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「暗闇の中」②

 見学だけなら、とりあえず行って来ても良いとのことだったので、自分で自転車を漕いで学校の体育館に一人で向かった。当然のことであるが、勉強以外に興味のない親にとって連れていくという選択肢は最初から無かった。別にそれは今に始まったことでは無いので俺自身は特に不思議には思わなかった。

 駐輪場に自転車を置き、体育館に向かってみると綺麗に靴が揃えられていたが、中から特に大きな声は聞こえてこなかった。どうやら、まだ練習前だったらしい。このときは小学校に入りたてで親しい友達もいなく、頑張って探したミニバスに参加する子の言う時間に来てみたのだがどうやら間に合ったらしい。別に同じ年代なのだが、あまり周りのことを信用できていないというかなんというか、だから不安だったがとにかく間に合ったのなら良かった。

 それで視線の前にあるように、自分の靴も綺麗にそろえて端のほうに置いておくことにした。体育館の中に入ってみると、見たことが無い奴が入ってきたからか体育館中の視線が集まる。なんとなく気まずくなって話しやすそうな人はいないかと探してみると、出入り口の近くに高校生ぐらいのお兄さんが立っていたので話しかけてみることにした。

『すいません。おはようございます。僕、鈴木和真というのですが、バスケの練習を見学することって可能でしょうか?』

『おはよう。僕は田所悠志っていうんだ。よろしくね。事前に見学の申請とかってしていたりする?』

『はい、先日電話したと思うのですが。』

『了解。ちょっと待ってて。お父さん!和真君っていう練習を見学したいという子が来たのだけれど。』

 そう大きな声でいかつそうな大人のほうに向かっていく悠志さん。わざわざ大きな声で言うんじゃなくて走って伝えに行けばいいのにと思うのだけれど。そうしているといかにも厳しそうなおじさんが悠志さんとともにやってきた。

『田所です。君が先日電話で連絡してくれた和真君であっているかな?』

『はい、そうです。』

『失礼だが、親さんは一緒に来ていないのかな?』

『はい、一人で行ってこいとのことで。』

『そうか。どうやら手ぶらのようだが、バスケの経験はあるのかな?』

『いえ、バスケの経験どころか、スポーツを習ったこと自体も無いです。』

『そうか。なら、今日はどちらにせよ、見学のみということになるがそれでいいかな?』

『はい、大丈夫です。よろしくお願いします。』

『よろしく。細かいところは悠志が説明してくれるから分からないことがあったら悠志に聞いてほしい。まあ、とにかく練習の邪魔をしなければ別にいつ帰ってもいいから。それじゃあ、あとは悠志頼んだぞ。』

『はーい。』

 そう言って、走っていく田所コーチ。そうして、高学年の子の「集合!!!」という声で体育館中にいた人たちがコーチの前に集まっていく。素人だからあまり詳しくは分からないが、全員準備が済んでいるようだった。

『んじゃ、僕らは邪魔にならないように体育館のステージの上ででも練習を見ていようか。ついて来て。』

『分かりました。』

 そうこう移動してる間にも始まっていく練習。まだ、練習の始まりだというのに楽しそうな顔でいる子が多くいて羨ましいと純粋に思った。ただ、その感情が楽しいと思うことが存在していることに対してなのか、自分がやりたいと思えるものが存在していることに対してなのか、当時も今も分からないままだ。


 体育館のステージ上へ移動してからも悠志さんが練習の詳しい説明をしてくださったので、未経験の俺にとっても目の前の練習が何をやっているのかが何となくではあるが理解できた。

『そういえば、和真君は何で見学しようと思ったの?』

 練習が一時中断して給水の合図がコーチから伝えられたタイミングで悠志さんが聞いてきた。一瞬素直に答えようか迷ったが、悠志さんのほんわかとした雰囲気からなのか正直に答えようと思った。

『実は、今まで勉強しかしてこなかったんですよ。』

 そう言い始めたところで、悠志さんは驚いた顔になったので思わず話を止めてしまった。

『何か、おかしかったですか?気づいたときには、親から言われてやらされて、兄もいるのですが兄も同じようにやっているのでおかしいことだとは気づかなくて。』

『そっか...それは、それぞれの家の教育方針で変わってくるから赤の他人の僕が言えることじゃないけど、不思議な家だね。親さんはお医者さんか何かなの?そこまで教育熱心ということは。』

