第16話〜30話
第16話 ファーストキス
●森田卓の手記より
『ぺヤング』は1個しかなかった。
僕はそれを彼女に譲り、『一平ちゃん夜店の焼そば』を食べることにした。
「ダメよ森田さん。ふたり同じもの食べましょうよ。」
「半分コずつになりますけど・・それでいいんですか?」
「ええ、あたしはそれで充分。」
「そうですか、須藤さんがそれでいいのなら。。」
とても言えなかった。半分ずつじゃ僕の胃袋には足りなすぎるってことを・・。
といって、僕だけまた別なものを食べてしまうと印象がかなり悪くなりそうだし。
仕方ないや。夜多めに食べればいいさ。
と、そこで僕はハッとした。
「す、須藤さん。そういえばウチ、取り分ける皿がなかったような・・」
「1個もないの?」
「いえ、台所にあるにはあるんですが、まだ洗ってないもので・・」
「じゃあたしが洗うから森田さんはお湯沸かしといてくれる?」
「とんでもない!うちに来てもらって須藤さんに洗いものなんてさせられませんよ。」
「そんなにあたしに気を使わなくていいのに。」
「いえ、僕がサッと皿くらい洗いますんで。須藤さんは座って待ってて下さい。」
僕はそう言うと台所に急いで向かい、洗い物の山の中から1枚だけ皿を選んで作業を始めた。
「森田さんは除菌ジョイを使ってるのね。」
いきなり真後ろから彼女に声をかけられた。
「うわっ!そこにいたんですか。」
「あ、ごめんなさい。びっくりさせちゃった?」
「いえ、そんなことは・・」
「あたしね、花王のキュキュットが好きなの。ジョイよりおすすめだから使ってみて。手にも優しいわよ。」
「そうなんですか。僕は台所洗剤の銘柄なんて全然気にしてなくて。」
「男の人はみんな普通そうよ。」
「最初、スーパーでママレモン探してたんです。でもみつからなくて。。それで店員さんに聞いたら、今はそんなのもう存在しないって笑われまして・・」
「ええ?いくらなんでも笑うなんて失礼だわ。」
「でも勉強になりましたよw」
「もう、いつも謙虚なんだから。森田さんて。」
こんな会話をしながらも準備は整い・・と大げさに言ってみても、ただお湯を注いで数分間待っているだけなのであるが。。
なぜかその間、僕たちはじっとぺヤングを見つめたまま黙って座っていた。
何か話そうと思っても、何も思い浮かばなかった。ただ、彼女とふたり僕の部屋でカップ麺を食べようなどとは夢にも思ってなかったので、妙な緊張感が絶えず働いていた。
やがて彼女はうつろな目でカップ麺から僕の横顔に視線を移した。
僕はその視線は気づいていたが、振り返れなかった。それでさえもピッタリと密着して座っていて鼓動がドキドキなのに、彼女の顔をこんな超至近距離で見ることなんて今の僕にそんな勇気などなかった。
「森田さん・・」
「は、はいっ!」
彼女の吐息が僕の横顔にかかる。僕の心拍数が上がる。
ど、どうしよう・・これってきっと・・チュウするタイミングなんだ。。
こ、これを外したら彼女は冷めてしまうかもしれない。僕に幻滅するかもしれない。でも・・一体どうすれば・・・いきなり振り返って強引に顔を抑えてチュウすればいいのかな?いやそれはあまりにも乱暴すぎる・・歯がぶつかってしまうかもしれないし・・う〜ん。。
そう僕が思案している最中、彼女がまた口を開いた。
「ねぇ森田さんてばっ!3分経ったから、お湯もう捨てた方がいいよ。」
「え?あ、あぁ・・お湯ね。そ、そうそうそうだった;^_^A アセアセ・・・」
「何か考えごとでもしてたみたいね?」
「あ、はい。いえ、別に何も。。ちょっとだけ。」
「そう。。ちょっとだけなんだ。あたしたくさん森田さんのこと考えてたよ。」
「あの・・実は僕もそうだったんですが・・なんか恥ずかしくて。。」
「もう、シャイなんだから!まずはぺヤング食べましょうよ。」
「そ、そうですね。あははは(^_^;)」
食べる直前、大変なことに気が付いた。
そういえばハシが1人分しかない。。。。ガ━━ΣΣ(゜Д゜;)━━ン!!
「須藤さんから先にハシ使って食べて下さい。僕はそのあとでいいですから。」
「え・・?あたしが使ったあとのハシで?」
僕はハッとした。
「いえ、その・・ちゃんと洗ってから使いますんで。。なんなら持ち替えて反対側の太い部分で食べますので。。」
「(*≧m≦*)クスッ」
「あの・・決して変態チックというか・・やましい気持ちなんてありませんから。。」
「森田さん。そんなの気にしなくていいよ。一緒に食べましょうよ。」
「Σ|ll( ̄▽ ̄;)||lええええ〜?マジっすかぁぁ?」
「ひとくちずつ食べさせっこしましょうか?w」
「 (ノ゜ρ゜)ノ ォォォ・・ォ・・ォ・・・・で、ででででででも・・・」
「でもって?」
「僕の食べたハシで須藤さんが食べるなんて・・」
「全く何言ってるのよ。森田さんこっち向いて。」
「うぐっ!!。。。。。。。。。。。。。。。。。」
か、彼女の唇がいきなり僕の唇に重なった。僕は目を見開いて仰天の眼差しだったが、彼女はじっと目を閉じている。まつ毛が長くて可愛い。唇がすごくやわらかい。僕は自然に溶け込むように落ち着きを取り戻し、彼女と一緒に目を閉じてキスの感触を体全身で感じた。
かなりキスの時間は長かった。僕が薄目を開けると彼女も薄目を開けて僕を見ており、たまらず僕はまた急いで目を閉じた。そんなまなこで見られると僕はどうかなってしまいそうだ。。
「(*≧m≦*)クスッ」と彼女がまた笑った。
僕たちはゆっくりと唇を離した。
「森田さん、これでハシなんてどっちが先に使おうと平気でしょ?w」
「は、はぁ・・たしかに。。」
僕はトロ〜ンとなったうつろな目で余韻に浸っていた。
第17話 波乱万丈なデート?
●須藤ゆりかの手記より
あたしたちのデートはいつも楽しかった。
特に、特別な面白いことをするわけでもない。一緒にごはんを食べに行ったりショッピングしたり映画を観たりカラオケに行ったり・・極々ふつうのデート。
でも不思議なことに森田さんは毎回いつも運が悪かった。
この間の雨のデートでは、二人で舗道を歩いていると車に水をはねられ、瞬時にあたしをかばった森田さんがまたびしょ濡れになった。
別な日の一緒に中華を食べた日は、酢豚にむせてしまい、彼はしばらく咳が止まらず苦しんでいた。
人気映画を観に行った日は、やっとひとつだけ空いていた席をあたしに譲り、彼は最後まで立ち見だった。
あたしのスカートをめくって逃げた小学生を追いかけてゲンコツを食らわしたものの、その場面を子供の親に見られて逆に説教されてしまった。
公衆トイレの前であたしが出てくるのを待っててくれていたのに、不審者と間違われて通報されてしまった。
普通、絶対コントにしか出てこない路上に落ちているバナナの皮を踏んですべって転んだ。
本屋であたしを付け狙うストーカーに間違えられて店を出された。
食事をしようと入ったお店の店員にいきなり顔にパイをぶつけられ、どっきりカメラ収録のえじきになってしまった。
翔子と美智代と4人でテニスをしていたとき、前衛の彼はペアを組んでいた美智代に思い切り後頭部にスマッシュを浴びてしまった。
森田さんには気の毒だけど、あたしはこんなことも含めてすごく楽しいデートを経験している。
次のデートは、久々にドライブに行く予定。
彼の車のエアコンが壊れているけれど、涼しい季節になったし、もう必要ないと思ったから、あたしが提案してみた。
今度の週末に彼があたしの家に迎えに来ることになっている。
すご〜く楽しみ♪(★´・д)(д・`★)ネー
●ナレーション
やがて、この幸せなデート三昧な日々が、一気に崩れ去ってゆくとは、まだこの二人には知るよしもなかった。。。
第18話 とあるクリニックにて
「他の方も僕と同じ悩みでここに来る人が多いんですか?」
「そうですね。若い方にはよくいますよ。失恋からくる精神的心の病ですね。」
「で、皆さんはすぐに心のモヤモヤが消えてすっきり解決してゆくんですか?」
「あなたね、私は神様じゃないんだから1回来ただけで治るはずないでしょう!」
「そ・・そうですよね。。」
「焦ってはいけません。心のケアは特に大切ですからある程度時間をかけてゆっくりと治さなくてはなりませんよ。」
とあるクリニックの1室。ひとりの男性が心の病で初診に来ていた。
対するここの先生は、ちまたでは評判のカウンセラーで、完治率がほぼ100%という驚異的な数字をはじき出していた。
