしなくちゃ。。
そう思っては見たものの、私はかつてカウンセラーに言われた言葉も思い出していた。
カウンセラー曰く、
『私はあなたに彼を紹介したわけではありません。あなたが選んだのです。あなたが彼の優しさに惹かれていったのです。それは紛れもなく、あなたと彼の偽りのない世界だと思います。』(←第20話参照)
「そんなの・・ウソよ。。」
第32話 感情の捌け口
●森田卓の手記より
最近、全く食欲がない。何かを作る気力もない。
だからここ数日はカップめんばかりだ。
袋のラーメンも近くのスーパーの特売日に、5ケースまとめ買いしてるけど、
鍋にうつして火をかけて麺をほぐす作業さえもおっくうになっている。
今日の休日も昼前にやっと起きて、おもむろに日清のUFO焼そばを作ろうとしている自分がいた。
何も考えることができずに、ただ無意識に食べるための行程をぼーっと進めている。
具材のかやくを入れ、お湯を注ぎ、ソースを入れて・・・
Σ|ll( ̄▽ ̄;)||lわ!!
しまったぁぁ!!お湯捨てる前にソースも入れちゃったぁぁ!!
こんなことならどん兵衛を選んでおけば良かった。。
いつも僕は正しい選択ができないでいる。
麺類までも僕を見限ったのか?僕に食べてもらいたくないのか?
・・・バカだな。。こんなこと考えるなんて。。ホント精神おかしいよ。
自分でおかしいってわかるうちはまだ、大丈夫なのかな。。?
そういえば・・須藤さんとここでぺヤング食べたよなぁ。。
あ!!そうだった。確かそのときチュウしたんだ!うん、そうだった、そうだった!
そうだよ。あまりに不意打ちなチュウだったから、興奮しすぎて僕の意識がすっ飛んでたんだ。。
この前、須藤さんが自分んちの玄関前で、知らない男とチュウしてたけど、僕の方が先だったんだいっ!
・・エヘヘ(*´ー`)
・・・・・・・・・・(;´Д`)ハァ・・・・・・・・・
それが何だっていうんだろう。。。
今となっては何の意味もないや。。。
あのときの現実がまるで、夢でも見てたような幻想の世界へと変わってしまったようだ。
しかもはるか遠い昔の出来事のように。。。
僕はここで我に返った。
そうだ、この日清焼そばUFOをなんとか食べなきゃなんない。
お湯を捨てたらソースも流れる。うちには予備のソースなんて置いてない。
かと言ってこのままお湯を捨てずに、ソーススープとして食べたとしても・・ダメだ、きっと吐く。
とにかくお湯は捨てよう!
僕はお湯を容器から捨てた。もちろん理屈通りに、ソースも流れた。
ここから何か、代わりの物をスパイスとして振り掛ければいいのさ!
とりあえず、コショウでもかけてみるかな。。
僕は戸棚からこしょうを取って来て、UFOの上から降りかけてみたけど、目詰まりしてるのか、
コショウがなかなか出てこない。だから僕は大振りに、地面に叩きつけるような力の入れようで
何度も何度もコショウを振りかざした。でもそれが間違いのもとだった。
ガ━━ΣΣ(゜Д゜;)━━ン!!ひえー!(◎0◎)
コショウのフタが全開して、一気に麺の上全体にドバーッとかかってしまった。
普通こんなの誰も食べるはずがない。でも僕はなぜか、どうにかして食べてやろうという気でいた。
きっとコショウでかなり辛いんだから、酢をかけて味を中和させればいいんだ。。。
僕はすぐに実行した。ひょっとすると、コショウと酢でドレッシングのようになって、イケる味かもしれない。
スパイシーな香りが鼻につく。
よしっ!食べよう!
こんなとき、普通なら警戒して食べるはずなのに、今の僕には何の抵抗もない。
なぜなんだろう?
きっと何かに集中していれば、須藤さんのことを思い出さずにすむと僕の心の奥底では考えているのかもしれない。
たかがカップ麺のことだけど、全く関係ない話題であれば、喜んで飛びついてしまう有様の僕だった。
ゴホッ!ゲホッ!ゲホッ!オエッ!!ゲホゲホゲホッ!!(TロT)ダァァァ〜!!
UFOを食べた瞬間、僕は思い切りむせた。これは生ける者の食べる代物じゃない。
自分のアホさ加源につくづく飽きれた。
・・・・・・須藤さん。。ダメだ。。忘れられない。全然忘れられないよぉぉ〜!
(T◇T)うぉぉぉぉぉ!!!
