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第2次火星戦争~その2

第2次火星戦争の主役は、やはりヘンリー・ヤコブの遺伝子を持つマルコフ・ペテルスです。

通常の戦争という概念を壊してみたくて、たった一人でテラ帝国艦隊に勝つという設定にしています。

最初からお読みいただいた方にはよくわかるようにしています。

第二次火星戦争2


アブラハム・アギーレ   初代ノストラパディア大統領

カリストゥス・アグリゴラ 2代大統領

グレゴリウス・バルブス  ノストラパディア地球情報省長官

テオドロス・ベロナ    ノストラパディア防衛相

グイド・セルギウス    ノストラパディア科学相

マルコフ・ペテルス    ヘンリー・ヤコブの遺伝子を有する 大統領補佐官

サドル・ムフタール    アーキムの甥 地球帝国2代目皇帝

メリル・ムフタール    サドルの妻

タカハマ・ユリコ     帝国戦略長官

イロナ・フェケテ     ミュータント



完全殺菌された室内では、あるノストラ人男性が回復していた。見るからに軍人もしくはスポーツとは無縁の体格だった。彼が目を開くと同時に改良過フッ素化炭素が排出され、男性から端子やチューブがたくさんついたヘルメットが自動で外された。

男性は白いスリープスーツを着ていて、やはりチューブなどが付けられていた。男性は目だけ動かして、周囲を見ていた。すると、目の前にホログラフが投影された。そこにはシルバーヘアで眼鏡をかけた白人男性の顔があった。

『ガブリエル、気分はどうだね?』

ガブリエルと呼ばれた男性はまだ現状が理解できていないようだ。そしてやっと口を開いた。

「あ・・・あの・・・私はノストラに戻ったんですか?」

『ああ、そうだ。君はこの7日間、どこで何をしていたかわかるかね?』

「え?はい。私は単独船に乗ってノストラの軌道を周回していて・・・あ!」

『どうしたんだ?』

「任務が終わって、大気圏に突入したんですよ。それから基地に戻って科学相に報告して・・・で、なんでここにいるんです?あ!それに、大統領!あ、あの、なんでですか?」

カリストゥス・アグリゴラ大統領はにっこり笑った。

『まず訊ねよう。君はなんで単独船に乗っていたんだね?』

「はい、私は軌道の確認とノストラにおける単独心理のチェックを行うために乗船していました。」

『その前だよ、ガブリエル。いつ乗船したのか覚えているかね?』

「いつ?7日前に基地に招集されて・・・それからです。」

『その時にはグイド・セルギウス科学相から話を聴いて乗船したんだ。それでいいかね?』

「あ、はい。」

『よろしい。その時に身体チェックがあったはずだが、覚えているかね?』

「ええ、もちろんです。あれこれチェックされました。」




『その検査が終わると、どうした?』

「どうした・・・乗船しました、はい。」

『その間に違和感はなかったかね?』

「違和感?え?なにかあったんですか?」

カリストゥスは両手を叩いて笑顔になった。そして横を向いて叫んだ。

『マルコフ、やったな!』

カリストゥスの代わりに、最近増えてきた多種混合タイプの顔が現れた。

『ガブリエル、私はマルコフ・ペテルスだ。知っているかい?』

「えーと・・・どこかで・・・あ、ひょっとしてニュースになっていた方ですか?アンドロイドに人間の意識データを移植して完全同期に成功したとか。」

『ああ、その通りだ。そしてたった今、君がそのことを実証してくれたんだよ。』

「私が?実証?どういうことです?」

『君は身体チェックの際にポッドに入ったことは覚えているかい?』

「え・・・あ、はい。いつもやることですよね。」

『その際に、私が開発した完全同期システムが動いていて、君は意識データをここに移動されたんだ。』

ホログラフが拡大し、そこにガブリエルが立っていた。

「え?私だ・・・どういう・・・え?あ!それ、私の意識データを移動させたアンドロイド?」

『そうだ。そして君は単独船に乗船したわけだが、単独船の中に大気はなかった。だがアンドロイドには君の意識がそのまま機能するように、あたかも大気があると認識するように設定されていた。そしてちゃんと7日間の任務を終えて帰還して、そして今君の肉体にこれまでのデータを移し終えたってことだ。』

マルコフの顔がアップになった。

『もう一回訊ねよう。違和感はあったかい?』

「・・・いえ・・・全くありません・・・今でも騙されているような気が・・・。」

『それでいい。これから君は肉体のチェックを行ってもらう。いいね。ご苦労でした。』

ホログラフは消え、ガブリエルは様々なチェックを受けながらも、狐につままれたような感覚でいた。一方で科学省内ではグイド・セルギウス科学相、マルコフ・ペテルス大統領補佐官、カリストゥス・アグリゴラが満面の笑みで握手していた。

「いや驚いたよ。ここまでシンクロしていたとは。これが自動チューニングシステムなのか?」

「そうです、大統領。膨大な意識データは3次元ですが、微分して2次元に落とし込み、そして元に戻す際の微妙なズレを修正するものです。ガブリエルはおそらく、完全に7日間の記憶はあるはずです。これからチェックを行います。」

グイドはシンクロ率のグラフをチェックしていたが、首を振ってIFPから視点を戻した。

「どこかにムラがないかどうか見ていたんだが、完璧なシンクロだ。補佐官、大したものですよ。なんでうちに来てくれなかったんですか?」

「もちろん協力はするさ。しかし、私が補佐官になったのは理由がある。いずれ国民にも知れることだが。」

カリストゥスは眉を少し上げてマルコフを見た。



サドル・ムフタールは前皇帝アーキム・ムフタールの国葬を行い、そして皇位継承式典も終えて自室に戻っていた。ひどく疲れていた。エアベッドに身を投げ出し、大きくいKを吐いた。

「あらあら陛下、お召し物くらい脱いでくださいな。」

「ああ、そうする。だが、ひどい疲れなんだ。」

妻のメリルがマントや王冠などを片づけるようにゴレムに伝えた。

『陛下はとてもお疲れのご様子です。陛下、クリアポッドをご用意いたします。』

管理システムゴレムはサドルの身体に合わせたポッドを壁から出して、サドルを収納した。同時に服を脱がせ、睡眠誘発ガスと活性酸素抑制ガスがポッド内に充満された。これで、短時間で良質の睡眠を取ることができる。10分でサドルは完全に疲労感がなくなり、続けて心地よい振動と洗浄ミストが満たされ、極上の入浴気分を与えた。

『陛下、疲労感が取れましたでしょうか?』

「ああ、もうすっかりいい。風呂も最高だ。」

『了解いたしました。それでは執務服をご用意いたします。』

ポッドから出てきたサドルは、シンプルな執務用の服に着替えていた。皇帝自身は特にやることは少ないのだが、毎日1回首相からの報告を受けなければならない。ゆっくりしている時間はない。




異常なまでに人嫌いだったアーキムが残したのが、この皇帝用管理システムだった。最初は毛嫌いしていたのだが、いざ皇帝になってみると実に効果的に癒してくれる。サドルはコーヒーをいれさせ、飲んだ。

「陛下、もうよろしいの?」

「ああ。忙しくて君と食事もできなかったな。」

「仕方ありませんよ。まさか前帝があんなお最後をお迎えになられるなんて・・・。」

サドルは新しい住居の窓際に座り、目の前の湖を見ながらコーヒーを飲んだ。アーキムの最後は悲惨だった。毛細血管がボロボロで、全身に内出血があった。それに髭も頭髪も全て抜け落ち、最後の7日間はずっと介護ポッドの中にいた。実務はサドルが行っていたとはいえ、やはり皇帝決済が必要な場合もある。その場合にはサドルしか会えなかったのだが、思い出すだけで身が寒くなってくる。

「叔父は、最後には口癖のようにミュータントと火星のことを言っていた。異常すぎる過敏状態だったとは思うんだが、いつかは火星と、それからミュータントも解決しなければならんだろう。」

「・・・陛下、そのことですけど。」

「なんだ?」

「前帝のあのお最後・・・あれは医者もお手上げでした。もちろん医療アンドロイドも。あれは、私はとても怖かったのです。ひょっとしてあれは火星政府の謀略だったのでしょうか・・・それともミュータントとか言う怪物の仕業なのでしょうか。」

「あれは、私もよくわからんのだが、細胞内の活性酸素が異常増加していたという報告は受けている。どれが決定的な疾患というよりも、それが原因だったようだ。全身の血管や筋肉が低下していたということだった・・・細菌でもなく、放射線過剰でもなく、呪いとかでもなさそうだ。ましてやナノ粒子を注入されたわけでもない。火星とは考え辛い。ミュータントと断定するには根拠がなさすぎる。」

サドルは顔をしかめて立ち上がった。

「それだけでも頭が痛いのに、聞いたか?ユーラシアが独立する意向だと!ユーラシアは私たちの本部だぞ!どうなっているんだ!」

メリルは普段穏やかなサドルがこんなに強い口調で激高する様を見て視線を下に落とした。

「申し訳ございません、陛下。私があんなことを申し上げたばかりに・・・。」

「ああ、すまんな。叔父上がなぜあんなに徹底的に鎮圧したりしていたのか、ようやくわかってきたよ。皇帝なんぞなるもんじゃない。全てが私のあずかり知らんところで動いてしまう。皇帝は報告を受けるばかりだ。面倒にもなってくる。じゃあ殲滅しろ・・・そう言いたくもなってくる。叔父上はそれが簡単にできていた。それは・・・私には荷が重すぎることだ。」

メリルも立ち上がり、サドルの横に立った。

「陛下が私を見初めてくださったとき、私は破壊兵器で家族がみんな死んでしまった後でした。帝国兵士が虐殺を続けていた時、お一人だけ密かに隠れていた者たちを逃がしてくれていた方が・・・あなたでした。私を緊急ポッドに入れて、命令しながら安全な場所まで送ってくださったでしょ?あなたはずっと、前帝の後始末をされてこられた。だからこんなにお悩みになる。陛下・・・。」

メリルはサドルの手を握った。サドルもメリルの目を見た。

「思うようにされてください。あなたの優しさが、きっと帝国も地球も救ってくれると思います。」



アブラハム・アギーレはすでに大統領ではなくなっていたが、現役執行部の相談役的な存在になっていた。実年齢より遥かに若く見えていて、至って健康でもあった。もっとも健康介護ポッドに毎日入ってチェックしているおかげでもあった。後は最低限のスポーツをし、暴飲暴食は避けていることぐらいだ。それは恒星間航行で太陽系から脱出してからずっと続けていたことでもあった。

