第12章(最終章):雪原に刻まれた未来
こんにちは、12話目です! いつも読んでくれてありがとうございます。冬休みの終わりと、それぞれの新たな一歩。アキラが母のもとに帰って、邦衛さんと古い知人が出会い…そしてカンパとマタギの距離感もちょっと進展するのかな…。
賑やかなアキラが居なくなると静かな二人の関係も、絆と今までが支えてくれると思います。
1月1日 元日 午後12時43分:頼れるおじさん達と新年の赦し
霧峰学園の学生寮近くの小さな町は、静寂に包まれていた。
新年の訪れを祝う人々の喧騒は遠く、雪に覆われた通りにはほとんど人影がない。そんな中、銀行の前に立つ二つの人影があった。
柄本アキラと学生寮の用務員である邦衛さんだ。
アキラの手にはビニール袋に入った現金が握られていた。12月29日に彼女が実行した銀行強盗の収穫だが、今となっては彼女を縛る呪いである。
隣に立つ邦衛は、使い古されたコートを羽織り、緊張した面持ちで辺りを見回している。
二人はここに来るまで、元日で閉まっている銀行の裏口から忍び込み、確実に事務室にお金を返す計画をしていた。
アキラの瞳には決意と罪悪感が混じり、邦衛さんの皺だらけの顔には彼女を支えようとする覚悟が刻まれていた。
「おじいちゃん…私、ちゃんと自分で返すよ…?」
アキラが小さな声で呟くと、邦衛は首を振った。
「いいよお、アキラちゃん。一人で背負うには重すぎる。オレが一緒なら、少しは楽になるだろう。」
邦衛さんはアキラの持っていたお金の入ったビニール袋を優しく奪う。
彼の声は穏やかだが、どこか震えていた。
アキラは邦衛さんが協力してくれると言った時、素直に嬉しかった。邦衛さんはアキラを心配して匿名でお金を返そうと言ってくれたが、その上ついて来てくれている。
彼の行動原理を知っているアキラには、何かあったら邦衛さんが身代わりになろうとしてくれているのは分かりきっていた。
『それは…ダメだ。』
アキラはこの数日、文字通り何があっても優しかった邦衛さんを思い返し微笑む。
そして邦衛さんの袖を引いた。
「…?どうした、アキラちゃん?」
「おじいちゃん、私やっぱり警察に…」
行くよ。と言おうとした瞬間。
「邦衛さん!どうしたこんなところで!」
唐突に響いた元気な声に、二人は飛び上がるように振り返った。そこには、笑顔を浮かべた中年の男が立っていた。スーツに身を包み、銀行の行章を胸につけたその男は、明らかにこの銀行の関係者だ。邦衛の顔が一瞬で青ざめた。
「タケさん…!」
タケさんと呼ばれた壮年の男は邦衛さんの古い知人らしく、気さくに近づいてきた。
穏やかで人懐こそうな顔立ちをしているが、疲れている様に見える。アキラの強盗のせいで正月を返上して事態の収拾に当たっているのだろう。
勿論、アキラは彼の事を覚えていた。受付にいたおじさんだったのだ。
「忘年会以来だねぇ、…誰だい?この子。」
タケさんは笑顔で続けるが、邦衛さんの慌てぶりは隠しようがない。
彼の手が震え、持っていたビニール袋が地面に落ちた。中から覗く札束を見て、タケさんの目が見開かれる。
「邦衛さん、何だい…?これ…。」
アキラが口を開こうとした瞬間、邦衛が彼女を制した。
「オレがやったんだ。」
短く、力強く言い切る邦衛。その声にはどこか必死さが滲んでいる。
タケさんは一瞬動きを止めた。だが、すぐに呆れたような笑みを浮かべる。
「何言ってんだ、そんなわけ無いだろう。」
その言葉に、邦衛さんの肩がわずかに落ちた。アキラは唇を噛み、俯いてしまう。
「邦衛さん、あんたなぁ。そんな嘘ついたってさ、見りゃわかるよ。顔に全部書いてあるじゃないか。ったく無茶苦茶だなぁ。」
タケさんの顔は相変わらず人懐こい笑みを浮かべているが、目は真剣その物だ。
「なぁ、二人とも。隠しててもしょうがないだろ。ここまで来ちまったんなら、ちゃんと話してくれ。オレ、黙って聞いてるからさ。」
タケさんの声が柔らかく響き、二人は顔を見合わせた。彼に促されるまま、人通りの少ない銀行の裏手へと連れられていく。
元々人通りが少ないここは、元日ともなればなおさら静まり返る。
聞こえるのは風が古い看板を揺らすかすかな音だけだった。銀行の外壁には監視カメラの類もなく、ただ冷たくコンクリートが広がっている。彼ら以外に人の気配はなく、話し声がどこかに漏れる心配もない。
