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「過去との決別と前進」④

 少し場面が飛び、次の日の朝。昨日までは父が車に乗せて試合会場に連れて行ってくれたが、今日は会場準備や3位決定戦を先にやる関係で審判をやることもあり、僕はおじいちゃんが車に乗せて送ってくれることになっていた。もしこのとき、朝早くともお父さんと行っていれば、あんなこと起こらなかったかもしれないというのにと後悔で涙が流れる。

 お母さんはたまたま今日は仕事の予定が事前に入っていて、おばあちゃんは家でみんなが帰ってくるのを待っているそうだ。これを聞いたときは、

『何でよ。おばあちゃんも見に来てよ。』

『ごめんね。その代わり、ゆうちゃんが頑張ってきて帰ってきたときに食べられるように夕飯の準備をしておくからさ。優勝してくるんだよ。』

『うん...分かったよ。勝ってくるからおいしい料理楽しみにしてるよ。』

『任せておきな。』

 あの時は、不満に思っていたけれど今思うと良かったのかもしれない。おじいちゃんだけでなく、おばあちゃんも失っていたら本当にショックでどうかなっていただろうから。

 それでも、やってくる運命の瞬間。楽しそうに試合の予想をしている車内とは反対にこれ以上みたくない僕。そう思っていても無情にもその瞬間はやってくる。

 会場が見えてきたところ。もう少し直線に進んだ後、右折すると試合会場に到着する。そこで、ちょうど赤信号になって止まった。

『ゆうちゃん、もうすぐ着くけど忘れ物は無いよね。』

『おじいちゃん、今更言っても遅いよ。』

『フハハハ。そうじゃな。まあ、ぼちぼち頑張ってくるじゃぞ。』

『うん。勝ってくるよ。』

 その言葉に満足したのか、笑顔で頷くおじいちゃん。そうして前の信号が青になったので進みだす車。その時だった。右側から完全に信号を無視した車が猛スピードで僕の乗っている運転席側目がけて突っ込んでくる。それに気づいた僕は、

『おじいちゃん!危な...』

 そう言いかけたが。

 ドーン。

 

 大きな音とともに映像は途切れる。それとともに現実に戻る。そっか、僕トイレの中にずっといたんだ。気づけば動いてもいないのに汗をびっしょりかいていた。そうして、ポケットからハンドタオルを取り出して拭いていると。

 キーンコーンカーンコーン。

 帰宅のチャイムが鳴りだした。もう6時か。おばあちゃんに心配かけてしまっているかな。そう思い急いで靴箱に向かうが、思い出したくもない記憶を鮮明に思い出したばっかりで若干呼吸がしづらいため、廊下の壁を伝って歩く。少しずつだが、体育館も近づいてくるが、あの音はもう聞こえてこない。良かった。この学校には、部活の時間が終わった後にも正式に部活を続けることができる延長という制度があるのだが、この日はバスケ部は違ったようだ。

 だが、体育館の方から集合という大きな声が聞こえてくる。どうやら後片付けも終わって先生の話を聞いて帰るばっかりの状態のようだ。勿論、今のバスケ部の中にも当時同じチームメイトだった奴らがいる。僕がこうした状態になっていることもお父さんから伝えられているから安易には近づこうとして来ない。別に彼らが嫌いだったわけじゃない。でも、彼らを見ると昔の自分を先ほどのように鮮明に思い出してしまう。それが嫌だった。だから、彼らと万が一にも鉢合わせしないようにできる限りの早歩きで靴箱に向かう。


 やっと着けた靴箱。本当はもっと早くに帰る予定だったのにな。はあ。どうやら他の部活も終わったばかりで部活帰りの生徒で靴箱の周りはいっぱいになっていた。あの事故以前はミニバスのチームのエースだったこともあり、よくいろんな人に声をかけられて、それが自分も嬉しくて目立ちたがり屋だった。けれども、バスケが自分の中から消えた今、事故以前までのように立ち振る舞うことは不可能だった。だから、こうやって、人だかりに入るのも嫌なんだよね。万が一にでも足を踏まれたら嫌だし。せっかく、痛い思いまでしてリハビリして日常生活が送れるレベルにまでなったんだからさ。

 そうした喧噪の中。静まるのを隅の方で待つ。事情を知っている小学校時代の友達もいるため、それづてに僕のことを一方的に知っている人もいるのだろう。時々視線を感じるが知らない顔をしつつ人が少なくなるのをただひたすら待つ。そうしていると、ちょうど人が少なくなった瞬間がやってきた。けれども、今度は後ろの方からバスケ部と思われる声が聞こえてきたので急いで靴を取り玄関の外へ出る。

 そこでは、サッカー部が延長で練習をしていた。みんな楽しそうでいいな、やりたいことやれていいな、そんな単純な気持ちが心の中に広がる。でも、憧れたって目の前の人たちのようにはなれないんだ、そう結論付けて帰宅を始める。