『いえ、両方とも教師です。だから、教育熱心なところもあると思うのですが、兄でそれが上手くいってしまったからでしょうかね。僕にもそれを強要しているような感じです。』

『うーん。まだ、高校生の僕には難しい問題だなあ。んじゃ、その勉強漬けの生活が嫌になってきたから今回の見学に来たってこと?』

『それは、自分でも分からないです。ただ、兄も自分と同じように小学校に入ると同時に陸上を始めたものですから、僕も何かやってみようかなと、そんな単純な理由です。』

『そっか。まあ、気楽に今日は見てってくれていいよ。分からないことがあったら聞いてくれていいしね。あと、別にこのチームに入るにしろ入らないにしろ、何かあったら僕に相談しに来てくれていいからね。いつも土日にはこの体育館で練習をしているから。もしかしたら、試合でいない日もあるかもだけれど。』

 思ってもいない対応に少し答えられずにいたが、ハッとして、

『ありがとうございます。でも、何でそこまでしてくださるのですか。このチームに入ることが確定しているのであれば分かるのですが、入らない可能性もあるというのに。』

『ふふふ。どこか、昔の僕に今の和真君が似ているような気がしてね。ただの自己満足だから忘れてくれてもいいんだけれどさ。』

 そう言った後、少し顔を近づけて真剣そうな顔で悠志さんは言った。

『今の君には昔の僕の周りにいたような助けてくれる人がいないように感じられるんだ。今は君自身もどうにも思っていないかもしれないけれど。何かあったら必ず誰かに相談するんだよ。その頼る誰かがもしいないのであれば、最後の選択肢として僕を選んでくれてもいいからね。』

 そう言った後、また先ほどまでの柔和な笑顔に戻って、

『まあ、たかが高校生がどうにかできるか分からないけどね。ふふふ。まあ、今日はゆっくり練習を見てるといいよ。帰るときにはひと声かけてね。』

 そう言って離れていった。何か今まで会った人の中で一番頼りがいのある人だと一回話しただけではあるがそう思えた。だけれども、彼ほどの良い人に自分のことで悩んでほしくないとも思ってしまった。そう思っていると、再び練習が再開される。

 先ほどまでは、悠志さんが隣で練習の内容をバスケを知らない俺にも分かるように説明してくれたから分かったものの、今はもう別のところに行ってしまった。そのため、目の前で行われている練習がどういうものなのかが自分には分からない。ただ、バスケをしている彼らの目はキラキラとしていて不思議と羨ましいと思ってしまった。


 あのまま、練習が続き最後は試合形式の練習を行い、その後片づけ、挨拶をして今日の練習は終了ということになった。とりあえず、チーム自体の練習も終わったことなので空いているコーチから見学をさせていただいたことの感謝を伝えに挨拶をしに行った。それであとは、悠志さんだけとなったのだが、どうやら体育館にはいないようだったので、一応彼のお父さんと思われる方に感謝を伝えて体育館を出た。

 そうして、来たときと同じように綺麗に揃えられている靴の中から隅の方に置いた自分の靴を見つけ出し駐輪場のほうに歩いていく。そうすると、ちょうど体育館と駐輪場の間のところに悠志さんが立っていた。

『和真君、お疲れ!』

 そう元気そうに話しかけてくる悠志さん。

『悠志さんもお疲れ様でした。今日はありがとうございました。少しバスケに興味を持つことが出来ました。これからのことは親と話して決めたいと思います。また、機会があればよろしくお願いします。』

 そう言いながらも、自分の中では答えは決まっていて帰ろうとしていた。

『たぶんだけれど、もう来ないでしょ?和真君。なんとなくだけど。』

 その言葉にドキッとして彼の目を見る。すると、鋭い目でこちらに向かって話してきた。

『別にそれでもいいけれど、何か自分の中で特別なのものというか、大事なものがないと人間って簡単に壊れるからね。』

 そう真剣な顔と高校生には思えないトーンで言った後は今までの彼に戻って、

『まあ、君より数年だけ経験値のある僕が言う言葉だからどこまで信用するかは君次第だけれど。僕の想像上だから確かではないかもしれないけれど、君自身昔から勉強もしていることだから、同年代の子よりも頭がいいと思うからこの忠告の意図も分かるでしょ。まあ、自分を大切に生きるんだよ。じゃあ、今日はお疲れ。』

『お疲れ様でした。』

 そう言って、悠志さんとは別れた。


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