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音の速さ
彼女の部屋の壁に、古い掛け時計がかかっていた。
祖母が生前、とても大切にしていたものだ。
「この子は、私を見てくれるの」と笑っていた。
木の枠はひび割れ、ガラスも曇っている。
けれど秒針だけは、やけに元気に動いていた。
チク、タク。チク、タク。
祖母が亡くなったあとも、彼女はそれを捨てられなかった。
けれど、ある晩のこと。
仕事から帰って服を脱いだ瞬間、時計の音が速くなった。
ボタンを外すたび、急かすようにチクチクと詰めてくる。
着終えると、ぴたりと静まる。
最初は気のせいと思った。
けれど翌日も、その次の夜も、同じように速くなった。
祖母の言葉がふとよぎる。
――この子は、私を見てくれるの。
彼女は寝る前に時計を布で覆った。
それでも朝には布が落ちていて、針は正確に時を刻んでいた。
音が速くなるのは、いつも着替えるときだけ。
そのたびに針が、ほんの少し進んでいた。
ある夜、意を決して時計を外した。
冷たい釘穴から風が吹いた。
背後でチク、タク、と音がした。
振り向くと、時計が床の上でこちらを向いていた。




