聖女として呼ばれた私ですが、他人を治せない血の聖女だったので婚約者に時計塔から落とされました。でも、吸血鬼になって生きのびたので少し仕返ししたいと思います。夜中に私を見ても、失神しないでくださいね?
川に面した王都最南端に位置する時計塔。
そこからは王都全体を見渡す事が出来ていた。
――夕陽に染まった綺麗な街と、視界を縦に横断した川。
そんな光景を眺めていた私の思考は、突然真っ白になっていた。
「アルシア。君との婚約を破棄する」
「ぇ!?」
私と婚約者のクレトしか居ない時計塔の最上部。
こんなロマンティックな場所でまさか、婚約破棄を宣言されるとも思ってもいなかった。
けど、思い当たる節がなかった訳じゃない。
「私が……血の聖女――だからですか?」
血の聖女。
人の傷口を閉じるのではなく、
体内の血液を増やし溢れさせる私についた別称だ。
勿論、良い意味で耳にした事はない。
だから私は、この街に来てからも殆ど役に立っていない。
人を治せない訳ではないが、見習い治癒師の方々にも遠く及ばない。
つまりは一般人が少し治癒を扱える程度の存在である。
「でも、それでも! 私に出来る事は毎日してました! 包帯を巻いたり、水の入れ替えだけじゃなく、傷口が塞がった後のリハビリなら私の力は、一定以上の意味があった筈です!」
朝夕まで働き、少し休めば夜も診療所や教会に顔を出す。
そんな生活を王都に来た一年前からしていた。
「あぁ知っている。だから最初は、聖女として良くなるかと思っていたが、君の他人を癒す力は無いに等しい。そんな相手と結婚する事は――我がバレンスエラ家の威信に関わる」
「それを言うなら、聖女と婚約破棄した方が回りからの――」
「その点についてはすまない。さっきの発言は僕と君、二人だけの交わしだ」
「それって、どういう……」
私が聞き返す前に、クレトが腰の剣を引き抜いていた。
「嘘でしょ……何で、剣なんて抜いてるのよ」
冷たい眼差しが向けられ、自然と後退った私の身体が柵に触れ止まる。
逃げ場なんてなかった。
だから――此処に呼び出されたのかと、私は今更ながら理解する。
「何も、殺さなくても良いじゃない……」
「君が自分で言っただろ? 婚約破棄となれば家名に傷がつく。けど、婚約者である君が、血の聖女と罵られる事に耐え切れず自殺したとなれば話は変わる」
正気じゃない。
そう思っても、貴族ですらない私には分からない事だった。
「二人で、頑張ろうって言ったじゃん! あれは嘘だって事なの!?」
「君が悪いんじゃないかッ、せっかく聖女と婚約したのに治癒出来ないだけならまだしも、血を溢れさせて人を殺すかもしれない聖女だなんて思う訳がないだろ!」
「だから! それは……」
駄目だ……何を言っても無駄な気がする。
でも、何それ、諦めるの……。
それって、殺されるって事なんじゃ……。
「すまない、アルシア」
「まっ……て――」
迫ったクレトの剣を避け切れず、私の胸に刃が突き刺さる。
「ぁんた――覚えて、なさぃよ……」
血が口から溢れるまま、私はクレトを見ていた。
私の首下にクレトの手が添えられ、
剣を引き抜くと同時に――私の身体を柵の外に押し飛ばしていた。
――雲が下に向かって流れ、噴き出した血が辺りに飛び散っていく。
そのまま落下した身体が水面に叩きつけられ、私の意識はそこで途切れていた。
***
あぁ、また――死んだ。
これで二度目かな。
日本人として一度死んでこの世界へ。
そして村娘から聖女になって死んだ。
次は、どうなるんだろう。
うっ……。
何これ、気持ち悪い。
――吐きそう……。
内側から煮える様な熱さを感じた私は、意識だけでもがくように抗っていた。
身体を動かせていないのに、意識だけはそこにある。そんな状況で次々と襲いかかって来る不快感を耐えていると痛みが走り、衣服が肌に触れている感覚を受けながら目を覚ました。
「はぁぁ――はぁ、はぁぁ……えっ……何が――」
起き上がった私の手が岩肌を押し返し、重たい身体が起き上がる。
「生きて……」
下に目を向けると、衣服が貫かれた事で胸元の地肌が見えていた。
傷が……治ってる。
確かに、自己治癒なら多少は出来る。
聖女として呼ばれて直ぐにそれは確認した。
「けど、心臓……って治るとか、そういう話なの?」
訝しんだ私だったが、少し冷静になって周りを確認する。
切り立った崖が目の前に見える川辺。
陽は沈み、月明かりだけがある場所で周りに何かないかと見渡すと、私の直ぐ隣にあった人影を遅れて目にする。