僕は泣き叫びながら、なぜかまた麺をすすり、再びむせて苦しみながらも更に食べ続けて泣き叫んでいた。
◆◆翌日◆◆
一夜明けると、僕は冷静さを取り戻していた。
日曜日の今日、僕にできることって・・・
僕は人前だと緊張しまくってほとんど話ができない。
でも書くことはある程度できる。この手記もこうして書いてるように、僕の正直な気持ちを伝えられる。
須藤さんにメールをしてみよう。。何の反応もないかもしれないけど、何もしないよりはいい。
僕は頭の中で文章をまとめ、打ち込む決心をして携帯を開いた。
あ・・・充電してなかった。。。((ノ_ω_)ノバタ
第33話 心のはざ間で
●須藤ゆりかの手記より
この日はちょうど作道さんと外食を共にしていた。
彼はハンバーグランチで私はミックスフライランチ。
お互いのメニューが運ばれて揃ってから同時に食べ始めた。
私の食べるペースは特に早い方ではないのに、作道さんはその私よりはるかにペースは遅かった。
それに気づいたのは半分ほど私が食べ終えてから。
それなりに会話はしていたけど、無我夢中で話していたわけではないし、食べるのを中断していたわけでもない。
彼はまだ3分の1程しか食べ終えていなかった。
でもその理由は、少し彼を観察しているとすぐにわかった。
なぜか彼はおちょぼ口で食べているのだ。そして一口ごとにナプキンで口を拭く。
食べられるハンバーグは、ナイフで一口大より更に細かい欠片に分解されて口に運ばれていた。
「作道さん、ずいぶんお上品に食べるんですね?」
「え?そうですか?」
「そこまで小さくハンバーグを切るなんてあたしでさえしないですよ。」
「あぁ・・僕、口小さいし、大きく切るとデミグラスソースが口のまわりにベットリついちゃうでしょ。そんなとこ須藤さんに見られたくないですよ。」
「気にしなくていいんですよ。男性は豪快に食べた方が似合ってます。」
「そ、そうですよね。。確かにそうだ。。でも、もう全部細かくしちゃったしなぁ。」
「いえ、絶対そうして食べてとは言ってないから。;^_^A 」
「でも須藤さん好みの男になるには、豪快な食べっぷりの方がいいんですよね?」
「無理にそんなことは・・」
私が言い終わらないうちに、作道さんはハンバーグ皿を両手で持って、自分の口のそばに平行に持って行き、
皿と一緒に持っていたフォークで、細かく刻まれたハンバーグをかき集めながら、口に流し込み始めた。
私は唖然として見ていたが、彼もそれに気づいたようで、
「やっぱりおかしいですよね?慣れないことすると自分でも不自然なのがすぐわかりましたよ。」
「(*≧m≦*)クスッ!さっきのでいいですよ。無理なことはしないでね。」
「はい。(#^.^#)」
「作道さんは、今まで付き合った人と一緒に外で食事をされたことはないんですか?」
「それがないんですよ。家に呼んで僕の手料理を食べてもらってばかりでした。」
「あれだけの量を?( ̄ー ̄; 」
「はい・・い、いえ・・こないだは久々に張り切り過ぎちゃったもんで。。」
「そうですよね。おばあ様も言ってましたけど、以前来られてた大柄の男性のお友達ならそれくらい食べたんでしょうけど、女性にはすごい量でしたもの。」
「ヘ( ̄ω ̄|||)ヘぎくッ!うちのばあちゃんそんなこと言ってたんだ。。」
「でもおばあ様は、食べに来るのはその男性のお友達だけって言ってたような。。彼女は呼ばなかったんですか?」
「う・・・いやその・・ばあちゃんはほら、半年前に九州からうちに来たばっかりなので、僕のそれ以前を知らないんです。」
「あ、そうですよね。ごめんなさい。過去のことを穿り返すつもりはなかったの。」
「いいんですよ。今はこうして須藤さんに巡り逢えてるわけですから、辛い過去なんて吹き飛んじゃいますよ!」
「恥ずかしいです。そんなこと目の前で言われると。」
そのとき、私の携帯にメールの着信があった。
「ちょっとすいません。確認だけね。」
「いいですよ。どうぞ。」
私は携帯の背面ウインドウに表示された名前を見て動揺した。
森田さんからだ。。。何でこんなときに。。。
それに今までだって森田さんの方からメールをくれることなんてほとんどなかった。なのに。。。
「須藤さん、どうかしましたか?」
「い、いえ・・大丈夫です。。」
今はとにかくこのメールは読みたくない。かといって、なぜか削除する気にもなれなかった。
とりあえず保存BOXに入れて置こう。削除はあとからでも。。。
「ごめんなさい。食事終ったらどこに行きましょうか?」
「映画でもどうです?今日はちょうど月始めだから、男女とも1000円の日ですし。」
「そういえばそうですね!お得ですものね 。行きましょ(o^-^o) ウフッ。で、何観るんですか?」
「今上映してる話題の韓国映画でも観ませんか?」
「恋愛物ですね。あたし泣いちゃいそう・・ハンカチ1枚で足りるかしら。。」
「僕も持ってますから貸してあげますよ。」
「はい。じゃあそのときはお言葉に甘えて。」
映画の上映中、作品のストーリーに感動しながら、作道さんは顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくっていた。
「(TロT)うわぁぁん。うっうっ・・ジュルジュル。。ズル。。すいません須藤さん・・ハンカチ貸してもらえますか?ティッシュでもいいです。」
使っていた彼のハンカチは、止まらない涙と鼻水まみれになって、すでに使い物にならない。
「ハンカチは1枚しかないから、このティッシュ使って。」
「あ、ありがとうございます。。(;o;)うっうっ。。」
「でもそれ使ったらもうないから、なるべく鼻水はこらえてね;^_^A アセアセ・・・」
「はい・・できるだけ我慢します。。」
作道さんという人は、見た目は爽やかそうな男性なのに、なんだか女の子っぽいところが随所に見られてきた。
でもきっと心の優しい人なんだからだと思う。いい人には間違いない。森田さんとも似てるようで違ったタイプだ。
(゜〇゜;) ハッ!!・・・・・・私の頭の中にはまだ森田さんがいるんだろうか。。自然に名前が出てくるなんて。。。
さっきのメールどうしよう。。。やっぱり削除した方がいいかもしれない。
でも・・・あとでしよう。うん、とりあえずあとで。。。」
第34話 恋愛の頂点
●作道昌吾の手記より
須藤さんとの初デートから今日で4回目を終えて帰って来た。
2回目のデートで僕は映画を観て泣きじゃくり、大失態を演じてしまったが、3回目のデートは1日中ドライブ。
誰でも1度は行ったことのある近場の観光名所ばかり巡っていたが、須藤さんと一緒ならどの場所も新鮮に感じられた。
