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06.少年の遺した記憶 その二

 ボクがテーブルで魔術書を読んでいたら、突然、後ろから声が聞こえて来た。


「また無駄な努力をしているのね、アカツキ。魔術なんて使えもしないのに滑稽だわ」

「……」


 嫌なヤツが来た。

 この声は……と、振り返って見れば、玄関前に冷めた目でボクを見ている黒髪のポニーテールの少女が立っていた。

 彼女は見せつけるように腰ベルトに吊るした鞘に片手剣を下げている。


「う……」


 また図々しくも勝手に人の家に上がりこんで来た彼女に視線を移しながら、ボクは魔術書を閉じた。


 彼女の名はアカリ。村長の孫娘で、ボクとは幼馴染みである。

 見ての通り、図々しい上に誰にでも辛辣な物言いをする子で、特に身長も体力も無く働く事も出来ない一般人以下のボクなんかは、彼女からは虫けらの如く見下されている。


「ところで、アリシアさんは?」

「う……あ……」


 ボクはアカリに母さんが家に居ないか聞かれて、首を左右に振った。居る訳ないって、知ってるクセに。


「そう」


 するとアカリはそれだけ言って踵を返した。


 こんなアカリが、毎日毎日、わざわざボクの家に来る理由は、母さんだ。


 母さんはボクが産まれる前、冒険者をやっていたようで、薬草師としての知識だけでなく、剣士としても名を馳せていた、って村長さんから聞いた事がある。

 それで何故かそんな母さんに憧れたらしいアカリは、度々母さんに剣術の稽古を付けて貰っていた。


 図々しいアカリは、母さんが毎日朝から仕事に出かけている事を知って居ながら、わざわざ昼間にこうやって遠慮なくやってくる。


 アカリが来ると、母さんは少ない休みの日でも剣術の稽古に出なければならない。母さんも疲れているだろうに、嫌な顔1つせずにアカリの剣術の稽古に出るのだ。


 ボクを見下すのは構わないけど、母さんに迷惑をかけるのは辞めてほしい。なんてボクが思っていても、言葉に出来ないのがもどかしい。

 喉さえ治れば、何時でも文句を言ってやるのに……。


「あっ、そうだわ」


 と、ここで何を思い出したのか、アカリは足を止めて振り返った。

 そして何やら考えたような素振りをして、後ろから小さな籠のような物を取り出して、ボクに手渡してくる。


「う?」

「あげるわ、食べられる花だそうよ?どうせ貧乏で食べ物にも困っているんでしょう?食べるなり飾るなり好きになさいな」

「うう?」


 ボクはアカリにいきなり籠満杯のピンク色の花を渡されて困惑した。

 アカリから渡された花は、桃色の花びらを持つ素朴で可憐な小さな太陽みたいな花。良い匂いはするし見た目も悪くない。スープにでも入れれば良い風味を出してくれるかも?


 ただ問題は、なんでアカリがこんな花を籠いっぱいにボクにくれたか、だ。


「う!」

「えっ?」


 不審がったボクはアカリに籠を突き返し、首を左右に振った。

 こんな物要らない。どうせ嫌がらせか何かに決まっている。受け取っても絶対にロクな事にはならない。

 そもそも言い方が気に入らない。ボクの家が貧乏だからって、面白がっているんだろう?母さんの邪魔をして、ボクを笑いものにして、暇つぶししてるんだろう?絶対そうだ、コイツはそう言うヤツだ。


「な、何?私が受け取れって言ってるのよ!?アンタは大人しく受け取っておけばいいのよ!」


 しかしアカリはボクのそんな様子に少しムッとした顔をして、籠を強引に押し付けてくる。


「ほらっ!取りなさいよっ!ここ持って!」

「うっ!?うぅー……?」


 ボクは腕力ではアカリにまるで構わない。アカリにグイグイっと籠を押し付けられ、強引に籠の取っ手を握らされた。

 こうなっては、籠を手放す訳にもいかない。仮に花を床に落としたとして、その床を掃除するのはボクだからだ。仕方なく、ボクは花の入った籠を渋々受け取った。


「う……?」


 他人から花を貰うのは始めてなんだけど、なんか鼻がムズムズする。なんだろうこれ?


