「過去との決別と前進」③
次の場面はあるミニバスの練習終わりのようだった。小学校に入って2年ぐらいが経った頃だろうか。この頃には、同学年のチームのエースのような立ち位置になっていたような気がする。けれども、この時期はシュートが全く入らないスランプのようになっていた。だから、練習後に毎回、お父さんに頼み込んで体育館に居残ってシュート練習をさせてくれてと言った記憶がある。あの頃は不思議なくらいにシュートが入らなかったからな。お父さんも仕方なく付き合ってくれて、二人でシュート練習を淡々と続けていたよね。
会話はほとんどなくて、僕が満足いくまで続く練習。途中でお父さんが退屈になってきて声をかけてくる。
『もうそろそろ帰らないと、お母さんにも怒られるぞ。』
『まだ、もうちょっとでシュートタッチつかめそうだから。』
『はあ、さっきもそう言ったじゃないか。』
この会話の繰り返し。けれども、なかなかシュートは入らない。そうして、視界の隅では度々時計を確認するお父さんの姿が映る。それでも、無視してシュートを打ち続ける僕。今なら、こうしたら入るのにという考えはあるのに、今映る映像は過去の僕。今、どうこう思っても僕のシュートは外れ続ける。
先ほどの会話をする頻度が増えてくる。それと共によくお父さんを見ると眉間に皺が寄っているように見える。なかなか入らないし、遅くなるとお母さんに怒られるし。そろそろかな。
『おい!もういい加減帰るぞ!』
『嫌だ!まだ、やる。じゃないといつまでもシュートが入らないまま。それは嫌。』
『はあ、分かったよ。ただし、今日はあと1本だけだからな。決まっても決まらなくても帰るぞ。また、今度付き合ってやるから。』
『分かった。あと1回ね。いいよ、絶対に決める。』
そのときには、もうほとんど腕に力は残っていない。それでも、気合でシュートフォームを整えて打つ。それは今までよりも綺麗な弧を描いてリングに入っていく。それを確認したら、即座にお父さんの方に走り出す、僕。お父さんも立ち上がって笑顔だ。
その時、今の僕の心は辛かった。もう、あの時の姿をお父さんに見せることができないから。それでも、映像は続く。
『やったよ。お父さん。シュートやっと決まったよ。これでまた前みたいに決められるようになるかな?』
『よっしゃ!やったな、悠志。でも、今回ので満足してシュート練習を辞めるなよ。ただでさえ、元々シュート下手だったんだからな。それを努力で今の状態にしたんだからな。』
『分かってるよ。』
そういいながらも、自然と抱き合って喜びを分かち合う僕ら。そうして、場面は変わっていく。それを見ながらも思い出す。お父さんは普段は寡黙で口調はおじいちゃんに似ず厳しめだったけれど、喜ぶときは体全体を使って表現していたよね。僕がいいプレーしたとき、コーチだから一応こっそりとガッツポーズしてたのも知ってるよ。試合に勝った日には家に帰った後にハイタッチしたり、抱き合ったり。でも、そんなこともあの日以降しなくなったよね。ごめんね。バスケできなくなって。試合も見に行けなくなって。だからだよね。お父さんが僕がいなくなった後のチームを指導しても、そのチームが試合に勝った後に家に帰ってきたとき、どこか手持ち無沙汰なような顔をするのは。でも、あの頃にはもう戻りたくても戻れないんだ。ごめんね。
次の場面は、ある大会の準決勝の試合の途中からだった。その日は珍しく家族全員の予定が合って、お母さんとおじいちゃん、おばあちゃんも応援席で応援してくれていた。それだから、いつも以上に気合が入ったのか、どんどん入るシュート。
試合前に今日の相手は強いから今まで以上にうまくはいかないぞとくぎを刺されていたが絶好調の僕。しかし、チームはその言葉通り、いつもは決まるようなプレーが上手くいかないことが続く。攻撃でのミスが守備にも繋がり、徐々に開き始める点差。それでも、僕はとにかくリングを目指し続けた。それは家族が見に来てくれているのもあるが、チームのエースとしてチームが辛いときには個人で打開していくものだと思っていたから。ある時、父にもこんなことを言われた。
『親子だからとかという訳ではない。贔屓目なしに見ても悠志がこのチームのエースなんだ。それを自覚しておけ。いつか、自分たちより強いチームに当たることもあるだろう。その時に周りが下を向きだしても、悠志だけでも果敢にリングにチャレンジするんだ。悠志がこのチームの核なんだ。決して周りのチームメイトが下を向いても悠志だけは下を向くな。』
