缶バッヂ
鞄につけている缶バッヂは、通販でまとめて買ったもののひとつだった。
人気のあるイラストレーターが描いた人物画で、横顔の笑みが爽やかに見えて、ちょっとしたお守り代わりのつもりで愛用していた。
最初のうちは、ただのアクセサリーだった。
通学の電車で暇なとき、ふと手元を見て「ああ、まだちゃんとついてるな」と確認する程度。
缶バッヂが落ちることもなく、色あせることもなく、無難に鞄の表面で光を反射していた。
だがある日、夜遅くに帰宅したときだった。
駅から家までの暗い道を歩いていて、何気なく視線を落とすと、缶バッヂの人物がこちらを見ている気がした。
一瞬、絵柄を間違えて記憶していたのかと思った。けれど翌朝、改めて見直すとやはり横顔だった。頬の線も、視線も、斜め向き。見間違いだったと納得した。
それから一週間ほどは何も起こらなかった。
だが、夜道でだけ、違和感がよみがえる。
街灯の下や、コンビニの窓に映った自分の鞄のバッヂが、やけに目を強調して見えるのだ。絵柄自体は変わっていないはずなのに、黒い瞳の部分が丸く強く、こちらを追ってくるように感じる。
「疲れてるだけだろう」と笑い飛ばしながら、それでも気味が悪くて一度は外そうとした。
だが留め具が固くてなかなか取れない。夜の部屋で指先に力を込めると、カチリと金属音がしたが、ピンが少し曲がっただけで外せなかった。
仕方なくそのままにして数日が経った。
ある晩、また同じ道を歩く。家まであと少しというところで、ふと鞄に目をやった。
街灯の薄い光を浴びた缶バッヂの人物は――確かに、横を向いて笑っているはずだった。
けれど、その夜だけは違った。
笑みはそのまま、だが瞳だけが正面を向き、暗がりの中でまっすぐにこちらを見返していた。
その瞬間、背筋に冷たい汗が流れた。
そして気づいた。
横顔のはずの輪郭は、目の位置だけ微妙にズレて、正面を描いていたのだ。
次の朝、鞄を確認した。
バッヂは元通り、横顔で笑っている。
ただ――その目の黒い部分に、小さな傷のような線が入っていて、どう見ても「瞳孔」が描き直された跡のように見えた。




