風の方が熱い
その家では、夕方になると必ずうちわの音がした。
ぱた、ぱた、と乾いた音。
薄い紙が空気を切るたび、部屋の中の熱がわずかに揺れる。
最初は、ただの夏の気配だと思われていた。
持ち主の女は、風の通らない古い家に暮らしていた。扇風機も冷房もなく、頼れるのはそのうちわだけだった。
顔をあおぐたび、涼しい空気が頬を撫で、少しだけ生き返る。
そうやって、毎年の夏をやり過ごしてきた。
けれど、今年の夏は違った。
あおぐたびに、風が熱かった。
初めは気のせいだと思い、もう一度力を込める。すると、さらに熱が増した。
まるでうちわの向こうで、火が燃えているようだった。
女は汗を拭きながら、それでも手を止めなかった。
風が止まると、息が詰まる。
熱を追い払うはずの動きが、いつの間にか自分を焦がしていく。
あおぐたび、腕が赤く、指が焼けつくようになった。
それでも風を求めて、彼女は動きをやめられなかった。
夜になるころ、部屋には焦げたような匂いが漂っていた。
うちわの骨は黒く歪み、紙は端からゆっくり透けていく。
女はそれを抱きしめるようにして、まだあおいでいた。
翌朝、近所の人が異変に気づいた。
窓を開け放った部屋の中で、焦げたうちわがひとつ、床に落ちていた。
風が吹くたび、それはわずかに揺れ、まだ誰かの手に握られているように見えた。