それは彼女も同じく感じていたようで、
「あたしここ何度も来てるけど、すごく久しぶりなの。今日はとても新鮮。
すがすがしくて気持ちいいし、やっぱり1人で来るのとは全然違うもの。ありがとう。作道さん。」
そう言いながら須藤さんはすごく明るい笑顔で、デジカメと携帯の両方で写真を撮りまくっていた。
そして今回のデートは、雨が降っていたせいもあり、小上がりがあってゆっくり食事のできる店で彼女と過ごした。
そのせいか、今日は彼女からの質問攻めにあってしまった。
「あたしたち、まだお互いのことあまり知らないわよね?」
「そう言えばそうですね。こないだはドライブであちこち景色を楽しんだだけだし、その前はうちのばあちゃんがいたし。」
「今日はゆっくり話しましょうよ。あたしもっと作道さんのこと知りたいです。」
「なんか突然そう言われると照れますね(#^.^#)」
「ごめんなさい。あたし元々、思ったことすぐ言ってしまわないと気がすまない性格なの。でもそれで失敗したこともかなりあって。。」
「僕はその方が好きです。サバサバしてるストレートな人の方が何でも話せます。」
「良かった。あたし人見知りしちゃうから、慣れるまでにはストレートにはなれないんですけどねw」
「誰でもそうだと思いますよ。で、どんなことが聞きたいですか?」
「そうね・・じゃまずは基本からね!」
「基本の質問てあるんですか?w」
「ありますよ〜。作道さん、初恋っていつだったの?」
「お、早速来ましたね。僕は中2かな。同級生でした。」
「遅くないそれ?小学生のときとかは誰もいなかったの?」
「うーん、いないわけじゃなかったけど、みんな平均して好きだったから。」
「( ̄ー ̄;え?作道さん、気が多いの?」
「いえいえ、そのなんていうか、恋まで発展するような段階でもなかったもんで。」
「あーなるほどね。男子ならそうかもしれないわね。じゃ中2で好きになった人ってどんな人?」
「体育会系で部活に命を燃やしてたような熱血的な感じの人ってゆうのかな・・。」
「きれい系な人?可愛い系?」
「カッコ良かったな。。」
「カッコいい???宝塚みたいな?」
「あー・・いやいや・・か、可愛い系だったかな。なんかうる覚えで。」
「随分前のことですもんね。テニスとかバスケとかしてた人なの?」
「野球部かな。」
「野球部???」
(゜〇゜;)ハッ!・・や、野球・・じゃなくてソフトボールだ!ハハ・・(^^ゞ」
「そうなんだ。で、その恋は実ったの?」
「いや、僕の一方的な片思いだよ。彼は・・あ、いや彼女にはすでに付き合ってた人がいたからね。」
「Σ('◇'*エェッ!?それは辛かったでしょう?告白もできなかったでしょうね・・」
「それが僕もバカでしてね、一代決心して卒業前に告白しましたよ。」
「すごい!偉いわ、作道さん。で、どうだったの?」
「そりゃもちろん拒否られましたよ。『なんだお前、気持ち悪ぃからあっち行けっ!』って。」
「ええええ??(◎0◎)何それ!いくらなんでもそんな断り方ってひどいじゃない?口も普段からそんなに悪い人だったの?」
「僕はそれが当たり前だと思ってたんで別に何も。で、当然といえば当然の結果だったかし、それでキッパリ忘れようよ思いましたよ。」
「それにしても随分、男まさりな人だったのね。」
「ま・・まぁそれは。。精神的にも肉体的にもたくましい人でしたから。」
「たくましいって・・筋肉もりもりの女の子ってあまり可愛くないような。。それも中2で。」
「でも僕は・・好きでした。」
「あ・・ごめんなさい。あたしって、何も知らないのに勝手なこと言っちゃって。。」
「いえ、全然平気です。過去のことです。」
「でもあたし、体力なんて自信ないし、たくましくもないですよ。作道さんのタイプに合ってるのかしら?」
「須藤さんは特別です。宅配に行った瞬間、あなたに一目ぼれしました。そして今、あなたに告白して本当に良かったと心から思っています。あなたの話し方、声、笑顔、しぐさ、全部が今の僕を虜にしています。これをタイプ以外のなんと言って説明できると思います?」
数秒間の後、須藤さんが感激した声で言った。
「ありがとう作道さん。その言葉、すごくあたしの心に響きました。あたしもあなたの真っ直ぐな気持ちが好きです。そして益々あなたを好きになっていく自分を感じています。」
「そんなこと言ってもらえるなんてすごく嬉しいです。僕も感激しました。自分の気持ちを率直に目の前で表現してくれる人なんて、めったにいるもんじゃありません。」
「あたし、自分の心をあまり隠しておけないんです。」
「なんかこれからはもっと楽しいデートができそうですね?」
「そうですよねw」
「じゃあ、こうしませんか?今日は雨ですけど、来週のデートがいい天気だったら、少し遠出してのどかな温泉でも行きませんか?」
「いいですね。温泉大好きです。一泊するんですか?」
「あ、いや、僕は日帰りでもいいと思ったんですが・・一泊した方がリラックスはしますよね。。」
「あたしは構いませんよ?」
「須藤さんが構わないのなら・・うん、そうしましょう!あ、部屋はちゃんと別々に取りますんで・・その点は安心して・・」
「あたしたち、付き合ってるんですもの。別々な部屋は逆に不自然ですよ。一緒にして下さい。」
「は・・はいっ!!」仰天のあまり、思わず即答してしまった僕であった。
こうして4回目のデートが終了して、僕はいつものように今、この手記をしたためている。
そして明日はカウンセラーのとこで1カ月ぶりの定期健診の日だ。
約束どうり、この日記も見せて先生の診断を仰がなければ。。。
須藤さんと出会ったおかげで、きっと僕は立ち直ってるはずだ!
カウンセラーも褒めてくれることだろう。
第35話 悲しいショッピング
●森田卓の手記より
僕が須藤さんに思いをメールしてからどのくらい経っただろう。。
まだ2、3週間のはずなのに、もう1年以上経っているような気がするよ。
やっぱり見てくれてないのかな。。見る前に削除されてるのかな。。
せめて見てから削除されるんだったら・・・・・
バカだな。どっちにしたって削除されたら同じじゃん。何考えてんだ僕は。
こんな精神状態じゃ体がもたないよ。鬱の毎日から開放されたいよ。
それにこんな寒い時期ならなおさら体調が崩れそうだ。
現に今も鼻がグズってるし、のども痛くなってきてる。
明日も冷え込みがきつそうだし、厚着して出勤しなくちゃ。
とは思ったものの、そういえば僕にはコートが1着もなかった。
去年の冬の終わりに8年間着ていたヨレヨレのコートを燃えるゴミに出してしまったんだ!
