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眠りのうた

その枕は、引っ越しの段ボールの奥から出てきた。

覚えのない柄。少しくすんだ布地。

それでも、手に取るとやけに落ち着く。

触れた瞬間、指先から体の力が抜けていくようだった。


その夜、何年ぶりかにすぐ眠れた。

耳の奥で、かすかな歌声がした。

言葉にならない旋律。

優しくて、懐かしくて、涙が出そうだった。

目を覚ますと朝日が差していて、久しぶりに熟睡した感覚があった。


翌晩もその枕を使った。

また歌が聞こえた。

今度ははっきりと、子守歌のようだった。

布の中から響いてくる。

音は小さいのに、耳の奥まで染み込んでくる。


それから毎晩、歌は続いた。

旋律は変わらず、声だけが少しずつ弱っていく。

まるで、歌っている誰かが疲れているように。

それでも、その枕でしか眠れなくなっていた。

他の枕では、どれだけ目を閉じても意識が冴えてしまう。


一週間ほど経ったころ、鏡を見て違和感に気づいた。

頬の肉が少し落ちている。

体も軽い。

食欲もあまりないのに、どんどん軽くなる。

代わりに、枕が心なしか膨らんでいた。


触れると、内側に何かが詰まっている感触がした。

押すと、空気ではなく、柔らかい抵抗がある。

その夜の歌声は、いつもよりはっきりしていた。

耳元で、「もうすこし」と聞こえた気がした。


朝になっても、頭が枕から離れない。

首を動かしても、布が吸い付く。

指で触れると、糸の縫い目の間から、白いものが見えた。

細い糸のような、いや──髪のような。


それでも、目を閉じればまた歌が聞こえる。

柔らかくて、あたたかい。

もう、手放す理由がない。


──最近、鏡に映る顔が少しやせて見える。

でも、枕はふっくらとして、どこか幸せそうだ。

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