周りに人はいないよ、と言うようにタケさんが周りを見回して言う。
「それで?どうしたんだい?」
2人はしばらく黙っていたが、しばらくすると邦衛さんが「自分がやった。」と言い、慌てたアキラと互いに「自分がやった。」と言い張り合った。
しかし、タケさんの厳しい視線に根負けした邦衛さんがついに口を開く。
「実はさ…この子、母ちゃんを助けようとして、無茶なことをしちまって…。」
彼はアキラのこれまでの話を、ゆっくりと、だがしっかりと語った。母の過労、隠れて始めたアルバイト、成績の低下、そして衝動的な銀行強盗。アキラは目を伏せ、膝の上で拳を握りしめていた。
話が終わり、アキラが涙を流し震える声で呟いた。
「ごめんなさい…。」
立ち尽くした彼女が頭を下げると、隣で邦衛さんが土下座に近い姿勢になり、声を絞り出す。
「どうか…どうか勘弁してやってくれねぇかなあ?この子、いい子なんだよお…。」
すぐさまアキラも邦衛さんと同じような姿勢を取る。しばらくの沈黙が流れた。
タケさんは考え込むように無言で立ち尽くし、鼻を軽くかいてから話し出す。
「わかった、もういいよ。」
そうして二人をじっと見て、軽く肩をすくめながらタケさんは続ける。
「なぁ、アキラって言ったか。お前、母ちゃんのことそんなに想ってたのか。辛かったんだなぁ。
邦衛さんもさ、あんた…ほんと、バカだけどいい奴だよなぁ。」
二人が顔を上げると、タケさんは少し照れくさそうに笑った。
「あいわかった!後はこのおじさんに任しとけよ。…新年だものなぁ、こんなことで暗い顔してちゃダメだろ。」
「タケさん!」
「おじさん…本当にごめんなさい」
タケさんは手を振って二人を立たせると、ビニール袋をポケットにしまった。
「なぁ、人間ってさ、間違いはするもんだよ。でもさ、そこからまた歩き出せりゃいいんだ。
アキラ、母ちゃんを大事にしろよ。」
彼の言葉に、アキラは大きく頷いた。
こうして、柄本アキラの無謀な一幕は終わりを迎えたのだった。
1月1日 午後2時26分
意外な形でお金の返却を済ませたアキラは、タケさんが「早く行きなよ。」と笑って言って立ち去るまで頭を下げ続けた。
その後邦衛さんに駅まで送ってもらい、そこで邦衛さんと別れ母の待つ自宅へ帰って行った。
雲一つ無い晴れの中、白い田園の中をディーゼル動車が走っていく。
やはり人気の無い車両でアキラは1人窓を眺める。
窓の外の雪景色が流れていく。
アキラの手には仲間達と作ったサバイバル講習の大学ノートが大事そうに抱えている。
「母ちゃん、ごめんね…でも、母ちゃんみたいに最高の友達ができたよ。」
絶望しながら来た道を、出会った人達の顔を思い出しながら未来を想って帰路を辿る。
そしてようやく長い旅が終わり、日没頃にアキラは自宅に到着した。
母が玄関で迎え慌てた様にアキラを抱き締める。
「アキラ!無事でよかった…どこ行ってたんだ…。」
堪える様に大粒の涙を流す姿は親子そっくりだ。
「母ちゃん、ごめんねえ。私、留年したけど頑張るから!」
以前の彼女とは違う、落ち着きながらも力強い声にアキラの成長を感じ取った母。
「アキラが幸せだったら何でも良いんだよ。」
この元日の晩、アキラの家に来客があった。
ビジネススーツにオフィスメガネ、やや白髪の混じった髪をヘアワックスでまとめた真面目そうな男である。
それはあの心砕けた日に母にお金を渡していた派手なスーツに色眼鏡をした男だった。
母の話によれば、実は彼はアキラの実父であり復縁を考えているという事らしい。
アキラが目撃したお金は父が彼女にあてた養育費だったのだ。
アキラは一瞬赤面したが、この正月に冬山であった出来事を思い出し
『いつかこのお話をあの3人にするんだ。』
あの寮にいる仲間達がどういう顔をするか思い浮かべながら微笑み、そう固く誓った。
アキラの部屋には、初日の出の自撮り写真が飾られ、4人の笑顔が新たな希望を灯す。
1月2日 朝 9時16分
「おはよう、寝坊だぞ。」
マタギがまだ寝ぼけているカンパに声をかけた。
「おはよ。」
カンパは眠そうに返事をするが、まだ眠そうだ。昨日までの疲れが抜けきっていないのだろうか
