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「憧れたあの背中」④

 いつも以上に真剣に取り組んだからか眠く感じる今日の授業。けれども、勉強に関しては昔から真面目に取り組んできたし、周りからもそういうラベルを張られているため寝ることはできない。なんなら無駄にプライドが高いことも理由にあるのかもしれないが。

 ノートに先生が黒板に書いてあることを書きながらも、頭の中に浮かぶのは昨日の夢の中のような時間の自分。まさにあんな選手になりたいとサッカーを始めた頃は思っていたはずだ。それがいつの間にここまで落ちぶれてしまったのだろうと思いながら、今日の朝の部活の反省点をノートの端っこのところにメモをしておく。こんなことなんてしたことないのに。そうやって、段々と自分の世界に入っていると、

「起立!」

 どうやら授業が終わったらしい。やっちまった。気づいて前を見てみると黒板には知らない内容がびっしり書いていた。はあ。ため息をついても仕方のないことだが、あとで誰かのノートを写せばいいやと思い、自分のノートに目を落とすと書いてあるのは今日の朝の反省点とこれから試してみたいことだった。自分でも、こんなサッカー小僧だったっけと笑いたくなってしまう。そんな時だった。

「海斗。さっきの授業のノート見せて。寝てて写してなかったんだわ。」

 そう言ってくる友達。

「わりい。俺も他事考えていて写してないんだ。ごめんな。」

「そんなあ。珍しいな。お前が授業聞いていないなんて。」

「俺を何だと思っているんだよ。」

「え、生粋の真面目ちゃん。」

「ちゃうわ。」

 そう叩き合いながら、わちゃわちゃする休み時間。授業中ほとんどサッカーのことを考えていた僕にとってその時間はいい息抜きになった。けれども、これも「仮面」を被っての会話。いつになったら本当の自分を曝け出せるのだろうとも、思う。本当の友達とは何だろう。そんなことまで考えてしまう。

「海斗。海斗!大丈夫か?」

「あ、ごめん。ちょっと考え事していて。」

「しっかりしろよ。まったく。でさ、話戻るんだけど...」

 サッカーに光が見え始めたら、今度は人間関係に関して暗がりが見えるようになってしまった。いや、もともとあったのだろう。それを今まではサッカーの悩みが覆いかぶさっていただけで。でも、それこそ自分で考えていてもどうにもならないことだから、友達の話に意識を戻すことにした。


 「じゃあ、今日も終わります。さようなら。」

 「さようなら。」

 結局、他の授業中もサッカーのことを考えて今日は何にも手がつかなかった。けど、サッカーを始めた頃の自分に戻ったような感じがして楽しかった。これから、夕方の部活というのに嫌な気分にならないというのも、嬉しい限りだ。

 けど、現実はそう簡単には変わらなかった。


 サッカーは好きだが、比較や競争で誰かに負けるのが嫌でその舞台から逃げていた人間が、急に上手くなるなどという甘い話は無かった。いつもと変わらない、先生や仲間から浴びせられる罵声。確かに、昨日の今日では何も変わらないだろう。でも、あの時間が何であれ本来の自分が目指したい目標が見えた気がした。そして削除されていた反骨精神が僕の心に戻っていた。

 だから、誰に何を言われようと何も思わなくなった。今まで努力を怠ってきた自分が悪いのだから。だったら、そこから這い上がるためにチャレンジし続けなければならない。もう一度辛い比較と競争の舞台に立って、己の力で勝ち取らなければならない。ただ、そのメンタリティは僕の心に小さいながらも生まれ始めていた。


 いつもだったら苦痛な時間が過ぎるのを耐えるためという気持ちで部活に臨んでいた。そのためプレー自体も逃げの選択を取ることが多かった。それが気持ち面の変化ではあるが、挑戦的な選択を取るようになった。それによって勿論のごとくミスは増える。それは仕方ない。気持ちは変わろうが実力はすぐには変わらないのだから。だから、いつも以上に怒号が飛んでくる。でも、そんなこと今の自分にとってみればどうでも良かった。誰が何と言おうと目指すべき姿が明確に見えたのだから。


「ピピィー!」

 今日のミニゲームの終わりを告げる笛が吹かれた。今日はチーム運にも恵まれ勝つこともできた。ただ、与えられた任務は昨日と変わらず、サイドバックとセンターバック。それは自分の目指す姿とは異なる。けれども、仕方ない。今までそれでやってきたのだから。いつの日か、俺が点を取ると堂々と言えるようになるという決意を頭の中でしている間にも、手は片づけのために動かし続ける。ふと周りを見てみると、相変わらずのろい奴らだ。遠くから見ていても先生の眉間にしわ寄っているのが分かる。はあ。今日も遅くなりそう。


「集合!!!」

 キャプテンの怒鳴り声にも近い集合の合図。ストレスで胃に穴でも開かないのかなと他人事のように思っているが仕方ない。自分にはどうすることもできない。自分が注意したところで弱い奴が何言ってんだって言われるのがオチだ。

「いつになったら片付け早くなるんだよ!お前ら昨日も帰る時間遅くなったらしいな。いい加減にしろよ!いつまで...」

 ここにも、胃に穴が開きそうな大人がいるのだが大丈夫なのかな。いっつも同じようなことしか聞いていないような気がするが。ただ、自分には関係の無いことなので、また今日の振り返りを行う。