 いつもは4時台に帰ることが多いため、少し周りの景色が違って見える。いつもなら少ない車も帰宅のラッシュだろうか、多く感じる。それと共に部活帰りでそのまま集団で帰っている人たちが多いのか、今日の部活で起こったことを大きな声で喋っている。たまに愚痴なんかも聞こえてくるが、そんなに嫌なら代わってくれよと思う。やっぱりいつも通りの時間に帰るのがベストだな。聞きたくないこと、見たくないもの、思い出したくないものを今日は体験した。はあ。これで今日何度目のため息だろうか。本当はやりたくないけれど、こんな目に合うのはもうこりごりなので仕方なく授業もちゃんと受けようかな、なんて明日には忘れそうな決意をする。

 いつもなら思い出したくもないけれど、今日は鮮明に思い出したので、折角だからミニバスの練習に使っていた小学校の体育館に行こうかなと急に思いつく。そこは、いつもの登下校の道とは違って遠回りになってしまう。もう遅い時間だけれど、これだけ遅ければあまり変わらない気がした。不思議と。

 そう思って、あまり知らない道を進み始める。ただ、人通りが今までよりも少なくなって、静かで気が楽になった。だから安心しきってしまったのだろうか。ぽたぽたと涙が流れてきた。久しぶりに頭の中に響いたおじいちゃんの声。思い出したくなくて、振り返っていなかったおじいちゃんやお父さんとバスケをした思い出。ミニバスでの短いバスケ人生。どれも自分にとってかけがえのないものだった。そうしんみりさせた気分にさせるにはちょうどいい時間と風景に感じた。

 今は過去を振り返ってもいいような気分だった。だからかな。あの事故の後のことが歩きながら少しずつ思い出される。


 僕自身は救急搬送された後数日、目を覚まさなかったらしい。その間には、おじいちゃんの死亡の判定は終わっていた。だからかな、僕が目を覚ました時、家族の目には良かったという安堵の気持ちと、けれどもおじいちゃんを失った悲しみの気持ちが映っていたように思う。一瞬、何が起こったか分からない僕だったが、気づいたときにはおじいちゃんの心配をしていた。だって、ぶつかってきたのはおじいちゃんのいる運転席の方だから。だけど、数秒の間誰も答えようとはしなかった。けれど、おばあちゃんだったかな。

『おじいちゃんは亡くなったよ。』

 そうかすれた小さな声で教えてくれた。けれど、やけに個室の病室には響いたような気がした。その言葉は確かに僕の耳に聞こえたはずだった。しかし、心がその現実を受け入れるのを拒んだのだろう。聞こえないふりをした。それでも、頭の中に残るおばあちゃんの小さな声。それには嫌でも自覚するしかなかった。

『え、おじいちゃん、死んじゃったの?噓でしょ。そんなわけないでしょ。嘘って言ってよ!冗談って言ってよ!ねえ、何とか言ってよ。』

『落ち着いてください。』

 信じたくなかった事実に身体が痛いこと関係なく起き上がりながら、自分の出せる最大限の声で部屋の中にいる家族に訴えるが誰も目を合わせようとしない。代わりに近くにいた看護師さんが僕をベットに寝かせつけて落ち着かせようとする。その状況から、おじいちゃんがもうこの世にいないことを受け入れるには十分だった。だから、なんとか心を落ち着かせるために、次のことを聞いた。

『バスケは?バスケはいつになったらできるの?』

『もう、できない。』

 そう、今度は小さな声でお父さんが答える。申し訳なさそうな顔で。

『え。ちょっと聞こえなかった。もう一度言って。』

 大体、言っていることは分かったはずなのに、最後の自分の中の頼みの綱を切られたくなかったのだろう。とぼけたふりをして、もう一度聞くと、今度は目を見てしっかりと言われた。目に涙を浮かべながら。

『もう、二度とバスケはできない。』

 衝撃だったのだろう。それからの記憶が僕にはない。

 そう思い出しながら歩くこと数分、小学校前の踏切が見えてきた。小学校の時の通学路では使ったことなかったが、当時の友達が言うには踏切の音がなって遮断機が下りると上がるまでの時間が長いと不満を言っていたな。そんなしょうもないことを思い出しながら、踏切を渡る。

 さすがに、もう暗いから誰もグラウンドにはいなかったがよく友達と放課後に集まってサッカーをしたこともあったな。バスケと違ってその才能は無かったっぽくて、ミニバスの練習で負けた恨みをそこで晴らされたようなこともあったな。

 そう思いながら、敷地外からではあるが体育館を見上げる。6年間使うはずだった体育館。実際に僕が使ったのは2年半ぐらいかな。短かったな。でも、その姿は僕が使っていたころと変わらないでいた。誰か使っている人はいるのかな、そう思い体育館の中を見ているとさすがにこの時間には誰もいなかった。僕だったら、やれたら練習するのになあ、なんて叶わないことを思い、窓の近くのバスケットゴールを見つめる。沢山、お父さんとシュート練習をした思い出が蘇ってくる。当時のチームメイトと体育館中を走り回った思い出が蘇ってくる。なんか泣きたくなってきたけれど、今日は久しぶりに泣きすぎたのかな。もう流れることは無かった。

 あと、どこか過去に向き合えたおかげで心が少し楽に感じた。


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