あのコートも実家のお父さんが15年使って譲ってもらったやつだから、足掛け23年の代物のはずだ。
去年まで同僚によく、コロンボもどきと言われたもんだ。
よし!今日は新しい自分を探すきっかけとして、コートを新調しよう!
あまり高いのは買えないから、激安衣料スーパーに限るけど;^_^A
30分後、僕は近くの店でコートを選んでいた。
たまたま激安ワゴンセール開催中で、主婦の人たちが鼻息も荒く、ワゴンの中身を荒らしまくっていた。
僕もその中に少し紛れてみたが、女性陣に白い目で見られた。
「お兄ちゃん、あんた何欲しいの?」
「え?ぼ、僕は安いコートがないかと。。」
「バカじゃないの!いくらなんでもコートがワゴンに入ってるはずないでしょ!」
「そ、そういえばそうですね( ̄ー ̄; ヒヤリ」
「邪魔だからあっち行きなさい。ここは下着ワゴンよ。あんたもしかして変態?」
「Σ('◇'*エェッ!?そうとは全然・・」
「キャー!変態がいるわよぉ〜!」
「いや、違い・・」
「やらしぃ〜!堂々と下着眺めてるぅ〜!」
「あんた早く行きなさいよ!」
僕はもみくちゃにされながら、主婦たちに、手に持ったブラジャーや下着で叩かれながら逃げようとしたが、これまた落ちていた下着に足をとられて前のめりに倒れ、ワゴンの中に顔をうずめてしまった。
焦る僕はすぐさま顔をあげると、なんとしたことか僕の顔にパンティがしっかり貼りついていた。
皮肉にも鼻風邪のせいで、僕の鼻水に下着がくっついてしまったんだ。
「キャー!」「キャー!」「キャー!」
そんな一斉に同じセリフ叫ばなくてもいいのに。。。
当然のことながら、僕はバツが悪くなってこの店を後にした。
もちろん、鼻水をくっつけてしまったパンティは買うハメになってしまった。
レジの女の子にまで、変態を見るような痛い視線を浴びせられながら。。。
次は少し離れた隣町の店に入った。今度はワゴンセールなんてやってない。
コートのコーナーには数多くのアイテムがズラリ並んでいる。
僕は1着1着、値札を確認しながらコートを選んでいた。
そばを歩いていた女子高生の二人組が少し離れた距離から囁くのが聞こえた。
「(='m') クスクス・・あの男の人、超ビンボーくさいよね。」
「やっぱ見た目と比例するよね。|* ̄m ̄)ノ彡☆ププププ!!バンバン!☆」
大きなお世話だよまったく。
さっさと選んで帰ろう。夜になると外も寒くなって来るし。
と、突然開いたドアから冷たい風が入りこみ、くしゃみの連発をしてしまった。
へックショイ!!へックショイ!!へックショイ!!こんちくしょう!
なぜかくしゃみの最後にこんちくしょう!が出るのが僕のクセだ。
それを見ていた女性店員が僕のそばに寄って来た。
「お客さん、困ります。洋服にツバキがこんなに飛んで。。」
へ・へ・・ヘックショイィィ〜〜〜!!
僕の振り向いた先にいた女性店員の顔に青っぱなが飛んだ。
僕の鼻から彼女の顔へ長く伸びた青っぱなが切れずに繋がっているのだ。
彼女は驚きとショックのあまり、呆然と立ち尽くしていた。
5分後、僕は新しいコートを精算していた。
さっきの女性店員はあのあと、同僚に支えられながら控え室へ連れられて行った。
僕はツバキの飛び散ったコートを弁償代わりというか、彼女にも申し訳ない気持ちで購入した。
値札を見て仰天・・・59,800円( ̄ ̄ ̄▽ ̄ ̄ ̄;)
59,800円( ̄ ̄ ̄▽ ̄ ̄ ̄;)59,800円( ̄ ̄ ̄▽ ̄ ̄ ̄;)
頭の中で何度も輪唱していた。
「すいませんが・・持ち合わせないんで、カードで払います。5回払いで。。」
「ああそうですか。」と、つっけんどんなレジの女性。
「あ、すいません・・やっぱり10回払いで。。」
「 はぁ?」
「いえ・・5回でいいです。。」
こんなんで、これからの僕は立ち直れるのだろうか?
第36話 一転して・・・
●須藤ゆりかの手記より
ただ呆然とした日々が何日も続いて、この手記を書く気にもなれなかった。。
今までは一体何だったんだろう?
一瞬のうちに始まって、一瞬で終わった恋。
私は何度、失恋で打ちのめされなければならないの?
私のどこがいけないの?
