最後の感情
歯を磨くと、笑いがこみあがった。
別に面白いことなどないのに、喉の奥が勝手に震えた。
次の日は急に泣きそうになった。
歯ブラシを替えても同じだった。
磨くたびに押し寄せる感情は、その日の気分とは無関係だった。
寂しさ、焦り、虚しさ。
理由のわからない情動が勝手に波のように押してくる。
それでも歯を磨くのをやめるわけにはいかない。
歯ブラシに振り回される奇妙な日々を、いつしか受け入れていた。
ある日、歯を磨いている最中、
胸の奥から突き上げるような強烈な怒りが湧いた。
笑いでも涙でもない。
はっきりとした、熱を帯びた怒りだった。
気づけば銃を手に取っていた。
怒りの対象は思い出せなかったが、
湧き上がる衝動だけは確かに胸に残っていた。
どうせまた“あの感情の流れ”なのだろうと、
深く考えもせず玄関へ向かった。
鏡の前を通りかけて、ふと足が止まった。
映った自分の顔が、妙に遠く感じられた。
この数日、押しつけられるように流れ込んだ感情の跡が、
すべてその顔の奥に沈んでいた。
そして、胸の奥で燃えている怒りだけは、
どこにも行き場のない、自分自身のもののように見えた。
ああ。
胸の底に静かに答えが落ちた。
こいつか。
ゆっくりと銃口を顔へ向ける。
その瞬間、鏡の中の自分が、
かすかに笑った気がした。
指が、引き金に触れた。