「なっ――」
叫びそうになった口を手で抑え、ゆっくりと見直す。
――肩に平気でかかる長い白色の髪に、倒れている状態だからこそ分かる細身で背が高い。そんな人が白い衣服の上から黒いマントを着ているが、マントには血が染み渡ている。
「これ、私の血じゃない……」
マントをめくると、色白い肌と共に無数の切り傷を目にする。
そして無意識に手首に触れていた手に、脈が伝わった。
「まだ生きてる……」
この人が、私を助けて……。
だとしても……この切り傷は。
「いや、考えるのは後だ」
両手を傷口に当てた私は魔力をゆっくりと流し始める。
すると、傷口から血が溢れ出した。
本来であれば、このままゆっくりと傷口も再生する。
その筈だった。
「何で……」
私が魔力を注ぎ始めて数秒で傷口が閉じ始め、数秒もせずに全ての傷が癒えた。
おかしい、ありない。
普通じゃない。
何が起きてるの……。
私のそんな疑問と少しばかりの恐怖をよそに、倒れていた人の瞼が動いた。そして開かれた目には、青い綺麗な瞳が月明かりに照らされたまま私を見たと思えば、直ぐに赤い色へと変わっていく。
「あの……大丈夫、ですか?」
答えるよりも先に相手が身体を起こし、私と同じ様に周囲を見渡していた。
少し面長の綺麗な顔は、どの角度から見ても整っていた。
男の……人だよね。
「助かった。のか……」
後ろを見る様に顔を動かした男の人が、私を見て来る。
それだけで金縛りにあったかの様に、不思議と赤くなった瞳に意識を奪われていた。
「命の恩人に対して、失礼した」
そう言うと赤い瞳が青くなる。
「いえ――あ、喋れた」
急に身体に力が戻り、私は普通に口を動かしていた。
「というか、命の恩人なのは、もしかしなくても貴方ですか? 私を川から……」
「川から引き揚げたのは確かだ。だが、傷口が酷かったものでな、助ける為とは言え、人間には悪い事をしたかもしれない」
「人間には――?」
私はその言葉で、思い出す。
この世界には、人間だけじゃない事を。
赤い瞳。
それは吸血鬼だけが持つ、特徴の……。
――もしかして!
そう思い私は流れる川に近づき、月明かりを頼りに水面を上から覗き込んだ。
すると、私の黒い髪が割合を多く占めるその中に赤い瞳が二つ。
「うそ……私」
「そういう事だ、やむを得ず君を――」
「吸血鬼になっちゃったの!?」
私は声を上げ立ち上がっていた。
吸血鬼!?
村娘から聖女になって、今度は吸血鬼!?
聖女の事を思い出したら、少し腹が立ったけどどうでも良い。
「あの! 吸血鬼って、後からなっても綺麗になったりしますか!?」
私は目の前に居る吸血鬼に聞き返していた。
「人より組織の再生が早い。だから自然と少しは良くなる筈だ。だが、君は――そんな事はどうでも良い程に綺麗ではないか」
面と向かって言われ、私は何故か顔を逸らしてしまう。
「そそ、そうかな。でも……」
本当に吸血鬼ぐらい、私が綺麗だったら婚約も……続いてたのかな。
「やっぱりそんな事ないよ。捨てられちゃったし……」
あぁ思い出したら、段々と腹が立って来た。
さっきまでは、起きた事が理解出来ずそれどころじゃなかったけど、こうして少し思考が回れば回るほどに苛立ち始めてしまう私は未熟者何だろうな。
「追われているのか?」
「追われてるってか、偉い人に邪魔だからって、排除されちゃったんだよね。それで死んだと思ったら助けてもらって。というか名前、聞いても良いですか? 私はアリシアって言います」
「私はオリヴェルだ。助けてもらった恩は返す」
「良いですよ、私も助けてもらった様なものですから」
「そういう訳にはいかない」
一歩も引く感じのない、オリヴェル。
それを見て私は、一つ考えた事があった。
「だったら……その、住む場所ってあったりします?」
「それなら問題ない。屋敷に空き部屋が腐る程ある」
「それ、本当に腐ってたりしませんよね?」
「そんな事にはならない」
「でしたらお願いします。それと――吸血鬼って霧みたいになれるって聞きますけど、本当ですか? もしそれが本当で、私にも出来る可能性があるなら教えて下さい。お願いします」
「容易い事だ」
***
――そして私はオリヴェルさんの屋敷に居候し、霧化を身に付けた。
覚えるまでに指が消える痛みを体験したし、簡単ではなかった。
それでも私は歯を食いしばり、
何度と身体を再生させ――僅か二週間で習得した。
何故かって?