理由も言わずに作道さんは私から去って行った。
彼が電話で言い放った衝撃な言葉。
「ごめん。今までのは間違いだったんだ。もう付き合えないよ。悪いとは思ってるけど。」
あまりの突然なことに、私はしばらく金縛りにあったように一言も口を開けなかった。
更に彼は続けた。
「僕は自分の気持ちに正直に生きたいんだ。何度も考えたけど、須藤さんとはやっていけない。」
ここで私はやっと震える口調で言葉が言えた。
「作道さん・・今まで私には・・正直な気持ちじゃなかったの?偽りで付き合ってたの?」」
「いえ、そのときは正直な気持ちだったように思いますが。。今現在ではそれが偽りになってしまいました。」
「わからない!そんなの全然!次は二人で温泉旅行しようって話したこともみんなウソなの?」
「あのときは・・僕も行きたいと思ってました。」
「あたし、作道さんが怒るようなことした?」
「いえ、そういうことではありません。」
「こんな話、電話でするなんて・・」
「すみません。面と向かうと話せなくなりそうな気がして。こんな形で終わるのを許して下さいとも言える立場ではありませんが。。」
「理由を教えて下さらないのね。。」
「・・・・・4回目のデートの後で次の温泉旅行の話を計画したときは僕も楽しみにしてました。。」
「それならなんで・・」
私はこらえ切れなくなって泣いてしまった。
彼は少し罰が悪そうに、
「とにかくごめん。もう会わないから。。じゃ。。」
と言って早々に電話を切ってしまった。
こんな短い会話だけで納得できるはずもないのに私から電話する勇気ももうない。
今まで付き合って来た男の人たちはみんな私を重荷にしてきた。いつもそれが原因だった。ひとりを除いて。。
でもこんな終わり方はどれほどショックなことか。。
私に非があるのなら教えてもらいたいのに、それすらわからない。
また昔の私に戻ってしまいそう。。やっと男性を信じれるようになろうとしてたのに。。
やっぱり信じるものではないのかもしれない。
もう私、外には出ない。以前のように引きこもりでいい!
表に出なければ自分は傷つかなくてすむ。そうよ。それが安全なのよ。。
こうして私は再び手記を書き始めている。
思い出したくないことでも、自分に課せられたひとつの義務として。
そしてこれからの未来、自分の軌跡をたどる意味で。
でも・・その未来って・・あたしにあるのかな。。。
明日はカウンセラーの所に行ってみよう。
今頼りになるのはあの先生だけかもしれない。
外に出るのは嫌だけど、寄り道しなければいい。
まっすぐカウンセラーのところに行って、まっすぐ帰って来るだけよ。
それだけでいいのよ。
それだけで。。。
第37話 カウンセラーの誤算
●作道省吾の手記より
かなり後味が悪いが、ああするしかなかった。
深入りしすぎて取り返しがきかなくなる前に終わりにした方が、自分にも須藤さんにとっても絶対いいはずだ。
それにしてもあのカウンセラーのこんなやり方って・・一体どうなんだろう?
余計に人を傷つけてしまうんじゃないか?
こんなんで僕のこれからもカウンセラーに任せていいんだろうか?
あの日、4回目のデートの翌日、僕は自分の手記を携えてカウンセラーのいるクリニックへ向かった。
僕はそのとき、須藤さんとの温泉旅行を控えていて、嬉しさのあまり満面の笑みを隠せなかった。
僕は開口一番、こう言い放った。
「先生、ありがとうございます。僕、この1ヶ月で彼女ができました!」
「えぇっ?もうですか?」突然驚くカウンセラー。
「はいっ!次のデートは1泊で温泉に行く予定です。」
「そ・・それはまた急な話ですね。彼女も納得したのですか?」
「そうですよ?何かありました?」
「う〜ん・・思ったより最近の子は展開が早いな。。」
「は?」
「いや別に。ではまず、私が指示しておいたここ1ヶ月の日記を見せて下さい。」
「はい。これですが・・」
僕はカウンセラーに今までの出来事をなるべく細かく書いたこの日記を手渡した。
そしてすぐさま開いて読み始める先生。すると、
「あのー、作道さん?」
「はい?」
「あんた、ずいぶん字が小さいねぇ。」
「あ・・す、すみません。いつもこうなんです。」
「まぁ読めるからいいですけど、もっと大きく堂々と書くように心がけてみたらどうです?字にも性格が出ますし、気持ちも現れます。」
「はぁ・・気をつけます。」
数分の間、カウンセラーは僕の日記と格闘していた。そのためか、先生の表情は悩んでいるように硬く、眉間にしわも寄せていた。
途中、先生は何かにびっくりしたような顔をしながらも読み続けていたが、全部読み終わると、一息ため息をついて僕に話し始めた。
「作道さん、早速ですが1ヶ月前にあなたにかけた暗示を今すぐ解きましょう。」
「は、はぁ・・」
「1ヶ月じゃ遅すぎたかな・・」と先生はボソッと囁いた。
「え?」
「いや・・まぁとにかくあなたはまず、姿勢を楽にして目を閉じなさい。いいですか?息を大きく吸って3回深呼吸を・・」
数分後、僕は目覚めた。何かが吹っ切れたような、新鮮な感じがした。
「気分はどうですか?」
「ええ、なんか頭が軽くなった気がします。」
「そうでしょうね。今、あなたにかけた暗示を解いたのですから。」
「これで僕は精神的に良くなったと言えるんでしょうか?」
「それはこれからのあなたの努力にもよります。どうですか?さっき言ってた彼女と温泉旅行に行く気持ちは変わってませんか?」
「は?彼女って・・あ、須藤さんのことですか?」
「・・・ええ、そうです。」
「ん〜ん・・何であんなこと言ったんだろう。先生も知っての通り、僕は同性愛者ですから女性と付き合う気持ちには全然なれませんよ。」
「やっぱりそうですか・・」
