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種子島マタギの物語:中学3年の夏

マタギちゃんの叔母のシズカさんはいい人です、と言う思いがつのって書きました。


シズカさんの夫のタケルさんみたいな人たまに居ますよね、身が細くてメガネでのんびりしてるのに頼れる人…イメージ元の人は居ませんが良いなぁ、恐らくムジョルニアが持てる

~山から帰宅とシズカの溺愛~


中学3年生になったマタギは、霧峰山にある源次郎の家で暮らしていた。


茅葺き屋根の古い日本家屋は、囲炉裏の焦げた匂いと木の温もりに満ち、源次郎が生前親交のあった霧峰学園の用務員さんたちが定期的に屋根の茅を交換しに来てくれるおかげで、昔と変わらない姿を保っている。


夏休みの朝、マタギは山の手入れを終えて汗だくで帰宅した。肩甲骨の下まで伸びた黒髪は、前髪だけを自分でハサミで切り揃え、目にかからないように整えている。心因性失声症も少しずつ寛解しつつあり、声が出ない日は減ってきていた。


玄関の引き戸を開けると、土間から縁側にかけて懐かしい声が響く。


「マタギちゃん、おかえりー!」


シズカが駆け寄ってくる。彼女はマタギを抱きしめ、頬をすり寄せた。


「シズカさんただいま、休み取れたんだ。」


「取ったよ~!暑かったでしょ? 汗だくじゃない! ほら、早く汗流して着替えて!」


まるで小さな子をあやすように離れのお風呂へ連行される、そこには程よく温めたぬるま湯が溜まっていた。


シズカはマタギの叔母で、大学進学の時にこの家を出たらしいが、勝手知ったる我が家、薪風呂の扱いが完璧である。


そうして汗を流し着替えたマタギの手を引いて縁側へ連れて行く。


マタギはシズカの勢いに押されて座布団に座らされる。


シズカは持参した籐のかごから冷たい麦茶の入った水筒を取り出す。


「はい、マタギちゃん、冷たいの飲んで! お山で頑張ってたんだから、ちゃんと水分取らないとダメよ!」


グラスに注いで差し出してきた。さらに、「それと!」と目を輝かせてかごをごそごそ漁り、手作りのおにぎりを包んだ竹皮を取り出してくる。


「朝早く作ってきたの。マタギちゃんの大好きな梅干し入りよ。ほら、食べて食べて!」


両手でおにぎりを差し出し、マタギの顔をじーっと見つめます。マタギは照れくさそうに目を逸らすも


「ありがとう…シズカさん。」小さく呟いておにぎりを受け取る。


「もう! 遠慮しないでいいんだから! もっと持ってきたかったけど重くなるから我慢したのよ!」


シズカは頬を膨らませて駄々っ子のように笑っている。


マタギは受け取ったおにぎりを両手で大事そうに頬張る、南高梅の果肉のジューシーさに加え、米と海苔の間に大葉が巻かれていてとてもおいしい。


「そういえばね、タケルさんも花火大会に間に合うように来るって。実はおじいちゃんのジャケットを持ってきてくれるの」


シズカが続ける。以前、タケルがマタギに渡した源次郎のジャケットは、彼女には大きすぎだった。


「このままでいい。」とマタギは惜しんでいたが、タケルが「ちゃんと着られるようにしよう。」と説得し、神奈川の腕の良い仕立て屋に出していたのだ。


「端材でね、かわいいポーチと、ウサギの親子のキーホルダーまで作ってもらったんだから!」


シズカが得意げに言うと、マタギは目を丸くする。


「うさぎ…?」


「そう! マタギちゃんが山でウサギ好きって言ってたの覚えててね!」


とまた抱きついてくる。


「そ、そんなこと…。」


マタギは顔を赤らめ、シズカの溺愛にたじたじだ。





~花火大会の準備~



昼下がり、マタギとシズカは花火大会の準備に取り掛かる。

マタギは家の裏を流れる川へ向かい、籠に入れたスイカを冷たい水に浸す。川のせせらぎと蝉の声が響く中、彼女は水面に映る自分の姿を見つめ、少し大人びた輪郭に気付いて小さく微笑んだ。


