07.転生は罪悪感と共に
ちょうど日も落ちた頃。
埋まっていた冷たい墓穴から助け出された俺は、あれからこの身体の元の持ち主であるアカツキと言う少年の家に連れて来られ、彼の使っていたであろうベッドの上に寝かされていた。
〈いきなり何を見せられたかと思えば……〉
俺は圧倒的なまでに憂鬱感に、天井を見上げながら顔を顰めた。
疲れて少しうとうとした際に脳内に怒涛のように流れ込んできたのは、アカツキの、彼の生まれてから死ぬまでの十数年間の記憶だった。
生まれつき重度の喉の病気を持ちつつ、言葉も喋れず、満足に外で遊ぶことも出来ずに苦しみ、それでも必死に生きたいと足掻いていた少年の記憶だ。
最期の1日分、呼吸困難で苦しみながら死にゆく少年の記憶と絶望の感情を、断末魔の感情をじっくりたっぷり容赦なく浴びせられた俺は、悲惨過ぎて絶句していた。
「うぅ……」
「ダメよアカツキ、まだ安静にしていなきゃ……」
「う……」
それでもこのまま寝ている訳にもいかないと、ベッドから重い上半身を起こそうとしたところで、アカツキの母親のアリシアの手によって優しくベッドに寝かされ直された。
〈参ったな……俺はアカツキじゃないし、肝心のアカツキは死んじゃったのに……〉
俺は安堵の表情をしたアリシアに見つめられつつ、罪悪感で困惑していた。
俺は転生……要は他人の子どもの身体を乗っ取った訳で、その他人の母親は、自分の息子が蘇ったと信じ切っている訳である。本当は、その息子は絶望の末に死んでいるっていうのに。
俺としては騙しているつもりは無いんだが、実質騙しているようなものなので心は余計に痛む。
〈喋れないから打ち明ける事も出来ないし……それに喋れたところで、貴方の息子は死にました、身体だけ見知らぬオッサンが乗っ取ってます、とは言えんよなあ……〉
俺はアリシアに怪しまれない程度に愛想笑いを返しつつ、脳内で頭を抱えていた。
〈あ〜、罪悪感……罪悪感……〉
俺が罪悪感に苛まれながらどうしようか悩んでいると、アリシアが毛布を持ち上げて俺の隣に寝転びながら口を開いた。
「ねぇ、アカツキ」
「う……?」
「ごめんなさいね……私が貴方の病気を治せれば、こんな苦しい思いをさせる事も無いのに……」
「……う?」
アリシアは背後から俺を抱きしめ、申し訳なさそうにそう言った。
今にも泣きそうな声。どこか悔しさも含んだ言い方だ。
「う……」
俺はそんな彼女になんと声を掛けていいか分からず、ただ困惑する。
確かにアカツキのこの身体は不便で不憫だ。アリシアも薬草師と言う医療に関わりがある職業故に、余計に力不足なのが悔しくてたまらないんだろう。
せめて何か慰めの言葉でも掛けてやりたいが、まあ今の身体では喋れないのでそれも出来ない。
「何もしてあげられない母さんを許して……」
アリシアはそう呟いた後、静かに嗚咽を漏らし始めた。
〈ううっ……罪悪感……罪悪感がぁ……〉
抱きついたまま泣かれると余計に罪悪感が刺激されてこちらも辛い。
アリシアはそんな俺の罪悪感に気付くハズも無く、ギュッっと抱きしめる腕の力を強めてくる。すると、小さな俺の顔がアリシアの胸の谷間にすっぽりとハマる形となった。
〈……ん?〉
俺はそのままの体勢で動きを止めた。思考もちょっと止まった。
で、少し経ってから思考を再開する。
〈……こ、これは……柔らかい!?〉
俺はゆっくり顔を動かし、アリシアの双丘の感触を堪能する。
その柔らかさは想像以上に素晴らしく、アリシアの双丘が俺の顔の形にむにゅりと沈み込むほどである。大きさも素晴らしい。片方だけでも、今の俺の顔と同じか、もしかしたらそれよりデカいんじゃないかこれ?
