墨の契約
コンビニの深夜シフトは、静かさと退屈さが同居している。
レジ前の蛍光灯がやけに白く、外の闇を余計に濃く見せる時間帯だった。
その夜も、客はまばらだった。雑誌を買う学生、ビールを手に取るサラリーマン、決まって同じ銘柄のたばこを求める老人。
特に変わったこともなく、俺はいつも通りバーコードを読み取り、合計金額を告げる。
問題が起きたのは、三人目の客のときだった。
会計を済ませ、レシートボタンを押す。
チャッという機械音とともに出てきたのは、細長い白い紙……のはずだった。
だが、俺の手に触れたのはざらついた厚紙。
色も白ではなく、黄ばみがかった古びた紙だった。
印字ではなく、墨の濃淡でくっきりと文字が浮かんでいる。
「契約完了」
それだけが、太く、大きく書かれていた。
息を呑んで顔を上げると、客は当然のようにその紙を受け取り、何事もなかったかのように財布へしまった。まるで、普通のレシートであるかのように。
俺は声をかけようとしたが、舌が貼りついたように動かない。
次の客でも同じだった。
ボタンを押すと、また黄ばんだ紙が出てくる。
そこには別の文字が墨で記されていた。
「支払い済」
やはり客は怪訝な顔もせず、それを持ち去った。
……彼らには普通に見えているのか?
俺だけがこの異常を目にしているのか?
手が震え始めた。
ロール紙を交換しようとカバーを開けるが、中にあるのは確かに新品のレジロールだ。真っ白な感熱紙。
なのに、会計のたびに吐き出されるのは古紙と墨文字。
やがて、常連の老人が来た。
いつも通りたばこを注文し、支払いを済ませる。
俺は恐怖に耐えながらレシートを手に取った。
そこにはこう書かれていた。
「次は■■■」
思わず手を離しそうになったが、老人はにこやかにそれを受け取り、ポケットへしまう。
笑顔のまま、振り返らずに店を出て行った。
残されたレジの横で、俺の指先には墨の匂いがしみついていた。




