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「憧れたあの背中」①

「ピピィー!」

 ホイッスルがミニゲームの終了を告げる。気が付けば、校舎についている時計は5時45分を示していた。こっから15分で片づけられるわけないだろと悪態をついたところで何も変わらないので、汗を服で拭きながら嫌々動き出す。

 他の部活の奴らはカッターシャツに着替えて帰宅の途についている奴もいる。中にはこっちを見て笑ってやがる奴もいる。そいつが何を思っているのか知らんが無性にムカついてきた。ただ、気にしていても時間の無駄なので現実に帰る。

 肝心のミニゲームは僕のチームの負け。勝ったチームはゴールとボールを片づけるだけなので、くっちゃべってふざけながらやってる。前に怒られたことなんか、これっぽちも覚えていないようだ。単細胞だな。

 そうやって見ているだけでは、自分が帰る時間も遅くなるプラス先生に怒られるという苦痛な未来。あと、負けた理由も僕のせいだし。「誠意は言葉ではなく金額」ではないが、率先して動かないと陰で何言われるか溜まったもんじゃない。

 校庭のグラウンドの隅にある、ネットに掛けてある一番重い不人気のトンボを手に取り一番最初に走り出す。さっさとトンボをかけないとうるさいからな。他の奴らは不満たっぷりのふてくされ顔で歩いて向かうが。偶に睨んでくるような鋭い目線を感じるが、甘んじて受け入れるしかない。勉強ではあいつより上なのにという関係ないところで何とか自身のプライドを保ちつつ、せめてもの誠意を示すため片づけに精を出す。


「集合!!!」

 キャプテンが無駄にでかい声で俺たちを集める。前に「声が小せぇ!」と怒鳴られたもんな。可哀そうに。キャプテンが声をあげてんのに喋って歩いてくる奴のほうが悪いだろと思うのだが。まあ、何度言ったところで分かんねえもんね。

「そこ遅えぞ!あのな、そういうところから直さんと何時まで経っても勝てねえぞ。俺ら……」

 ほら、始まった。技術的な指導もしたいはずなのに、規律がなってないせいでしょうもない説教から始まる。チラッと時計を見ると5時55分。部活の時間は6時までじゃねえのかよ。どうせ、いつもと同じことを言われるだけなので、途中から先生の話は右から左へ流れていった。まあ、いつまでも同じことを言われているから強くならないのだろうけど。

 

 聞いていても変わらないと思い、今日の練習を振り返ってみる。

 

 アップをした後にパス練習などの基礎練習から始まる。いつも通り。ここまでは難なくこなせた。毎度のごとく「声が小せえ!」と先生が叫ぶのと野球部が謎に外周を走り続けているのは恒例だ。

 次は1対1の練習。あんだけやった基礎練習でのフェイントは上手くいかない。対して相手のドリブルに自分はついて行くことができない。無駄にプライドの高い自分にとって上手くいかないことは屈辱的だ。だけど、唇を嚙んでいたのはいつまでだろうか。負けるのが当たり前になりすぎてどうでも良くなった。

 その後は、2対2、3対3、5対5と徐々に増えていく人数。その分ごまかせることができるため嬉しい反面、自分のところでボールが奪われると屈辱を感じる場面もある。ただ、もうそんなこと知ったこっちゃない。小学生の頃のサッカーを始めるときに感じた楽しさは失っていた。今あるのはこの時間がいつ終わるのか、それだけだ。ラッキーにも部員の数が多いため、他のメンバーが練習をしている間、休憩をとることもできる。その時に、時計を見ると5時。まだ1時間しか経ってねえのかよ。そう思って交代に向かう。

 練習時間残り30分となったところで、ミニゲームが始まった。サッカーを始めた当初はフォワードでゴールを決めまくる選手になりたかった。ただ、無情にも僕がやっているのはディフェンス。今日もセンターバックとサイドバックを仲間に合わせて行ったり来たり。

 怒号と罵声が特に飛ぶこの時間が僕は嫌いだ。自分が下手なのも、思った通りにいかないことも影響しているだろうが。ふと横目で、校舎の時計を確認したところで時計の針はちっとも進まねえ。早く動けと思ったところで時間の流れは変わらないというのに。

 そう勝手に苛立っている間にも自分にボールは回ってくる。まったく、ポゼッションサッカーをしてえなら、お前らも突っ立ってないで動けと思うのだが、動く気すらねえ。お前ら、いつになったら俺のこと分かってくれんだよ。足元の技術もない雑魚だぞ。そう心の中で悪態をついたところで現実が変化することはない。仕方がないから前線にロングボールを適当に蹴る。

「適当に蹴るな!パスを繋げ!!」

 こっちだって分かってんだよ。お前はいつになったら俺の実力を分かってくれるんだ。先生に歯向かったところで「じゃあ、辞めろ。」とか「もっと練習しろ。」と言われるだけだし、自分が下手なのが悪いだけ。そんなこと百も承知だわ。練習して上手くなるのなら、皆プロになってるわ。

 誰かに怒られながらも、時に泥臭くゴールを守ることで、何とか評価をプラスマイナスゼロにしていく。そうやって今までも、これからもやっていくのだろう。苦痛な時間を耐え、好きで始めたサッカーにしがみつくために。