「僕は・・自分に自信が持てるようになるんでしょうか?」
「それは問題ないでしょう。でもあなた自身も努力しなければ無理ですよ。」
「先生は男性なのに女性の心も治せるんですか?」
「あなたは人の心配しなくていいから自分のことを考えなさい。」
「す、すいません・・」
ここのカウンセラーは、テキパキとはっきり物事を言うが、話し方は物腰があってとても穏やかだった。年齢は40歳中半くらいの痩せ型で、アゴにちょびヒゲがあった。
「まずはあなたが失恋に至った細かい事情から詳しく教えてもらわなければなりません。言いにくいこともあるでしょう。でもそれが治療の段階を区分けできて、効率良く短期間で完治する要因にもなるのです。隠し事はいけませんよ。守秘義務はもちろん守りますから。」
「はい。。じゃあ、それによって治療の方法が違うんですか?」
「もちろんですよ。患者さんひとりひとり全員違います。」
「僕が聞いた噂の例の治療も・・全員がしてもらえるわけではないんですか?」
「それも話を全部聞いてからですね。例の療法も段階に応じてやり方が違いますし。」
「わ、わかりました。でも僕から切り出すことはなかなか。。」
「もちろんそうでしょう。そこは私がリードしますから、もっとリラックスして話し始めて下さいね。」
「はい。。。」
カウンセラーと患者の男性との会話は1時間に及んだ。
患者をうまく話の波に乗せたカウンセラーは、根気強く耳を傾けていた。
やがて。。。
「事情はよくわかりました。随分複雑そうですが。。。大丈夫です。」
「ほんとですか?僕は立ち直れますか?」
「ええ。あなたの病の状態で、すでに3つの成功例があります。」
「そうですか・・なんとか希望が持てそうです。」
「ちょうど今、あなたと似たようなケースで現在も通院しておられる患者さんもいます。そういえば・・ここ3ヶ月ほど来てないな。。。」
「そんなんでいいんですか?」
「いえ、ダメです。最低1ヶ月に1回は来てもらわないと!」
そう言うとカウンセラーはインターホンで受付の女性を呼び、あるカルテを取り出して言い伝えた。
「この患者さん、3ヶ月も来てないんだが・・どんな様子か自宅に電話して来るように言いなさい。」
「あぁ、この方でしたら私もチェックしてまして、今朝方、自宅に連絡しておきました。」
「そうかよしよし。、君はいつもよく気がつくね。ありがとう。」
「はい。では失礼します。」
と、部屋のドア付近で振り返って一礼すると、受付の女性は出て行った。
「あ、すみませんね。気になるとほっとけなくなるものですから。」
「いえ・・」
「あなたにもこの患者さんと同じことを試みてみようと思うのですが。。」
「お任せします。」
「では今日は初診ということでこの辺で。次までにあなたのデータを整理して正しいカウンセリングと治療を進めていきましょう。」
「はい。よろしくお願いします。」
こうしてこの男性も部屋をあとにした。
カウンセラーがふと窓の外を見ると、入り口からひとりの女性が入ってくるのが見えた。
「お、噂をすればなんとやら。3ヶ月ぶりにやっと来たな。須藤ゆりか。。。」
第19話 ゆりかの異変
須藤ゆりかがカウンセラーのそばの席に着いた。
彼女は少し息を切らしていた。どうやら何か事情があって慌ててここに来たに違いないとカウンセラーは見て取った」。
「須藤さん、しばらくぶりでしたね。」
「すみません先生。。つい来るのを怠ってしまって。。」
「私と約束したでしょう。1ヶ月に1度は来るようにって。」
「はい・・でも先生のおかげで私、元気になれましたし、充実した毎日を過ごしてたような気がしてたものですから・・つい足が遠のいてしまって・・」
「気がしてた?今は充実してないということですか?」
「それが何がなんだか・・今朝から少し頭が混乱してしまって・・」
「しつこいようですが、1ヶ月に1度は絶対来るように言ったはずです。あなたの治療はまだ途中段階なのですから。今日でちょうど3ヶ月目ですよね。だからうちの受付があなたに電話したのです。治療も振り出しに戻ってしまいましたからね。」
「本当にご迷惑おかけしました。でも・・昨日まで私、すごく幸せだったような気がします。それがなぜか急に・・」
「それは仕方ありません。予想の範囲内です。」
「どういうことですか?」
「その前に、私はあなたに日記を毎日書くように指示してましたよね?ちゃんと守って書きましたか?」
「あ、はい。それはちゃんと先生の言われた通りに守ってました。」
「今日、持ってきてますか?」
「はい。ここに・・」
「プライベートなことでしょうが私が指示したことなので読ませてもらいますよ。あなたの過去3ヶ月間を知らなければ、的確なカウンセリングはできませんからね。」
「はい。。。」
カウンセラーは彼女から日記を手に取り、目を通し始めた。
2,3分ほど経つと彼は黙読しながらゆりかに話しかけた。
「あなたは3ヶ月前、ここを出てからわずか6時間後に、早々と彼氏ができてるみたいですね。」
「そ、そうみたいです・・ね。。」
「人事のように言いましたけど、今はその男性とお付き合いされてないんですか?」
「それがその・・今朝その人が来て。。」
●森田卓の手記より
今日は須藤さんと約束のデートの日。
しかも久しぶりのドライブだ。もうエアコンは必要ないから故障したままでも構わないだろう。今日はちょっと遠出でもしてみよう。
今まで僕はいつも遅刻していた。なぜか約束の時間より必ず5分は送れてしまう。余裕をもった時間に約束を設定しても、やはり5分遅刻してしまう。僕ってそういうタイプのルーズな人間なのだと最近気が付いた。
でも今日は違う。今日はこの通りほら!まだ約束の時間5分前なのにちゃんと彼女の家の玄関前まで来ている。(o^-^o)ワクワク♪僕は車から降りた。
と、そのとき突然突風が僕を襲い、かぶっていた帽子が一瞬で飛ばされてしまった。僕は慌てて帽子を追いかける。かなりな強風で数十メートルは飛ばされた。
運が悪いことに交差点のほぼ中央で僕の帽子が止まり、行き交う車の往来の中で、踏まれまくっていた。
「あ〜ぁぁ。。。」僕は信号が変わるまで見ているしかなかった。
やっとのことで信号が変わり、僕が自分の帽子を手に取る寸前、いきなり野良犬が僕の帽子を咥えて走り去った。
「なんなんだよ。あの犬!こら待て!!」
僕はまたまた帽子を追いかけるハメになった。
100メートルほど走っただろうか・・野良犬がやっと走るのを停止した。
そして咥えていた僕の帽子を口から離す。
「お、やった!今のうちだ!」僕は急いで近寄る。
しかし、野良犬が僕の帽子を置いた場所は電柱の下で、しかも犬の野郎、その帽子にオシッコをひっかけやがった!!
Σ|ll( ̄▽ ̄;)||l。。。おう(ノ≧◇≦ヽ)のう!!!
僕はそんな帽子を拾って持ち帰る気力も失せ、なんとか気を取り戻して彼女の家へ戻った。
そして再び着いたときには約束の時刻より15分が過ぎていた。
結局、また遅刻してしまった。。。。。。。(┬┬_┬┬)
「すいません。森田です。須藤さん遅れてすみません。」
彼女は奥の部屋の扉からそっと顔を出したが、玄関までは来なかった。
「え?あたしあなたと何か約束してました?」
「いや・・そのドライブの約束を。。」
「あ・・そういえばそんな約束してた気もするけど・・ごめんなさい。社交辞令みたいなもんよ。」
僕はショックだった。社交辞令・・・だって今までだって何回もデートしてきたはずなのに・・なんで今更社交辞令なんだ??
「須藤さん、今日都合が悪いのならま今度でいいですよ。僕は構いませんから。。」
「いえ、そういうんじゃなくて、今度も次もないの。あなたキモいから早く帰って!!しつこいと人呼びますっ!!」
ガ━━ΣΣ(゜Д゜;)━━ン!!ガ━━ΣΣ(゜Д゜;)━━ン!!ガ━━ΣΣ(゜Д゜;)━━ン!!
そこへどこからか彼女に電話が入ったようだった。
「はい・・はい・・すみません。。色々あって行けなくて。。はい、今朝はどうも私、混乱してるので今からすぐ伺います。」
そうだ。そうなんだ。彼女は何か考え事をして混乱してるだけなんだ。落ち着けばきっとまた・・
「あなたまだいたの?今日、うちのパパがいないの知っててわざと来たの?あなたストーカー?あたしが警察呼ぶ前に早く帰って!!」
何でこうなるんだろう。。?
やっぱり今までのことは全て彼女の気の迷いだったんだろうか。。
第20話 本当の気持ち?