そんなのは簡単だ。
一つ、普通に暇だった。
そして二つ目、面白そうだったから。
***
使用人も寝静まった夜――バレンスエラ家。
かなりの距離を移動して来た私は、誰に気づかれる事もなく屋敷に忍び込んでいた。
身体は霧になって宙を浮き、窓や扉も隙間さえあれば入れる。
――何て言う能力でしょうか。
恐ろしい。
そんな私の視線の下には、毛布を被ったクレトが呑気に寝ている。
人を殺しといて、良くもまぁこんなに寝れるものだ。
それだけ私の事なんて、思ってもいなかったのだろう。
「許さない」
微塵も起きる気配のないクレトの手足に霧を纏わた。
「んん、何だっ、重い……」
「誰が重いだ」
抑えてるだけである。
ますます腹が立ってしまう。
「クレト。起きて、クレト……」
「何だ……それに手が……何だこれは! どうなっている!」
眠そうに目を開いたクレトが、手足が動かない事に気づき抜け出そうとする。
しかし、そんな力じゃ抜ける事はない。
「クレト」
「誰だ、こんな事してぇ――」
ベッドの周りを見ていたクレトが、声につられ上を向いた。
顔だけが残り、他が霧の様にぼやけている私と目が合う。
「ぁああああああああああああああああああああッ――ぁ!」
途端にクレトが叫び出したかと思えば白目をむき、脱力した首が横に倒れた。
「えっ……」
嘘でしょ、こんなビビりだったの……。
元婚約者が一瞬で気絶する姿を見て、過去の美化された記憶までもが色褪せた気がした。
「クレト様! クレト様! どうなさいましたかッ!」
扉を叩く男が聞こえて来る。
「仕方ない。今日は帰るか」
気絶した元婚約者を見てから、私はその場を後にするのだった。
***
「何かして来たみたいだが、殺したのか?」
「まさか。誰がそんな勿体ない事するの?」
こういうのは、じっくりコトコトとやるから良いのである。
「それに、殺したいとかは思ってないからね。でも……何でだろう」
「人と違い、不死に近い吸血鬼は、生と死に関して興味が薄れる事がある」
「だからなのかな。それにしても、やって来た事が子供っぽい気もするけど、まぁ些細な仕返しをするぐらいが一番良いからね」
無駄にクレトの事を考えるのも嫌だし、思い出し時に何かするぐらいで良いだろう。
なんたって私は何もしなくても、クレトよりは寿命が長い存在になってしまったのだから。
「これから何しようかな……。もっと吸血鬼の技とか身に付けるのも、面白そうだよね」
「それなら、吸血鬼の都にでも行くか? そこに行けば学園だけでなく図書館。研究所もあるから、私が使えない技であっても、教えられる者が居るかもしれん」
「えっ何それ!? そんな所があるの!? 行きたい!」
「それなら近々、向かうとしよう」
「近々っていつさ」
私が吸血鬼になって気づいた事がある。
それは、直ぐにとか、近いうちにという言葉は信じちゃいけない事だ。
――後で紅茶飲むと言って、紅茶を出されたのは三日後だった。
最初は偶然かと思ってたけど、ちょっと後にと言ったら次の日だった。
「半年後でどうだ?」
「予定がないなら、明日が良いです」
「構わない。なら、そうするとしよう」
結局予定はなかったのか、オリヴェルが承諾してくれる。
「ありがとうオリヴェル」
「気にするな、大した事ではない」
私が吸血鬼の感覚になれるには、もう少し時間がかかりそうです。
***
そんなアリシアが訪れた翌日のバレンスエラ家。
そこに努める使用人達の間で、ある話が広がった。
――クレト様が、自らシーツを洗った。
そんな馬鹿みたいな話が屋敷内を駆け巡ってしまう。それをクレト自身が否定すればするほど怪しまれてしまう為に何も言えず、ただただどうする事も出来ない時間をクレトは過ごすしかないのだった。
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――海月花夜――