 首を傾げるボクの前で、アカリは挙動不審な様子でわざとらしいやたら大きな声で喋りだす。


「べっ、別に!これは私の気まぐれよ!ただ村を出た時に何となく目についたから、アンタにも分けてあげようと思っただけ!か、勘違いしないでよね!私は花なんか興味無いんだから!」

「う?」


 アカリは早口にボクにそう告げると踵を返した。

 そしてそのまま振り返る事無く玄関に歩いて行き……振り返った時には、また冷めた目でボクを見据えていた。


「せいぜい家の中で野垂れ死にしないよう気を付けなさいな。アリシアさんに迷惑が掛かるから」


 そう言い残して、アカリはさっさと家を出ていった。


「ウゥ……」


 小さく唸り声を上げるボク。


 何が母さん迷惑になるから死ぬな、だ。母さんの迷惑になってるのはお前の方じゃないか。

 ボクはそう思いつつ苛立って、アカリの出ていった玄関ドアを睨みつけていた。


 アカリはいつもこうだ。ボクを見下しては、母さんの迷惑になるから勝手に死ぬなと言うのだ。こうやって毎日毎日、本当に、毎日毎日毎日毎日!ボクを罵倒しに来るんだ!


 確かにボクは仕事も出来ない上に体力も無いし、身長だって低いけれど……それでも好きで病気になった訳じゃないのに……なんで、なんでアカリにそんな事言われなきゃならないんだ!?ボクが何をしたって言うんだ!?


 そうかそうか……ボクが嫌いで、邪魔なんだろ!?居なくなれば良いって思ってるんだろ!?そうなんだろ!?そう思ってるなら野垂れ死ぬなじゃなくて、正直に、死ねって言えよ!アカリはボクと違って、自分の口で喋れるだろ!?


「ケホッ……ケホッ……」


 心の中でアカリに憤るだけ憤って、また咳き込んだ。むしゃくしゃしても咳込みが待っているだけ。満足に怒る事すら出来ない。


 でも知ってるんだ。

 母さんの主な収入源である薬草を、村の冒険者さんや商人さんに卸した代金から、生活必需品を揃えたり食事をするのにだってお金が掛かる。いくら普段は食べる分しかお金を使っていないとはいえ、そうなると当然蓄えなんて底をつく。

 母さんがアカリの剣術の稽古を付けているのは、そんな収入源の中の大事な1つなんだ。


 ……だから本当は、ボクにアカリに文句を言う資格なんて無い。無いんだ。


 ボクが一番母さん迷惑を掛けている。ボクが普通の子供みたいに外に働きに出たり、村の皆の手伝いが出来れば、母さんはこんな苦労する生活をする必要なんて無くて、もっと楽が出来るハズなんだ。