 今日も同じようにアップを行った後に、パス練習などの基礎練習からスタートした。「声が小せえ!」というのはもう決まり文句みたいなもので、僕は自分の一つ一つのプレーを丁寧に行うように心掛けた。本当は丁寧に素早くやるのが正しいのだが、手を抜いていた時間を取り戻すことはできない。初心に帰り、丁寧に、他の人がやっている間に自分のプレーの反省をしながら取り組んだ。そこまで大きな変化があったわけでは無いが、自分のプレーを客観的に分析して、ちょっと変化を加えてみたりしてと基礎練習ながら今まで以上に有意義な基礎練習になった気がする。

 今日のメインは、朝も行っていたシュート練習。目指す軌道も感触も自分の足は覚えている。横から先生に何かといわれるが、それを流しながら1回ずつのシュートを反省し、次のシュートの際の工夫をする。運動神経がない奴は考えてやらないと競争の舞台には立てないことは身に染みて分かっているからね。そうしているうちにシュート練習も終わり、ミニゲームの時間になろうとしていた。昨日までは校舎についている時計を気にする部活の時間だったのが、大きな変化だった。

 本当に昨日の訳の分からない夢のような時間のおかげで、もう一度サッカーを愛する少年のように戻れた気がする。誰がやってくれたのか、何だったのか分からないが、とりあえず神様に感謝しておこう。

 そう思いふけっていると話は終わったらしい。


 昨日と同じく、くっちゃべっている連中の横を走り抜けカバンの元に行く。横目で校舎を確認すると、時計は6時10分を指していた。何してくれてんねん。そう睨みたくなるが、「仮面」を被った僕の表情で察するような奴らはここにはいないだろう。いるのならもっとマシな部活になっている気がするのだがな。いつまでしょうもないことを言われ続けるのだろうか。

 なんとか、着替えや片づけを終えダッシュで校門に向かおうとすると時間は6時25分。あいつら終わったな。フフッと笑いたくなるが抑えて、走りながら挨拶をしつつ校門を走り抜ける。


 なんだか無性に湧いてくるサッカーが上手くなりたい欲。こんな気持ちいつぶりだろう。けれども、夕飯を作って待っているであろう母親に連絡する方法を持っていない。なら、走るか。それで体力強化を図ろう。そう単純な思考で走り始める。昨日、心の中であいつらを馬鹿にしたのに僕も案外単細胞なのかもしれない。

 いつもは心休めるために一人でゆっくり歩く帰り道。それが、走ることであっという間に過ぎていく。カバンなどの荷物もあるので走りづらいが仕方ない。根拠はないが気分がいい。

 気づけば、昨日石ころを見つけ蹴り始めた場所までやってきた。どこかにいないかなと見渡すが同じようなやつはいなかった。でも、それでも良かった。僕には指針ができたのだから。

 そうして再び走り出す。

 昨日石が落ちていった側溝蓋の場所に来ても石は無かった。また暗転することも、あの自転車の高校生が横を通ることも無かった。そして、小学校を通り過ぎようとした時だった。


 明かりのついた体育館で小学校低学年ぐらいの子が大人一人に見守られながら、バスケットボールを持っていた。そして、ゴールへ向かってシュートを放つ。それは素人目から見ても入りそうもなかった。けれども、へこたれる様子もなく走ってボールを取りに行き、もう一度シュートを放つ。でも外れる。そしてまた取りに行く。

 何度繰り返しただろう。けれども、その様子に目が離せなかった。そして、ある程度時間が経ったころだったか、大人がもう帰るぞという振る舞いをした。でも、その小さな子供は首を振った。声は聞こえない。けれども、指を一本立てている様子からあと1回決めるまでやるつもりなのだろう。それにあきれたように座る大人。けど、その人が子供を見る目は優しくて温かい目をしていた。そこから何分が経っただろう。

 もう腕に力は残っていないのかもしれない。けれども挑戦し続けるその背中に心を打たれて、気づいたときには体育館の窓の近くにいた。僕が中学生でなければ不審者扱いされるかもしれない。そう思った時だった。

 彼が最後の力を振り絞ったかのようにはなったシュートは綺麗な弧を描いてリングを通り抜けた。抱き合う子供と大人。彼らに届きそうもないのに自然と拍手をして、気づけば涙が一筋零れ落ちた。どうやら、憧れの背中は二人に増えたみたいだ。


 気づけば、かなり時間が経っていたらしい。小学校から走って帰っても家に着いたときには心配そうな顔をした母親がいた。申し訳ないことをしたという気持ちも勿論あるが、あの時間は見ていて損は無かった。



 あるオフの日曜日。家族には事前からサッカーの自主練をしに行くと伝えていた。以前まではオフの日は家の中でごろごろしていたのだから、その変化に驚いてはいたが許してくれた。ただ、こんなご時世だ。ボールを使っていい場所がどんどん減っている。そのため、少し遠くまで行くことにした。勿論走って。今までなら自転車で行くと真っ先に考えていたはずだが、どうやらあの日以来走ることが好きになった。それとともに少しではあるが体力も増えているように感じているし。


「行ってきます。」

「気を付けてね。車には気を付けるんだよ。」

 そう心配しながらも、送り出してくれる両親に手を振りながら走っていく。昔の本当にサッカーが好きな頃に戻れたようでそれが何よりも嬉しい。

 また、憧れたあの背中。

 一人は、画面上でしか見たことの無い背番号「7」を象徴する、常にサッカーの神と比較され続けた選手。

 もう一人は、名前も顔も結局分からない、体育館にいたバスケ小僧。

 彼らが、もう一度僕の心の闘志に火をつけてくれた。あの夢のような時間に体験したのを現実にするため。

 僕は走り出す。

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