「なるほど・・それであなたは電話が終るとすぐにうちに駆け込んで来たというわけですね?」
「はい。。あの人がまだ玄関先にいるかいないかのうちに裏口から出てきました。」
「そうでしたか・・・」
カウンセラーは深いため息をついた。
「あの・・私、何か間違ったことしたでしょうか?」
「うーん・・ポイントはやはりあなたが僕の所に定期的に来なかったことなんですが・・・それを予測できなかった私にも責任があるのかもしれません。」
「先生、そんな不安になるようなこと言わないで下さい。一体あたしに何があったんですか?」
「では・・隠していてもしょうがありませんから言いましょう。」
「は、はい・・」
カウンセラーはゆりかに向って真っ直ぐに向き直り、おだやかに話し始めた。
「実はですね、3ヶ月前、あなたに暗示をかけたのです。」
「暗示って・・催眠術とかですか?」
「そう・・あなたの精神ははあのときかなり重症でした。ことに、あなたが過去にお付き合いされた男性たちとのトラウマが、あなたの生活全体に重くのしかかり、現実逃避と絶望が交錯していました。」
「はい・・」
「須藤さん、あなたはあのとき言いましたよね?『男って誰も信用できない。そんな男を愛する女も信じられない。なんでみんなは平気な顔で暮らしていられるの?みんなウソや騙しあいや世間体の中で生活して何が面白いの?』って。」
「はい。。憶えています。」
「今でもそう思ってますか?」
「え・・?いえ・・その・・はい。少しは。」
「以前よりはそんな思いは和らいだんですか?」
「はい・・なぜかわかりませんけど、3ヶ月前のような、かたくなに思いつめてた感情は今はないような。。」
うむ。。全く振り出しに戻ったわけでもなさそうだ。。
カウンセラーは再び穏やかに話し続ける。
「あのとき私は、まずあなたに人間不信、特に男性に対して偏見を持たないようにするために暗示をかけようと思いました。というのも、あなたはあの時点で、男性とすれ違うことすらできずに、外にもろくに出かけられない状態だったからです。」
「ええ・・そうでした。」
「だから私はあなたに対して、男性を怖がらない暗示をかけました。」
「そうだったんですか。。」
「それだけではありません。単にそれだけなら怖がらないだけで男性への不信感は募ります。ですから私は追加の暗示として、あなたが今までに会ったことのないタイプの男性に興味を持つように指示したのです。」
「でもそれって・・もし会った人が変質者とかだったらどうするんですか?」
「はい。ですから更に細かい暗示もかけましたよ。あなたに1番最初に、優しく触れてくれた人。イケメンではない人。あなたに対して一生懸命何かをしてくれている人。そういう人が現れたときに、あなたは心身共に癒されていくようにしたのです。」
「なぜそこまでするんです?だってそんなの偽りじゃないですか!」
「失礼だが、以前ここで話してくれた内容から察すると、あなたは過去、あまり良い男性と巡り逢っていません。全員同じようなタイプで、2枚目でクールで思いやりに欠ける。でも世の中の男性はそれだけでありません。あなたはそんな男しか知らなかっただけで、世の中全体の男性に不信感を抱いてしまっていた。私はそこを知ってもらいたかったのです。」
「でもなぜ暗示の条件にイケメンではいけないのですか?」
「イケメンは自信過剰だからです。人を服従させたり、他人を低く見るのです。」
「たしかに・・そんなことばかりでした。でも・・」
「でも?」
「森田さんて人はすごく汗っかきで見た感じオドオドしてて気持ち悪かったんですけど・・どうしてあたしがそんな人に。。」
「さっき読ませてもらった日記で全てわかりましたよ。あなたはいい人に興味を持ったようだ。一見、ドジな男性のようだが、あなたに対しては真剣だ。最初の出会いもあなたの服に飲み物がかかったのを拭いてくれたことから始まっている。」
「あ・・そうだ。。そうだったんだ。あのとき彼があたしに触れたから。。」
「それだけが理由じゃありません。その行為に対して、あなたは彼に優しさを感じたからです。」
「本当にそうなんでしょうか?今はただ近くに来てもらいたくないと思ってるんですけど。。」
「そこが私にもミスがありました。あなたの日記だと、毎週かかさずデートをする間柄になってますよね。1ヶ月で私は暗示を解くはずでした。それならば、深い仲になる前に歯止めがきくからです。でも予想以上にあなたは彼に出会うのが早かった。なにせ、ここを出てから6時間後には彼と接触してるわけですから。」
「そしてあたしがここに3ヶ月も来なかった。。。」
「ということになりますので、今に至っているわけです。でも私の責任でもありますので。。特に相手の男性にしてみれば随分お気の毒なことをしてしまいましたね。彼の方もかなり混乱していることでしょう。」
「なぜ急に今朝、暗示が解けたんですか?」
「万が一のために、どんなケースにおいても3ヶ月経つと自動的に解けるようになっているのです。」
「そうだったんですか。。私が今朝起きて日付と時間を確認した瞬間、何かが冷めていったような孤独感に襲われたのはそのせいだったんですね。。」
「しかし須藤さん、あなたの精神状態は良くなってきてますよ。全てが元に逆戻りしたわけではありません。」
「一体私、これからどうすれば。。。?森田さんにどう言えば。。?」
「暗示が解けたからといって、あなたは彼の全てが嫌になったんですか?今までの彼との記憶は残っているんでしょう?」
「それは・・ありますけど・・なぜあんなことしたのか。。見た目じゃ絶対パスする人なのに。。」
「それがいけないんですよ。もっと彼の内面を見てあげなさい。暗示にかかっていたときのあなたは、彼をよく理解してたはずですよ。」
「先生には失礼ですけど・・・私は所詮、催眠術かなんかで騙されただけじゃないですか。その効力はなくなった以上、偽りの世界は演じられません。」
「別に無理に演じなくてもいいですよ。ただ、私はあなたに彼を紹介したわけではありません。あなたが選んだのです。あなたが彼の優しさに惹かれていったのです。それは紛れもなく、あなたと彼の偽りのない世界だと思います。それに。。」
「それに?」
「それに私は、出会いのきっかけについてはは暗示をかけましたが、継続性については全く手をかけていません。あなたが彼に飽きるか幻滅したなら、この恋は成立していなかったと思いますね。」
第21話 再会の行方
●須藤ゆりかの手記より
あたしは心身共に疲れ果てていた。
カウンセリングを3ヶ月ぶりに行ったあとの3日間、仕事も休んで食事の時間以外は部屋からも出なかった。
そんなあたしを見て、両親が心配しているのは充分わかっていたけれど、空元気に笑顔を振りまく気力さえなかった。そして親たちもあたしに対しては、腫れ物でもそっと触るように言葉を選びながら話しかけてくる始末だった。
「ゆ・・ゆりか、買い物行くけど・・一緒に行かない?無理にとは言わないけど。。」と母。
「うん・・そうしよっかな。気晴らしにもなるかもしれないし。」
あたしがこう言うと母はとても喜んだ。
「そうよ。そうでなくちゃ!たまには外の空気吸わなきゃね!」
気晴らしになるとは到底思えなかった。
ただ、ここ数日、両親に心配ばかりかけていたから、あたしの方から気を使っただけだった。
気がのらないまま、漠然と夕飯の買い物を済ませ、あたしは別行動がしたいと母に主張した。
「ママあたし、少しひとりで散歩したいから先に帰ってて。」
「ゆりか・・」
「心配しないで。あたしは大丈夫だから。」
「じ・・じゃあ寒いから早めに帰って来るのよ。」
「うん。」
こうしてあたしは遊歩道をゆっくりと歩き始める。とにかく静かに何も考えず、ただ歩いてみたかった。木枯らしが吹いていた。
心身共に疲れていたあたしには、この寒さが特に身にしみた。
なんだか体がだるくなってきた。それに熱っぽい。体力のない自分が情けない。
別に目的もなく歩いていたはずなのに、無意識的になのか、気がつくと自宅の近所とは違う別の見慣れた場所を歩いていた。
「あっ・・ここは。。森田さんの・・」
そう、あたしは彼のアパートの近くまで歩いて来ていたのだった。
そして見覚えのある顔が何か買い物袋を提げてこちらに近づいて来る。
それはまさに彼。森田さんだった。
あたしの心臓がドクンと大きな脈をうった。彼は近視なので、まだあたしに気づいてないようだ。どうしよう・・どこかに隠れようか。。でもこんな道端でそんな場所はない。それよりも何よりも、あたしの意識がもうろうとなって来た。
急に立ちくらみが起きて、足元がフラフラして立っていられなくなった。
その場にしゃがみこむあたしがいた。
そして耳の遠くから声が聴こえたような気がした。
「す・・須藤さんっ!ど、どうしました?須藤さんしっかり!」
第22話 看病の結末
●森田卓の手記より
僕は焦った。突然、須藤さんが目の前で倒れて一体どうすればいいのか悩んだ。
救急車を呼ぶことも頭によぎったけど、来るまでには時間がかかる。
こんな寒空の中で彼女を放置しておくわけにはいかない。
彼女は小刻みに震えている。そうだ、まずは彼女を暖めないと。。
僕のアパートはすぐ目の前だった。
ハテ?須藤さんは僕に会うつもりで来たのかな?
いや、この前あれだけ僕を嫌ってたんだからそんなことは・・
でも理由はともかく、彼女を部屋まで連れて行こう。。
僕は彼女に肩を貸してみたが、意識が朦朧をしている上に足元もおぼつかない。
ほとんど抱きかかえるような格好で、なんとか彼女を僕の部屋にあげた。
あ・・須藤さん、熱がある。。
僕は自分の即席ベッドに彼女を寝かせた。
部屋も暖かくしなくちゃ。。
僕は半年前の春先まで使っていたファンヒーターを押入れから引っ張り出した。
灯油も玄関に半年前の残りが少しある。
よしっ!これでなんとかなりそうだ!
スイッチを入れて点火した瞬間は少し匂ったが、順調に部屋の温度は上がっていった。
僕が次にすることは・・えっと・・あ、そうだ!何か暖かいものを食べさせてあげればいいんだ!でもそんな食材うちにあったっけなぁ・・?
そのとき僕は戸棚からいいものを発見した。
それはレトルトのおかゆ。。。僕が数ヶ月前、風邪で寝込んだときに食べていた残り在庫だ。この玉子がゆはまだ封も切られていないし、使える!