「暗示でもこればかりは治らないようですね。」
「だがあなたは以前、失恋のショックから精神面でかなりの打撃を受けていました。その点、今はどうですか?」
僕は数秒、自分の気持ちに自問自答して確信した。
「あぁ・・はい。それは確かに今はないですね。信利にフラれたことに関してはすっかり割り切れています。」
「そうでしょう。この治療法は自分をある一定の期間、接触変化させることによって、過去の心の傷も治癒させる効果もあるんです。」
「接触変化?」
「はい。つまり普段のあなたでは知り合うはずのない、繋がりのない人たちとの交流や、その人たちへの興味を沸かせることで、あなたの苦しんでいた過去を軽減させる役目があるんです。」
「なるほど。。それが僕の場合、須藤さんだったわけですね。」
「そうです。あなたに優しく触れた女性、あるいはあなたから優しく触れた女性に限定して催眠をかけました。」
「でもなぜそれを男性にしてくれなかったんですか?先生も意地悪ですね。」
「自分を治癒するためには、今まで全く経験のないシチュエーションの中で行動することがベストなんです。つまりあなたにとっては、女性に好意を抱いてみることが大事だったんですが・・・」
「大事だったんですが・・って?何か問題でも?」
「ええ・・この暗示はいずれ解けてしまうものですが、なるべく早い時期に私が解かなければなりません。」
「なぜですか?」
「恋愛対象の相手が現れた場合、深い仲になってしまうと暗示が解けたときには・・・わかりますよね?」
「あ・・はい。。そうですね。僕はともかく、このことを知らない相手の人のショックが大きい・・」
「そうです。このまま付き合いを継続できるなら別ですが、あなたにはできないでしょう?」
「・・無理ですね。元の自分に戻ってしまうともう、さっきの一瞬で彼女への思いはなくなりました。」
「ですから、あなたの日記を読んでみて、あまりにも恋愛の加速度が速いので、彼女にダメージを与えてしまうのではと思ったのです。通常は本格的な恋愛にまで発展しないうちに暗示を解くのですが。。」
カウンセラーの言葉に僕はハッとした。
そうだった。。僕は彼女に対して、これからのお付き合いを断らなければならない。
きっと彼女は傷つくだろう。この短期間の中でキスまでしたのに。。
でも今となっては僕だって偽りの付き合いはできない。いつかはボロが出る。
「作道さん、あなたにもうひとつ教えなければならないことがあります。」
「はい?何でしょうか?」
「実は・・私にも予想のつかない出来事が起きまして。」
「???」
「世間は狭いものです。あなたがお付き合いしていた須藤ゆりかさんは、うちの患者さんなのです。」
「Σ('◇'*エェッ!?ほ、本当ですか?それ。」
「はい。あなたの日記を見て仰天しました。私もうかつでした。万が一のケースも考えておかなければならないのに、それを怠りました。」
「でも・・彼女は一体どこが悪くて・・」
「あなたと全く一緒なのです。同じ治療法もしました。」
「では彼女も暗示にかかっているんですか?」
「いえ、須藤ゆりかさんはあなたと接触する前に暗示は解けています。」
「では立ち直ってるわけですね?」
「まだ完全には・・あなたとのお付き合いによって立ち直り始めたはずなんですが・・」
「その僕が彼女との交際をやめたら・・」
「彼女は廃人になるかもしれませんね。」
「そ・・そんなこと言ったって、それは先生のせいじゃないですか?僕に非があるって言うんですか?」
「わかってます。作道さんを責めてるのではありません。」
「僕は、自分にウソはつけません。彼女には悪いですが、断りの連絡を入れるしかありません。気の毒だとは思いますが、誰だって自分自身が大事じゃないですか!」
「ごもっともです。それはあなたの自由ですから。不快な気分にさせてすみませんでした。」
こうしてカウンセラーのところから戻って間もなく、須藤さんに電話したわけだが、冒頭にも書いたように後味がとても悪い。
そしてもうこの日記も書く意味がなくなった。僕はこれで終わりにしよう。うん・・そうしよう。
新しい出会い、そして信利よりもっと素敵な彼氏を見つけて僕の手料理を食べてもらうんだ!
第38話 知らされた事実
●須藤ゆりかの手記より
今、私が頼れる人はカウンセラーしかいない。
この気持ちを少しでも和らいでくれる人は先生だけ。
こんな思いをするのはもうたくさん!
そう考えて開き直ろうとしてもやっぱり無理。
過去のトラウマが私を苦しめる。
人に助けてもらわないと自分では非力すぎる。
私はこの日、朝食も食べずに朝1番のバスに乗り、クリニックへ向かった。
仕事なんてできる精神状態ではなかった。
人はよく、仕事で気を紛らわせるしかないと言うが、私にはそんな真似ができるタイプではない。
性格的なものなんだろうけど、気を紛らわすどころか、集中すらできないのは目に見えている。
通勤ラッシュの人ごみの中、サラリーマンたちがとてつもなく怖く見えた。
淡々と無表情で足早に会社へ向かう男たち。
この人たちもみんな女を手玉にとって裏切ってるんだわ。。
決してそんなことはないのはわかっている。
でもそんなふうにしか考えられないでいた。
もう私の思考回路が支離滅裂。早くクリニックに。。。
私はバスを降りると半ば早歩きで、いえ、ほとんど駆け足状態で先生の元へ急いだ。
その10分後、私はカウンセラーと差し向かえで座っていた。
朝1番だったので、順番も当然1番。走ったせいで少し息があがっていたけど、ほどなく落ち着いた。
カウンセラーはじっと私を観察してるかのように見据えている。
それに何かうかない顔をしている。私が変な行動をしてるように見えるのかしら?
