鉛筆の声
古い鉛筆を見つけた。
引き出しの奥に転がっていたもので、買った覚えがない。
丸くすり減った尻に、使われた年月だけが刻まれていた。
軽くメモを書くつもりで手に取ったのが、最初だった。
書き始めてすぐ、耳のそばで誰かが囁いた。
気のせいだと思った。
風の音か、自分の呼吸の響きだろうと。
けれど、続けて文字を書くたび、囁きも続いた。
とても優しい声だった。
落ち着いた調子で、寄り添うように語りかけてくる。
なのに、何を言っているのかだけがどうしても聞き取れない。
耳を澄ますほど、声は遠のく。
だから気づけば、もっと長く、もっと文字を書いていた。
わずかな内容のメモが、いつの間にかびっしり埋まっている。
囁きが聞きたくて書いているのに、囁きの意味はひとつもわからない。
そのことが、妙に悔しかった。
鉛筆はどんどん短くなった。
削るたびに、芯よりも自分が削れているような気がした。
指先が軽くなり、胸の奥も透けていく感じがする。
疲れが抜けるような、抜け落ちるような、区別のつかない感覚。
それでも削った。
もっと声を近くで聞きたかった。
何を書いたのか覚えていない日のほうが増えた。
文字を書いていると、囁きしか気にならなくなる。
紙に残った文を後で読むと、どれも意味がつかめない。
断片のような文章が並んでいるだけだ。
それでも書き続けた。
その声が、いつかはっきり聞こえる瞬間が来ると信じて。
今朝、鉛筆は親指と人差し指でつまむだけの長さになっていた。
もう削れば折れるかもしれない。
それでも、囁きの続きを聞くには、あと一度だけ使わなくてはならなかった。
最後の一筆になるのだとわかっていた。
一文字だけ、そっと紙に滑らせた。
その瞬間、
優しかった囁きが、耳元で弾けた。
鋭く、けたたましい笑い声。
明るくも冷たくもない、ただこちらを嘲るような響きだった。
手が止まり、紙を見た。
そこには文字が書かれている。
けれど、読むのはやめた。
読んではいけない気がした。
鉛筆は、もう使い切っていた。
声も、もう聞こえない。