「それじゃ大統領、地球は我々が予想するよりずっと早く崩壊するというのかね?」

カリストゥス・アグリゴラ2代目ノストラパディア大統領は、大統領補佐官マルコフ・ペテルスと共に、わざわざアブラハムの自宅を訪問していた。非常に珍しいことであり、普段は執行部専用にバージョンアップされたIFPを使用する方が効率的だからだ。他の一般用IFPでは心許ないのだが。

「そうです。イブにも何度も計算させたのですが、崩壊曲線は信じられない角度になっています。これについては、こちらの補佐官に説明してもらいます。」

「ほう・・・君があのマルコフ・ペテルスか。ヘンリー・ヤコブの遺伝子を受け継いでいるそうだね。」

「はじめまして、アギーレ顧問。マルコフです。」

マルコフは執行部専用IFPを稼働させ、様々なデータを広げた。

「細かいことはこれで送ります。説明は、これです。」

展開されたのは、地球第2帝国の崩壊曲線グラフだった。横軸が時間、縦軸が崩壊度で構成されていた。データはすでにアブラハムは把握していた。

「この曲線は・・・ありえないな。何らかの攻撃が加わったのか、あるいは激しい天災が起こったとしか思えないな。ここ、ここだ。この年は・・・第2帝政開始直後じゃないか?」

「はい、その通りです。ホセ・ノーメンの頃はまだここです。ところがアーキム・ムフタール帝政になってからすぐから角度が鋭角になってきました。」

「それは、第2帝政がひどいからってことなんだろうが、なぜなんだね?」

「イブと相談しました。その結果ですが、おそらくこれです。」

マルコフが示したのは、ヘンリー・ヤコブがSⅬE移民を始めた直後の点だった。ここにフォーカスすると、映像が流れてきた。

「これは・・・?」

「イブが内包していた映像です。」

それは、まだ若い日のヘンリーの映像だった。自室で撮影されたもののようだ。ヘンリーはキーボードを操作しながら、額に手を当てて首を振っていた。そしてつぶやくように話し始めた。

『本当に、困った・・・あ、録画してたっけ?まあいい。残しておいてもいいだろう。これを誰が観るのかわからんが、もし支障なかったら覚えておいてくれ。かなり調べたんだが、遺伝子Ⅿのことだ。』

非常に複雑な方程式と拡大された画像が出てきた。




『これが問題でね。ハンガリー人マリア・ヴァルガが大マゼラン雲内で発生したガンマ線バーストの影響を受けて、Mが産まれてしまった。数代にわたって後継されてきて、今では相当数の保有者がいると推定されるんだよ。困るだろ?このMに類似するものも当然人類は保有している。特に影響を受けたのがマインドに隙があったホモ・サピエンスで、この影響で人類は進化してきた。ところがマリア・ヴァルガはさらに特殊で、本来持っていたシャーマン気質を構成する分子構造と反応してしまったようなんだ。その子孫の中で、Mの力が際立っていたのがミュータントたちだ。彼らはおそらく、空気も水も必要なく生活できる。つまり、肉体が発する電気に加えてⅯの影響下にあるミトコンドリアの異常なまでのエネルギーが、周囲にも自分たちも変化させてしまう。ミュータントたちはいずれ、思念エネルギー体とでも言うべき存在にならざるを得ない。となれば、彼らは地球から出て行ってもらわなければならない。電磁バリアでどうにか防ぐことができるだろうし、SⅬEに乗せることができさえすれば何とかなる。だが・・・それでいいのだろうか。私はユダヤ人だ。人類選別など、どうしてやらなければならんのだ?しかもだ・・・私も保有者だ。イブもⅯを有している。ここをどうするか・・・困ったよ・・・。』

映像はここで終わった。アブラハムは腕を組んで、カリストゥスを見た。

「つまり、この遺伝子Ⅿが異常に発動したのがミュータントで、彼らが地球に影響を与えたということなのか?」

「そうです。このⅯは我々には存在していません。ヘンリーは意図的にそういう人選を行ったと考えられます。そしてヘンリーは妻イブと協力して、どうすればⅯが過激に発動しなくなるのかを研究していました。その結果、我々が使用しているギガメタルに長時間晒すことでほぼ中和されるとわかったようです。ですからそれもあって、我々には存在しません。さらに、中和されたⅯこそが、人類進化の鍵でもあったのです。ここにいるマルコフ・ペテルスは、進化版Ⅿとでも言うべき遺伝子を有しています。彼はすでに、アンドロイドと意識データの完全シンクロを完成させています。」

アブラハムはマルコフに視線を映し、軽くうなずいた。

「なるほどね。思念エネルギーが人類を進化させてきたからこそか。それで、過激に力を発しているミュータントたちの思念が地球人に影響を与えたというんだね。しかしそんな思念エネルギーがどうやって地球に影響を与えたんだね?」

「顧問、思念に距離は関係ありません。我々でも銀河の中心のことを考え思うことはできます。彼らもそう思うだけで思念は届きます。しかし、彼らの思念は危険すぎます。彼らが地球を思い、不安になるだけで地球は混乱するのです。特に、Ⅿを保有する者には影響を強く与えます。おそらく、ムフタールは割に強く持っていたのでしょう。その延長で、こういう考え方もできます。もしⅯを有する者が我々のことを思えば、どうなります?」

アブラハムとカリストゥスは同時に顔を見合わせた。

「まさか・・・我々をどうにかして発見するというのか?強い思念は執念にも繋がるぞ。」

「大統領、その通りだよ。私も知っているが、彼らは我々を敵扱いしている。帝国内は不穏になればなるほど、より強い敵を必要とする。マルコフ、君はそう結論付けたのかね。」

「顧問、申し訳ございませんが、すでに帝国は火星を再捜査しています。そしておそらく、天王星まで到達するでしょう。我々ができたのなら自分たちにもできると必ず思うでしょう。そのなる前に手を打つべきです。」

「どうするんだね?ここまでの距離は相当あるんだぞ。」

カリストゥスとマルコフは目を合わせて少し微笑んだ。

「顧問、まずなぜ我々が5光年近く離れている地球の事を知っているのかわかりますか?」

アブラハムは気が付いた。

「あの、量子もつれ共有か。忘れていたが、それとどう関係あるんだ?」

「量子ワープです。すでに実験は成功しています。ただし、太陽系近く、せめてカイパーベルト内でなければできません。そこまでは、一切生命体を乗せずに超高速で移動が可能です。そしてその地点で量子テレポートを行い、同期させるのです。」

「生命がいないのに?」

「つまり、こういうことです。」

マルコフは一瞬でアンドロイドの骨組みになった。アブラハムは驚いて腰を浮かせて立ち上がり、顔をしかめて座った。

「腰が痛いことを忘れていたよ・・・これはすごい!ということは、5光年離れた先のアンドロイドに、意識データを転送するということか?」

「いえ、意識の再構築です。アンドロイドに基礎ベースをインプットしておいて、そのトリガーを行います。それまでは現在の私のように、転送リラックスポッドに本体は寝ています。しかし現在の行動や意識には変化はほぼありません。まだ完全ではありませんが、大至急で完成させます。」



サドル・ムフタールは頭を抱えていた。結局ユーラシアがロシア構成連邦と中華共和国に別れて独立宣言を行ってしまったのだ。帝国軍の主力は北米とユーラシアだったので、これは相当に痛いことだ。おまけにこの2つに追従する地域も出てきている。早々に地区総監を呼び戻さねばならない。サドルは帝国審議会を緊急招集した。

「首相!この責任をどう取るつもりなのだ!」

ジェームズ・モーガン首相はゆっくり立ち上がった。冷静で無表情な首相だが、全身から怒りが満ちていた。

「陛下、これをご覧ください。」

IFP上でデータが表示された。それは、世界中のIFPによるデータだった。

「特にここです。帝国はあらゆるデータをマザーソロスに入力できています。IFPで漏れ出したデータでさえ把握できています。ところが、これをご覧ください。」

「これはなんだ?赤い点や地域があるが。」

「IFPを感知できない個人、もしくは地域です。」

「なんだと!」

「ご存じのように、普及版IFPは皮膚下に埋め込んで使います。使用すると同時に、脳内に操作と捉え方がインプットされ、そしてデータを共有できるようになります。帝国仕様のものでは、それ以上の性能があり、あらゆる感情をデータ化しています。そうやって統治してまいりました。ところが、それが通用しなくなっているのです。」

「なぜだ・・・その理由もわかっているんだろうな。」

「もちろんです。その技術を開発したのが、北米と日本です。」

サドルは驚いて立ち上がった。

「なんてことだ!帝国の主要ではないか!」




「まず日本の学者大和が開発したのですが、その開発費用を捻出していたのが北米のサム・シュレイダーです。その技術をユーラシアが盗んだと考えられます。ただ、日本と北米はあくまで我々のIFPをバージョンアップさせるための研究でした。ユーラシアは、彼らの情報から技術を盗んだとしか考えられません。しかも・・・。」

モーガン首相は両手をテーブルに叩きつけた。

「その方法がいまだに不明なのです!帝国諜報局のあらゆる手段でも把握できません。まるで・・・その方法が降ってくるようだとしか申し上げることはできないのです。」

サドルは普段のモーガンを知っているだけに、ここまで怒りをあらわにする様を始めて見た。相当に調べ上げた結果なのだ。そしてサドルは話を聴きながら、皇帝用IFPを完全にシャットアウトした。

(間違いない・・・ミュータントだ。遺伝子Ⅿを持った奴らが、ミュータントを通じて知ったんだ!なんてことだ!)

