綿棒
風呂上がりに、耳掃除をするのが習慣だった。
鏡の前で片方ずつ、奥をなぞる。湿った空気がまだ残っていて、綿棒が少し重く感じる。
その夜、いつものように綿棒を手に取ったとき、ケースの底が湿っていた。
風呂場で濡れた手で触ったのだろうと気にせず、新しい一本を取り出した。
けれど、耳に入れた瞬間、綿棒が途中で止まった。
何かが絡んでいるような、細い糸を巻き取るような感触。
抜くと、先の綿が黒ずんでいた。
不快に思いながらも、そのまま寝た。
翌朝、机にインクをこぼした。
ティッシュでは拭ききれず、たまたま目についた綿棒でこすった。
黒い染みは広がるばかりで、なかなか消えない。
イライラして力を入れたとき、綿棒の先が赤くにじんだ。
血のように見えたが、どこも切っていない。
その瞬間、耳の奥がじんと熱くなった。
昨夜、引っかかった場所だ。
じっとしていても、そこだけが脈打つように疼く。
触って確かめたいのに、綿棒はもう全部、赤く濡れていた。
夕方には痛みに変わった。
鏡の前で覗いてみても、外からは何も見えない。
けれど耳の奥で、かすかにざわざわと音がする。
それが自分の鼓膜の音なのか、誰かの囁きなのか、わからない。
夜、もう一度机を見ると、あの黒い染みが消えていた。
代わりに、綿棒を入れたときと同じ位置──耳の奥が、ぬるりと動いた。




