番組の中の持ち物
久しぶりにテレビを点けたのは、なんとなくの気まぐれだった。
映ったのは天気予報。傘マークが並ぶ画面の端に、見覚えのある柄が映り込んでいた。
それは、俺が使っているマグカップだった。
ニュースキャスターの横の机に、当然のように置かれている。色も欠けた取っ手も、間違いなく俺のものだ。
「似たデザインなんていくらでもある」
そう言い聞かせてチャンネルを変えた。
次のチャンネルは時代劇。ところが、土間の片隅に転がっているのは俺のスニーカーだった。泥の汚れ方まで一緒で、視線を逸らしても背筋が冷たくなる。
さらにチャンネルを回す。ドキュメンタリー、バラエティ、アニメ。
どんな番組でも、画面のどこかに必ず俺の部屋の物が置かれていた。
椅子、毛布、本棚の本、壁に貼ったメモ……。
偶然にしては、あまりにも的確すぎる。まるで誰かが部屋を覗いて、ひとつずつ持ち込んでいるようだった。
恐る恐る、部屋を振り返る。
家具も小物も、ちゃんとそこにある。減ってはいない。けれど、見れば見るほど不安になる。もし気づいていないだけで、少しずつ「抜かれて」いたらどうしよう、と。
そのとき、画面が暗転した。
ノイズの中に、自分の部屋が映し出される。チャンネルを変えても同じだ。
ただひとつ違うのは、テレビの中の部屋に“俺”がいないこと。
かわりに、画面の中の布団がひとりでに盛り上がり、何かが寝返りを打った。