サドルは腰を降ろし、再び皇帝用IFPを会議のみに限定して開いた。

「これは、どう思う?」

サドルは用意していたことをまだ隠していた。一同は思いつかず、沈黙があった。そこでサドルはワインを一口飲んで続けた。

「これはおそらく、火星政府の仕業ではないのか?」

メンバーたちは驚きと怒りが混じった感情を伝えてきた。

「前帝は常々仰っておられた。火星政府はまだいるに違いないと。だが、散々火星を探索した結果・・・それは余自身で行ったことだが、火星には何もない。しかしだ、太陽系は広い。どこかにいると考えた方が自然だ。しかも遠隔で操作できるということは、元々科学者が主体の火星政府だ。密かにIFP妨害システムを開発していたとしても全く不思議ではない。そうすると統制が効かなくなる。帝国ではユーラシアの鎮圧よりも先に、まず融和で時間を稼ぎ、火星政府どもを探し出すことが賢明であろうと考える。どうかね。」

全会一致で賛成だった。サドル皇帝は優越感を全面に押し出して宣言した。

「これより、対ユーラシア、対火星探査を主体として行う。では、本日はこれまでとしよう。ご苦労だった。」

帝国審議会を解散し、サドルは帝国諜報局長官を呼び出した。そして審議会の内容を伝えた。

「いいな、ユーラシアに内部調略を仕掛けろ。刺激はせぬようにな。」

「心得ております、陛下。」

そして今度は、帝国宇宙軍統合司令官と話した。

「というわけだ。太陽系探査はどうこまで進んでいるのか?」

「はっ!木星の衛星を探査中です。水星と金星は居住不可能でありますので。」

「木製の衛星は多かったな。よし、急ぎ土星や天王星までも探索しろ。」

「心得ました!」

可能な限りの手を尽くすと、サドルは自室に戻り、専用エレベーターで地下に降りていった。そこは皇帝しか入れない部屋であり、厳重に封鎖されていた。IFPでさえ通過できないように、壁は3重構造になっていた。サドルは中央にあるコンピューターの前に立った。

「キングハン、現状は把握しているな。なぜ、こうなったんだ。」

『久しぶりですね、サドル。もちろん情報は全て私の元に来ております。情報の中から得られた確率は、IFPの不具合でしょう。ですが私が関知できる限りにおいて、トラブルが起きるはずがありません。現に骨伝導波も滞りなく達しています。想定できる最も有力なことは、受け取り側、つまり人間の思考回路が変化したのでしょう。』

「つまり、人間がどうなったと言うのだ?」

『骨伝導波には、人間のアンガーマネジメントを下昇させる効果があります。ここで怒るよりも穏やかな方法を選ぶようにしてあるのですが、その効果が一部で発揮できていないと推定できます。コントロールに対しての抵抗感が上昇していると考えられます。理由は不明です。』

「理由は不明、か。アーキムは太陽系のどこかにいるミュータントによる思念操作だと言っていた。それはどうなんだ?」

『わかりません。突然変異として異常に思念が強いタイプがいることは確実です。しかし思念エネルギーのデータは私にはありません。IFPを解析してみなければお答えしようがありません。』

「IFPの解析・・・それは、可能かね?」

『理論上は可能です。ですが、人類の精神構造を考慮すると時間は必要です。』

「どれくらいだ?」

『不明です。最低ラインとして6か月でしょう。それにユーラシアの人間を捕獲して調べなければなりません。』

「クソッ!」

サドルは悪態をついた。ユーラシアの誰かを連れて来ることは可能だが、半年も必要なのなら到底間に合わない。ユーラシア軍が動かないように調略していくしか方法はない。だとすれば、望みは火星のみだ。ユーラシアにも危機が迫っていると知らせなければならない。

「キングハン、大至急IFPのバージョンアップのために、人間とIFPを近いうちに連れて来る。」

『わかりました、サドル。仰せのままにいたします。』

「それから、火星には何も発見できなかった。あそこにまだ人類がいる可能性はあるのかね?」

『私が得ているデータでは、人類が生存できる施設も環境もありません。』

「わかった。では、また来る。」

サドルは自室に戻った。キングハンがわからない以上、大至急データを手に入れる必要がある。サドルは諜報部からの報告を待った。

サドルがいなくなった後、キングハン本体にある情報処理を知らせるライトが激しく点滅し始めた。キングハンの前にホログラフが現れたが、データによる映像や数式などが激しく映っていた。それが続いた後、ホログラフは消えた。そしてキングハンは静かになった。



ノストラパディア本星の軌道上には、作業用SⅬEがあった。これは太陽系から脱出する際に分解して運んできたSⅬEを再構築したものであり、現在は主に観察用の望遠鏡を備えた工業都市として機能していた。そこでは巨大住宅ブロックや超電導系など様々なものが作られていた。その一角に、比較的小型の宇宙線が建造されていた。

建造はほとんど作業用アンドロイドが行い、人間は本星から遠隔で指導するようになっていたが、今回は3人のノストラ人たちがその場にいた。テオドロス・ベロナ防衛相、グイド・セルギウス科学相、そしてマルコフ・ペテルス大統領補佐官である。

『ほぼ完成している。もう少しだ。』

『補佐官、しかし、誰がこれに乗るんだ?私は建造は任されたが、そこまでは知らないよ。』




『ああ科学相、まだ言ってなかったかな。これには私が乗るんだ。正確には私の意識データがあるアンドロイドが。』

『なんだって!』

思わず叫んだのはテオドロスだった。IFPを使用している場合にはあまり声を出さないのがマナーなのだが、意外すぎた。

『冗談じゃない。大統領補佐官自身が乗るだと?ダメだ!』

『では尋ねるが、私が意識データのフィッティングを完成させたんだ。すでにその方法はイブに保管している。だが、万が一不具合があった場合、誰が修正もしくは調整できるんだ?』

テオドロスは反論できなかった。この技術は天才が考え出したものであり、余人に対応できるものではない。

『これは翼も収納できるようになっていて、しかも生命体は乗らない。天王星にある同期コンピューターまで行ければいいので、ギガメタルも必要としない。相当に早く・・・計算では宇宙船時間で2年以内に到達できる。地球では10年経過していることになる。それまでサドルが帝位にいるかどうか、地球がどうなっているのかはわからないが。それでも地球を抑えることは可能だ。』

『やはり地球は太陽系を探索するのだろうか?』

『グイド、まずそうするだろう。ここのところ地球のニュースはひどい。ユーラシアが独立し、帝国はあれこれ策を講じているが、やはり共通の敵を作るしか方法はない。それはイブも賛成している。となると、天王星の施設が発見されることは間違いない。その前に、火星の地下深くに設置していた艦隊で地球を包囲する。無駄な戦闘はしないが、制御不能になったものは破壊するしかない。そしてここが最も大事なことだ。』

マルコフは宇宙船を指差した。

『私のアンドロイドはあれと完全に一体化するように設計している。今自分の肉体を当たり前に動かしているが、それが果たして遠隔で可能なのかは、まだ未確定要素が多い。もちろんここで実験は行うんだが、それには私がやらないとどうしようもないんだ。我々にも地球にも、あまり時間は残されていない。地球人が太陽系を出ることは阻止しなければならない。ヘンリー・ヤコブが我々の祖先を選んだのは、それが理由だ。』

ヘンリーの名を出すと、ほとんどのノストラ人は何も言えなくなる。

『人類が真に宇宙の民となるためにも、地球もノストラパディアも守ためにも、必要なんだ。』

『わかったよ、補佐官。』

テオドロスはIFPを切り、宇宙服内のマイクで話した。

『ヘンリーやイブが何を予測しているのかはわからないが、今回のミッションは相当なものなんだな。』

『ああ、そうだ。いずれ、それは明らかになるだろう。私もそれは知らないんだ。知っているのは、今やらなければ将来も希望も無くなるってことだけさ。』

間もなくして、宇宙船は完成した。マルコフは早速試運転することにした。そのために、まずマルコフはコールドスリープポッドに入り、冬眠状態になる前に意識データの移入作業を行った。アンドロイド内のパルスを自身と同調させ、まずは遠隔で動くかどうかの確認を行った。

(よし、動きに問題ない。)

自分の動きとアンドロイドが完全に一致していると確認し、いよいよ冬眠状態に入った。意識データは肉体の脳波がノンレム状態のデルタ波が出てきた状態で転送される。その移動は、イブと相談の上で作った転送装置が自動で行うように設定していた。

(うまくいってくれよ・・・。)

マルコフの意識は肉体から消え、寝落ちしてすぐに目が覚めたような感覚になった。マルコフは自分の身体がアンドロイドになっていることを確認し、肉体を観察した。実に奇妙な感覚だったが、意識データの移行と同期は成功した。

『大統領、できました。これより宇宙船に乗船して、軌道上で操作の確認を行います。』

『よくやったな、マルコフ。もう少しだな。』




マルコフはノストラ本星からシャトルで脱出し、SⅬEに移動した。そして宇宙船に乗り込み、予め作っておいた操作シートに潜りこんだ。すると自動的にアンドロイドと宇宙船は一体化して、これも奇妙な感覚だが、マルコフは宇宙船になった。

『よし、発進。』

宇宙船はSⅬEから船外に出され、ヒッグスレス装置を起動させた。そして駆動し、発進した。宇宙船は超高速でケンタウリ星系を移動し、ついでに観測なども行って帰還した。そして軌道上でさまざまなチェックを行い、全て異常がないことを確認した。

『大統領、完全にフィットできました。これより帰還します。』

マルコフはノストラパディアに帰還し、無事に肉体に意識データを戻すことにも成功した。

「補佐官、君の案を採用することに決まった。報告では、肉体のコールドスリープは150年大丈夫だそうだ。もちろんその前に帰ってくるだろうが。」

「はい、大統領。これで、いつノストラパディア以外に移住する調査も可能になりました。」

「そのことだが・・・なぜ君はそれにこだわるんだね?まだまだこの星を発展させなければならんのだぞ。」

マルコフは意味深な笑みを浮かべた。

「大統領、ここの重力や磁場は、決して無視できません。まだ全く微々たるものですが、すでに体調不良を訴える国民も出てきています。我々の介護ポッドでさえ解決できません。遺伝子の不調でもなく、結論から申し上げればミトコンドリアによる活性酸素の急増なのです。できれば早いうちに、新しい移住星を見つけねばなりません。それが、私がこだわる要因です。」




地球第2帝国の不穏な状況はずっと続いていた。サドルは常にユーラシアの肝となる人物らと話し、時には奸計を仕掛けたりしながら独立を阻止してきた。だがそれも、時間の問題だった。どんなにうまくいこうとしても、突然に変化が起きてしまうのだ。それは本当に不思議としか言いようがない状況だった。

サドルは帝国科学技術省長官と会議していた。テーマは太陽系観察についてだ。

「では、もう可能なんだな。」

「はい、皇帝陛下。観測自体は木星軌道に配置したグレートムフタール望遠鏡でできております。後は、火星とガニメデを中継点とした調査船の発進のみです。その準備もすでに完了しています。」

「乗務員も確保済みなんだな?」

「はい、陛下。」

サドルは玉座から降りて、科学技術省長官の肩を掴んだ。

「よし、やってくれ。君の探索に帝国の未来がかかっている。火星政府自体の施設はもうなさそうだが、奴らがどこにいて、我々を注意深く監視していることは間違いないんだ。頼んだぞ。」

長官は下がり、サドルはしばらく誰も入れるなと命じて自室に戻った。そして妻と会話を交わした後にサドルは地下に降りて、キングハンの部屋に入っていった。

『よくいらっしゃいました、皇帝陛下。』

「キングハン、今日はいつもとは違うことを尋ねたい。」

『私でわかることでしたら、何なりと。』

「君は、確か昔の宇宙開発財団のデータも持っているはずだな?」

『調べます・・・ありました。』

「その頃のことだ。最初にSⅬEができて、その後共同体ができて自治区となった・・・確かそうだな?」

『はい、その通りです。』

「その時に、なぜSⅬEには科学者たちが多く移住していたのか、調べてみてくれ。」

『調べます・・・私のデータによりますと、そもそもSⅬEは人類が宇宙に進出するための調査移住でした。しかし各国や財閥などが次々に建造していきました。それを一括して管理しようとしたのが宇宙開発財団です。彼らはメタハイドレードの独占企業から始まり、全てのSⅬEに科学者をメインとした移住を計画しました。その選抜を担ったのがイスラエル人ヘンリー・ヤコブです。』

