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#4 山崎五十年 1

警視庁捜査一課から退職し探偵社を立ち上げ、その後引退した男が血なまぐさい生活から切り離された落ち着くBARを見つけたところから始まるストーリー。


縁を切ったはずの世界から舞い込む事件がまとわりつく……


BARから出ずに推理するテレワーク探偵のミステリー。

会社がいけない。俺をクビにするから。

 

 子どもがいけない。俺を軽蔑の眼差しでしかみないから。

 

 嫁がいけない。離婚なんて切り出すから。

 社会がいけない。不景気だから。世の中がいけない。全てがいけない。だからこんな俺を産み落としてしまったのだ。

 

 そう思いながら鍵穴に突っ込んでいたピッキングの道具で店の鍵はスッと開いた。あたかもオリジナルのキーで回して開けたかのように。人通りの多い道に面したこの店、まさか白昼堂々と空き巣に入るなんて道行く人々は夢にも思わないだろう。念のためバーテンぽい格好をしてきているのも功を奏していた気がする。いや、それも歩きスマホや通話しながら、配信しながら、自撮り棒で動画サイトの収録をしながら歩く人ばかりで己の目の前すらみていないのが現代人だ。誰も俺がここにいることすら気に留めない。若い頃から俺は存在感がないと言われて生きてきた。気配がないらしく誰かの真後ろに立っても数分は余裕で気づかれない。修学旅行も林間学校も遠足も運動会も欠席したことはないが必ず

「あれ、お前いたっけ?」

 

と誰かから言われるほどだった。そう、俺は生まれながらの透明人間なんだ。だからこうして今もこんなに日が高い中で、しかも毎日何十万人という乗降客がいる日本で五本の指に入るターミナル駅から徒歩で十分程度のバーに盗みに入っても誰も気がつかない。

 そんな独り言を言ってる最中にパトロール中の警官が自転車で軽快に私の後ろを通り過ぎて行った。きっと交番に戻って


「ただいま戻りました、異常ありません」

 

といった間の抜けた声で報告するのだろう。異常大アリだよ、そこをあんたは時速何キロかで駆け抜けたんだよ。節穴警察め。

 

 ニヤついた顔は無人の店内にしか向けていないため歩道側には背中しか見えていない。

 ここの開店は夕方四時からと入り口に書いてある。今はまだ三時前だ。ウイスキーの知識はないが事前に高く売り飛ばせる銘柄の名前だけは調べてきた。あとはこの店の中にあるもので未開封のそれらがあればいい。

 

店内を見渡すとカウンターの後ろにずらりと並ぶお宝達。全て盗み出せればいいが一本あたりの重量感と手間を考えれば一本だけ、このリュックに入ればいい。事件の発覚をなるべく遅らせねばならない意図もある。

 

なのでその一本を慎重に、かつ素早く見極めて選ばねばならない。手元の携帯電話の画像と目の前の現物とを比較しながらあたりをつけていく。

 

「ん……?」

 ふとある瓶の前で指が止まった。この赤いのはまさか……?

 日本を代表すると言われるウイスキー、山崎五十年。しかも今眼前にあるのは十年以上前に百五十本だけ作られた特別なもので数年前に行われた香港のオークションでは約四百万の値で落札されたものと同一の一本だった。

次回へ続く

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