表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/55

09.沈黙は金?そんなのはマトモに喋れるようになってから言いやがれ その二

『【輝閃(グリマー)】……』


 竜王が詠唱を始めると、次第に鍋の上にキラキラと光り輝く光弾が結成されていく。

 だが、その光弾は鍋の水を沸かすだけには明らかに威力過剰だ。光弾の大きさだけでも鍋と同じくらいある。


 〈まだデカい!あと十分の一くらいまで威力落とせ!こんなん鍋どころかテーブルに穴が空くわ!〉

『ぬううっ!?』


 俺のツッコミを受け、竜王は光弾の威力を次第に落としていく。

 だがまだ俺の目に映る光弾の威力は大きい。このまま撃てば鍋の水は一瞬で蒸発し、鍋に穴が開く。


 〈どうした竜王サマァ!?満足に魔術の威力調整も出来ねえかぁ!?それでよく竜王名乗ってられたなぁ!?〉

『き、貴様っ!?我を愚弄するか〜っ!?』

 〈なーにぃー!?出来ないってぇー!?こりゃあ失礼しましたぁー!まあドラゴンの王様つったって魔術の専門家じゃないもんなー!所詮ただの王様だもんなー!?出来なくたってしょーがないよなー!?〉

『ぬううううっ!?闇魔術士めぇぃ!我を見くびるなよーっ!?』


 俺が竜王を煽ると、まんまとそれに乗せられた竜王が光弾の光を極小に減らしていく。

 魔術の威力コントロールに手間取る竜王だが、ドラゴンの王様がこんな人間用の鍋の水を沸かす程度の魔術を使う機会なんてまず無いだろうから、手間取るのもしょうがないと言うものである。とまあ事情を解って居ても俺は煽るけど。


