付箋の色
白い付箋を使ってきた。目立たず、馴染みがよくて好きだった。
けれどある朝、机に貼られた付箋を見て、息が止まった。
「しんごう」
ひらがなで、そう書いてある。心あたりはない。
いたずらだと思い、剥がして捨てた。
数日後、カバンの内ポケットから付箋がひょいと落ちた。
青い色をしていた。白しか持っていないのに。
書かれているのは同じ言葉――「しんごう」。
奇妙だったけれど、その日は小さな幸運が続いた。
タイミング良く雨を避けられたり、探していた本を偶然見つけたり。
青は“いい日”、そう錯覚させられるほどに。
別の日、ふと机を見ると付箋が黄色に変わっていた。
その日の出来事はやけに騒がしかった。
電車の遅延、行き違い、些細な誤解。
怪我をするほどではないが、じわじわ疲れる一日。
青と黄色。
そこでふと気づく。
――信号って、本当は三色じゃなかったっけ?
赤は?
まだ出たことがない。
そもそも“出る”という発想自体、妙に思えた。
だって、付箋はいつも青か黄色だけ。
赤が混ざる余地が、どこにもない。
その違和感が胸にひっかかったまま、日々を過ごした。
そして今朝、机の端に貼られた付箋が見えた。
一瞬、赤に見えた。
深く滲むような赤。
ぞくりと背中が冷えた。
まばたきした。
次の瞬間、それは青に変わっていた。
書かれているのは変わらず「しんごう」。
けれど、青の色味が妙に濃い。
いつもの淡い色ではなく、
――まるで、さっきまで赤だった痕跡を隠すような青だった。
信号とは、なんだろう。
赤は、本当に“存在しない”のか。
それとも、私の目に映る前に別の色へ姿を変えているだけなのか。
付箋はいまも青いまま。
そしてなぜか、胸がざわつく。
青なのに。
青のはずなのに。
――もしかして、これは“止まれ”なんじゃないか。
その考えがよぎった瞬間、部屋の空気がひどく静かになった。
世界が、私の動きを待っているみたいに。
付箋は、風もないのに揺れた。
青い色の奥で、赤がこちらを覗いている気がした。