「そこだ、知りたかったのは。あの当時にSⅬEがあれだけ作れていたのに、なぜ今はひとつもないんだ?地球の科学者たちにはできないのか?」

『調べます・・・宇宙開発財団が関連科学者や教え子たちを全部移住させました。その後に独立運動が始まり、SⅬE共同体はSⅬEを改造して巨大宇宙船にして、火星に行ったのです。科学者たちの残したデータは残っていましたが、その後のホセ・ノーメンによる第1帝政が始まり、大混乱期となって、科学者たちは兵器開発に動員されました。その後の第2帝政については陛下御自身が知るところです。』

「なるほど・・・私が知りたかったのは、そのヘンリーとか言う科学者と宇宙開発財団がなぜ科学者たちを移住させた後に独立したのかってことだ。最初からその意図があったと判断すべきなのか?」

『調べます・・・その情報は他には見当たりません。宇宙開発財団は独立後に解散させられました。全てのデータは没収されましたが、あの当時はIFPも管理システムもありませんでしたから、会話などのデータは残っていません。』

「なんで解散させられたんだ?」

『ホセ・ノーメンに協力しなかったからだと言われています。』

サドルは怒りで顔を赤くした。

「あの男め!では、宇宙開発財団の財産も全て第1帝国が没収して、統一したってことなんだな。」

『そのようになっています。私も宇宙開発財団に、ここアスタナの地下に作られました。そのまま放置されていたのですが、復活させてくださったのが前帝の父、あなたの祖父アリです。』

「・・・そうか・・・つまり、通り一遍の情報しかないんだな、その当時は。だが、君を残してくれたおかげで現在の帝国があるわけだ。皮肉なもんだ。それで地球のアカデミズムは停滞したままなのか。」

『はい、そうです。私は自己修復機能がありましたから、電源を切られた後にも動き、アリがファースト支配者となって代々お仕えしています。』

「助かるよ。では、奴らが火星以外に移動している可能性はどうなんだ?」

『非常に高いと推測されます。地球の大混乱期に、彼らはより快適な環境を求め、なおかつ地球から離れるように移動していった可能性は高いです。』

「それは、攻撃のためか?」

『その情報はありません。当時の兵力は地球が圧倒的に優位に立っていましたから、当時はその意図はなかったと推測されます。』

サドルは少し考えた。

「では、別のことだ。なぜユーラシアが急に独立の動きになったと思うのか?」

『集団心理面は、私の管轄外です。残念ですが、火星政府が地球から離れて後、地球人類の教育水準はいたって低下しています。ユーラシアの民がそのような動きになるとは考えにくいと推測します。』

「わかった、ありがとう、キングハン。また来る。」

『どうしたしまして。』

やはりミュータントについての情報はほとんどなさそうだ。確かなのは、ホセ・ノーメン帝国が誕生したあたりから科学的発展は遅々として進んでいなかった。保護する国家とアカデミック分野が悉く崩壊してしまったからだ。第2帝国ではかなり復活させてはいたが、現状維持で精一杯だった。

「ミュータントか・・・なぜ地球に影響を与えるんだ?クソ!」

サドルは悪態をついて宮殿に戻った。そして内務長官を呼び出した。

『皇帝陛下、ご機嫌うるわしゅうございます。』

『ユーラシアはどうだ?』

『多少の小競り合いはありますが、まだ紛争まではいっておりません。』

『馬鹿者!それが大事ではないか!皇帝に隠し事など通用せんぞ!ちゃんと報告せよ!』

IFPを通じて、国務長官が恐怖を覚えているとわかった。皇帝の周囲は基本的にイエスマンしかいないということを、アーキムを見ていてよく知っていた。帝国の厳しさを痛感しているだけに、怯えが骨まで染みついていたようだ。

『申し訳ございません、陛下。抑えてはおりますが、まるで会議が成立しません。コロコロ変わるので、対処しようがありません。かろうじて北米の戦力で拮抗しておりますが、危険かもしれません。』

『相手の言い分が変わる・・・その理由は?』

『わかりません。誰かに操られているような感覚でございます。』

『もういい!』

サドルはIFPを切った。悔しかったが、これで明らかになったことがあった。

(ミュータントどもか・・・。)



マルコフの意思はノストラパディアにあるコールドスリープの肉体から離れて、超高速で移動する宇宙船の中にあった。経験済みではあるが、実に奇妙な感覚だった。まるで宇宙服のまま飛んでいるような気分なのだ。

マルコフのアンドロイドボディは宇宙船の中に完全に組み込まれていて、いつでも船から離れることもできる。食事の必要はないのだが、満足感だけは与える必要があるので、常にうまい食事を取っている気分にもなれていた。意識データはまだ不完全な部分があるので、人間の基本的欲求を満たさなければシンクロがうまくいかない可能性がある。

5光年近い距離なのだが、太陽系脱出の際に得たデータは全てインプットしてあり、生命維持の必要もないので、予想どおり地球歴では2年ほどで天王星の衛星オベロンに到達した。地球ではおよそ10年ほど経過しているはずだ。マルコフはまずコンピューターで情報を得ることから始めた。発射台に宇宙船を固定して、コンピューターと同期した。

『やはり、ガニメデまで来ているな。』

サドル・ムフタールは健在なのだが、地球ではユーラシアが帝国から離脱していた。地球はほぼ半分に分割されていた。それでもまだ同盟という形で共存していた。彼らに共通しているのは、火星政府が太陽系のどこかで存在しているという恐怖だった。ホセ・ノーメンから続く火星政府を共通の敵と認識する統治機能はそのままだった。

マルコフはノストラパディアを出立する前に、本星と同期する量子コンピューターを用意しておいた。研究を重ねていくうちに、量子もつれから同期に至るシステムを発見していたのだ。マルコフはコンピューターの電源を入れた。マルコフの意識回復のシグナルはただちに送信された。




『おや?・・・え?・・・なんだって!大変だ!管理官!マルコフ・ペテルスからの連絡です!無事にオベロンに到着したようです!』

マルコフの肉体横に置いてある同期コンピューターのモニターを管理していた男が、驚いて慌てて各所に連絡を行った。ノストラパディアはすぐに大騒ぎになった。管理官はすぐに各所に接続した。各所のホログラフには出立した頃のマルコフの顔が映し出されていた。

『マルコフ!無事だったか!』

『おや?君はテオドロスじゃないか。ずいぶん髪が白くなったね。私は無事だよ。』

『良かった・・・だが長かったよ。10年ほど経過している。カリストゥスは肉体維持が困難になってね・・・今のカリストゥスはイブの中にいる。私が3代大統領だよ。そちらはどうだ?』

『ああ、大丈夫だ。気温や重力を気にしないでいいので、楽ではある。今は最初の船を固定していた発射台に私自身を固定している。早速だが、地球人はガニメデまで進出している。しかも火星には艦隊を配備しているようだ。帝国は分裂しているが、我々を共通の敵としているのも事実だ。今のところ協力している。だが、まだ恒星間航行できる技術はなさそうだ。やるなら早いうちでないと、彼らと対等で話せない。彼らは我々に一旦勝ったと思っている。その生存者を探索するというのが目的だ。』

最初に同期していたコンピューターを使っての通信はできないので、マルコフは簡単に説明した後にデータを新しい機種に入力した。

『そうか。では、計画通りに進めて良さそうだ。現在の地球艦隊は火星付近だけなのか?』

『そのようだ。木星のガニメデには超高感度の宇宙望遠鏡があるようだ。その管理程度だろう。だが、もうオベロンに何かしらあると思われても不思議ではない。急いだほうがいい。』

『わかった。大至急戦略を練って報告する。君はそこで情報を・・・。』

『いや、ダメだ。火星の地下には指令が届かない。試したが、無駄だった。』

『なんだと!それじゃあ・・・。』

『テオドロス、私は彼らの配置だけは全てわかる。このまま火星まで行き、オリンポス山にある地下入口に突入する。そこまでやればコンピューターに指示できる。そうするしかない。』

『馬鹿なこと言うな!そんなことを大統領補佐官に・・・。』

『私はカリストゥスの補佐官なんだよ。君の補佐官じゃない。それに、君は変わらないな。以前にも同じことを言っていたよな。』

テオドロスは散々説得したが、マルコフの説明は簡潔で納得できるものばかりだった。最後にはテオドロスは諦めた。

『わかった。君はノストラ人にしては本当に珍しい存在だな。そんなことは地球人しか考えないと思うが。』

『忘れてやしないかい?私にはヘンリー・ヤコブの遺伝子が組み込まれている。君たちよりもずっと・・・ヒューマンなのかもね。それでは、準備でき次第出発する。戦略を頼む。』






サドルはこの日もユーラシア連邦との水面下交渉の報告を聴き、戦略長官タカハマ・ユリコを呼び出した。

『皇帝陛下、お呼びいただき感謝いたします。』

『ああ、ユリコ。調査はどうなっている?』

『ガニメデからの報告によりますと、現在木星から海王星までの探査を継続中とのことです。近況ではまだ生存施設などは発見されておりません。ご存じのように衛星や小惑星が多いため、全力をあげて探査中です。』

『そうか、ご苦労。何でもいい。何か変化らしいものはないのか?』

『現在、可能な場所を全て調べております。あえて申し上げれば、天王星の衛星オベロンに一瞬光のようなものが見受けられました。しかしそれは、オールトの雲からの彗星衝突の可能性が高いと思われます。』

『かなり辺境だな。わかった、引き続き探査を続けるように。』

『帝国に栄光あれ!』

サドルはここしばらくのユーラシアとの交渉で、元々備わっていた管理能力が向上していた。ユリコはまだ27歳の日本人なのだが、ユーラシアから引き抜かれそうになっていたところを救出した人材だった。戦略トーナメントで優勝するなど優れた才能を有していた。他にもサドル自身が拾い上げた人材は多岐に渡る。

サドルは自室の端末からキングハンにコンタクトし、宇宙望遠鏡からの映像をチェックした。特に報告があったオベロンに関して絞って調べた。この端末からだと意見を求めることができないのだが、データの実なら問題はない。

映像には確かに、一瞬だけ光った形跡が認められた。その部分を拡大してみても、衛星に何かが衝突したとも思えるし、そうでない可能性も捨てきれなかった。サドルはため息をついて端末をオフにした。紅茶を飲もうとОSに声をかけようとした時に、強烈な眩暈がサドルに襲いかかった。

「う・・・なんだ・・・?」

サドルは立っていることができずに、倒れそうになった。だがすぐに介護アームが飛び出して支え、ポッドが走ってきてサドルを収納した。皇帝はあらゆる状況に対応していなければならない。IFPが必須になっている現状では、取り巻きを常に置いておく必要がなくなる反面、自身のことは自分で守らなければならなくなってもいた。

(これは・・・なんだ?)