 相手のシュートが味方の足に当たりゴールラインを割る。相手のコーナーキックになる。自分のマークマンを確認しつつ、蹴る選手はゆっくりコーナーエリア行くため、チラッと時計を確認するともう少しで終了だ。よし、ここを耐えれば苦痛な時間が終わる。そう思いプレーに戻る。

 もう一度マークマンを確認すると、僕より頭一個以上大きい奴。ミスマッチだ。だけど、他に適している人材がうちのチームにいる訳でもないし、キッカーはもう準備完了だ。

 気持ち、相手を手で押しながら、ゴールから遠ざけようとする。キッカーが足を振りぬく。そして、弧を描きながらも僕の方へボールは飛んでくる。よりによってかよ。けれども、ポジションは完璧なはずだ。そう頭でクリアしようとした時だった。

 僕の背中側からぬるっとそいつは僕の体の前に移動し、頭でボールの進行方向をゴールへ変化させる。振り返るとボールはゴールネットを揺らしていた。

 やっちまった。それと同時に響き渡る終了のホイッスルと僕を責める視線。


 そこまで、振り返っているとどうやら先生の話は終わったようだった。挨拶をするために整列する仲間たち。どうやら動き出していないのは僕だけのようだ。はあ。重く感じる足を一生懸命動かしながら整列へ向かい、挨拶をし解散。

 時計を見ると6時5分。いつも時間を守れという割には、こういうところはいいんだな。大人ってずりいよ。あと25分で校門を出ないと怒られるというのに。怒る対象間違えているじゃないかと言いたくなるがぐっと我慢。話が通じる相手ではない。

 まあ、そんなことを考えながらも帰るためにすることは沢山ある。くっちゃべっている連中の横を走り抜けて自分のカバンが置いてある場所に向かう。この際にスパイクに着いた土を落としておくことを忘れてはならない。家で散らかしたら母に怒鳴られるからな。けれども、決められた場所に土を落とさないと今度は先生の怒られる。何かに縛られてばっかりだな。

 スパイクの紐をほどき、脱いで、ソックスとすね当ても外す。そして、汗のしみがついた練習着からさっさとカッターシャツへと着替える。奴らがこれからの予定を話している間に帰る準備は万全だ。

 負けた理由が僕のこともあり言及されたくないし、一人のほうが楽だから逃げるようにしてその場を去った。勿論忘れ物がないように確認しておいた。

 帰る際にすれ違った先生らに「お疲れ様でした。」と声をかけるのは忘れない。どれだけ言われようが部活中とそれ以外では分けて考えなければ。そうして、門の横に立っている先生に挨拶をし校門を出る。時間は6時20分ぐらいか。あいつらまた怒られるんじゃないか。馬鹿だろ。

 そう思いながらも、やっと苦痛な時間が終わったと帰宅の途につき、1日中はめていた「仮面」を外す。この時間が一番無心で自分らしくいられる気がする。


 中学に入るにあたって変更した通学路。最初の頃は慣れなかったが、もう1年も経てばそれは慣れ親しんだ道となっていた。中学を出てから歩いて15分ぐらいは、周りには田んぼしかない。時々住宅が立っているがほとんどが田んぼだ。そのため、死角がほとんどない。既に外してしまった「仮面」を思い出し、周りに知り合いがいないか確認してみる。どうやらいなさそうでホッとする。

 時期は夏真っただ中。だから、空は完全には暗くなっていなくて、この時間は昼間に比べれば過ごしやすい気温だ。学校という喧噪の中で1日戦ってきた身を休めるのには丁度いい時間なのだ。


 無心になって歩いていく。途中には6年間通った小学校も通るのが、僕の通学路だ。その小学校が住宅の間から見えるか見えないかのところの道の隅に、ポツンと蹴りごろの石が落ちていた。

 それを発見した僕は、何気なくそれを進行方向に向かって蹴っていく。車と建物に注意しながら。誰にも見られず、評価をされることも無い。緊張や責任を感じず、ただただ石を蹴るという動作に心が休まる。あれだけ、部活中は苦痛に感じていても、根底にはサッカーが好きな自分がいるのだろう。ただ、人と競争をし比較され、負けるのが嫌なだけで。

 あの頃に感じた楽しさを再び感じながら、蹴り進めていく。段々とその力は強まっていく。幸いあまり人や車の通りが少ない場所なので周りを気にする必要もない。

 曲がり角を曲がっていくといよいよ正面に小学校が見えてきた。そこまで、まだまだ距離はあるが、小学校の手前には踏切がある。こいつにつかまると長いんだよなと思っていたところだった。

「カンカンカンカン」

 どうやら電車がやってくるらしい。踏切もまだここからは遠く、カバンを背負ったまま走ったところで通れるわけがない。チッと舌打ちをし、同時に石ころを思いっきり蹴る。それはコントロールを失い斜め前に転がっていき、側溝蓋の隙間に無情にもぽとんと落ちてしまった。

 「しまっ」

 そう自然とつぶやこうとしたとき、視界が一瞬暗転した。

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