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雨宿りの傘

雨は突然だった。夕方の帰り道、空気が急に重くなったと思ったら、大粒の雨が叩きつけるように降り出した。

駅まであと少しなのに、傘を持っていない。小走りで駆け込めばいいのだろうが、目の前に一本の傘が立てかけられていた。街路樹の根元に、無造作に置かれている。黒い布地に細い持ち手、特に飾り気のない、少し古びた傘だった。


濡れるよりは、とためらいながらも手を伸ばす。骨は少し歪んでいるが、開けばまだ使えそうだ。深く差し込んで歩き出すと、雨の音が遠のき、頭上を打つ粒は確かに避けられている。ほっとした。


けれど、すぐに妙な違和感に気づいた。

肩に冷たいものが触れたのだ。雨粒だろうかと思って見上げる。しかし、内側の布地に水滴はついていない。代わりに、布と骨の隙間から黒い糸のようなものが垂れている。細長く濡れて光るそれは、どう見ても――髪の毛だった。


足を止めた瞬間、ぞわりと首筋に貼りつく感触が走る。布の裏で、確かに何かが揺れている。風もないのに、しっとりと濡れた髪が頬に触れる。思わず傘を放り投げた。


地面に転がった傘は、雨に打たれて布をぴたりと張り付かせる。その内側で、長い髪がいく筋も蠢いていた。持ち手の影から、白く細い指が一本、ゆっくりと這い出してきた。


息が詰まり、体が動かない。

だが次の瞬間、雷鳴が轟き、眩しい光に目を細める。反射的に目を閉じ、再び開いたときには、傘はもうそこにはなかった。雨に濡れた舗道だけが残っている。


夢でも見たのだろうかと震えながら駅まで駆け込んだ。

改札を抜けると、屋内の明るさにほっと胸を撫でおろす。だが、改札口の傘立てに目を向けて、再び血の気が引いた。


濡れた黒い傘が一本、そこに差してあった。

布地の内側から、まだ水が滴り落ちている。


そして――その雫は透明ではなく、赤黒かった。

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