「・・須藤さん、走って来られたようですね。・・大丈夫ですか?」
「はい、なんとか。先生にどうしても助けていただきたくて。」
「・・そうでしょうね。あなたの表情ですぐわかりますよ。」
「実は私・・また失恋してしまったんです。」
「そのようですね。」
「え・・・?そんなこと私の表情だけでわかるんですか?」
「いえ・・表情だけではわかりませんが・・そのことで私も須藤さんにお話しなくてはならないことがあります。」
「??よくわかりませんけど・・」
「あなたがこの1ヶ月間にお付き合いされた男性は、作道省吾さんでしょう?」
「Σ('◇'*エェッ!?そ、そうですけど・・なぜそんなことが。。」
「彼も数日前、ここに来ました。私が書くように指示した日記を持って。」
「!!!!!」
「私は彼の日記をここで読んで、あまりの偶然な出会いに驚愕しました。」
「そんなことって・・では作道さんも・・先生の患者さんだったんですか?」
「はい。他の患者さんのことは守秘義務もあるんですが、この場合は説明するのもやむを得ないでしょう。」
「・・・」
「その前に、須藤さんの日記を拝見させていただいてよろしいですか?詳しい流れをつかみたいのです。持って来てますよね?」
「はい。これです。・・どうぞ。」
私はおもむろにバッグを開け、カウンセラーに日記を手渡した。
数分の間、先生はその日記を読み続け、部屋に沈黙が流れた。
やがて先生はその日記の内容に納得したかのように何度もうなづいて、ゆっくり本を自分のデスクに置き、私の目を見て優しく話し始めた。
「ではさっきの説明をしましょう。実は率直に言うと、須藤さんと作道さんの症状やトラウマ。そしてそれに至った体験が全くと言っていいほど同じだったんです。」
「私と同じ・・ですか?」
「そう・・ですから私と致しましても、須藤さんと一緒の暗示療法を用いたのですが。。」
「じゃ・・その暗示で作道さんは私に好意を持っただけだと・・」
「はい。そういうことになります。」
「そうですか・・そうだったんですか・・彼の気持ちは最初からウソだったんですね。。」
「・・・偶然の出来事とはいえ、私にも非がありますので、心からあなたにお詫びを申します。」
「。。。。。」
「たしかにあなたは計り知れないショックを受けたことでしょう。そしてその苦しみに耐えかねて私の所へいらした。そうですよね?」
「はい・・」
「ではそのことを踏まえてよく聞いて下さい。私は以前、あなたにも同じ催眠による暗示をかけましたよね。」
「はい。」
「そこであなたは今まで出会ったことのないタイプの男性と巡り会いました。」
「・・・はい。」
「その後あなたは私のクリニックの1ヶ月ごとの定期健診に来なくなり、3ヶ月経過してやっといらした。」
「・・・はい。その通りです。」
「そのとき私と話した後、あなたはその彼・・ええと。。」
「森田さんです。」
「そう、その森田さんとすぐに別れてしまったようですね。作道さんの日記を読んでわかりました。」
「私、暗示とわかって演技で人と付き合えないですもの。」
「でもあのとき僕は言いましたよね?『私はあなたに彼を紹介したわけではありません。あなたが選んだのです。あなたが彼の優しさに惹かれていったのです。それは紛れもなく、あなたと彼の偽りのない世界だと思います。あなたが彼に飽きるか幻滅したなら、この恋は成立していなかったと思います。』(←第20話参照)とね。」
「ええ・・でも。。。」
「別に須藤さんを責めてるんじゃありませんよ。誤解しないで下さいね。」
「はい。」
「僕が言いたいのは、森田さんの気持ちのことです。」
「あ・・・」私はそのときハッとした。
「気づかれたようですね。彼もあなたに理由もなく突然、別れを宣告されたのですよ。今のあなたと同じ心境か、それ以上の苦しみを味わってるのかもしれません。あなたは作道さんと同じことを森田さんに対して行っているわけです。わかりますよね?」
そうだった。。。あたし・・自分のことばかりで。。相手の気持ちなんてどうでも良かった。。
「森田さんの気持ち、今ならきっとわかりますよね?」
「・・・はい。。私・・私、森田さんに随分ひどいことしてしまったんですね。。」
「それが理解できたらあなたは再び立ち直れると思いますよ。」
「そうでしょうか?でもお付き合いすることとは別なような気もしますが・・」
「でも森田さんはうちの患者じゃありませんからね。彼の真の気持ちそのものだったと思いますよ。」
「もう・・遅いです。終わってしまったことですから。。」
「そうですか。無理強いしてるわけではありませんので。私の役目はここまでかもしれません。」
「先生、でも作道さんだって私の気持ちに再び応えてくれる可能性もあるんじゃないんですか?」
「・・・ん〜ん。。それはちょっと。。」
「??なぜですか?」
「たしかに彼はこの前ここに来てから、前向きになってくれたように思います。もう悲観してはいません。」
「だからなぜですか?それなら私と作道さんは元さやに戻れるような気もするんですけど・・」
しかし、私は次に言ったカウンセラーの言葉に衝撃を覚えるしかなかった。
「須藤さん・・彼は・・作道さんは・・ゲイなんですよ。」
頭の中が真っ白になった。先生がそのあと言った言葉もうわの空で聞いていた。
でも先生の最後の〆の言葉だけはしっかり私の耳に刻まれた。
「・・・ですから、作道さんは暗示でしか異性を好きになれません。彼が自分を取り戻したとき、好意を寄せる人は男性なのです。」
私は来たときと全く違った重い足取りで家路に向かっていた。
ゲイの人と付き合ってたなんて。。。。
カウンセラーには随分励ましてもらったけど、最後のカウンターはきつかったわ。。
すぐには帰りたくないような気がして、当てもなく冷たい風を浴びながら呆然と歩いていた。
30分ほど歩いただろうか、さすがに足が疲れてきたようで、近くの公園のベンチに腰を下ろした。
うつむき加減で寒さをこらえながらじっとしていると、悲しい過去ばかりが浮かんでは消えた。
私の人生って何なんだろう?人からいいように利用されてるだけなの?
そう思うと涙がこぼれるしかなかった。
そのとき、ふとなにげに散歩道を見やると、見覚えのある人がこちらに近づいて来た。
向こうも私に気がついたようで、恐る恐るのような足取りながら、確実に私に向かって歩いて来ていた。
・・・・・・森田さん・・・・・
第39話 揺れる思い
●森田卓の手記より
この日、僕は仕事を休んだ。
別に体調が悪いわけじゃない。極端に寒がりな僕にとって、この日の朝は布団から抜け出せないほどの冷え込みだったからだ。
それにはっきり言って寝坊。。ただそれだけの理由だった。
昼近くになって空腹に気づき、何か食べようと思ったけど、今日はまとめ買いしたインスタント麺だけは食べる気にはなれなかった。
よし、久々に外で食べよう!
