表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/50

向こうの煙

その家では、毎晩、線香を一本焚くのが習わしだった。

夕食を終えて灯りを落とすと、彼女は机の端に小さな香炉を置く。

火をつけると、細い煙が立ちのぼり、ゆらゆらと天井へ消えていった。


家族はそれを特別気にも留めず、ただの日課として過ごしていた。

けれど、その夏から、少しずつおかしなことが起きた。


ある夜、彼女は気づいた。

線香の煙が、真っすぐに立たなくなっている。

風もないのに、壁の一点へ向かって流れていた。

まるで、そこに誰かが息をしているかのように。


翌日も、翌々日も、煙は同じ方向を指した。

不思議に思いながらも、彼女は手を合わせるだけで、深く考えないようにしていた。

けれど、線香の燃える速さが少しずつ遅くなっていることに気づく。

煙の先で、何かが吸い込んでいるようだった。


ある晩、夫が寝静まったあと、彼女はそっと灯を消した。

闇の中で、煙だけが細い糸のように伸びている。

壁の方へ、まっすぐ。

彼女は立ち上がり、その流れを目で追った。


煙が薄れていく。

あと少しで火が消える——その瞬間だった。

壁の向こうに、もうひとつの部屋が見えた。

家具の配置も、灯りの色も、この部屋とまったく同じ。

ただひとつ違ったのは、そこに誰かがいたこと。


その「誰か」は、線香に火をつけていた。

こちらと同じように。

そして煙を、こちらに向かって立てていた。


彼女は息を止めた。

線香が燃え尽き、煙が消えた瞬間、部屋はいつもの静けさに戻った。


翌朝、夫が線香を立てた。

灰の上には、夜のうちに誰かが火をつけた跡があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