〈ホホーウ?これはこれは……奥さん相当にご立派な物を持っていらっしゃる〉
などと下世話な感想を抱いたところで、ハッと気付く。
〈……もしかして今俺は、合法的にこの奥さんの身体を堪能出来るのでは?〉
邪念が、むくりと首をもたげ始めていた。
こうなると人間現金なモノで、さっきの憂鬱感もどこへやら、俺は妙に元気になってきて両手をワキワキ動かし始めた。
〈俺は今、この奥さんの息子な訳でな?その子どもがだね?これぐらいの年頃の子どもがだ?自分の母親に甘えても、何の問題も無いわけだ?そう思わないかい?そう思うだろう?〉
俺は脳内で自分に都合の良い言い訳を誰に聞かせるでも無く並べ立てつつ、ゆっくりと寝返りをうち、アリシアと向き合う。
するとポフっと柔らかい感触が俺の顔の前面を包んだ。同時に、甘く暖かい女性の香りが俺の鼻腔をくすぐる。
〈うひょー!役得だねえ!〉
ついでに上げた両手も、アリシアの双方の胸に合わせる。
〈デケえ!柔らけえ!なんだコレ!?〉
モンスター級である。胸に2体のスライムでも付いてんのかってレベルである。それでいて指が勝手に沈み込むんである。サンキュー神様。転生万歳。
と、喜び勇んだのもつかの間。
〈……苦しい?苦しいぞこれ?〉
すぐに呼吸が苦しくなってきた。
どうも呼吸機能に問題があるアカツキの身体でアリシアの胸に顔を埋めるのは、窒息直行で自殺行為らしい。
「うー……」
俺は名残惜しみつつも、呼吸のため顔を上げた。
「すぅ……すぅ……」
するとアリシアの静かな吐息と共に彼女の顔が視界に入ってくる。
〈……あっ〉
彼女の顔を見て、俺はすぐに下世話な気持ちを抱いた事を後悔した。
〈こりゃあ……そんな雰囲気じゃねえな……〉
俺の視界に映るアリシアは、目を真っ赤に腫らし、疲れ果てた表情で眠っていたのだ。
自分の一人息子が一時的とはいえ命を落とし、あまつさえ葬式まで行った訳で、さっきの「何もしてあげられなくて……」という発言からも、この母親がどれだけ後悔と無力感に苦しみ、悲しみ嘆いたかは想像に余りある。
「うー……」
俺は上げた両手を引っ込めて、再び寝返りを打ち、アリシアに背を向けた。
〈顔向け出来ねえってのは、こういう事何だろうな……〉
俺は俺を抱きしめ続ける彼女に申し訳ない気持ちを抱きつつ、目を瞑った。
〈……さて、それは一旦置いといてだ〉
俺は残されているある1つの大きな疑問を思い浮かべる。
それは、何故俺がこの身体に乗り移ったか?と言う事。
そもそもの話として、俺は死にたくて死んだわけでも、転生したくて転生した訳でもない。
そこで俺は、黙ってこの事態を観察し、そして恐らく今の俺の状況を作り出した元凶であろうヤツに脳内で問いかけた。
〈おい竜王〉
『何だ闇魔術士?』
俺の脳内に重厚で高圧的な声が響き、ぼんやりと不遜な態度のドラゴンのイメージが浮かび上がってきた。
~~~
目を瞑る俺の瞼の裏に映るのは、銀色の鱗を持つドラゴンの姿。
そのドラゴンが重々しく口を開く。
『我は、貴様が他人の母親にどう甘えようと関知せぬが?』
あ゙!コイツ見てやがった!
〈いやいやいや!?ちょっと待ってよ!?別にね?甘えようなんて考えたわけじゃないんだよ!?ただね?ちょっ〜とした人間らしい温かみってやつを感じたくてだなあ?……その……まあ、誤解すんなよ!?〉
『見苦しい言い訳であるなぁ……』
不遜な態度のドラゴンこと竜王は、脳内で口早に誤魔化しの言葉を並べる俺に、冷ややかな視線を送ってきた。
〈と、とりあえずそっちは置いておいて……だから!俺に何が起きたのか説明しろよ!なんで俺がこんな子どもに転生してる!?〉
俺は脳内会話中の竜王に自分の疑問を投げつける。
すると竜王は割とあっさり答えた。
『我は光の化身だ。故に死しても同族に転生する機能が備わっておる』
〈ほおー?〉
俺は竜王の返答を聞いて、微妙な気分で呟いた。
竜王はそんな俺の顔を訝しげに見つつ口を開く。
『なんだ闇魔術士?その不満そうな顔は?』
〈……お前さ?俺が同族に見えるか?〉
『……見えんが?』
〈……〉
『……』
俺の質問に竜王も黙り込み、互いに暫くの沈黙が続く。
そして俺が先に口を開いた。
〈お前の転生機能、バグってんじゃねーか!勝手に人様の身体に乗り移って巻き込み事故起こしやがって!俺を元の身体に戻せや!〉
『ええい、たわけが!できるならとっくにやっておるわ!我だって知らぬのだ!ドラゴン以外に転生したのも初めてであるし!?魂が人型と癒着したのも初めてで!?我だって混乱しておるのだ!』
〈なぁにがたわけだ!色々杜撰すぎんだろ!?自分の機能くらい把握しとけや!この銀蠅トカゲ!〉
『貴様!?今我を銀蠅トカゲと呼んだか!?呼んだであろう!?常識的に考えて言って良いことと悪いことがあろうが!?』
〈うるせえ!ドラゴンが常識語ってんじゃねえよ!〉
互いにキレ気味に言い合いを始める俺と竜王。
しかしどうやら、本当に竜王も転生した原因も理由も分からないようだ。俺は竜王にキレながら、内心頭を抱えていた。
しばらく言い合いをした後、俺たちは互いに落ち着きを取り戻し、仕切り直すことにした。
『……で?これからどうするのだ、闇魔術士?』
〈どうするっつったってなあ〉
『このままこの小童の身体で一生を過ごすつもりか?』
〈そのつもりは無い、俺は元の身体に戻りたいんだ。お前もそうだろ?竜王?〉
『無論だ。このまま貴様と魂を繋げたまま生きるつもりは無い。……であるが……』
不意に竜王が言葉を詰まらせた。
だが竜王が何を言いたいか、俺もよく分かっていた。
『魂を分離する方法が分からん……』
〈そんなの分かんねえよなあ……〉
『……』
〈……〉
俺と竜王はまた二人で暫く黙り込んだ。
で、また俺が先に口を開く。
〈暫くは様子見するしかないんじゃないか?このアカツキって少年の身体にも慣れなきゃならねえし?〉
『うーむ……まあ、仕方あるまい……』
俺の提案に、竜王は残念そうにしつつも同意してきた。
〈ほんじゃ、寝るぞー。おやすみ〉
『うむ……しっかり休め』
そして俺は脳内の竜王との会話を打ち切り、アリシアの腕に抱かれたまま、その日を終えたのだった。
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