僕は台所でお湯を沸かして、レトルト食材を袋のままお湯の中につけ込んだ。
そういえば、昨日りんごも買っておいたはずだ。それもあとで皮もむいてあげよう。準備だけ先にしておこう。
数分後、彼女はゆっくり目を覚ました。
「ハッ?(〃゜ o ゜〃) !!ここは・・」
「気づかれたようですね。まだゆっくりして下さい。」
「なんであたしがあなたの部屋に・・・あ、そっか。。あたし倒れちゃったのね。」
「す、すいません。救急車呼ぶのもどうかと思いまして・・」
「あたし・・帰ります。お邪魔しました・・・うっ。。」
急いで立ち上がろうとした彼女に立ちくらみが襲ったようだった。
「いけません。まだ落ち着くまで横になってて下さい。僕の汚いベッドですみませんが・・」
「汚いってゆうか・・なんか臭いわ。。」
「Σ|ll( ̄▽ ̄;)||l・・・・すいません。そこは何とか我慢を。」
「じゃもうちょっとだけいるわ。あまりこっち来ないでね。」
「・・・・はい。。でも、今玉子がゆが出来ましたんで持ってきますね。」
「え・・?」
僕は袋からおかゆを開けどんぶりに盛った。
僕ひとりの部屋には自分の茶碗ひとつしかなかったし、それはまだ台所で洗ってないまま放置していた。あとは平皿数個だけ。もうどんぶりしかなかった。
「すいません。こんなのしかなくて・・でも暖まりますから食べて下さい。」
僕はベッドのそばにテーブルを移動して、そこに玉子がゆを置いた。
「これ、あなたが味付けして作ったの?」
「いえ、レトルトのやつです。たまたま買っておいたのがあったんで。。」
「そう・・あなたはいつもこのどんぶりでご飯食べてるの?」
「いえいえ、決してこれでご飯は食べてないです。自分の茶碗がありますから。このどんぶりの役目は、作ったおかずを詰めてラップして冷蔵庫に入れておくためのものです。」
「そんな必死に説明しなくてもいいわよ別に。」
「あ・・そ、そうですよね。アハハハ・・」
彼女はどんぶりのおかゆをじっと見つめていた。
「僕がそばにいると、きっと食べづらいですよねw 僕、向こうで洗い物してますんで、ゆっくり食べて下さい。もし良ければ、りんごもあるんで。。」
そう言って僕はそそくさと台所へ移動して作業をしようとした。すると、
「ねぇちょっと。。。」須藤さんが僕に話しかけてきた。
「はい、何か?」僕はおどおどして返事をしていた。小心者の僕では、そうならざるを得なかった。今や、明らかに彼女の口調や態度が以前に比べて180度変わってしまったからだ。
「ねぇ、あなたがいくら食べろって言ったってハシもレンゲもないじゃない。。」
「あ!そうだった。ごめんなさい。今すぐに・・」
ちょうどタイミングよく、コンビニでカップ麺を買ったときにもらった割り箸が1膳あった。
「須藤さん、こ・・これを。。」
「おかゆはレンゲの方が食べやすいんだけど・・ないなら仕方ないわよね。」
そう言いながらも、なんとか彼女はゆっくり食べ始めてくれた。
部屋もだいぶ暖まってきて、僕もじんわり汗ばんできた。どうやら彼女も同じだったようだ。
「ε-(;ーωーA フゥ…部屋の中もあつくなったわね。おかゆで体が暖まったせいもあるし・・ちょっと1枚脱がせてね。」
「あ・・いや。。はいご自由に。」僕は動揺しながらもそう言うしかなかった。
彼女は更に、中に着ている服の胸元も緩めた。
「あついわ・・熱っぽいせいもあるのかもね。。」
「あの・・須藤さん・・?」
「・・・はい。」
「聞いても・・いいですか・・?」
「今はイヤ!」
「わかりました。。」
僕はすぐに質問を諦めた。損な性格だよ、僕って。。
●須藤ゆりかの手記より
森田さんが聞きたいことは充分にわかっていた。
なぜ突然、森田さんを遠ざけるようになったのか。
でもあたしは、そのときは拒否するしかなかった。
彼とこの数ヶ月、楽しく付き合ってた記憶はちゃんとある。
確かにそのときは楽しかった・・と思う。
でも・・今は彼に対する感情など何もない。むしろ嫌悪感が強い。
今、こうして倒れたあたしをここまで看病してくれているのには感謝しなくちゃいけないんだろうけど・・でもそんな気になれない。
あたしってこんなに嫌な女になっちゃったんだろうか。。。
そのとき突然、彼の部屋の玄関から人の声が聞こえた。
「警察です。職務質問です。ドアを開けなさい。」
「は??」彼は面食らったように驚いていた。
そしてドアを開けるといきなり2人の警察官が部屋に入ってきた。
「お嬢さん、大丈夫ですか?」
「え?は・・はい。まぁ。。」
「ちょっと汗ばんでますね。この男にイタズラされてたんじゃないですか?」
森田さんがびっくりして反論した。
「ちょっちょっ・・ちょっと待って下さい。僕がなんでそんなことを!」
「近所から通報があったんですよ。あんたがぐったりした女性を部屋までかついで連れてったってね。これは犯罪だよ君!」
「いやそれは誤解・・」
「ほら。お嬢さんの衣服の乱れが物語っている。」
「いえ、それは彼女が部屋が暑くて。。」
「それにこの果物ナイフ。これで彼女を脅かしながら。。とんでもない野郎だ!」
「それはリンゴを剥いて・・」森田さんが小声で何を言おうが警官は聞く耳持たずで、最後にはドラマでもよく使われる決まりゼリフを言った。
「言い分があるなら暑で聞くから同行しなさい。」
あっという間の逮捕劇で、彼は連行されて行ってしまった。
あたしはもうひとりの警官に自宅まで送ってもらった。
「お嬢さんにも後ほど、あらためて事情を伺いますのでよろしくお願いします。」
「。。。。。」
あたしは返事ができなかった。いくら冷めてしまった仲とはいえ、あの場ですぐ森田さんを弁護できなかった自分がどうしようもなく許せなかった。
第23話 第3者登場
●森田卓の手記より
なんとか一晩泊まっただけで僕は警察から開放された。
須藤さんがあとから来て、詳しい事情を説明してくれたそうだ。
全くとんだ災難とはこのことだよ。厄年でもないのについてない。
近所の人の通報って誰なんだろ?隣の1人暮らしのばあちゃんかな?
それとも反対となりの出戻りおばさんかな?
どっちも普段から意地悪そうだし・・これから顔合わすのやだなぁ。。
開放されすぐ、彼女にお礼を言おうと思ったけど、すでに彼女は帰ったあと。
自宅へ挨拶に行くべきか、僕はその場で迷っていた。
でもそのとき、おまわりさんが彼女から僕への伝言を受けていた。
「あんたに言っとくように頼まれたよ。『看病してくれて感謝してるけどもう会う気はないので家にも来なくていいです。』ってさ。」
「はぁ・・そうですか。。」
僕はトボトボと歩きながら家路に向った。
最初は何も考えられずに呆然と歩いていた。
でも徐々に悲しみがこみ上げてきた。
ほんとのほんとに嫌われちゃったんだな。。
やっぱ、ドジばっかしてたし、こんな性格にも嫌気が差したんだろうな。。
もう須藤さんの家にも行けないや。。
なんだか一気に離れて違った世界の人になっちゃったみたいだ。。
いや、これが実際の普通な世界なのかな。。
僕はいつの間にか泣きながら歩いていた。
須藤さんとの回想シーンが頭の中でグルグル巡っていた。
失恋したときって、みんなこんな気持ちになるのかな。。
この寒空に、僕は涙も拭かずに歩き続けている。
舗道ですれ違う人はみんな僕を見るなり、気持ち悪がって遠回りに避けた。
それでも僕は構わなかった。今の感情を押し殺すなんてできない。
ひとりの小さな女の子が突然後ろからツンツン足元をつついてきた。さっきすれ違った親子のひとりのようだ。
「ね、おじちゃん。」
「・・おじちゃんて・・」
まぁこの子から見ればおかしくもない。僕もそれなりの『ミテクレ』だし。
「はいこれ。ハナいっぱい出てるからふいてね。」
そう言って、ティッシュ手渡してくれた。少し遠くで母親も見ている。
そうだった。全然気にせず歩いていたせいで、あおっぱなが長く伸びて地面まで届きそうになっていた。
これじゃみんな避けるはずだよ。。。
「ありがとうね。ママにお礼言ってね。」
「これ、まりのだもん。ママのじゃないよ。」
「え・・?」
女の子は自分が持っているプリキュアのちっちゃなポーチからティッシュを見せてくれた。
「ほらー。ねっ!」
そのとき遠くから見ていた母親の声が聞こえてきた。
「まりちゃん、早く戻って来なさい。早く早く!」
いかにも迷惑そうに、僕をけげんな顔で見ている。
そうだったんだ。この子はこんな小さいのに自分の意志で知らない大人に。。
「ごめんね、まりちゃん。ほんとありがとうね。」
「うん。じゃおじちゃんバイバーイ!」
なんだか恥ずかしくなってきたよ。。
一方、須藤ゆりかには新しい展開が待っていた。
●彼女の手記より
熱が下がって数日後、体調も良くなったあたしの家に宅配便がやってきた。
「あのー。。お荷物をお届けに来たんですが・・僕のそそうで箱の角がつぶれちゃったんです。。本当に申し訳ありませんっ。」
その男の人は深々とおじぎをした。
「いえ、中身さえ大丈夫だったら箱なんて気にしませんから。」
「そうですか、それなら安心しましたが、以後気をつけますので、どうかお許し下さい。」
あまりにも丁寧な人なので、あたしは思わず笑ってしまった。
「では・・お渡しますが・・少し重いですから気をつけて下さい。」
「え、ええ・・・あっ!!」
あたしの想像よりはるかに重かった荷物は、あたしの手と一緒に、床に叩き付けられそうになった。
「あぶないっ!!」とっさに出た宅配便の人の手。
あたしの腕の下から支えてくれて、なんとか荷物は壊れずに無事だった。
でも彼の手と、あたしの手が思い切り重なってしまった。
少し動揺したけど笑顔でお礼を言った。
「どうもありがとうございます。」
「いえ・・そんな・・あ、あのー。」
「はい?」彼の方は明らかに動揺しているように見えた。
「あのー。。初対面でなんですが・・もしよろしければ僕とお付き合いしてもらえないでしょうか?」
「!!!!!」
「ひ・・一目惚れし・・しちゃったみたいです・・僕。」
突然のことに衝撃を受けた。
でも・・ルックスは悪くない。
しかしゆりかは知らなかった。
この男もゆりかと同じクリニックで、暗示をかけられている最中であることを。。
第24話 初レポート
●作道昌吾の手記より
カウンセラーから、毎日の日記をこまめに書くように指示された。
普段、日記なんて書いたことのない僕が、いきなり書けと言われても
何をどう書けばいいのか見当もつかなかった。昨日までは。。。。。
今日、僕には素晴らしい出会いがあった。しかも仕事中に!