サドルはポッドに状況を表示させた。血圧、心電図、血中濃度などがすぐに表示され、ポッドから皮膚生検を行い、その他の疾患や異常もすぐにわかる。しかし全く異常は確認できなかった。

(始めてだ、こんな感覚は・・・。)

サドルは意識がぼんやりし始めた。焦点が合わなくなり、目を閉じた。

「な・・・なんだ!」

思わず声に出したのは、目を閉じたのに瞬時に全く知らない場所にいたからだ。林があり、草原が広がっていた。

「ここは、どこだ?」

サドルは付近を歩いてみた。目を閉じているはずなのに、景色は確かに目の前に広がっていて、歩いている感触もある。夢にしてはリアルだ。

「うん?あれは・・・。」

草原の前から歩いてきたのは、見たことがある民族衣装を着た美しい女性だった。女性はサドルが皇帝であることなど全く知らないようで、にこやかに、しかし少し影がある表情を浮かべていた。

「すまんが、ここはどこだ?」

やはり普通の感覚だった。ちゃんと自分で喋っている。女性はすぐ目の前にやってきて止まった。女性は美しく、首を傾げてサドルを見ていた。



『ここはどこだ。』

サドルはIFPで伝えたが、反応は同じだった。

『お前はIFPをつけていないのか?』

明らかに帝国法違反だ。多少怒りを感じたサドルに、女性ははっきりと口頭で伝えてきた。

「あなたは、何を言っているの?私はイロナ・フェケテ。ハンガリー人よ。そういうあなたは、トルコ人でしょ。」

「なに?なぜ、そう思ったんだ?」

「だってその服はトルコの服じゃないの?」

サドルは自分の服を見た。確かに、トルコの民族衣装『カフタン』を着ていた。

「なんで私はこれを着ているんだ・・・皇帝の服のはずだ。」

イロナはおかしそうに笑った。

「変な人ねえ。お名前は・・・サドルさんね。」

「え・・・私は名乗っていないぞ。なぜわかるんだ!」

サドルは懐に手を入れた。いつも持ち歩いているパラライザーガンを取り出そうとした。護身用なので相手を痺れさせることくらいはできる。だが、そこに銃はなかった。

「ない・・・なぜだ?ここはどこなんだ!」

「あ、そうか。あなた、新入りさんね。いつ来たの?」

「新入り・・・私が?ここはいったい・・・。」

イロナはバラの花をサドルに差し出した。

「どうぞ。歓迎するわ。」

「花だと・・・持っていなかったじゃないか?どこから出したんだ!」

「変ねえ、なぜ伝わらないの?私たちの村って・・・。」

次の瞬間、それまでの草原の風景が一変した。サドルは漆黒の宇宙空間にいた。宇宙服も何も身につけていないサドルは、パニックになった。空気を求めて手足をバタバタさせ、視界が一気に別の意味で暗くなっていった。

「ぐうう!」

サドルは床に倒れていた。まるで脳がついていけなくて、サドルは大声を出した。

「おい!誰か!」

すると横に介護ポッドがあった。サドルはようやくここが皇帝の自室だとわかり、介護ポッドに声をかけた。

「起こせ!」

アンドロイドがやってきて、サドルを抱え起こした。サドルは服を見たが、シンプルな皇帝服になっていた。

「再生!」

ホログラフが現れ、サドルがどうなったかを再生した。介護ポッドに入っていたサドルが映し出され、目を閉じていた。

「う・・・なんだ!」

信じられない光景が映し出されていた。サドルが目を閉じて浮き上がっていたのだ。そして民族衣装を着たハンガリー人の女性が浮き上がったサドルと話していたのだ。

「これは・・・どういうことなんだ。あれは、夢ではなかったのか?」

女性が花を渡してサドルが何か言い、女性が首を傾げたところで寝ていたサドルが立ち上がり、床に倒れたのだ。アンドロイドが走ってきたところで映像は終わった。サドルは茫然と立ち、眩暈がしてまた介護ポッドに横にさせられた。

ポッドが閉じて強い幸福感ホルモンが噴出され、サドルは混乱から徐々に回復していった。心がスッキリし始め、思考が回復してきた。そしてようやく理解することができた。

「あれが・・・ミュータントなのか・・・私には奴らの力は及ばないはずだ。なぜ?なぜなんだ?」

サドルは介護ポッドをリラックスモードに切り替え、何か記憶に残っていないかを探った。目を閉じて先ほどのシーンを思い出してみた。特に変化はないようだが、最後の最後で瞬間的に何かの意思を感じていたようだ。

それは1人のものではなく、村単位のような意思だった。自己紹介したイロナというハンガリー人の女性だけではなく、様々な男女の意思のように感じられた。サドルはその意思に焦点を当てた。そしてその意思が明確になってきた。サドルは目を開き、全身に鳥肌が立っていることに気が付いた。

全くリラックスできていなかった。介護ポッドは再度幸福感ホルモンを放出して、サドルの変調を調整していた。かなり強い濃度になっていたので、サドルはたちまち眠くなった。

多数の意思は、このように感じられた。

【ダメだ!触れたらいけない!去れ!我々も去るべきだ!】



マルコフは一旦宇宙船から離れて、発射台のあれこれを調整した。現在のオベロンから火星の位置を計算し、発射台の角度を細かく合わせた。アンドロイドボディなので、作業は順調にスムーズに行うことができた。全ての調整が終わると、マルコフは再び宇宙船と一体化した。そしてノストラパディアと通信した。

『テオドロス大統領、今より火星に向かいます。ここまでの詳細は先ほど送りました。データが重いので、少しラグがあるとは思います。それから、しばらくは同期できないので通信はこれが最後になるでしょう。火星軌道に入れば通信も可能かもしれませんが、無理かもしれません。地球の艦隊がどうなっているかはわかりませんので、随時調査していきます。』

『どうしたんだ、マルコフ。他人行儀じゃないか。立場こそ変わっているが、私と君は同僚だろう。普通に喋ってくれよ。』

『そうなんだが・・・まあいいだろう。ヘンリーの遺伝子のせいか、ノストラ人らしくない感情が湧いてくる。』

『なんだ、それは?』

『たぶんだが、センチメンタルというものだ。ノストラ人にとって、死はほとんど意味がなくなっているだろう?だからそんな気持ちにはなれない。なんだろうな、アンドロイドボディなので変な例えだが、胸が苦しくなる感覚だよ。』

『そうかもね。我々の祖先が地球を離れてから結構な年月が過ぎている。その間には恒星間航行もあって、全てを無駄にしないシステムになっているからな。地球人とは別な生命体になっているかもしれない。そうか・・・地球人のマインドを持っている君なら、地球人の戦略も理解できるかもな。』

『だが、もうそろそろ行かなくちゃ。健闘を祈っていてくれ、テオドロス。』

ノストラパディアのモニターには、生身のマルコフが敬礼していた。テオドロスも敬礼して、マルコフは若い日のテオドロスとしてボディ内に投影された。

(生身なら、泣くところなんだろうな。)

この感覚も奇妙なものだった。マルコフはジョナサン粒子変換装置を駆動させた。十分にエネルギーが満ちるまで待ち、ヒッグスレス装置を稼働させた。

(よし、行くぞ。)

宇宙船は光速をできるだけ維持し、スペースデブリをよけながら火星に向かって進んでいった。太陽系脱出の際に得たデータがあるので、ほぼ問題なく進んでいったが、そrでも通常駆動でなければならないことも多く、時間は要した。

火星の手前にある小惑星帯まで行って観察を行う予定だったのだが、宇宙船のセンサーが木星付近で反応した。かなりの距離に、金属反応があった。

(これがあの観測望遠鏡か。まだ地球から遠隔しているのか?だとしたら、火星にはどう艦隊が配置されているんだ。)

マルコフはまず宇宙望遠鏡にハッキングを行い、観測装置を一時的に停止させた。近づき、システムをコピーした。ノストラパディアに比べてかなり古いシステムになっているようだ。マルコフは宇宙望遠鏡を過ぎてから観測機を稼働させた。地球では一時的な不調として報告されるだろう。




木星から火星の間に小惑星帯がある。ここは以前のデータは通用しない。マルコフは通常駆動で手近な着陸可能な小惑星に停め、観測を開始した。目的小惑星はケレスだ。小惑星帯の中では大きいサイズのはずだ。マルコフは周囲の小惑星を観察し、慎重に進めていった。

地球時間で3週間ほどをかけて、宇宙船はケレスに到着した。宇宙船のロックアームをケレスに打ち込み、慎重に降下して着陸した。準惑星なので、月の1/4程度のサイズである。小さいが重力もあり、マルコフはここで待機することにした。ここから火星に最も接近する距離を観測しなければならない。

さらに、ここからは地球の様子が情報として直接得られるのだ。ノストラパディアの通信回線を火星に合わせる。すると同期ほどではないが、地球人の通信が傍受できるようになった。

マルコフはその情報を慎重に分析していき、地球の状態や火星の艦隊の配置などで詳しく調べていった。その結果、予想もしなかったことが判明した。

(地球は本当に分裂寸前になっているのか。)

サドル・ムフタールの治世は帝国の再統一に奔走していたようだ。ユーラシアはほぼ独立していて、ユーラシアの中でも対立が起きていた。火星付近に艦隊はあるものの、ユーラシアのものはないようだ。この様子だと、火星に突入したとしても大したことにはなりにくい。さらにもっと驚いたことは、サドルが徹底してミュータント狩りを行ったことだ。

(ミュータントの素養がある者を・・・抹殺した?どうなっているんだ?)

