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嘘の世界1

曲がった直線

作者: ハル

その町では、不安は存在しないとされていた。

正確には、不安という言葉がなかった。


感じることはできたが、誰もそれを区別しなかった。


朝になると、人々は決まった方向に歩く。

理由はなかった。


歩くと、次の場所に着く。

それだけで十分だった。

立ち止まる者はいなかったし、立ち止まった結果どうなるかも誰も知らなかった。



彼も、毎日同じ道を歩いていた。


歩いている最中、胸の奥が少しだけ縮むことがあった。

空気が薄くなるような感覚だったが、息はできる。

その感覚には名前がなかったので、無視された。


町には計測器が一つだけあった。

それは人の内側を測るものだったが、表示される数値は誰にも読めなかった。


読めないので、問題は起きなかった。

数値は変動していたが、変動は意味を持たなかった。



ある日、その計測器が壊れた。

正確には、壊れたように見えただけだった。


数値が止まり、同じ形を保ったまま揺れなくなった。

それを見ても、人々は特に反応しない。


ただ、歩く速度が少しだけ遅くなった。


誰が決めたわけでもない。

全員が、ほんのわずかに遅れただけだった。



彼も歩いていた。

胸の縮みは、前より長く続いた。


それでも、歩けた。

歩ける以上、それは存在しないのと同じだった。



町の外に出るという概念はなかった。

内と外の区別がなかったからだ。


境界は存在していたが、意味を持たなかった。


その日、道が一度だけ曲がった。

理由はない。

今まで直線だったものが、曲がった。


彼はそれを見て、足を止めた。


止めた瞬間、胸の縮みが広がった。

広がったが、何かになることはなかった。


言葉にならなかったし、行動にもならなかった。



周囲を見ると、他の人々も止まっていた。

止まっていることに、誰も気づいていない。

止まるという状態が、まだ定義されていなかったからだ。


その場に、音が落ちた。

落ちたが、誰も拾わなかった。

音は地面に染み込んで、消えなかった。



彼は再び歩き出そうとした。


足は動いたが、前に進まない。

進んでいないのに、戻ってもいなかった。


胸の縮みは、そこにあった。

それは増えも減りもしなかった。


ただ、名前を持たないまま、位置を占めていた。



誰かが笑ったような気がした。

本当に笑ったのか、そう感じただけなのかは分からない。

確かめる方法がなかった。


やがて、人々は再び歩き始めた。


道は元に戻らなかった。

曲がったまま、直線のふりをしていた。



彼も歩いた。

胸の奥の縮みを連れて。


連れている感覚はなかった。

置いていくこともできなかった。


町は今日も機能している。


問題は起きていなかった。

ただ、計測器の表示は、誰にも読めないまま、動かずに残っていた。


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