いつものように宅配業をソツなくこなしていると、玄関先にすごい美人の女性が出てきた。
僕が彼女に荷物を手渡したとき、その女性がバランスを崩し、落としそうになったので、とっさに僕の腕を差し出して支えてあげた。
彼女と僕の手が重なったとき、突然の衝撃が僕に走った。
彼女が照れて少し赤らんだ顔を目の前で見ていると、僕は今まで言ったこともないセリフをすでに発していた。
「あのー。。初対面でなんですが・・もしよろしければ僕とお付き合いしてもらえないでしょうか?」
彼女も相当驚いたのは僕にも見てとれた。
僕はなぜかお構いなしに自分勝手に次の言葉をしゃべっていた。
今、この瞬間に一目ぼれしてしまったことを。
「あの・・いきなりそう言われましても・・私。。」と彼女。
そりゃ当然だろう。僕が逆の立場でも同じことを言う。
「す、すいません。。知らない人にこんなこと言われてびっくりされるのも無理ないと思いますけど・・僕も言わずにはいれなかったんです。黙っていたらあとで絶対後悔すると思って。。」
「はぁ・・でも私、しばらく誰ともお付き合いする気にはなれなくて。」
「え・・?それは失恋したからですか?」僕は初対面の人に平気で立ち入ったことを聞いてしまう。
「・・・なぜそんなことを聞くんですか?」
「あ、気に障ったら申し訳ありません。ただ僕も以前、大失恋してそんな気持ちになっていたもんですから。」
「そう・・今はもう平気なんですか?」
「いえ、そうとも言えなかったんですが、あなたを見た瞬間、なぜか胸につかえていたものが吹っ飛びました。」
「うまいこというのね。でも・・・その気持ちわからないわけでもないわ。」
「というと、あなたも一瞬で一目惚れを経験したことがあると?」
「ええ。。確かにありました。でも・・でもそれは偽りで。。」
「偽り?」
「い、いえ、何でもありません。。」
「僕の気持ちに偽りは絶対ありませんので。どうかお願いします。メル友からでもいんです。」
「少し考えさせて下さい。」
「はい。それは当然だと思いますので。。」
「あの・・失礼なこと聞くかもしれませんがごめんなさい。あなたは、お金持ちのボンボンですか?」
「??いえ・・全然違いますよ。金持ちなら宅配便なんてやってませんし。」
「そう・・」
「やっぱり、女性にとってはお金持ちの男性の方が良いですよね・・」
「いいえ、その逆です。お金持ちのボンボンはもうこりごりなの。」
「うわ、やった!なら僕には脈があるってことですね。」
「 (o^-^o) ウフッ どうかわかりませんよ。」
「僕、昌吾。作道昌吾っていいます。よろしく。」
「須藤ゆりかです。」
僕は積極的に行動に出た。
「これ、僕のケータイアドレスと番号です。良かったら連絡下さい。」
「一応、受け取っておきますけど・・まだ私自身の心の整理もついてないので。。」
「はい。わかってます。」
僕はこうして彼女の家を出た。まだ配達はたくさんあるというのに、僕の心は浮かれていた。作業も波に乗った。仕事がこんなに楽しいなんて!前の失恋がウソのようだ!
でもこれからが本当にわくわくする。須藤ゆりかさんか。。
一体、どんな内面を持った人なんだろう?
返信が来たとき、僕はこれからどんな付き合い方をすればいいんだろう?
カウンセラーに相談してみようかな?この日記だって読まれるわけだし。
とにかく細心の注意を払っていかなければ。。。
不思議だけど、僕のような同性愛者が異性を突然好きになるなんて、今回生まれて初めてのことだもんな。。。
第25話 ランチタイムにて
●須藤ゆりかの手記より
「うん、おいしい!このコリコリの食感がたまらないわね。」
美智代がそう言いながら新鮮なカンパチの握りを口にしている。
この日はあたしが美智代をランチに誘った。
「何食べる?」って聞いたら美智代はすぐに
「回転寿司!!」と叫んだ。こういうところはまるで子供と変わらない。
「だってここんとこ、外食は肉ばっかしなのよ。」
「なんで?」
「ん〜、こないだは昔の友達と焼肉バイキングでしょ。その前はちゃんこ屋さん。」
「ちゃんこ??」
「うん、だってそんときの合コンはマッスル系なんだもん。鍋に鶏やら豚やらモツやらごった返しててさ、みんな食うわ食うわで。。」
「そして美智代もでしょ?w」
「そそ。おかげでこんなに太っちゃってどうしてくれんのよ!って感じ。」
こういったわけで、月末の給料日前ってこともあり、1皿オール100円の回転寿司屋さんに来ている。
前にも書いたけど、この美智代は野次馬根性丸出しで、人の話になると自分の耳を3倍にも4倍にも大きくして、好奇心むき出しで話に乗ってくる人。
でも食べてるときにその能力は発揮されない。神経がしゃべることには廻らないようだ。あたしが話しかけても半分聞いてるかどうかわからない。
「美智代、あたしこの前、突然告られたの。」
「いつものことじゃないの?」とあっさり彼女は答えながらも、目線は右から左へ流れてくる寿司皿を、顔は動かさないで目の玉だけで追っていた。
「でもね、初対面の人なのにいきなりだよ!」
「え?それって自慢?」美智代はイクラの軍艦巻を食べながら答えた。
「自慢なんかしてないよ。びっくりしたの。うちに荷物を届けに来た宅配業者の人が玄関でいきなりよ。あり得る?」
「あり得るから起こったんじゃないの。あ、ゆりか中トロ取って。」
「もう、自分で取りなさいよ!」
「だってイクラ食べてんじゃん。早く早く!中トロ流れて行っちゃう〜。他の人に取られちゃうよ。」
「(^_^;)はいはい。やっぱり美智代と食事しながら話すのって無理みたいね。」
「そんなことないよ。いいお寿司を見逃したくないだけよ。」
美智代はすでに中トロに手をつけていた。
「あたし・・どんな人かわからないけど、1度連絡はしようと思ってるの。」
「そうそう、それでいいのよ。何事も当たって砕けろよ!でゆりか、しょうゆ取って。」
「( ̄ー ̄; ・・・」
「でもさぁ、あの森田とかいう変な動物とあんなに楽しそうに付き合ってたのにねぇ。」相変わらず、口も悪い美智代。
「あたしにもよくわからない。。」
「美男子は見飽きるけど、ブサイクは飽きないってゆうのにね(*≧m≦*)ププッ」
「誰がそんなこと言ったのよ?」
「さぁ、知らないけど・・・うっ!」美智代が手を口と鼻を押さえた。」
「どうしたの?」
「このイカわさび効きすぎ・・・!(゜ーÅ)ホロリ」
「あたしの話ちゃんと聞かない罰かもね。」
「聞いてるわよぉ。あ、ゆりかゆりか!カリフォルニア巻取って取って!」
「(;´Д`)ハァ・・・」
「でもねゆりか、こう言っちゃなんだけど、森田と一緒にいたあんたが1番幸せそうに見えたよ。キモい男だったけど、ゆりかとは意外と長く付き合っていきそうだって思ってたんだよ。あたしも翔子もね。」
「そうなんだ。。。」
「あ、でも終ったことは仕方ないからね。これからの積極性が大事よ!」
「うん。あたしもそう思えるようになってきたの。その都度凹んでても自分の神経が参っちゃうもん。。」
「そうよ。ゆりか、揚だしどうふ取って。」
「あ、うん。。」
相変わらず人づかいが荒い美智代だった。
そんなとき、ひとりの男性があたしたちの3席ほどとなりにに座った。
あたしは少しチラ見しただけで誰であるかすぐわかった。
森田さんだ。。。どうしよう。。。
第26話 恐怖の回転寿司
●森田卓の手記より
どのくらいぶりだろう?半年ぶりくらいかな。回転寿司に来たのなんて。
この日、僕は買出しに来ていた。給料も入ったばっかだし、部屋のカップ麺たちも底をついてきたので、激安ショップでケースごとまとめ買いにやってきたのだ。
時間も昼2時をまわっていたし、帰宅までに空腹も我慢できない。
というわけで、どうせ外食するなら僕の食生活の基盤であるインスタント麺から離れようと思って、久々に寿司屋さんに来たのだった。
「へい、らっしゃい!何か握って欲しいのあったら遠慮なく言って下さいよ!」
「は??」
僕は一瞬とまどった。だって回転寿司なんだからお客が黙ってたって寿司が勝手に廻ってくるものだと確信してたから。。。
レーンを見ると、確かに多少は廻ってはいるが、もう何回転もしてるような半分乾いたネタが寂しそうに流れていた。しかもまばらに転々としか廻って来ない。
理由はすぐにわかった。もう2時過ぎでお客さんも数えるほどしかいない。新鮮なネタを作りまくって流してももしょうがないからだ。
(;´Д`)ハァ・・参ったなぁ。注文するの苦手なんだよなぁ。。
すると、バイトらしき女の子が元気よく僕のすわった後ろから話かけてきた。
「お客様、貝汁・荒汁・かに汁・赤だしがありますが、ご注文はよろしかったでしょうか?」
(!o!)オオ! わざわざ聞きに来てくれるんだ。こりゃいいや。
「じゃその・・えと何だっけ?・・な、なめこ汁ひとつ。」
小心者の僕は半分照れながら注文する。すると、
「あのーお客さん、なめこ汁はございませんがー!」
女の子のでっかい声が店内に響く。
僕は顔が真っ赤になった。
「え?あ・・なかったっけ・・えと・・さっきあなた何て言いましたっけ・・?」
「貝汁・荒汁・かに汁・赤だしと言いましたよ?」
「あぁ・・そうでしたね。。す、すみません。じゃその中だしを。」
「・・( ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄;)赤だしでいいんですね?」女の子が聞き返す。
「は、はい。。僕今なんて言いました?」
「・・中だし。。」彼女は冷たい目線で僕を見据えていた。
僕は極度の緊張状態に陥っていた。
だから人前でしゃべるのはイヤなんだよなぁ・・
せめてウケてくれたらいいのに。
でも僕が言うといつもみんな引いちゃうだけだし。。
そのとき、僕の席から3つほど離れたところに座っている女性がクスクス笑っているのに気づいた。こっちをチラ見しているので、きっと僕のことを笑ってるのかもしれない。まぁいいことだよ。冷めた目で見られるよりはさ。
・・・ん?なんか見覚えがあるぞ・・あの笑ってる人。。
ひょっとして以前合コンしたときの。。
それより僕がもっとびっくりしたのは、その女性の向こう隣に座っている人だった。
Σ|ll( ̄▽ ̄;)||l・・す、須藤さん・・
僕は顔をすぐ前向きに直し、彼女に気づかないふりをした。
彼女だってこっちを見てなかったし、気づいてないかもしれないし。
いや、友達は僕に気づいたはずだ。すぐ須藤さんにしゃべるかもしれない。
どうしよう。。今さらこの店を出るわけにもいかない。
僕があれこれ迷っていると、今度は職人の店員から声がかかった。
「お客さん、まだ何も食べていないんじゃないっすか?注文して下さいよ。」
「す、すいません。。じゃその・・えと・・かんぱちを・・」と言いかけたとき、
「あなごちょーだい!!」と須藤さんの友達が、僕よりはるかに大きな声でオーダーした。
「へい!あなご1丁!」
なんでだぁぁ〜!こっちの方が早く言ったじゃないかぁぁ〜!