『ぐおおおおっ!こっ、これでどうだ闇魔術士ぃ!?これなら文句あるまいぃ!?』


 ヤケクソ気味になった竜王が俺に光弾の調整具合を聞いてきた。

 最初鍋と同じ大きさだった光弾は、今や小さなビー玉程度の大きさにまで減っている。これなら鍋も無事だろう。


 〈よぉし上出来だ竜王サマ!そのまま鍋にそぉーっと落とせ!そぉーっとだぞ!?そぉーっと!〉

『そぉーっと……っ!【輝閃弾(グリマーショット)】!』


 俺の指示を受け、竜王は詠唱して慎重に光弾を鍋に発射……言うか、ポロリと鍋の中に落とした。

 そして、その光弾が鍋に沈んだと同時に鍋の中の水が一気にボコボコボコっと音を立てて沸騰し始める。


 〈あっちっ!ヨシ!これで後は!〉


 俺は鍋から立ち上る蒸気の熱気に軽く顔を背けながら、テーブル脇に置いておいた薬草瓶を手に取った。

 そして瓶を開けて中のペースト状の薬草を口に含む。リブレスミントの爽やかな香りが鼻を突き抜け、スーッとした感覚が俺の呼吸を和らげていく。


『はーっ……はーっ……それで、どうするのだ!?』

 〈見てろよぉー!〉


 何故か疲れた声を上げている竜王を余所に、俺は大口を開けて沸騰する鍋を覗き込み始めた。


 〈あっつ!〉


 鍋から立ち込める火傷しそうな程の熱さの蒸気が俺の顔を撫でていく。

 だが俺は構わず鍋の上から立ち上る蒸気を大口を開けて吸い込んだ。


「ケホッケホッ!」


 立ち昇る蒸気を吸い込み、俺は激しく咽た。蒸気は容赦なく俺の喉に熱を伝えてくる。

 顔全体が熱くてじんわりと汗が滲み出て来る。顔は真っ赤で火傷寸前。

 だがこれでいい。蒸気から熱が喉に伝わり、ほんの僅かなだが喉の違和感が引いた。これならイケるハズだ。

 俺はここぞとばかりに鍋から顔を引き、側にあった木製の杓子を手に持った。そして目を瞑って集中する。


 〈簡素で良い!このアカツキの身体が飲み込める程度!最低限度の触手を喚び出す!〉


 そして素早く明確に発動する術式を構築し、口を開いた。


「【ハ】、【ン】、【ズ】!」


 俺が弱い喉の力を振り絞って言葉を発すると、詠唱は完了し魔術が発動した。


 テーブルの上に小さいが禍々しい魔法陣が出現し、魔法陣からニョロっと一本の小さな闇色の触手が発生したのだ。


「ケホッケホッ!うー!あー!」


 俺は思惑通り魔術が発動した事を喜び、咽ながら小さくガッツポーズした。


 今使ったのが俺の十八番のスキル、厄介者の手(ヌーサンスハンズ)だ。

 本来ならば敵の自由を奪う数多の触手を同時に呼び出す魔術なのだが、今は一本、それも子供の人差し指程度の小さな物しか呼び出せて無い。

 しかし今はこれで良いのだ。


『ほう!薬草に加えて蒸気で喉を温めて無理矢理詠唱を可能にしたか!……しかしなんだこの黒い蛭みたいなモノは?こんなモノを喚び出してどう変わると言うのだ?』


 竜王が感嘆の声を上げたかと思えば、せっかちな事を言い出す。ヤツは俺がテーブルの上に喚び出した触手を見て不信感丸出しな声を上げている。

 俺はそんな竜王の前で小さな触手を手に持った。


 〈これを〜?〉

『それを〜?』

 〈飲む〉

『飲む?』


 そして俺は迷わずゴクリと触手を飲み込んだ。触手はニュルっと口の中を滑ってあっという間に喉に到達する。


『おお……自らで喚び出したモノとは言え、よくそんなモノを飲めるな……』


 ドン引きする竜王を余所に、俺は下顎を左右に動かしつつ自分の喉の触手に意識を集中した。


 〈まずは気管を拡張……〉


 グニュリグニュリと俺の喉元の肉が軽く盛り上がる。

 と同時に、重苦しかった呼吸がスッと軽くなった。熱っぽさとモヤが掛かりがちだった思考が一気に晴れていく。


 〈よぉし、いいぞ〜?次は声帯を調整……〉


 飲み込んだ触手は俺の喉を縦横無尽に蠢いて、次第にその狭い喉をイメージ通りに広げて行く。


 〈ちょっと厚みが足りないな……でもまあ10代の子供の声帯ってこんなもんだろう?〉


 少々飲み込んだ触手の質量が足りなかったらしく、声帯に元の大人のような厚みを持たせる事は出来なかった。だが今はそれで構わない。


「……」

『……』


 そして俺は竜王と共に暫くの沈黙した後、大きく息を吸い込み、そして口を開いた。


「すぅーっ……あ……あー……あめんぼあかいなあいうえお!」


 俺の喉から、澄んだ少年の声が発せられた。


『!?』

「っしゃぁーっ!成功だぁー!うひょー!」


 俺は叫びながら大きくガッツポーズをし、椅子を飛び降りた。


 発声が可能となったのだ。喉に異常のあったこのアカツキの身体で、初めてまともな言葉を話せたのだ。思わず手にも力が入るってものだ。

 声量は元の俺の身体に比べればまだまだ小さいし、声色もソプラノのような声変わり前の少年特有のそれだったが、そんなもの言葉を話せると言う事の前では何の気にもならない。


『おおっ!?言葉が話せるようになったか!?教えろ!触手で何をしたのだ闇魔術士!?』


 待ち切れないみたいな声を上げて俺に説明を求めて来る竜王。

 俺は慢性的な呼吸困難という苦行の1つから解放されて気分が良いので、勿体ぶらずに教えてやる。


「よぉし!説明してやる!どうもアカツキは先天性の喉の病気、極度の気管狭窄と声帯の機能不全を患っていたっぽくてな?そんな喉を飲み込んだ触手でドーナツ状に無理矢理拡張して、正常化させてやったって訳」


 俺は自慢げに手を腰に当てて胸を張る。自分基準だがちょっとした偉業を成し遂げたのだ。少しくらい自慢したってバチは当たるまい。


『触手で喉を、か。全く、器用な真似をするものだ』

「ふふん……ホントは無詠唱でなんとかしたかったんだけどな。アカツキの魔力じゃ無詠唱は使えないってのは棺の中で試して分かってたから、一か八か薬と一緒に鍋の蒸気で喉を温めて、無理矢理短縮詠唱したんだ。上手く行って助かったぜ、っと!」