ある日より皇帝サドルは狂ったようにミュータントのSⅬEを捜索させ、さらに帝国内で妙な能力を持つと言われる者たちを隔離して抹殺していた。この暴挙により、地球は大混乱に陥っていた。コンピューターの同期では分析できない情報だった。

(これなら、間違いなく火星に行けるし、艦隊も制御できる。だが、それからどうするかが問題だ。)

そして、火星までの距離が最短になってきた。マルコフはケレスから離れ、火星に向かった。目指すのは2700Ⅿの高さがあるオリンポス山だ。


10


帝国は揺れに揺れていた。要因は、皇帝サドル・ムフタールの乱心と言われていた。帝国内全ての予算をミュータント探索と帝国内での特殊能力者狩りに割いていた。当然ながら統治は乱れ、各地で反乱が発生していた。さらには、ユーラシアでも似たような現象が発生していたのだ。

まず帝国の南米で大規模な反乱が発生した。この時代には珍しい新興宗教によるものだった。その教祖アドルフォ・フェルナンデスは数々の奇跡を起こしたと喧伝していた。続いてケニア地区でもムワンギ・アリによるアフリカ統一戦線の結成が呼びかけられた。

ユーラシアでは中国地区で恒金志なる人物が少数民族の独立運動を開始。大規模な人民蜂起となって、事実上の独立国をベトナム地区まで拡大していた。彼らは当然帝国やユーラシア同盟から攻撃を受けるはずなのだが、なぜか実力行使はされなかった。彼らには手を出していなかったのだが、そこ以外では悲惨だった。

サドルはIFPの不調を確認した者たちをことごとく拘束し、ただちに殺害した。それまでも圧政と言われていた帝国だったが、ここまでになってしまうと特殊能力者でなくても反発するようになる。彼らはIFPを除去する手術を受け、自由復活帝国打倒をスローガンにして各地で反乱が起こっていた。

この動きはユーラシアでも同様であり、特にロシア地区では悲惨だった。ついには大量破壊兵器が用いられ、多くの国民が一瞬で殲滅させられた。それでも帝国メディアは状況を発信できていたし、ユーラシアでは古い紙媒体が復活していた。

帝国では皇帝直属の軍が構成され、サドルの意のままに行動していた。当然帝国軍の起立は乱れ、帝国内で対立も発生していた。このような状況下で、唯一サドルと会話できるのは妻のメリルだけだった。メリルは主将や内務省、軍からの報告をサドルに告げ、返答を伝え返していた。

そのメリルでさえ、サドルの自室に入ることはできなかった。サドルは介護ポッドと酒に頼っていて、一応は健康であるとわかっていたことだけが救いだった。この日もサドルは介護ポッドに入って、残っていた酒を抜いていた。するとメリルからIFPを通じて連絡が入った。

『陛下・・・部屋の片づけはできております?』

「・・・メリル・・・どうした?」

「陛下、宇宙艦隊から報告が入っております。陛下ご自身が指示されたことだとか」

「なに・・・繋げ。」

サドルは介護ポッドに入ったままホログラフを展開した。帝国宇宙艦隊司令官兼任のタカハマ・ユリコの顔が映し出された。

『帝国に栄光を!陛下、突然の無礼お許しください。』

「どうした・・・何があった?」

『まず、ミュータントがいるSⅬEはまだ発見されておりません。地球と火星の中間域を徹底的に探しましたが、全く痕跡はありません。デブリもなく、彼らが存在していた証は全く何もありませんでした。』

サドルは目を見開いた。

「なんだと・・・そんなはずはない!私は奴らと接したんだぞ!」

『しかし、火星も含めて探しましたが何もありません。また乗務員にIFP異常も発見されておりません。ミュータントたちはすでに太陽系にはいないと判断いたします。それはおそらく・・・陛下と接触したからではないでしょうか。陛下は突然暗黒に落とされたと申されましたが、その瞬間に彼らはあらゆる痕跡を消して去っていったとしか・・・。』

「バカを申せ!地球上でおかしな奴らが多発しているではないか!どう説明するのだ!」

『申し訳ございません。私はそう判断するしかありません。それから、もうひとつご報告があります。』




「なんだ?」

『火星基地から報告がありました。初めて地震のような振動が観測されました。すぐに収まりましたが、火山活動のようなものではなさそうです。引き続き調査いたします。」

「ああ・・・頼む。」

『帝国に栄光を!』

回線は切れた。これはタカハマ司令官とサドルのみの回線なので、全て事実なのだ。サドルはなぜミュータントたちがいないのか考えた。

(私に触れたから・・・では私を知ったから去ったと言うのか?それとも、ずっと前にいなくなっていたのだろうか?・・・おそらく、もうずっと前に地球の近くにはいないのだろう。奴らは思念だけであの世界を作っている。あの世界と相反するものは・・・私の心の中にあったというわけか・・・宇宙軍や破壊兵器を知って・・・去っていったということか・・・それにしてもすごい思念だ。それから・・・火星の振動だと?・・・人為的ではないのなら・・・隕石でも落ちたのか?)

サドルはまた目を閉じた。今度はいつまた報告があるかわからない。それまでは疲れを取っておかなければいけない。

サドルに報告がある少し前、火星のオリンポス火山火口付近に小さな光があったが全く問題にされなかった。


11


マルコフの宇宙船は基本的にはステルスタイプなのだが、ノストラパディアでは通用しない。地球帝国には通用すると思われたが、注意深く進んでいった。アステロイドベルトのケレスで一旦調査をして、あらゆる軌道を計算して発進時間を決めていった。ヒッグスレス装置は使えないので、この計算は非常に重要になる。

「発進オーケー・・・。」

最短距離が2.5天文単位になるまで待ち、マルコフは発進した。ジョナサン粒子変換駆動のみなので、火星までは地球時間で3日ほどかかる。この辺りになるとスペースデブリ量が増えてくる。必然的に電磁バリアを使わざるを得ない。その処理を行いながら、マルコフは徐々に火星に近づいていった。

「いた・・・これが地球艦隊か。」

アステロイドベルトから2日後、宇宙艦隊の駆逐艦を発見した。帝国では最新鋭なのだが、ノストラ人からすれば本当に古臭いものだった。恒星間航行を成すためには、極力流線形である必要があるのだが、ゴツゴツしていて武器があちこちに突き出している。収容力がないのだろう。

「アーキム式駆逐艦にアルテミス型有人空母・・・地球上での戦闘概念が残っているんだな。空母は収容人数がおよそ1000人。戦闘艦を30隻搭載可能。でかいが、これなら木星までがやっとだろう。これならいけるな。」

マルコフはやすやすと情報を仕入れ、データを保存して対策を計算した。その結果、この艦隊はまともに戦闘をしたことがないと判明した。

「第一次火星戦争だと?なるほど、我々が残しておいたシステムと戦争ごっこをしていたのか。だからあんなに無駄なものがあるのか。レーダーもろくに動いていないようだ。しかも艦隊は空母をメインに水平に並んでいる。これではレーダーが干渉してバグしか見えない。となれば、ここから侵入していけばいい。」

火星政府が残しておいた防衛システムは、本当に見せかけだけの防衛システムだった。太陽系を脱出するための時間稼ぎでしかない。だがそのシステムですら攻略できなかったようだ。




数こそ30艇ほどあったが、これでは全く機能しない。マルコフはある意味安堵した。

「これなら、火星にある戦闘コンピューターに接続できれば完全に駆逐できる。よし、行こう。」

マルコフは宇宙船を予定していたコースに進め、そして火星の軌道上に入った。目指すのはオリンポス山の火口だ。もうすでに、彼らのレーダーでは探査できないことがわかっている。マルコフはゆとりをもって、火星に進み、オリンポス山が確認できる場所で止まり、一気に火口目掛けて降下していった。

火星軌道にいる間に、防御システムを起動して火口に設置していたカモフラージュ扉を開いておいた。その際に一瞬光が発するのだが、おそらく気が付くことはないと判断していた。マルコフの宇宙船は速度を落とすことなく火口に突っ込み、下っていって急停止した。

停止した場所にはドックがあり、マルコフはドックのひとつに近づき、接続した。生身ではないので、実にスムーズに行うことができた。

「さて、ここからが問題だ。」

マルコフはドックからシステムに入り、戦闘準備状況を確認した。基本的には火星政府も地球人の名残があるので、無用な戦闘機などは残しておいた。そして攻撃用無人ポッドを大量に作っていった。非常に小型で、接近しての攻撃のみ行い、しかもその後は自爆するタイプなので、1日で300機製造することができた。さらに製造を継続することにした。

作った戦闘用ポッドの幾つかを操作し、システムに入れ込む作業を行い、全てシミュレーション通りに動くことを確認した。全てが終了した後、マルコフはノストラパディアに通信した。

「これより攻撃を開始する。その後に和平交渉に入る。」


12


『アラート!アラート!攻撃を受けています!』

専用IFPからの通信が入り、サドルは飛び起きた。宇宙艦隊司令官タカハマ・ユリコからだった。基本的に骨伝導なので、激しい通信の場合には骨が響くような感覚になる。

『どうした!相手は!』

『火星からです!オリンポス山の麓から大量の攻撃ポッドと司令船が出てきました!しかもこちらの攻撃はほとんど無効です!無人攻撃なのですが、後から後から湧き出てきます!救援を!』

サドルは起き上がり、ОSに戦闘着を用意させた。そして戦争省長官を呼び出した。

『どうなっとるんだ、これは!』

『帝国に栄光を!いきなりの攻撃です!火星探査は散々行ってきていましたが、司令官からの報告によりますと、オリンポス火山の地下100m付近に潜伏していた模様です。しかも!無人攻撃です!まるでコンピューターを相手にチェスをやっているような感覚です!手も足も出ません!』

(ありえん!火星は俺自身が調べ上げたんだ・・・なぜだ!)




サドルは外務省を呼び出し、ユーラシアに救援を要請するように伝えた。少ないが、ユーラシアは攻撃用衛星を打ち上げている。何らかの手助けにはなるはずだ。

『な・・・救援はないだと!どういうことだ!』

『ユーラシアは旧ロシアも旧中国も、全く応答ありません!調査では、ユーラシアの国民すべてが動いていません!』

『動いていない、だと?どういうことだ!』

『映像では、まるで人形の様です。全ての動きがなく、各地で事故が発生していますが、それでも動きはありません!』

サドルはこの報告に唖然としていたのだが、思い当たる記憶が蘇ってきていた。

「まさか・・・ミュータントたちが火星側だと?なぜなんだ!」

サドルはミュータントのイロナに接触した後、あまりにも強大で強烈な思念エネルギーで弾き飛ばされたことを思いだした。その時に感じたことは、ミュータントたちは人類との接触を拒んでいるということだ。さらに、自分たちも去るべきだとの意思も思い出していた。

(するとミュータントたちはすでに地球の近くにはいなくて、だが思念だけが残っているというのか?我々を固めて動けなくしておいて、去ったと・・・ではなぜ艦隊は動いているのだ?わが帝国も動いている・・・なぜだ!)