僕は心の中では反論していたが、むろんそれだけの話。
店員に文句を言う度胸なんて全くない。
「お客さんも言って下さいよー!」とまたまた店員が僕にふる。
さっき言ったんだよぉ!(T◇T)うぉぉぉぉぉ!!!
「お待ちどうさまでした。赤だしです。」
これはホントに助かった。いいタイミングで来たよ。
これ飲んで一息入れて、そのあとは気合でネタの注文だっ!!
僕は赤だしをズズズッとすすった。だが、それは猫舌の僕にとってはものすごく熱い汁だった。勢いよく飲んだ分、勢いよくリバースした。
「`;:゛;゛;`;:゛;`(;゜;ж;゜; )ブッ!!!あっちぃぃぃぃ!!」
勢いよく飛び出た赤だしは、たまたまレーンを廻ってきた納豆巻にもかかってしまった。
「お客さん、困りますねぇ、この皿の代金も払ってもらいますからね!」
「す、すいません。。」
僕はまたチラッと横を見た。須藤さんの友達が腹をかかえてウケまくっていた。
須藤さんとは・・ついに僕と目線が合ってしまった。
僕は気が動転した。この場をしのぐには、とにかく食べて気を紛らわそう。とっさにそう思った僕は、何回転も廻っている古いネタもお構いなしに手にとって、夢中で口に詰め込み始めた。
よしっ!少し度胸が出てきたぞ!注文してみよう。。
「お、おおとぉくぁはいっ!」
「・・・へ??あのーお客さん、口に入れすぎですよ。ちゃんと飲み込んでから注文して下さいよ。」
またまた恥をかいてしまった・・・( ̄Д ̄;;
そしてまたまたとなりに笑われている。
緊張の連続の中、その後なんとか口の中いっぱいの寿司を飲み込んだ。
今度はちゃんと胃に入れたから大丈夫だ。
「お、大トロ下さいっ!」
「へいまいど!大トロ1丁!」
やったぁぁぁぁl!o(>▽<)9"うっしゃ♪ひとりで注文できたぁぁぁ!
「お客さん、大トロだけ高級ネタなんで、1貫1000円です。2貫握ってもよろしいですか?」
ガ━━ΣΣ(゜Д゜;)━━ン!!ガ━━ΣΣ(゜Д゜;)━━ン!!
「んと・・1貫で・・いいです。。」僕はまた小声に戻ってしまった。
それを見ていた須藤さんの友達はまたまた笑いをこらえるのが大変そうで、体全体が小刻みに震えていた。
須藤さん本人はと言えば・・僕から顔をそむけているだけだった。
さすがにもうここで食べるムードじゃない。僕はおあいそすることにした。
「毎度ありがとうございます。1800円になります。」
またまたガ━━ΣΣ(゜Д゜;)━━ン!!
ほんの少ししか食べてないのに・・赤だしで汚れた納豆巻は100円だったけど、大トロが高すぎた。。お金がもったいないや。。そのとき気づいた。
σ( ̄、 ̄=)ンート・・・あらら?ちとサイフが。。。
「すいません。。車の中にサイフがあると思うんで取ってきます。。」
「お客さん、それは困ります。警察呼びますからこのままここにいて下さい。」
と会計の女の子にきっぱり言われてしまった。今までのドジで完全に店員にも見下されてしまったんだ。
「絶対、逃げたりしませんから・・お願いです。車に行かせて下さい。」
「店長どうしますか?」振り返るとそこには背の高い男性が立っていた。
「じゃ、君がこの人の車まで一緒について行きなさい。」
「工エエェェ(´д`)ェェエエ工」
この女の子は僕を心底嫌がっているようだった。゜(゜´Д`゜)゜。
「じゃ私が行こう。」と店長がすぐ切り替えした。
「すみません。助かります!」この言葉を僕と女の子が同時にしゃべった。
全く同じセリフなのに、お互いの意味あいが全然違うのは誰にでもわかることだろう。(;´Д`)ハァ。。。
いくら車の中を探してもサイフは見当たらなかった。
焦りまくる僕。けわしい顔になってくる店長。
「しょうがないね。警察に行ってもらうよ。」
「絶対、あったんです。。無銭飲食する気なんて全然なかったんです。」
「それはわかるさ。車の中にこれだけラーメンが積んであるんだ。どっかの店で買って来たんでしょう。でもうちも商売だからね。許すわけにはいかない。」
「そ・・そうですよね。。ついてないや。。ホントに僕って何もかも。」
そのとき、後ろから僕の肩を叩いた人がいた。
振り返るとそこには須藤さんが立っていた。となりにはウケまくっていた友達もいる。
「これで払っていいよ。」須藤さんはうつむき加源で僕に2000円を手渡してくれた。
「あ、ありがとうございます。あとでちゃんとお返ししますから。。」
「いいえ、あげるから返さなくていいです。森田さんとは・・距離を置きたいんです。」
そう言うと彼女たちは足早に立ち去ろうと歩き出した。
でも途中、須藤さんが立ち止まり、僕の方に振り向いた。
「森田さん・・あたしとあなたが付き合ってた時間は・・全てウソなの。」
「・・・・・・・」
「あたしは催眠術にかかってたの。すべては暗示のせい。。もう覚めてしまったから・・あなたとは付き合えない。。ごめんなさい。」
僕は立ち尽くしたまましばらく放心状態だった。
店長がポンと僕の肩を叩いた。
「気の毒だとは思うが、早くそのお金払ってくれないかね?」
僕は無言のまま、店長にお金を渡し、またその場に立ち尽くした。
はっきり言われちゃった。。
涙がじわじわ溢れてきて止まらなかった。
第27話 期待と不安と勇気
●作道昌吾の手記より
須藤ゆりかさんの家に届け物をしてから1週間が過ぎようとしていた。
まだ彼女から何の連絡も来ない。
あれから浮かれまくっていた僕の勢いも、今ではため息に変わっている。
そりゃそうだよな。。一方的に僕が告白して来ただけなんだもんな。
冷静に考えれば、いきなり両思いなんてなるはずもないじゃん。
自分のバカさ加減に飽きれてきたよ。
この1週間、僕は過去の大切なものを処分してきた。
少し前に別れた信利からもらった宝物の数々。。
僕の誕生日にくれたピンクのトランクス・・
ホワイトデーにお返しでもらった信利の使用済みタオル・・
付き合って1周年記念にもらった宝石が散りばめられた高価な数珠・・
でも結局は別れてしまった。完全にフラレてしまったんだ。
そして僕が信利のために編んだマフラーも、別れると同時に返品された。
すごく辛い毎日だった。あんなに優しかった信利に別な男ができるなんて。。
・・いや、僕が負けたんだ。僕の魅力が足りなかったんだ。
だから自然に信利の心は僕から離れて行ったんだ。。。
この宝物たちも今までは捨てられなかった。
でも、カウンセラーのおかげで須藤さんに巡り逢えた。
この思いを大切にしたい。だから僕は決意したんだ。
信利関連のものは全部捨てさることを。
これから女性と付き合うのは未知の世界だけど、僕自身の再出発のためにも積極性が必要なんだ。凹んでてはダメだ!
明日までに彼女から何も連絡が来なかったら、また家に訪問してみよう。
あ!そうだった。僕の携帯から信利の画像も削除しなくては!
たしか50枚は保存してるはずだ。。
日替わりで彼のいろんな写真を待受けにしてきた日々も、もう終りにするんだ。
でもやっぱり僕の心境はおだやかではなかった。
落ち着いて座ってはいれなかった。何かしてないと・・耐えられない。
よし!家の掃除しよっと。
僕はまず、トイレ掃除から始めて、便器も舐めていいほどテカテカにした。
そのあとは換気扇にこびりついたしつこい汚れの掃除。そして風呂掃除。
部屋にも全部掃除機をかけ、明日の燃えるゴミを出す準備もした。
ε-(;ーωーA フゥ…いい汗かいたよ。
と、そのときメールの着信音が鳴った。
僕は素早く携帯を手に取って内容を確認した。
『こんにちは。須藤です。この前のお話の件・・1度お会いしてゆっくりお話する機会が持ちたいと思ってます。場所と時間はそちらで決めて下さい。私が合わせますので。ではご連絡お待ちしてます。』
キタ━━━(゜∀゜)━━━!!!!!! O(≧∇≦)O イエェェェェェイ♪♪
僕はすぐさま返信した。
僕:『ありがとうございます。めちゃくちゃ嬉しいです。で、場所と時間ですが、今度の土曜日の正午、僕の家でランチしませんか?』
すると彼女からすぐ返信が来た。
須藤さん:『いきなり作道さんのご自宅へですか?・・うーん、ちょっと考えちゃいます。。』
あ、そっか。。怖がらせてしまったんだな。。
僕:『説明不足ですいません。僕、趣味が手料理なもんで、良かったら食べて批評でもしていただけないかと。。』
須藤さん:『へぇ、男の人でお料理が得意なんてすごいですね。是非、食べさせていただきたいです。どうしようかな。。』
僕:『ご心配なく。明るいうちに必ず須藤さんの家まで送り届けますから。』
須藤さん:『わかりました。作道さんて、いい人そうですね。よろしくお願いします。』
僕:『では、土曜の11時に車で向えに行きますので待ってて下さい。』
こうしてメールのやりとりが終った。
よしっ!頑張るぞぉ!今までは信利にいっぱい食べてもらったけど、今度からは須藤ゆりかさんに喜んでもらおっと! (o^-^o) ウフッ
第28話 お呼ばれ
●須藤ゆりかの手記より
いよいよ今日は作道さんの自宅で食事をする日になった。
あとで本人が車で迎えに来てくれるらしい。彼のお誘いに簡単にOKしちゃったのが少し不安だった。きっと夜の食事ならたぶん断ったかもしれない。ランチのお誘いだったから・・そして夕方までには家に送り届けてもらえるということだから。。きっとそれが作道さんの誠実な優しさなのでしょう。私はそう判断して彼のお誘いを受けたんだ。うん、そうよ!そう決めたんだもの。もう迷わない!