「ううう……」


 ボクは苦しい胸に手を当てて呼吸を整えながら思う。

 ボクに生きてる意味はあるんだろうかって。アカリの言う通り、ボクなんて死んでしまった方が、母さんにも、村の皆にも、迷惑が掛からないんじゃないかって。


 ……でもボクには死ぬ勇気すらなかった。


「うー……」


 気落ちしたボクは、アカリから押し付けられたピンクの花の籠を無造作にキッチンの上に置き、項垂れながらも夕食の準備を始める。


 外に働きに行けないなら、せめて掃除や食事くらいはやっておかないと。

 ボクの存在意義なんて、これだけなんだから……。


 ~~~


「ケホッケホッ……!ゲホッ!」


 頭がぼーっとする。いつも以上に呼吸が苦しい。苦しくて立っていられない。


 夕食の準備をしようとキッチンに立ったボクだったけれど、ボクはそのまま床にバタンと倒れ込んでしまった。


「ぅ゙うー……っ……ゲホッゲホッ……」


 苦しい。息が上手く出来ない。

 でも、これはいつものことだ。生まれてから毎日続く、ボクの日常だ。苦しくても、放っておけばマシになる。


「ケホッケホッ!ゲホゲホ!」


 だけど今日のは特別酷かった。

 ゼェゼェと呼吸の度にいつもより酷く喉が鳴り、今にも喉が詰まりそうになる。喉が焼けるように痛い。頭も痛い。咳が止まらない。


「ヒュー……ゲホッゲホッ……」


 ボクは床を這いながら、なんとか近くにあった桶を掴むと、桶に顔を突っ込んで咳込んだ。すると口からは唾液混じりの痰が吐き出され、ボクは更に激しく咳込んだ。


 多分、風邪だ、風邪を引いたんだ。


 こんなの、普通の人にとってはなんてことのない風邪の症状かも知れない。だけど重度の喉の病気を持っているボクに取って、風邪を引くと言うことは命に関わる物だ。

 対策として家に閉じこもって気を付けているつもりだったけど、どうしたって風邪は引く。


 だけど今回の風邪は異常だ。こんなに苦しくなったのは初めてで、症状が出てくるのも急過ぎる。

 急速に強まっていく風邪のような症状は、ボクの体力を容赦なく奪っていく。


「ゲホゲホッ……!ガハッ……!」


 桶に赤いモノが吐き出される。血だ、喉から血が出たんだ。

 遂には吐血までしてしまった。喉に詰まった痰や血がお腹のモノと混ざり合って、口の端からダラダラとこぼれ落ちる。


 だけど呼吸は一向に楽にならない。寧ろ悪化する一方で、ボクは意識を失いかける。


「ヒュー……ヒュー……」


 ボクは苦しくて桶に顔を突っ込んでいることすら出来なくなって、虫の息でキッチン前の床に仰向けになりながら、虚ろな目で涙を流していた。


 ……いやだ、死にたくない。

 怖い。

 苦しい。

 助けて母さん。


 そう思っても、母さんは夜まで帰って来られない。

 ボクを養うために、母さんは夜まで帰って来られない。

 ボクのせいで、母さんは帰って来られないんだ。


「ヒュー……ヒュー……」


 痰で詰まりかけたボクの喉は、苦しみを増しながらボクの命を奪っていく。


 意識が遠のく。目の前が真っ暗になっていく。


 ……ホントは分かっていたんだ。

 神様も、英雄のラフレア様も、そんなのは居ないって。

 だって本当にラフレア様が居るなら、ボクを助けに来てくれるハズでしょう?


 だけどボクはここで、アカリの言った通り、家で野垂れ死ぬ。

 喉の病気を持って生まれてきて、母さんに迷惑を掛けるだけ掛けて、恩返しも出来ずに死ぬ。


 そうだ、こんなボクなんて死んでしまえば良い。癪だけど、アカリの言う通り、死んじゃえば良い。そうすれば、母さんだけは楽になる。


 ……

 ……

 ……

 ……だ

 ……やだ

 ……いやだ!


 いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!

 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!死にたくないよ!

 このまま何も出来ないで死ぬなんて絶対嫌だ!


 今まで生きてきたのに!苦しくても辛くても我慢して生きてきたのに!アカリにどんなに馬鹿にされたって!村の皆の冷たい目に晒されたって!生きてきたのに!

 このまま何にも出来ないで!魔術士にも成れないで死んじゃうなんて!酷いよ!酷いよ!

 ボクは何のために産まれて来たの!?こんな!こんな惨めな死に方をするために産まれて来たの!?こんな、それだけのために!?こんな甲斐のない生活を送ってきたの!?


 神様!居るなら助けてよ!ラフレア様!居るなら助けてよ!


 もう誰でも良いよ!誰でもいいから助けてよ!


 誰か!誰か助けて!助けてよ!死にたくない!死にたくないよお!やだ!やだやだやだ!誰か!誰でもいいから!助けてよ!誰か!誰か……たすけて……たす……け…………

お読みいただきありがとうございます。

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