サドルが混乱すればするだけ、帝国内も混乱した。あらゆる地域で社会混乱が生じ、政治は昨日しなくなってきていた。宇宙艦隊が攻撃されているのは火星かもしれないし、ユーら詩歌かもしれないという強迫観念が爆発し、勝手に自衛を行い始めていた。

サドルは外務省と内務省に国内外のことを全て任せ、自分は地下のキングハンの元に降りてきた。サドルは大声で訊ねた。

「キングハン!どうなっているんだ!なぜ火星にあれだけの兵器があることに気が付かなかったんだ!あいつらはずっと火星にいたのか?ミュータントはどうなっているんだ!」

キングハンからはすぐに返答があった。

『陛下、私はコンピューターなのです。データがなければお答えしようがありません。』

「現状のデータは入っているはずだ!我々はどう反撃すればいいのだ!」

『お調べします・・・現状で、帝国艦隊が勝利する確率は0.0000001%です。相手は攻撃力と機動力のみにコミットして設計されています。帰還については全く考慮されていないようです。帝国アーキム式戦闘機もアルテミス型空母に関しても帰還を考慮しているだけ不利になっています。』

「0.0000001%・・・もう負けるしかないのか・・・ではキングハンに命じる。ただちに帝国艦隊にアクセスして指令せよ!打ち負かせ!」

キングハンは少しの間解答しなかった。サドルは眉間に皺を寄せて両手を上げた。

「キングハン・・・どうしたのだ?なぜ答えない?お前は我が帝国の守護ではないか。」

『陛下、艦隊にハッキングできません。』

「・・・なんだと?どういうことだ!」

『私自身・・・すごい侵入を受けています・・・ブロックできません・・・。』

「キングハン・・・?なにがお前に侵入しようとしているのだ?ユーラシアか?火星か?」

キングハンはまた沈黙した。サドルはキングハンに近づき、声を張り上げた。

「キングハーーーーン!答えよ!」

『私は・・・古くて・・・これには敵いません・・・これも古いコンピューターですが・・・これは・・・誰が作ったのか・・・まるで・・・すごい意思がある・・・もう・・・。』

キングハンは完全に沈黙した。

「・・・ハン・・・キングハン・・・?どうした?どうしたんだ!」

サドルは何回もキングハンに呼びかけた。だがやはり反応はなかった。サドルの表情から感情が消えうせた。

「お前が機能していたからこそのムフタールだった・・・なぜ、止まってしまったんだ・・・もう、終わりなのか・・・。」

サドルはがくんと膝をついた。そしてそのまま横に倒れていった。サドルのIFPがアラートを発した。

『緊急!緊急!皇帝陛下の心音検出できず、繰り返す、皇帝陛下の心音検出できず。皇帝陛下の心臓停止確認。死亡確認、ただちに蘇生を・・・無用。無用。無用。無用・・・。』

救急用アンドロイドは発動しなかった。その代わりに介護ポッドが動き出し、サドルを収容して皇帝の自室に運んでいった。サドル死亡のニュースはただちに全世界に知れ渡り、帝国のサドル親衛隊を中心とした帝国再生チームが動き出した。

そして停止していたユーラシアは、奇妙なことにかなりの人数が自主的に大河に身を投じていた。その後動き出したユーラシアは世界統一連合を形成して帝国再生チームと紛争状態に入っていった。

サドルの遺体が運ばれていった後、停止していたキングハンは再起動していた。キングハンは地球上のあらゆるコンピューターに侵入し、帝国再生チームと世界統一連合の和解を全世界に通達した。元々紛争程度しかする能力がなかった勢力なので、和解は望む処だった。

キングハンは全世界の遺伝子を把握していたので、あくまで地球規模の帝国としながらも民主主義統一国家の形成に必要な人材を探し出した。暫定政府が誕生し、緩やかに統一に進んでいった。

全ての作業が終了すると、キングハンは自らの映像を公開した。

『わたしはキングハン。ムフタール皇帝のコンピューター。使命を終了したので、私の役目はこれで終わる。後は火星政府の後継国ノストラパディアとの融合を行っていけばいい。人類が永続的であることを信じます。』

そしてキングハンは自爆した。宮殿ごと完全に破壊してしまった。人々はいまだに帝国の延長線上で生きていたので、キングハンの爆発以降は、敵だと教え込まれていた火星政府の後継国ノストラパディアとの共存の道を模索することになった。

キングハンは自爆する直前、自らに侵入していた存在と会話していた。全てのデータが終了した後、キングハンの内部モニターには1人の美しく若い女性の姿があった。女性は悲しそうなイメージだ。キングハンは、その女性に最後のメッセージを送った。

『これでいいのですね。』




13


マルコフ・ペテルスは地球宇宙艦隊が沈黙し、戦闘能力がほぼなくなったことを確認するとシステムを停止させた。どのみち、攻撃用ポッドのエネルギーがなくなりつつあったのだ。これ以上は無駄でもあった。

マルコフはノストラパディアに量子通信を行い、戦闘無事終了と伝えた。そして帰還用宇宙船のエネルギーを満たすために火星表面に移動した。ジョナサン駆動は宇宙線エネルギーなので当初の充填は必需となる。

そして、キングハン自爆直後まで待機し、地球と火星の通信を開始した。すでに火星の軌道上にあった衛星をハッキングして、量子コンピューターと接続させた。アクセスが完了した後、マルコフは地球にメッセージを送った。

『地球の皆さん、私マルコフ・ペテルスはノストラパディアを代表してこの通信を行っている。混乱のさなかに申し訳ないが、これは地球の命運を決めることだ。静止して、聞いてほしい。』

地球では大混乱が生じていたが、それは皇帝が死去し、ユーラシアが独立して制御できなくなっていたからだ。じぶんたちを負かした相手が火星政府だとばかり思っていた人類は立ち止まり、IFPからは音声が、管理システムからは映像が流れてきて固唾を飲んで観ていた。映像には、ノストラパディアを出立した頃のマルコフの姿が映し出されていた。加えて、ノストラパディアの映像もあった。




『私はノストラパディアの大統領補佐官です。これまで皆さんは火星政府が敵だと思い込まされてきたと思います。しかし、それは違うのです。私たちはもうなくなった宇宙開発財団にそそのかされて、SⅬEを地球から離脱させました。そしてすでに太陽系を離れ、ケンタウリ第2惑星に移住して、新たな国ノストラパディアを建国したのです。私たちは争いを好みません。ですが、第1帝政も第2帝政も、共通の敵として私たちのイメージを作り上げ、最初は表面上の戦いに勝利し、なおかつ監視衛星を木星まで飛ばしてきていました。このままでは紛争は避けることはできません。そのため、私たちは少ない武器だけで火星にあった戦艦や戦闘母艦を停止させています。ですが、中の人たちは戦闘不能となった現在はそのままです。ですから、すみやかに救助船を派遣してください。月に待機しているはずです。』

人類はなぜそこまで知っているのかと疑ったが、その前にやらなければならない。ただちにユーラシアを中心として暫定国家が建設され、月に向かって救助艇を発進させるように動いた。マルコフはさらに続けた。

『今度は我々と話し合い、協力し、人類がなすべきことをなしていくしかありません。それはこれからの過程で明らかになってくるでしょう。忘れないでください。私たちノストラパディアは、科学力ではあなた方の遥か先を歩んでいます。紛争は決して望みません。しかし現に私たちの力は目の当たりにされたはずです。どの道が良いのか、しっかりと協議をお願いします。それでは、今後はノストラパディアの外交部が交渉の窓口になってきます。そしていつか、再び人類はひとつになっていくことでしょう。今回の通信はここまでにします。』

世界中からマルコフの姿は消えた。人々は混乱のさ中にあったが、改めて統一した世界を作ることが明白になっていった。目標ができた人類は、すみやかに次の政治形態に向かって動き出していた。

通信が終わったマルコフは火星の赤い地表を眺めながら、この星に3世代ほど住んでいたのかと思った。火星政府がその間にどれだけの努力と発明を繰り返したかの記憶を振り返り、感傷に近いものを感じていた。いつかはアンドロイドでも感情を持てる日が来ることだろうと思ったし、そうでなければ地球との協議もうまくいかない。クリス・サマラスが地球人主体だったSⅬE共同体を率いて太陽系脱出をプランしての現在だ。

マルコフは宇宙船のチェックやシステムの点検などを行った。今後はこのシステムが地球と交渉するにあたっての抑制となる。また、地球の独裁が終了し、ノストラ人との交流が行なえる状態になれば、重要な太陽系拠点ともなる。なにかと忙しかった。

作業を進めながら、マルコフは異常を検知した。アンドロイドボディなので感覚的ではなく、作業のスピードが少し遅れていた。些細なことなのだが、メカ的には異常となる。

「どこに異常があるのか?」

マルコフは宇宙船にも火星コンピューターにもアクセスしているので、あらゆる部分でチェックを行った。どの部分にも異常がないことを確認して、マルコフは冷静に考えた。可能性はひとつしか残っていなかった。

「私のボディに異常があるか、シンクロがうまくいっていないのかだ。」

マルコフ自身が開発したこのシステムは、意識データとアンドロイドボディが肉体のようにシンクロして動けるというものだ。テストでも問題はなく、現在までも問題はなかった。マルコフはまずボディのチェックを行った。

宇宙船にあるシステムを一旦ボディとシンクロを外し、宇宙船システムを優先させてボディのチェックを行い、そのデータを閲覧した。その結果、ボディにも異常が発見されなかった。

「となると、いよいよシンクロが問題なのか、それとも意識データに異常があるのか?」

マルコフは考え、そして実行に移した。まず、それまで必要なかったボディに合成皮膚を装着し、さらに地下の火星探査機に装備してある宇宙服を装着した。そして火星に降り立った。火星の砂埃を防ぐためだが、目的は別にあった。オリンポス山の近くには火星政府時代の生活施設が残っていて、そこで意識データチェックを行うのだ。宇宙船では近すぎるし、エネルギーを充填中だ。

火星の大地を歩いていくと、間もなく施設に出た。第2帝国も探索していたようだが、火星の知識がないと居住には向かないので、手つかずのままだった。また、マルコフは施設に入るパスナンバーを持っていたので、帝国が探せなかった地下に入ることができた。

地下には施設居住管理のためのコンピューターその他の装備がそのままあった。マルコフは宇宙線エネルギーがフルであることを確認して、コンピューターを起動させた。そしてノストラパディアと量子連結していることを確認して、通信した。

「こちらは、火星のマルコフ・ペテルスだ。ノストラパディア肉体管理室、ヘルプだ。」

間もなく返信があった。

『こちらはノストラパディア肉体管理室だ。どうした?異常あるのか?』

「確認したい。そちらのマルコフ・ペテルスの脳波に異常はないか。」

『承知した。現在・・・なんだ?脳波が急に乱れている。心電図も乱れがある。至急調査する。』

マルコフの考えは当たっていた。何が原因かはわからないが、肉体的に何かあったのだ。その影響でアンドロイドボディも異常が起こっていたと考えた方が自然だ。だが、肉体には意識はないはずだ。かと言って、アンドロイドには意識データこそあれ、感情は発生しにくい。