そこへ突然1通のメールが来た。
作道さんかしら?私はすぐさま携帯を確認した。
Σ|ll( ̄▽ ̄;)||l・・森田さんからだ。。。
「須藤さん、お元気ですか?この前のお寿司代、本当にいいんでしょうか?できれば僕としてはやはり、きちんと返したいのですが。」
私はこのメールを無視した。
午前11時半頃、作道さんが迎えにやってきた。
「こんにちはー。今日はホントにありがとうございます。」
「いいえ、あたしの方こそこれからご馳走になるんですもの。お礼を言わなくちゃ。」
「なにもそんなかしこまったこと言わなくていいですよぉ。」
「じゃあ、作道さんだって同じですよ。かしこまったことは抜きね!」
「あはは・・はい。そうします。」
外は雨だった。私が作道さんの車に乗り込むまで、彼は自分の傘で私を雨から守ってくれた。このちょっとした気遣いが嬉しい。
走る車の助手席で、私は彼に言った。
「なんか照れくさいわ。まるで皇室の方々をお迎えに来たみたいに・・」
「皇室の人なら助手席じゃなくて、後部座席に案内しますよ。あはは。」
「 (o^-^o) ウフッ それもそうですね。」
「僕はゆうべから緊張してあまり眠れませんでしたよ。さっき傘を持つ手が震えてたんです。気づきましたか?」
「いいえ、全然。だってあたしも緊張してて、前しか見てなかったんですもん。」
「お互い様ってやつですか。あははは。」
作道さんて爽やかそうでやさしい人・・女性のエスコートも自然に見についてるような感じだわ。。
そういえば・・・森田さんも必ず車のドアを開けてくれて、乗り込むと優しくドアを閉めてくれてたな。。。
?(〃゜ o ゜〃) ハッ!!・・いけない!なんで今森田さんのことなんか・・
彼とは・・もう終ったのよ。。もう。。だいいち全然タイプじゃないんだし。
「どうしました?」作道さんが声をかけてきた。
「え?」
「いや、なんか考え事してるような感じに見えたもんで。」
「あ、ごめんなさい。なんでもないの。」
「すみません。逆に僕は、須藤さんの不安をあおってしまったのかもしれませんね。いきなり自宅に呼んだりして。」
「気にしないでいいです。もうそんな不安はないので。」
「だったらいんですが・・僕は一人っ子なんで、自宅には母と父と3人暮らしだったんですよ。でも今日は、父はゴルフで留守だし、母はパートに出てるんでいません。そして・・」
「あたしは作道さんがてっきり1人暮らしなものだとばっかり・・」
「あぁ、それはすいません。説明不足で。さぁ、着きました。うちはここです。」
作道さんの自宅は閑静な住宅街の中の1軒家だった。
ガレージに車を停めると、彼は私をさっきのように、傘でエスコートして玄関まで誘導してくれた。
「あれ・・玄関の鍵があいてる。。」
彼はそっと家の中に入った。私もその後ろに続いた。
「おじゃましまーす。。」と私は小声で囁いた。
「あれまぁ、いらっしゃい!」
いきなり背後から言葉をかけられて飛び上がった私。
彼もびっくりして振り返るとこう言った。
「ば、ばあちゃん。。もう帰って来てたの?ゲートボール大会は?」
「こんな天気にあるはずなかろが!昌吾はバカじゃなかか?」
「そ、それもそうだね(^_^;) いやはや計算が狂った。。」
「あ?なんて?昌吾。」
「い、いやなんでもないよ。ばあちゃん。」
「今日は暇になったけん、家におるよ。しかしまぁ、昌吾、やっとオナゴ見つけて来よったか?」
「ばあちゃん、あの・・悪いけど自分の部屋行っててくれる?」
「ありゃりゃ、そうだったそうだった。ワシとしたことが気がきかんで。お嬢ちゃん、まぁゆっくりしていきなっせ。うひゃひゃひゃひゃ!」
「ちょっとばあちゃん、変な笑いしないでくれる?・・ったくもう。。」
そう言って、彼のおばあちゃんはこの場からいなくなった。
私は、彼のおばあちゃんの元気なキャラに可笑しくなった。
「須藤さん、さっき車の中で言いかけたことがこのことだったんです。」
「3人暮らしだったってことね?」
「さすが須藤さん。その通り!元々ばあちゃんは九州にいたんだけど、半年前にじいちゃんが死んでから、うちが引き取ったんだよ。それ以来、今は4人暮らし。」
「でもお元気そうで楽しそう。」
「それが口も達者で元気すぎて・・;^_^A アセアセ・・・」
「 (o^-^o) ウフッ でもいいことだわ。」
「そ、そうかな・・」
そのとき、少し遠くから声がした。
「おーい、昌吾。台所にご馳走いっぱいあっから少しもらったけんねー!」
「Σ(゜∇゜|||)はぁうっ!ばあちゃんっ!!それは須藤さんに出す料理だぁぁぁ!」
彼は一目散にキッチンへ走って行った。
私は笑いをこらえ切れずにその光景を見ていた。
第29話 昌吾とばあちゃん
●作道昌吾の手記より
ばあちゃんがキッチンで、僕の下ごしらえをしていた食材を食べていた。
「ちょっとばあちゃん、それ今のお客さんに出すやつなんだ。困るよ食べちゃ!」
「こぎゃんいっぱいあるけん、少しくらい良かろが?」
「ばあちゃんにはあとで残ったらあげるから勘弁してよぉ!」
「ワシに残りもんば食えとねー?なんちゅう孫かいこりゃ!」
「ごめんばあちゃん、久々の大事なお客さんなんだ。今日だけわかってよ。」
「お客さんて・・あのオナゴはお前の好いた人じゃなかと?」
「そうだけど・・まだ始まろうとしてるとこだから。」
「ホホゥ( ̄。 ̄*) お前もやっとその気になったとかい。」
「どうにかね;^_^A だからばあちゃん、大人しく部屋にいてくれないかな?2、3時間くらいでいいからさ。」
「そうかもしれんけど、昼ごはんの時間じゃけん・・」
「僕がこれからばあちゃんの分も同時に何か作るからさ。部屋で待ってて。」
「そうかい。そんならそれまで部屋でNHKのど自慢でも見てるけんね。なんか作ったら必ず持って来てや。」
「うん。わかったわかった。テレビでも観ててw」
ε-(;ーωーA フゥ…やっとばあちゃんが大人しく自分の部屋にこもった。。
まだまだ元気なばあちゃんだけに、口も達者だし、勘も鋭い。気をつけないと。。
その後僕は須藤さんをリビングに案内した。
「須藤さん、ここに僕の手料理を運んで来ますから待ってて下さい。下ごしらえはできてますんで。」
僕はエプロンをしてキッチンへ行こうとした。
「あの・・作道さん?」
「はい?」
「それ可愛いエプロンですねw」
「あ、このスヌーピーのやつ?(~д~ )ゞデヘヘ なんか恥ずかしいな。」
「で・・下ごしらえって、これから作るのならあたし、お手伝いしましょうか?」
「いやいや、ゲストにそんなマネはさせたくありません。まぁゆっくり待ってて下さい。」
「え、えぇ・・」
「そんなに時間はかかりません。すぐにできますから。」
女性に僕の料理を食べてもらうなんて初めてのことだ。なんかドキドキする・・
でもその一方わくわくするような気分もする。ホント不思議な感覚だ。
「はーい、お待たせ。まずは最初のができましたー!」
「うわー!おいしそう!これエビマヨ?」
「はい。車えびを使いました。熱いうちに食べてみて下さい。」
僕は嬉しかった。彼女が遠慮がちにもならず、すぐに箸を取って食べてくれたからだ。
「すっごくおいしい!えびがプリプリね!味も濃厚。」
「ありがとうございます。ではゆっくり食べてて下さいね。次を作ってきますから。」
「・・・え?」
「コース料理なんで、順に作りたてを食べてもらいますね。」
●須藤ゆりかの手記より
私は戸惑った。初めてのふたりの食事会。彼の手料理をいただけるという話を聞いて以来楽しみにしていた。
そして現実にエビマヨもすごくおいしかった。なのに・・なのに・・
二人で一緒に食事ができない・・・(^_^;)
彼は作り専門で運んで来るだけ・・しかも1品になぜかすごい量・・
2品目はバンバンジー、食べきれずにいるうちに3品目のカニクリーミィコロッケが10個も来た。
そしてそのあとにレバニラが・・・
「あの・・作道さん?料理がすごいボリュームで。。」
「あ!すいません。気づきませんで・・のど詰まりしちゃいますよね?スープも準備してたのにうっかり。今すぐ持ってきます。ついでにクラムチャウダーも出来上がってるんで持ってきますね!」
「そ、そういう意味じゃなくて・・」
「あ、出す順番間違えた!レバニラの前にサーモンのカルパッチョだった!ごめんなさい。須藤さん。」
「いえ、そうじゃなくて、これだけのお料理、あたし1人じゃ食べきれないの。何人前作ってるつもりなんですか?」
「え?僕は須藤さんひとりのために・・・食べきれませんか?」
「Σ|ll( ̄▽ ̄;)||l 信じられない。。よっぽど大食漢の人じゃないと食べれない量よ?それに・・」
「は、はぁ・・」
「ふたりだけの食事会なんだから、作道さんとご一緒に食べたいです。あたしひとりで黙々と食べてるなんて・・」
●再び作道昌吾の手記より
僕は?(〃゜ o ゜〃) ハッ!!とした。
しまったぁぁぁ・・・そんなことに全く気づかなかったなんて・・・
今までは信利が相手だったからこれが普通だった。