一方、シズカは台所で囲炉裏に火をくべる。


「マタギちゃん、お魚焼くから後で手伝ってね!」


戻ってきたマタギに声をかける。


「ほら、虫除けのお香もいるでしょ?」


シズカは自分の鞄から蚊取り線香を取り出そうとするが、マタギが今補充してきたハーブと木片を見て目を細める。


「マタギちゃんってほんと山の子ね。こういうの見てるとおじいちゃん思い出すわ。」




~浴衣とシズカの思い出話~



夕方になると、シズカが目を輝かせて提案した。


「せっかくだから浴衣着ようか!」


「浴衣…?」


「大丈夫、マタギちゃんに絶対似合うから!」


そう言って手を叩いて立ち上がり、シズカが9つの時に亡くなった源次郎の妻、弥生が使っていた部屋へマタギを連れて行く。

部屋には古い箪笥があり、シズカが引き出しを開けると、藍色に白い花柄が散った浴衣が出てきた。


「これ、お母さん、マタギちゃんのおばあちゃんが着てたの。きっとぴったりよ。」


シズカが優しく微笑む。

マタギを座らせ、櫛を手に持つ。


「髪、伸びたね。ほら、きれいにしてあげる」


そう言いながら、丁寧にマタギの髪を梳き始めます。マタギは鏡に映る自分を見ながら、シズカの手の動きに身を任せ、少し恥ずかしそうに目を伏せている。


シズカが櫛を動かしながら話し出した。


「昔ね。この家でキヨシ兄さん、マタギちゃんのお父さんがよくいたずらしてたの。おじいちゃんが囲炉裏で魚焼いてる間に、隠れておにぎりつまみ食いしてさ。怒られて縁側でしょんぼりしてる顔、今でも覚えてるわ。」


と笑った。マタギは「父ちゃん…」と小さく呟き、初めて聞く実父の話に耳を傾ける。


「マタギちゃんが生まれた時も、おじいちゃん嬉しくてね。山から降りてきて、ずっと抱っこしてたのよ。」


シズカが続けるうち、マタギの胸に温かいものが込み上げてくる。


「…ぉか、さん…」


シズカを呼びたい気持ちが溢れるが、こんな時に声がうまく出ない。シズカはマタギの手が小さく握り締められているのに気付き。


「慌てなくていいよ、マタギちゃん。わかってるから。」


優しく手を握り、後ろからそっと抱き締めた。マタギは恥ずかしそうに目を細め、シズカの温もりに感謝した。



~親馬鹿~


マタギの浴衣姿──、藍色の布に白い朝顔が咲き乱れるその姿は、まるで夏の夜に浮かぶ小さな花火のようだった。


マタギは照れくさそうに目を逸らし、頬を少し膨らませる。


「きゃーー!!マタギちゃん可愛すぎ! ちょっと待って、写真撮らせて!」


親族の贔屓目を抜きにしても、あまりに愛らしいその姿に、シズカは我慢できずスマホを手に取った。


シズカは大騒ぎし、スマホを構えてパシャパシャ撮りまくる。


「や、やめて…。」


マタギは恥ずかしそうに顔を隠す。


「だーめ! 宝物にするんだから!ほら、ちゃんと背筋伸ばして!」



可愛らしい姿で慌てるマタギをしばらくスマホに納めていたが、ふと、シズカの手が止まった。


スマホ越しにマタギを見つめながら、父・源次郎の顔が脳裏に浮かんだ。


この子を見たら、どんな顔をするだろう。きっと、あの頑固そうな眉が少し緩んで、口元に懐かしそうな笑みが浮かぶに違いない。山守の末裔として厳しく生きた父が、こんな小さな浴衣姿に目を細めるなんて、想像するだけで胸が温かくなった。