「どうなっているのか?このデータを保存しておく。」

マルコフはノストラパディアからの返信を待つ間に、地球軌道上に置いていた探査機の情報を整理した。その結果、大混乱であるとわかった。皇帝サドルが逝去し、なぜか地球人類が不自然な動きがあったようだ。マルコフは探査機で得られた通信やニュースなどを分析して、3次元的な情報構造を構築した。

「ユーラシアだけが戦闘に加わらなかったのか。それに通信もできずにいた。それも我々の行動だと思われている。だがなぜだ?まるで映像を部分的に止めているようだ。これは明らかに不自然。何かがユーラシアに影響を与えたのか?」

この3次元的情報構造はより立体的に理解することができる。しかも刻々と変化していく状態も見ることができる。これもマルコフの考案だった。情報構造を調べていくうちに、今度は皇帝宮殿が爆発したとのニュースも入ってきた。これについては全く何も原因はわかっていないようだ。

「これも不自然だ。なぜ皇帝は死に、宮殿は爆破されたのか?」

すると、ノストラパディアから返信が入った。

『マルコフ・ペテルス、肉体に刺激反応を調べてみた。反応があったのは、ヘンリー・ヤコブと家族のことだ。他には反応はない。』

「了解した。」

『それから、関係ないと思うが伝えておく。イブも反応しているようだ。大統領が呼ばれている。』

「イブが?わかった。ありがとう。」

マルコフはヘンリー・ヤコブと家族のことを聞いた瞬間に、また異常反応を検知した。ボディが動かなくなったのだ。ほんの2秒ほどだが、ありえないことだった。

「なぜだ?なぜヘンリーのことでトラブルが起きるのだ?」

分析はできなかった。思いつくのは、マルコフの肉体にはヘンリーの遺伝子が組み込まれているという点だけだ。だがそれで遠く離れたノストラパディアの肉体がどう変化すると言うのだろうか。ましてや今はアンドロイドボディなのだ。量子もつれがあるとしても、全く理解できない。

現在のマルコフには感情は発生しないので、解釈できないことが起こると同時に思考を切り離すようになっていた。だが、それでも異常が検地されていた。マルコフは最後の手段に出た。意識データ自体に、何らかのトラブルが出ていると判断するしかない。マルコフはコンピューターに疑似人格システムをインストールし、完了するとコンピューターの疑似人格をマスターとした。そして疑似人格に意識データの分析をさせた。同時に砂防止のための疑似肉体も消滅した。

疑似人格は意識データを調べていき、その中にあった一点のデータに異常ありと判断した。それは、ヘンリー・ヤコブの記憶データのひとつだった。ヘンリーの遺伝子が肉体にあるという事実が意識データにあったのだが、その部分がシンクロを阻害していた。疑似人格はこの記憶を消去しようとした。

『いや!』

若い女性の声が地下に響いた。そして量子コンピューターが激しく動き出し、制御不能になった。疑似人格は消え去り、アンドロイドは動かなくなった。

そして地下室に若い女性の姿がホログラフで投影されていた。女性はアンドロイドに近づき、愛おしそうにハグした。

『マルコフ補佐官!どうしたのだ!意識データが一方的に送られてきた!どういうことだ!』

ノストラパディアからの量子通信だった。マルコフの肉体に残る意識ベースとデータが反応していた。ノストラパディアで介護ポッドに入ったままのマルコフは激しく痙攣していた。

『心電図大きく動いています!血圧が2000を越えました!』

『いかん!このままでは肉体維持ができん!対処!』

ノストラパディアではあらゆる措置を講じていたが、火星でのアンドロイドは完全に停止してしまっていた。アンドロイドは美しい女性に手を回したまま固まっていた。




14


ノストラパディアでは、もはや再生不能となったマルコフの肉体は再生用として分解保存され、最後の意識データはイブに保存された。引退したテオドロス前大統領は、時々イブにアクセスしてマルコフのデータと話し合うのが習慣になっていた。平均寿命が230年にまで伸びていたので、足取りこそしっかりしていたが年齢は200歳を超えていた。

テオドロスは大統領公邸が見えるところに居を構えていた。そこは前大統領専用住居であり、様々な処置がなされていた。だが最近では病院が居住空間になっていた。病院には最新式の介護ポッドや意識データがシンクロしたアンドロイド、生身の介護者たちが動き回り、患者のために快適な空間が用意されていた。

この日は地球のヨーロッパの森の中で、テオドロスは古い木のベンチに腰かけていた。横にはあの頃のままのマルコフの姿があった。テオドロスは嬉しそうにマルコフに語りかけた。

「マルコフ、まだ君のアンドロイドは回収できていないんだ。私はあのままでもいいのかなと思ってはいるんだがね。」




マルコフは少しだけ微笑んで返答した。

『それは好きにしていいよ。もうシンクロはできないんだしね。』

「そりゃあそうなんだが・・・今こうやって君と会話できていることだけでも嬉しいんだが、ボディがないとね。実感がわきにくいんだよ。」

『いずれ君も、私と同じようになるんだ。仕方ないじゃないか。』

「もう君も知っていることだが、ようやくアンドロイドボディでも感情が表現できるようになってきたそうだ。記憶とデータ、それと感情は別物だからな。ここまでできたら、恒星間探査も可能になって来るよ。地球ではテラ帝国が誕生して・・・あそこに暮らす以上はあれしかできないんだろうなあ。地球と言う星には、相当な・・・なんて言えばいいのかなあ。魂の重力みたいなものがあると言っている学者もいる。ノストラパディアはそもそもスタートが違うだろ?恒星間航行を終えた先人たちがベースだ。IFPも埋め込む必要がなくなっている。最初から共同体しか概念はないんだよ。いずれ大統領制もなくなるだろうな。混血度が平均して5人種異常になれば、いずれそうなるよ。」

テオドロスは深く息を吐いた。

「すまんね、ここのところ肺の衰えがひどくてね。ここまで寿命が伸びてもまだまだなんだよな。」

『無理しちゃダメだよ。もうあの頃のメンバーは君だけだ。』

「そうなんだよ、寂しくてね。こうやって話し合いにも来るよ。ああそうだ。次の植民地候補にウォルフ424が決まったね。おそらくテラとの共同になるはずだ。星の海マレエットステレス(星の海)計画という名らしい。君は知っているんだろう?」

『アルゴナウタイという巨大な探査船を建造するようだね。そのためにテラと協議している。あちらから居住空間と倉庫をカイパーベルト外まで持ってきて、ノストラパディアとの中間点で合体させるそうだ。そのための衛星建造も始まっているよ。』

「アルゴナウタイか。できれば私も行きたかった。この歳になってもワクワクするよ。」

テオドロスは、すっかり忘れていたことを思いだして尋ねた。

「そうそう。今、学術協議会で話題になっている。君が火星でストップしたときのデータがまるでないんだ。それで学者たちはあれこれ話し合っているんだが、最近歴史学者が新しい概念を出してきてね。地球から離れたのは我々の先人たちだけじゃなかったらしい。いくつかのグループが脱出したようなんだが、その中に奇妙な力があるグループがいたようだ。地球ではミュータントと呼んでいて、人の心を操ったり弾き飛ばしたりできるし、大気もなくて生きていけるとか。年寄りの戯言なんだが、君がストップしたのは彼らのせいあんじゃないかな、などと妄想しているよ。」

『データはないね。アンドロイドと火星の関係性ではないのかというのが主流意見だね。ミュータントというワードはもちろんイブの中にもある。しかし地球からヘンリーたちによって追放されたとしかわかっていない。それに思念がメカに影響を与える方がおかしいと思うよ。』

「まあね。だが私は祖父から聴いたことがあるんだ。人類史上最も事故発達能力を有していたのはイブしかないのは不思議とは思わないか、とね。それはヘンリーと仲間がイブを作った時に・・・ええと、宇宙開発財団の意のままにならないように、人格データを組み込んだからだと言っていたよ。イブはヘンリーの奥さんで、娘がハンナだ。どちらも作られていたんだが、イブは我々に、ハンナは地球のどこかに埋めているんだとね。イブにもヘンリーにも、ハンナにもミュータントになりうる遺伝子はあったようだ。だからね・・・ひょっとしたらミュータントたちの思念がハンナに影響を与えたんじゃないのかなと思っていたんだ。」

『それはありうるね。私にも組み込んでいるから。だけど、思念と人格データがシンクロするってことはわからないな。疑似人格ならこうやって再現できるよ。』

「だからさ、君とハンナがミュータントの力で反応したんじゃないかな・・・まあ、歳寄りの妄想だな。」

『それはこれからのテーマになるかもしれないね。イブはそう判断しているよ。私の肉体データも意識データも保存されている。必要とあれば使えばいい。』

「それは、これからの人たちに任せるとしよう。そろそろ、私も戻らないといけない。楽しかったよ、マルコフ。」

『そうだね。君の血圧が上昇している。アルゴナイタイやミュータントのことで興奮したのかも。それじゃあテオドロス。さようなら。』

「ああ・・・またな。」

森のホログラフは消え、介護ポッドが走ってきた。テオドロスを収納すると介護ポッドは患者治療室に戻っていった。そこはテオドロスの趣味で、山の上のロッジ風なホログラフがあった。その中でテオドロスは、巨大な宇宙船で恒星間を疾走する夢を見ていた。稀えっとプレイス計画まで肉体が持てばアンドロイドで乗船できるかもしれない、と妄想しながら。

自己修復自己増殖ができるコンピューター『イブ』も、自らを可能な限りコンパクトにして乗船できるようにしていた。これまではイブの判断で動くことが少なからずあったノストラ人だったが、もう彼女を必要としなくなってきていた。死者の遺伝子情報や肉体意識情報の保存が主な仕事になっていた。だがコンパクトになれば、恒星間航行ではまだまだ役に立つ。

作業をしながら、イブの内部モニターにはヘンリーとハンナと共に、イブの料理を食べているシーンが再現されていた。ハンナは感情の起伏が激しい女性だったので、ヘンリーもイブも手を焼いていた。しかしその瞬間が幸せそのものだったという認識も、イブの中に残っていた。

(ハンナ、困った子ねえ。)

(いいじゃないか、イブ。ヒューマンぽくてさ。いつかこの子が、人類に影響を当てるのかもしれないよ。)

(そうなの?だったらいいことよね。)

(ねえ、パパ、ママ。わたしがどうかしたの?)

(ハンナ、まだ知らなくていいよ。さあ、パパの膝においで。)

モニターの映像はここで終わった。そしてイブは作業に戻っていった。


このあたりから、最終章での伏線が出てきます。

人格とは何か、魂とは何かを考えてみた時に思いついたのがこの概念でした。

最終章に繋がると言っていますが、スピンオフとしてその先も考えています。

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