指輪の跡
結婚指輪を外したのは、皿洗いのときだった。
ぬるま湯の中で滑りそうになったから、シンク脇の小皿に置いた。それだけのこと。
洗い終わって指輪を戻そうとしたら、なんとなく違和感があった。薬指の根元が、薄く赤くなっている。長く着けていたから跡がついたのだろうと思い、軽くこすってみたが、指の色は変わらない。
数日後、跡は赤みを帯びたまま、形がくっきりしてきた。まるで金属の輪が皮膚の下に沈みこんでいるようだった。
気になって病院に行ったが、医者は「かぶれでしょう」とだけ言い、軟膏をくれた。
それでも治らない。
むしろ、夜になるとその跡がかすかに光る。蛍光灯の明かりを消すと、ほの白く輪の形が浮かぶのだ。
最初は自分の目の錯覚だと思ったが、夫にも見えているらしい。「なんか、光ってない?」と苦笑いしていた。
一週間ほど経ったある朝、洗面台の鏡の前で気づいた。
跡の光が、指輪を着けていた頃とまったく同じ位置で反射している。
まるで、そこにまだ指輪があるように。
試しに、外したはずの指輪をはめようとした。
――入らなかった。指輪の跡が、硬く閉じている。
皮膚の下に、見えない輪があるみたいに。
その晩、夫が何気なく言った。
「最近、外してるのに音するよね。カチカチって、机に当たる音」
私は、返事をしなかった。
だって、その音は私にも聞こえている。
外した指輪を机に置いていても、手を動かすたびに鳴るのだ。
薬指のあたりで、小さく、金属が触れ合うように。