彼はラガーマンで食欲も旺盛だった。僕の作るものはいつも豪快に食べてくれたから、毎回作るのに必死だったし、出来立てをその都度食べてもらうことで、僕自身の快感にもなっていた。
それにスタミナ料理ばかり作って量的にもこれがちょうどいいと思い込んでいた。
でも今回は女性なんだ・・メニューの中身やボリューム的なことなんて全然考えてなかった。まして一緒に食べることなんて。。。
「すいません。全然気づかなくて・・女性に料理を作るの初めてなんです。」
「え?以前、大失恋したという人には作ってあげたことなかったんですか?」
「いえ、ありまし・・・いやいやいや、全然なかったですはい。今回が初めてなんです。( ̄ー ̄; ヒヤリ」
「じゃあたしだけ特別に?」
「は、はい。」
「嬉しいけど、やっぱり一緒に食べましょうよ。」
「では・・あともう少し予定してる料理があるので、一気に作ってからここで一緒に須藤さんと食べます。」
「あと何が来るんですか?」
「えと・・天津飯と坦々麺と茶碗むしとマンゴープリンとコーヒーです。」
「なんか最初から和洋中がごちゃ混ぜね(^_^;)しかもまだそんなにあるなんて。。」
「す、すいません。」
「あ、ごめんなさい。作道さんが謝らなくていいの。お料理はとてもおいしいの。すごく感動してます。」
「そう言っていただけると救われますが。。」
「あ、そうよ!作道さんのおばあ様も呼んで一緒に食べましょうよ。これだけの量、二人でも食べきれるかどうか。」
「ワシはもう来とるけん。」
僕と須藤さんが横を振り向くと、すでにばあちゃんがイスにちょこんと座っていた。
「((ノ_ω_)ノバタ ばあちゃん、はやっ!」
「いい匂いに誘われてのぉ、昌吾が部屋に持って来るまで我慢できんかったばってん。」
「のど自慢は観終わったの?」
「それは明日やった。今日は土曜じゃけん。うひゃひゃひゃ!」
「(ノ _ _)ノコケッ!!ばあちゃん・・じゃあ、まぁいいよ。須藤さんもこう言ってくれてるし。じゃ僕はキッチンに行ってメニューを全部作り終えてきますんで。」
「おばあ様と待ってますね。」
「おばあ様だなんて・・あんたどこの上品な娘っ子かえ?こんな可愛い顔して昌吾にはもったいないのぉ。あひゃひゃひゃ!」
このままばあちゃんと須藤さんが二人きりでリビングにいるなんてすごく不安だ。。。
まずいな・・なんか余計なことしゃべらなければいいけど・・ぺラだしなばあちゃんは。( ̄Д ̄;;
第30話 アットホーム
●須藤ゆりかの手記より
作道さんがブツブツ言いながらひとりでキッチンに戻って行った。
リビングには私と彼のおばあ様の二人になり、先に出ているお料理を食べ始めることにした。
「おばあ様、お昼ごはんはまだなんでしょう?あたし、けっこういただきましたので、あとはどうぞ。」
「そぎゃんか、ありがとしゃん。もう腹ペコじゃったけん。」
「あたし、全部この取り皿に分けて食べましたので、汚くないですから。」
「そんなの全然気にしとらんとばい!あんた病気持ちじゃなかろが?」
「え・・ええ、それはもちろん;^_^A 」
「しかしまぁ、この料理は年寄りにはこってりしすぎちょるばってんなぁ。」
「それにすごいボリュームですもんね。」
「前菜の先付けも小鉢もなんもありゃせんし・・口直しの料理もなかとなぁ。」
「おばあ様、詳しいですね?」
「そりゃ昔、何年も旅館で仲居ばしちょったけんね。」
「へぇ、そうだったんですかぁ。重労働でしたね。」
「それにしても昌吾のハナタレめが!!」
「ハ・・ハナタレ?(^_^;)」
「あ、違った。あのバカタレが!!」
「(ノ _ _)ノコケッ!!」
「量ばかりこぎゃんいっぱいあって、これじゃ豚のエサに見えると。」
おばあさまはそうブツブツ言いながらも箸は進んでいたようだ。
「ほんとならワシは、おしんこがないとご飯食べれんばってんが・・まぁ今日はしょうがないわ。」
私はなぜか、彼のおばあ様のキャラクターがとても個性的で、もっと色々しゃべってもらいたくなった。
「でも作道さんはお料理がとても上手ですね。彼はよく家で普段から作ってるんですか?」
おばあ様はエビマヨを食べながらこう言った。
「客人が来たときだけ作っとったかの。ここしばらくは全然料理はしなかったけんが、オナゴに料理ば作りよるとは・・時代も変わったのー。」
「じゃ彼は今までどんな人にお料理を作ってたんですか?」
「ごっつくて、バカでかい男がひとり来とったばってん。」
「え・・?男性がひとりだけ?お友達大勢とかじゃなくてですか?」
「うんにゃ、他の人は呼ばんけん。その男が食うわ食うわで、我が家の食費払ってもらいたいくらい食って行ったばってん。」
「・・へぇ・・そうなんですかぁ・・」
「でもやっとあんたが来て、昌吾もようやく普通に戻ったことを思えば、褒めてやらんといかんかね。あひゃひゃひゃ!」
「普通に戻った・・?」
私はいまいち意味が飲み込めなかった。以前来ていたその大きな男性とは誰なんだろう?学生時代の先輩なのかしら?
それともたったひとりの親友だったりして?
その後、しばらくして作道さんが、最後の料理とデザートを持ってきた。
「さぁ、お待たせ!じゃあ僕もみんなと一緒に食べるかな。」
「アホか昌吾!ワシもお嬢ちゃんも腹いっぱいじゃい!」
「え?でも、この海鮮天津飯と坦々麺、、自信作なんだけどな・・」
「じゃあ作道さん、あたし残しちゃうかもしれないけど、いただくわね。」
「は、はいっ!ご遠慮なくどうぞ。」
「遠慮は全然してないんだけどね・・(^_^;)」
「このお嬢ちゃんと、前のバカでかい男の胃袋と一緒に考えてどうするとね?全くうちの孫は・・」
「Σ|ll( ̄▽ ̄;)||lばあちゃん・・前の人のこと、須藤さんにしゃべったの?」
「よう食った男じゃけん、ワシの印象にも残っとるよって。」
「ガ━━ΣΣ(゜Д゜;)━━ン!!」
「作道さん、そんなにショックなことなの?おばあ様は別にそんな詳しいことなんて話されてないですよ。」
「そ・・そうでしたか。。」
なんかワケありのようだけど、私は無理に聞かないことにした。私自身だって、人に穿り出されたくない過去がある。
それは誰にでもあるものなんだ。それを引きずっててはいつまでも前には進まないもの。
「悪いけどワシ、屁ぇこくけんね。」
「え!?え!?ばあちゃんいきなり何言うんだよ!ここじゃなくて・・」
ブビッ!!ブフォオオオォ!!
「おう(ノ≧◇≦ヽ)のう!!!遅かった。。」
「う・・!おばあ様、すごい。( ̄ー ̄; 」
イスに座っていたおばあ様は、ガスの勢いで体が持ち上がったよう見えたので、私は仰天した。
「あー、すっきり爽快!」
「だろうね・・ばあちゃん( ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄;)」
みんなでご飯を食べたあとの片付けは私も手伝った。彼は断ってきたが、そこは私が譲らなかった。
ふたりで皿洗いをしているときが1番彼と話をしたような気がする。
「なんか楽しいね。ふたりで同じ作業なんかしてると。」
「すみません。須藤さんに色々やってもらっちゃって。でも・・僕も今が1番楽しいです。」
「 (o^-^o) ウフッ なんかキッチンでこうしてると新婚さんになったみたい。」
「“○(〃 ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄〃)○”ドキドキ・・そうですね。。」
「おばあ様も楽しい方だし、アットホームな家庭でうらやましい。」
「いや、ばあちゃんは元気すぎて暴走するんです。」
「でも作道さんはおばあ様に優しいわ。」
「ええ・・まぁ、子供のころからよく可愛がってくれましたし、口は達者ですが良い人なんです。」
「でも今度は本当にふたりだけで、そして外で一緒にお食事しませんか?」
「はい!是非!須藤さんから誘ってくれるなんて光栄です!」
「作道さんのお料理、とってもおいしかったですよ。食べきれなかったけど味に感動しました。」
「お持ち帰りも用意しましたんで、自宅へ帰ってからも召し上がって下さい。」
「(*≧m≦*)クスッ。しっかりしてるのねw」
帰りも約束通り、家まで作道さんの車で送ってもらった。
雨はまだ止んでなかったので、彼はまた玄関先まで傘でエスコートしてくれた。
そしてそのとき・・・私がお礼を言おうと振り返った瞬間、思いがけない彼からのキス。。。
でもそれはほんの1秒以内の軽いフレンチキス。
彼は優しく微笑んでいた。
「ではまた、来週の土曜日に。」
「はい。」
私は気分が学生時代に戻って、たった今初恋を経験しているような感覚になっていた。
作道さんの爽やかで優しいキス。。軽く微笑みながら瞬間で終わってしまうキスだけど、
口元が離れてからも、お互いの目と目は反れないでじっと合っている。すごく余韻が残るキス。。。
私は元気よく玄関に入った。
「ただいまーっ!!」
その光景を偶然見てしまったひとりの男性がいた。
ゆりかの元彼になってしまった森田卓、その人であった。