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「暗闇の中」①

「さようなら。」

「さようなら!!!」

 先生の話も終わり、挨拶をして下校の時間になる。小学校の内は集団下校をしなければならないので、ここで急いで教室を出ても早く帰ることができるわけでは無い。なので、ゆっくりと帰宅の準備をする。本当は早く帰って少しでも自由な時間を楽しみたいのだが、そうは周りがさせてくれないことを小学校にも入って3年も経てば嫌でもわかってくる。最初の頃は、早く帰ろうと同じ下校集団の子にも言ったのだが、

「ええ、そんなに急がなくても良くない?」

「和真君っていっつも急いでいるよね?なんで?」

 そう言われるだけ。小学生相手に自分の事情を説明したところで分かってもらえるわけないし、明日には忘れるだろうから説得するのは諦めた。

 そのような説得を諦めてからは自分ものんびりと帰宅の準備をするようになった。この時間ぐらいしか、自分の中でゆっくりできる時間が無いからかもしれない。けれども、小学校3年生にもなるとそうはいかないみたいで、妙な正義感を覚えた子が何人か出てくる。めんどくさいことにね。

「早く!急いで。みんな待っているから。」

 いや、まだ全然校庭に人いないから急いで行ったところで俺らが待たなければならないじゃん。そう言ったところで変にキレてくるから言わないけれど。はあ。小学校入りたての頃とはみんな変わっていくんだな。そう誰目線なのかもわからない考えが浮かんでくるが仕方ない。自分は気づいたときから変わっていないのだから。ただ、自分が変われていないという考えはこれっぽちもこの時は思い浮かばなかった。

 

「今日も遊ぼうぜ!」

「いいよ。でも、最近遊びすぎってお母さんがうるさいんだよね。勉強もしなさいだって。」

「えー、お前の母ちゃんめっちゃめんどくさいな。んじゃ、宿題少し持ってお前の家向かうわ。そうすれば、宿題やっている風に見えるんじゃね。」

「それいいじゃん。そして、適当なところまで終わらせてから遊ぼう。」

 そんな会話が横から聞こえてくる。でも俺にとってそれは無縁の会話だった。昔から親が敷いているレールの上を必死に歩いている自分にとって、彼らのような時間を過ごすことは不可能だった。というか、端からそれを羨む感情すら俺には無かった。その感情が無いことに気づいたときにはもう遅かった。その感情が無いことが自分の中にとって普通になっていたのだから。

 世の中の普通と自分の中の普通。それが違うということに日常生活の中で感じるようになったときには、もう自分というのは形成されてしまった。一瞬自分の中の普通が世の中での普通であることを願った。俺ら小学生が見ている景色とは、この広大な世界の一部分でしかないのだから。だから、日常生活で感じた違和感を無視してもいいことだと願った。けれども、調べてみた感じそうでは無かった。正しいのか正しくないのかは分からないが、普通の小学生というのは放課後に遊ぶのが当たり前であった。

 それが分かったところでこれからの俺の生活が急変するわけでもない。だから、今まで通り親が決めたことをただこなしていくだけの生活。それが続いていく。俺は何のために生きているのか分からない。なぜなら、目標というものを自分で作ったことが無いのだから。気づいたときには親から与えられた目標に向かって、一直線に突き進むロボットになっていた俺。そうプログラムされた自分を自らの手で改造する方法を俺は知らない。それを知っているのであれば、兄のように上手く生けていけるのであろう。

 そう思いふけっているうちに、教室に残っている生徒が少なくなってきた。一日の中で唯一といっていいほど、ぼーっとできる時間は終わりを告げようとしていた。


 教室に最後まで残っている勇気はなく若干焦って教室を出てきたが、同じ下校集団の子たちはまだ校庭に揃っていない。揃っているところから早く帰ることのできるというシステムなので、急いでほしいのだが、いつも遅れてくる子は同じ。学習能力が無いのだろうか。それとも自分のせいで周りに迷惑が掛かっていることを分かっていないのだろうか。もしかして、分かっていながら急ごうという努力をしないのだろうか。もしそうなら、そのメンタルを俺が譲り受けたい。その周りの人に睨まれながらも自分を貫けられる精神を手に入れたい。そうすれば、自分も楽になるのだろう。だけれど、その精神をもらったところで自分とは何なのか、それが分からないのだから何も変わらないのだろう。はあ。

 校庭の集合場所に行き、座って砂遊びをしながらそんなことを考える。自分でも小学生らしくないことは分かっている。でも、小学生らしくない姿を求めたのは俺の親だ。

 両親ともに教師。その次男として俺が産まれてきた。俺の兄の出来が良かったことに味を占めたのか、それとも元々教育に力を入れたかったのか、記憶があるときには既に机に向かっていた。それが俺の家の当たり前。遊び。そんなことやらなくていい。ゲーム。そんなこと以ての外。親が前もって決めた勉強をやっていくこと。それをこなしていくだけの生活だけが俺らに許されている。