僕は、5回払いで買ったばかりのコートを着て、玄関を出た。
外は路面が凍ってツルツル状態。これじゃ車で出掛けたりしたら危ない。
どうせ近くに食べに行くだけだ。歩いて行こっと。
こうして僕はカレー屋さんに足を運んだ。いつもの麺じゃなく、何か刺激のあるものが食べたかった。
激辛50倍のカレーライスでも注文しようと思ったけど、土壇場で気が変わった。
期間限定:さぬきのカレーうどん 380円
「うわ、安っ!!」
即効、カレーうどんに決定した。僕は『期間限定』とか『今だけ!』の言葉にすごく弱い。
結局また麺類を選択してしまった。でもマジでここのカレーうどんがうまかったのは収穫だった。
食事が終わって寒い寒い外を数分歩いていると、前方の公園のベンチに女性がうつむき加減で座っていた。
しかもよく観ると、紛れもなく見覚えのある女性。須藤ゆりかさんその人だった。
こんな寒い中、ひとりで座ってるなんて。。。しかも随分薄着のようだ。
僕はゆっくりベンチに向かって近づいて行った。
すると彼女も僕に気づいたようで、ベンチからすぐに立ち上がり、僕に背を向けてその場を去ろうとしていた。
「す、須藤さん、ま、待って下さい!待って・・」
いつもは何事にも消極的な僕が、このときはなぜかすぐに声をかけていた。
しかし、そのあとがいけなかった。僕は足早に彼女に近づこうと急いだあまり、凍った路面に足を取られて思いっきり尾?骨を強打した。
「うぐっ・・!!」しばらく声も出なかった。
いったん去ろうとした須藤さんは、僕の方を振り返り、少しの間ためらっているようだったが、ゆっくりと僕に向かって歩いてきてくれた。
「・・・森田さん、大丈夫ですか?」
「は、はい・・なんとか。。」
「立てますか?」
彼女は僕に手を差し伸べてくれた。僕はその手を握った。
すごく冷たい手。。。凍えてかじかんでいるような手。。。
須藤さんは何か思い悩んでずっとこのベンチにいたんだ。僕なんかに手を差し伸べる余裕なんてないはずなのに、それなのに・・・
「すいません須藤さん。僕がドジなばっかりに・・」
「いえ・・ケガはなかったですか?」
「はい・・おしりの穴が痛かっただけで。」
「Σ(・"・;)あ・・穴?」
「あ、いや、おしりの骨っていうか・・その。。」
「尾?骨ね?」
「そう、それです!」
「あんまり痛かったら病院に行って診てもらった方がいいですよ。」
「平気ですよ。もうそんなに痛くなくなりましたし。」
「それならいいけど。」
僕は自分のことより須藤さんの方が気になってしょうがなかった。
でも・・・事情は聞けなかった。無意識に呼び止められることはできたものの、理由を聞く勇気がなかった。
ただ、彼女は今、寒さで体が震えている。手もすごく冷たい。そんな中でベンチで長い間座っていたんだ。。。
「あの・・須藤さん、もし良かったらこのコート羽織って帰って下さい。」
「え・・?」
僕は、コートを脱いで、彼女の肩にかけてあげた。少し緊張したが、これは絶対してあげたかった。
「森田さん、なんかカレーの匂いが・・」
Σ(゜∇゜|||)はうっ!
僕のコートの胸元に、にカレーの汁がいくつも飛び散っていた。
・・・・しまったぁ。。カレーうどん食べたからだぁ・・こんなことだったら普通のカレーライスにするんだった。。
「森田さん、このコートに黄色い染みが・・」
き、気づかれたぁぁぁ〜〜!!当たり前かもしれないけど。゜(^□^;
「でもありがと。とても寒かったの。お言葉に甘えてお借りします。クリーニングしてから返しますね。」
「いえ・・それ、良かったらあげます。」
(げぇぇぇ〜〜!僕って何言ってんだぁぁぁ!!とっさにこんな言葉が出るなんてぇぇ〜!)
「とんでもない。悪いですそんなの。」
「気に入らなかったら捨てていいのでどうか持って行って下さい。」
(またまたなんで僕はそんなこと言うんだぁぁ〜?このお人よし!)
「でもこのコート、生地が高そう。やっぱり私、受け取れないわ。あとできちんと返しますから無理しないで森田さん。」
「は・・・はい。。」
(あ〜、良かった。;^_^A なんせ59800円だもんな。。)
「森田さん、でもなぜ?」
「はい?」
「なぜこんなあたしに優しくしてくれるの?」
「それは・・」
「あたしは森田さんを裏切った女。勝手にあなたの前から消えた女。恨まれてもおかしくないのに。。」
「 恨むだなんてとんでもないです。僕にとって・・僕にとって須藤さんは永遠の彼女なんです。」
「。。。。。。。」
「おこがましいかもしれませんが・・・僕がドジなばっかりに、あなたに迷惑ばかりかけてきました。いつまでも僕の彼女でいて下さいなんて言えません。」
「森田さん・・・」
「さっきベンチで悲しそうに座っているあなたを見ました。でも僕には何もできません。非力な僕には何も・・だから今、はっきり悟りました。」
「え・・?」
「僕は今まで須藤さんに未練がまし過ぎました。僕みたいな男は須藤さんには釣り合わないです。本音で言えば、須藤さんとまだまだいっぱいデートがしたいです。諦めきれません。でも・・でも、今の立場から考えると・・あなたの幸せを願うことくらいしかできないことがわかりました。。」
「森田さん・・・ごめんなさい。あなたにもそこまで思い詰めさせてしまって。。あたしの方こそ、誰とも付き合う資格はないんだわ。」
「で・・でも、今の彼氏がいるんじゃ・・?」
「あたし・・フラレたの。自業自得ね。。」
「まさか!!」
「当分、誰とも付き合う気持ちにはなれないの。でも森田さんの優しさにはとても感謝しています。しばらく時間を空けて考えさせて。」
「はい。。。」
彼女はそう言って、この場を去って行った。
僕は思った。仮に須藤さんに現在、彼氏がいなくても、僕とまたお付き合いするなんてことは夢にもないだろうなって。。。