♯2 甲州 8
警視庁捜査一課から退職し探偵社を立ち上げ、その後引退した男が血なまぐさい生活から切り離された落ち着くBARを見つけたところから始まるストーリー。
縁を切ったはずの世界から舞い込む事件がまとわりつく……
BARから出ずに推理するテレワーク探偵のミステリー。
二時間、三時間は経っただろうか。
三度バーの電話が鳴り、本山君から私に繋げられた。
「先生、聞いてきました」
「お疲れ様。ちゃんと全部録音してある?」
「はい、まずはメイドの証言から再生します。少し先送りして肝心なところから…」
受話器の向こうで再生音が鳴る。年令は特定できないが若い女性の声が聞こえてきた。
「…坊っちゃまはあの日の朝も何も変わりなく学校へ行かれました。確かその日は水色の薄手のシャツに…デニムだったか…下は覚えてないんですが青系のパンツを履いて出かけけられたような…。時間は確かではないですがいつも通りなら八時少し前だった、と思います。…あの…無事に帰ってきますよね?私…ずっと心配で…。庭師の方はいつも夕方頃仕事を終えて帰られますが坊っちゃまがいなくなったのも夕方なんですよね…?」
音声は途中で止まり少し間をおいてまた声が彼のものに戻る。
「次がシェフのです」
「…あの日も私が作った朝食を美味しそうに召し上がられてましたよ。ですから今日も元気そうだと思ったのは覚えています。いなくなってからお腹空かせてたり寒くて凍えていたりしないかって…そんなことばかり考えていますよ…早く暖かいスープでも召し上がっていただけるようにと今も煮込んで…え、その日のメニュー…ですか?ええと…献立表の通りお出ししたので確か…トーストとミニサラダ、スクランブルエッグをお出ししたはずですが…。そういえば家庭教師の先生っていつもより来るのが遅かった気がしましたね…けど坊っちゃまが帰られてなかったのもあって怒られもせずその日はすぐ帰らされてお咎めなかったですね…」
再生が止まった後、河口君が続ける。
「次が庭師のです」
同じ再生音が鳴る。
「…ああ、ここの坊ちゃんがあの日の朝、玄関から庭を通って出ていくのを見たよ、俺が庭で切る予定の木の近くで道具を広げ出したばかりの頃合いだったから八時過ぎとかその辺だった…服装?いやそこまでは記憶ねえな。変わったとこもなかったよ。ああ…そういや夕方帰る頃にシェフのおっさんが出て行くのはみたな。買い出しかここの家で借りてるワイン倉からの酒調達か何かだろうけどそれもいつものことだからな。他に怪しい業者とかも出入りはしてねえし」
「最後が家庭教師です」
「ザザ…すみませ…電波が悪…て…その日は三時に伺う予定が…私用で一時間ほど遅れ…まって…。奥様に謝ったら『今日は帰っていい』と…。彼に最後に会えたの…は先週の家庭教師の日なので私は…当日会え…ません。帰り際…最初は姿が見えな…かったメイドさん…とても挙動不審で…時計ばかり見てまし…た…ど…何か…あ…」
「家庭教師の方は電波が悪いところにいたようで所々音声飛び飛びなんですがこんな感じです。」
私は受話器の向こうの彼に
「ありがとう、止めていいよ。」
とレコーダーの停止ボタンを押させた。
次回へ続く