それを胸に今までプレーし続けてきた。だからといって、僕のチームはある程度みんなレベルが高かった。それ故に今までそういう状況が現実に起きることは無かった。そのためにどこかチーム全員が慢心していた部分もあったのかもしれない。コーチの試合前の言葉。
『今日の相手はそう簡単にはいかないぞ。』
それを理解していなかったのかもしれない。いや、頭の中ではみんな理解していたのだろう。でも、心のどこかで僕たちなら勝てると思ってしまっていたのかもしれない。それ故に試合が始まって徐々に明らかになる実力の差。それに一人、また一人、時間差のように自信を喪失して下を向いていくチームメイトが視界の中には映る。
でも、こういうところは父の寡黙な性格を継いだのかな。気の利く言葉だとかチームを盛り上げることのできる言葉をかけることはできなかった。それは当時も今も。だから、行動で示すしかないんだ。
どれだけ点を取られようと取り返せば、均衡は崩れない。いつもなら速攻で攻めるときに前に走っているであろう味方はまだ自陣。本来なら、味方が上がってきて待つのが得策なのだろう。でも、今のチーム状況的には僕一人でも攻め続けるしかない。周りのみんなの心に再び闘志の火がつくまで。孤軍奮闘と笑われようと僕は進み続けた。もう、このときには家族が見に来ていることなど忘れていた。
相手も、時間が経つにつれて分かってきたのだろう。前を向いているのが僕だけであることに。攻撃の主体が僕であることに。それで強まる僕へのマーク。本来ならここで、マークの緩まった味方にパスを出せばいいのだが、チラッと見た限りまだその目に光がこもっていなかった。だから、あえてパスを出さずに個人で攻め続けた。もう少しでこのクォーターも終わる。そうすればハーフタイムに入る。そうなれば、コーチの叱咤激励を受けてみんなももう一度やる気になるだろう。今は、自分一人でも耐えるしかないんだ。
クォーター終了の合図とともにベンチに向かうチームメイト。その姿は相手チームとは対照的に暗い顔をして下を向いていた。そんなチームメイトにベンチに座らせてすぐにつかみかかる勢いで話し始めるコーチ。
『どうした、お前ら。元気がないぞ。そんなにお前らにとってバスケはつまらないものだったのか?悠志だけかやる気があるのは。こんなんじゃ、チームスポーツじゃないぞ。お前ら何のためにバスケやってるんだ?思い出せよ!』
その言葉に少しずつ顔を上げ始めるチームメイト。
『お前らのバスケットは何なんだよ。少しぐらい相手に止められるぐらいで、今までやってきたことを辞めちまうのか。違うだろ。やり続けるんだよ。試合終了の合図があるまで。下を向くのはそれからでいいんだよ。今はとにかくやってきたことを信じて、味方を信じてプレーするんだよ。違うか?』
コーチの言葉に鼓舞されて、チームメイトの目に光が再び戻ってきた。
『いいか。やり続けろ。もう悠志だけに任せんなよ。悠志ももうパスをさばいていけ。みんないけるだろ?勝つぞ!』
『はい!!!』
今はないかつての情熱のこもった日々。それと現実を比較して今の自分は何をしているんだろうという自己嫌悪に陥る。それでも、もうバスケはできないんだ。その事実だけが僕に重くのしかかる。せめてバスケさえ僕に残してくれていたら、おじいちゃんの死を乗り越えられたかもしれないというのに。神様。どうして、僕の大事なものを2つも奪ってしまったんですか。
そう思っていても映像は流れ続ける。
元の僕たちに戻ったチームは活気を取り戻し果敢にリングにチャレンジした。最初は今まで通り相手のディフェンスに阻まれていたが攻撃を繰り返すうちに崩される相手の守備。そうして入り始める僕らのシュート。それに連動するかのように高まるチームの守備意識。
それによって、徐々にではあるが離れていた点差が縮まろうとしていた。歓声が上がる僕らサイドの応援にしに来た保護者席。それと反対に怒号が飛び交う相手ベンチ前。
そして、試合終了直前、逆転。無事、僕らは決勝に進出することができた。途中まで勝てると思っていなかったからか今まで見たことない以上に喜ぶチームメイト。それに混じる僕。
ここにいる誰もがこの試合をあとに僕がバスケをできなくなるようなことなど微塵も思ってもいなかった。