 俺はそう言いながら腕を勢いよく振って持っていた杓子をポイっとテーブル上の鍋へと投げ入れた。見事チャポンと鍋の中に落ちる杓子。


「いえーい!ホールインワン!」


 俺は満面の笑みを浮かべてダブルピースを決める。

 このアカツキの身体にも慣れてきたらしく、投擲のコントロールも上々だ。


 もうとにかく身体が軽い。呼吸が改善されるだけでこうも気分も体調も向上するものかと自分で感心していた。


『調子に乗るな、たわけが。まだ喋れるようになっただけであろう?』

「まあそれはそう。だけど魔術は使えるようになったぜ?」

『ぬ……』


 俺はそう言いながらテーブル前の椅子に座り直し、沸騰したままの鍋の蒸気を顔に浴びていた。せっかく沸かしたお湯だ、このまま捨てるにゃ勿体ない。


『しかし……まだ魔術は初歩の初歩、火球の魔術すらまともに使えぬのだろう?』

「ズズッ……」


 俺は竜王の話を聞きながら鍋の中に放り込んだ杓子を拾い、まだ湯気を立てているお湯を掬って白湯を飲む。


「ほぅ……」


 軽く息を吐き、一息付く。

 白湯のぬくもりが身体中に広がり、緊張していた身体をほぐして行く。

 今の身体になってから初めて飲む暖かい飲み物だ。身に沁みるとはまさにこの事。


「何言ってんだ、俺は闇魔術士だぞ?ファイヤーボールなんて使える訳ねえだろ。馬鹿か?このトカゲ野郎」

『またトカゲと言ったかーっ!?』


 ほっと一息付いたのも束の間、俺は竜王に淡々と言ってのけた。

 この竜王は煽ると良い反応を返してくれるので面白い。つい煽ってしまう。


『だったら何の魔術が使えるのだ貴様はっ!?まさかさっきの触手のみとは言わんだろうなあ!?』

「うるせえなあ……この身体魔力少ないんだから無駄遣いさせんなよ。ズズッ……」


 人の脳内で騒ぐ竜王を余所に、俺は引き続き白湯の暖かみを味わう。


『き、貴様ぁ〜ーっ……おい?何だそのピンク色の毛色は?』


 と、その時、騒いでいた竜王が突然疑問の声を投げかけてきた。


「ピンク?……うおっ?」


 俺は目を見開いて少々驚いた。

 自分の、と言うかアカツキの少年としては取り分け特徴的なツインテールの髪の毛に目をやると、色が鮮やかなピンク色に変わっていたのだ。アカツキの髪色は元々は栗毛色で、ピンク色ではない。そして俺の元の身体の髪色は、今目にしている髪色と同じピンク色。はて、これはどうした事か?


『今度は何をしたのだ?』

「今回は何もしてない……いや、結果的にはしたのか?」

『何を言っている?訳が分からんぞ?』


 竜王に疑問に中途半端に答えつつ、自分のツインテールに手を添えつつ首を傾げて考え込む俺。

 この変化には驚いていたが、全く覚えが無いと言うわけでも無かった。


「うーん多分だけど、副作用かなぁ?」

『副作用?』

「さっき俺は触手の魔術を使ったろ?そんときの魔力でアカツキの体内の魔力の流れを変えちゃったんだと思う。髪の毛ってのは魔力の影響を受けやすい部位だからな、原因としてはそれが一番濃厚だ」

『つまり、人型は魔術を使うと毛色が変わると言うのか?』

「いんや?人間でもレアケースではあるよ?アカツキの身体が特別魔力の影響を受けやすい身体なのかもなーってくらいで」

『ふむ……』


 俺はそう言いながら自分の両サイドのツインテールを手で引っ張り観察する。

 毛先まで見事な真っピンクだ。以前の俺の髪色と同じ色。モロに俺の魔術の影響を受けている。


「母さ……アリシアが帰ってきたらどうやって説明したモンかねえ?」


 俺が顎に手を当てて悩み始めると、竜王が聞いてくる。


『説明するのか?』

「なんだよ?仕事から帰ってきたら子供が髪を真っピンクに染めてましたーは説明しとかないと後々面倒になるだろうがよ?」

『いや、元々その小童は喋れないハズであろう?まずそこからどう説明するつもりだ?』

「あっ?……あー、それ忘れてたわ……」


 竜王の最もな疑問に、俺は首を傾けながら頷いた。


 これは確かに竜王の言う通りで、アカツキは喉の病気で喋れ無かったハズなのだ。少なくともアリシアが仕事に出掛ける朝までは。

 それが帰ってきた途端、自分の子供が今の俺のように流暢に喋りだしたらアリシアも腰を抜かすであろう事は必至だ。

 アカツキは生涯で一度も声を発した事がないので、喋るアカツキのマネも出来そうにない。こりゃあ困った。


「参ったな、アリシアにはどうやって納得して貰おうか……?」


 俺が馬鹿正直に悩んでいると、竜王がサラッと言ってくる。


『いっそ黙って居ればいいのではないか?』

「えぇ~?」

『どうせ小童は喋れないと思われておるのだ。相手も疑問には思っても深くは聞いて来ぬ。ならば無理に話す必要も無かろう?』

「せっかく話せるようになったのにぃ〜?」

『ではあの母親になんと説明する?呼吸困難で死んだ息子の身体を我らが乗っ取って、魔術で解決したとでも打ち明けるか?』

「うぐっ……」


 俺は竜王の提案にを聞いて言葉に詰まった。

 竜王の提案は俺としては避けたい事案だった。アカツキの記憶のせいだろうか、俺はアリシアが悲しむ顔を見ると心が酷く揺さぶられるようになっていた。出来ればそれを避けたいと言う意識があった。

 それでいて俺はアカツキ本人では無いと言う意識もあるので、完全にアカツキに成り変わる事も出来ないし、今こうやってアカツキのフリをしているのも何か周りを騙しているようで罪悪感がある。


 俺はテーブルに頬杖を付いて暫く考えた後、


「……当分は黙っとくか」


 と大人しく竜王の意見に同意した。


『ふん、それでよい』


 何故か得意げな竜王。腹立つなコイツ、また機会を見て煽ってやる。


 本来、善良な一般冒険者である俺としては、今のカッコウの雛の様な図々しい状況はやってられないのだか、状況が状況だ、甘んじて耐えるとしよう。


 そうして俺はまた壁に立てかけておいた箒を手に取り、途中で投げ出していた部屋の掃除を再開したのであった。

お読みいただきありがとうございます。

よろしければ、ブックマーク、★評価等よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