 記憶のあるうちからそんな生活をしていたのだから、そういうことをしていくことが当たり前のことだと自分の中では思っていた。だから、反対もせずに続けてきたが親から言われるのは同じ言葉。

「和真は侑真と違って飲み込みが悪いな。もっと努力しろ。」

 そう言われ続けた。ただ、少し年の離れた兄だ。そう言われようが兄を妬む気にはならなかった。兄も変わらず、俺と同じように親から言われたことをこなしている。けれども、年が離れていて兄は俺のかなり先の勉強をしているため、兄と自分との能力の差を実感することはできない。唯一分かるのは、今俺のやっていることを昔兄がやっていたころはもっと早くできていたのだろうという、昔の兄との比較。それは今に始まったことじゃなかったから、対抗心が燃えることは無かった。

 そうこうしているうちに、俺らの下校集団の全員が揃ったようだった。

「遅れてごめんなさい。」

 そう頭の上の方から聞こえてくる。同じ人物によって毎日のように聞かされる言葉。最初の頃は、嫌悪感を抱いていたが、繰り返される同じ行動にもう何も思わなくなっていた。俺の中で彼は、人を平気で待たすことのできる人というラベルをすでに貼っていたのだから。

 下校集団のリーダーが全員揃ったことを先生に伝えに行く。周りを見てみると、校庭に残っているグループはもうほとんど残っていなかった。今現在残っているグループは、いつもと変わらず。少し遠いが目を凝らして見てみるとどこもいないのはいつものメンツ。どこにでも、人を平気で待たすことが出来る人はいるのだなと半分感心していると、リーダーが先生を連れて戻ってきた。リーダーもやっと帰れるというような表情をしている。

「全員揃ったな。んじゃ、気をつけて帰れよ。はい、さようなら。」

「さようなら。」

 そう先生と挨拶をして歩き始める。ふと、後ろを振り向いてみるとまだ座ったままのグループが少し。逆に何をやっていればこんだけ遅くなるのか気になりはするが、知ったところでどうにもならない。そう思い、進行方向に視線を戻す。視線の先には、多くの他の下校集団。小学生だから、通学路も学校が予め決めたところを同じ下校集団で揃って歩かなければいけない。もう少し、効率的に帰る方法もあるのにと思うのだが、安全面や防犯面を考慮した結果がこれなのだろう。

 もう少し早くこいつがこれば視線の先に見える集団ぐらいの場所に俺らは今頃いたのにという考えても仕方のないことでイラつきながらそいつを見ても、彼は知らない顔をして他の奴と喋りながら歩いている。どうやら彼の脳みその中に反省という文字は無いのかもしれない。それとも、ただただ切り替えが早いだけかもしれない。できるのであれば後者であってほしいと願う。別に彼にとって俺は何でもないのだが。

 まあ、小学生の足というのは遅いもので、なかなか見える景色が変わることはない。おまけに話す内容はどうでもいいことばかり。それにつき合う気もない。どうやら、親の強制的な勉強の影響なのか分からないが、同年代の周りが興味を持っているものに全く興味がわかない。ただ、もし興味を持ったところでそれを行う時間など無いのだろう。少なくとも俺はそうだ。家に帰ったら、親が決めておいたところまで勉強を行い、時間になれば塾へ向かう。

「和真君、もう塾行ってるの?早くない?」

 そんなことを昔言われたりもしたが、別に俺に決定権はない。兄も同じようにしていたし。この家に住んでいる限り、俺に自由は無いのだろう。ただ、それが今まで続いてきたものだから、それから離れたところで自分が何をすればいいのか俺には分からない。だから、親の言うとおりに生活するしかないのだろう。別にやりたいことも見つからないし。

 そう思うと、親の決めたこともやりながら、自分のやりたいことも続けられている兄って凄いんだなと思えてきた。兄も俺同様、小学校に入る前から机に向かって学習をしていたのだと聞いているのだが、小学校に上がるときに陸上をやりたいと唐突に親に言ったそうだ。親からは今まで通り、決めたことをやるのであればやってもいいということで許可されたらしいが、それを中学に入っても続けているのだから尊敬できる。俺にはそのような才能は無いのだろう。

 そんな兄の話を聞いていたことがあったもんだから、自分も小学校に入ったら何か始めてみようと思い、何かないかと探してみたが自分に合いそうなものはどこにも無かった。自分は兄と違って運動神経も無いのだから、両立することは難しいのだろうなと思いながらも環境を変えてみたくて、少しだけ気になったバスケの練習の見学に行ってみた。


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