弥生が生きていた頃、キヨシと一緒に縁側で花火を見た夏の夜。あの時も、こんな風に笑い声が響き合っていた。


シズカはカメラを下ろし、マタギの頭にそっと手を置いて呟く。


「おじいちゃんに見せたいね、この可愛い姿。」


マタギは顔を赤らめたが、その顔はどこか嬉しそうだった。


家族の絆はこうやって確かにここにある。


源次郎が残したこの家に、マタギの笑顔に、弥生の優しい記憶に。夏の夜風が頬を撫で、シズカの心は穏やかに凪いだ。



~タケルの到着と慌てる姿~


日が暮れかけた頃、車のエンジン音が近づき、タケルが到着した。

タケルはシズカの夫だ。女性しかいなくなってしまった種子島家に婿入りしてきた、身は細いが気さくで優しい頼りになる男である。


「2人とも~!きたよ~!」


明るい声とともに、ビニール袋をガサガサさせながら庭先に現れた。


「花火間に合ったぞ~!」


得意げに言うタケルだったが、縁側に座るシズカとマタギの姿を見て、言葉が止まった。


シズカは深緑の浴衣に髪をアップにまとめ、落ち着いた美しさを放ち、マタギは藍色の浴衣で少し大人びた雰囲気を漂わせている。



「う、うわっ…! な、なん…! 似合いすぎて…!」


タケルは袋を手に持ったまま固まり、顔を真っ赤にして吃っている。


「ほら、タケルさん、ジャケット!」


シズカが笑いながら促す。


「あ、ああ! うん、そうだ!」


タケルは慌てて袋から仕立て直された源次郎のジャケットを縁側に取り出すが、手が震えて別の袋にまとめられたポーチとキーホルダーが床に落ちてしまう。


「うわあっ、ご、ごめん!」


更に慌てて拾おうとして膝をぶつけ、「いたいっ!」と声を上げ、シズカは「もう、タケルさんったら!」と笑い、マタギも小さくくすっと笑っている。


タケルが赤い顔をしながら立ち直って、仕立て直された源次郎のジャケットをマタギに差し出す。


「ほ、ほら、マタギちゃん、これ…ジャケット、ぴったりにしてもらったから…。」


「ありがとう、タケルさん。」


マタギは袋の中に先程のポーチとウサギの親子のキーホルダーを見つけ、シズカの話を思い出す。少し考えてからマタギはシズカにポーチを差し出す。


「シズカさん、これ…。」


「え、マタギちゃん! ほんとにくれるの?」


シズカは目を潤ませてマタギに抱きつく


「マタギちゃん、ありがとう…。」


「う、うん…。」


抱きしめられてまたたじろいでいるマタギだが、悪い気は全然していない。


「いや、ほんと…二人とも可愛すぎて…俺、どうしたらいいんだろ…」


そんな2人を他所にタケルは頭をかきながら照れ笑いし、シズカに「…タケルさん…。」と横目で呆れられていた。



──しばらくして日も落ち、マツムシがリーンリーンと鳴き出す頃。



3人は縁側に座布団を並べ、タケルとシズカ、その間にマタギが座り、三人は花火大会を待っていた。タケルが口を開く。


「ジャケット、着れるのはもう少し先かなあ。」


「山はすぐ冷えるから、意外と早く出番あるよ。」


シズカが返す。マタギもコクコクと頷いている。その姿を見たタケルは内心


『もう完全に親子じゃん…俺、幸せすぎる…。』


ほっこりした気持ちで二人を見つめている。




囲炉裏の火がぱちぱちと乾いた音を立て、祖父・源次郎が教えてくれた虫除けの香がほのかに立ち上る。


ヨモギとエゾマツを焚いたその香りは、鋭くも温かな木の息吹を帯びて、ゆっくりと縁側に漂い、鼻腔をくすぐった。マツムシが「リーンリーン」と大合唱を響かせ、夏の夕暮れを包み込む中、不意にその声がぴたりと止んだ。


山の麓から一条の光が勢いよく駆け上がり、轟音と共に夜空に大輪の華を咲かせる。一瞬の静寂を破って、次々に打ち上がる花火が闇を切り裂き、赤や金の残響が山肌にこだました。


3人は夜空を彩る花火を見上げる。


マタギは、膝に乗せたジャケットの袖をそっと撫で、源次郎の気配を感じながら呟く。


「きれい…。」


「ね、本当にきれいね。マタギちゃん、来てよかった。」


そう言ってシズカはマタギの手を握る。


「来年もこうやって見たいな。」


タケルはそう言って笑った。


花火の光が三人の顔を照らし、源次郎と弥生が見守るような夜空の下で、家族の絆が静かに、けれど確かに輝きを放った。

人混みは苦手ですが花火は好きと言う運営さんに真っ向からケンカを売る主義の理想…それは!


おうちがベストスポット…!そんな源次郎じいちゃのおうち、風通しの良さそうな夕涼みに浴衣にまでなれるのはホントに居心地が良さそうです!



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