そうでなくとも、昨日の騒動でカンパの背中には大猪に椅子をぶつけられた時の酷いアザが出来ていた。手当ての際湿布を貼ったマタギは心配になる。
「アキラが映画の話をしてたせいで、DVD観たくなって…それで遅くなったんだよ。」
目を丸くするマタギ「そうか」と安心した顔になる。
邦衛さんは昨日夜遅くに帰ってきたとカンパが教えてくれた。多分カンパはアキラが心配で邦衛さんを待っていたのだろう。
カンパは昨夜、邦衛さんから聞いた話をマタギに話した。
「…邦衛さんらしいな。」
「それで駅から電車で帰って行ったってさ。」
マタギはアキラを想像する。
泣いたり笑ったり全力で感情を出す、落ち着きの無い金髪を想いながら、マタギは優しく微笑んだ。
朝食が済むと、カンパが今日はサバイバル講習はしないのか?と聞いてきた。
よく見るとまだあちこち傷だらけのカンパを見てマタギは悩むが、彼の目には気力が溢れている。
「そうだな、今日は…」
外は風もなく、穏やかに晴れている。
1月3日午後5時:ニュースと内緒の絆
冬休みが終わる頃、カンパとマタギが寮の談話室でテレビを見ている。夕方のニュースが流れ、「山間部の銀行で起きた強盗事件の全額が、匿名で返却されました。犯人の正体は不明で、お金には『ごめんなさい』のメモが貼られていました。尚、被害届は受理されておらず…」
淡白な声でアナウンサーが報じている。
カンパが「アキラ、やったんだな」と呟き、マタギが「あぁ。約束守った」と小さく笑う。
すると邦衛さんが談話室に入り、「お前ら、ニュース見たか?」と世間話をする様にお茶を持ってきた。
カンパが邦衛さんを見てしっかり頷く。
「ありがとう。邦衛さん」
マタギは優しい笑顔を見せて仲間の無事を素直に喜ぶ。
すると邦衛さんは内緒話をするように席に着き、2人を見渡すようにして
「アキラのこと…内緒にしとけよ…!」
小さい声で呟きながら自分の口に人差し指を当てた。
2人はそんなお茶目な邦衛さんの素振りに笑顔になりながら数度頷く。
1月5日午後:冬休みの終わりと新たな一歩
冬休みが終わりを迎え、ちらほらと寮生が帰ってきている寮。壊れた所はカンパとマタギが少し手伝いながら邦衛さんが直してくれた。
その外で2人が雪かきをしている。
夕陽が山をオレンジに染め、冷たい風が吹く中、黙々と作業を進める。
ふとカンパが手を止める。
「アキラ、ちゃんとやってるかな。」
「…大丈夫だ、アキラは明るいから。」
あの子犬のように落ち着きの無い金髪を思い出し、振り返り夕陽を見るマタギ。
寂しげな夕焼けに立っている彼女の横顔を見たカンパは驚き、決意した様に踏み出す。
そして、おずおずと不器用に、だがしっかりとマタギの手を握った。
マタギが一瞬驚き、「…何だ?」と顔を赤らめるが、手は離さない。
「いや…その…冬休み、一緒に…乗り越えたから…さ。」
カンパはしどろもどろに説明するが
「……バカ。」
小さい声で言うが、恥ずかしそうにマタギは笑う。
2人が手を繋いだまま夕陽を見る姿を談話室の窓から邦衛さんが見つめ、目を細める。
「今年もいい子達だ。」
雪原に伸びた二人の影は、新たな年を共に歩む約束を静かに刻み、遠くで響く風が彼らの未来を優しく見守っていた。
とりあえずの最後まで読んでくれてありがとうございます! これで一区切りです。アキラの物語はやはり最近の悪いことをした人は絶対に許されない風潮へ反抗したくて雰囲気も大事にしつつ終わらせました。
タケさんは地井武男さんモチーフなのですが、自分を振り返り人を思いやれる強さを僕なりに描いてみました…アキラはここ一番の時不思議とうまく行くタイプの子という設定なのですが、多少無理でもハッピーエンドに繋がってよかった…。
カンパとマタギの手繋ぎシーンは書いててニヤニヤしちゃいました。マタギちゃんの中だとまだまだ友達なんだろうなぁ、がんばれカンパくん。
ニュース見て笑う3人も、なんか内緒の絆って感じで温かかったな。アキラはこれから頑張るだろうし、カンパとマタギも新たなスタート切れたよね。感想や「また会いたい!」みたいな声、ぜひコメントください。この物語、楽しんでくれてたら嬉しいです!
ひとまず!ありがとうございました!!
同時にセルフパロディシナリオ公開しています!カチカチのアクションにしてみました!良かったら是非是非どうぞー!