55.エピローグ
16歳の誕生日の朝、僕は家の鏡の前で自分のツインテールを解いて、ハサミでバッサリと髪を切った。
母さんは最初、髪を切った僕を見てビックリした顔をしていたけど、僕が理由を説明したら、
「あなたの人生だもの、好きに生きなさい」
と、笑って言ってくれた。
母さんは最近、薬草士の仕事に加え、村の自警団の稽古で前にも増して忙しい。
でも以前、僕が喉の病気で苦しんでいた時と違い、母さんは忙しいながらも凄く生気に満ちている。
表情も心無しか、若返った?ようにも見える。
何でだろう?やっぱりお金に困らなくなったからかな?
母さんは村長さんの計らいで、自警団の教官としてのお給料も貰っている。おかげで毎日、白いパンを食べられる生活を出来るようになったもんね?
ともあれ、僕はそんな母さんが大好きで、母さんは相変わらず村の英雄だと思う。
それで、じゃあ僕の英雄は?ラフレア様?
……ううん、もう違う。
僕の英雄は、先生。
闇魔術士バクタ・ナガラ。
1年前のあの日、僕を蘇らせ、僕に魔術って言う生きる術を教えてくれた。
そして邪神を倒し、僕と母さんたちを救って、闇に消えていった。
先生が僕の身体を動かしている時は、本の英雄ラフレア様と瓜二つの見た目だった。
けど、僕が自分の身体を動かしている時、僕の頭の中にいた先生は、ピンク色の短い髪に、黒い魔術士のローブを羽織り、少し切れ長の目をした、知的でちょっとミステリアスな大人の男の人の姿をしていた。
あれがきっと、先生の本来の姿。
僕が目指すべき、英雄の姿。
だからもう、ツインテールは要らないんだ。
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「よいしょっ……と」
僕は革製のバックパックを背負いながら、愛用の杖を腰布に差し込んで立ち上がった。
「アカツキ、忘れ物は無い?薬草は?もっと持っていった方が良いんじゃ……」
「あはは、母さん、もうこれ以上は鞄に入んないよ」
玄関前で心配そうな顔をした母さんに呼び止められ、僕は苦笑しながら返事をした。
僕は今日、村を出て先生を探す旅に出る。
先生は、絶対に生きている。
だってそうじゃなきゃおかしい。
だって僕の喉の触手は、先生が治してくれた僕の喉は、まだ生きているんだから。
先生が居なくなっているのなら、先生が死んでいるのなら、触手は消えて、僕はまた喋れなくなっているハズなんだ。
でも僕は今、こうして当然のように喋れている。それはつまり、先生がまだ生きているって事の証明でしょ?
だから僕は先生を探す。先生を見つけるために、旅に出る。
世界中を探してでも、必ず見つけてみせる。
また会いたいから。もっともっと、僕には教えて欲しいこと、いっぱいあるから。
「ねえ、アカツキぃ〜、まだー?」
家の外から、アカリの待ちくたびれた声が聞こえてきた。
「ああ、ごめんアカリ。すぐ出るよ」
「早くしなさいよねぇ……」
そんなアカリに僕は軽く返事をして、もう一度母さんに向き直り、笑顔で言った。
「それじゃあ、母さん、行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
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「え〜っ!?アンタ髪切ったの!?」
家を出るなり、アカリは吃驚して目を見開いて言ってきた。
確かに、僕は幼い頃からずっと髪をツインテールにするために伸ばしてきたから、アカリが驚くのもしょうがないのかも。
僕は以前先生に言われた通り、アカリと話し合い、仲直りした。
先生が言ってくれた通りだった。ちゃんと言葉で気持ちを伝えれば、相手にはきちんと伝わるものなんだって。
……でもまさかあのアカリが、泣きながら僕に謝って来るなんて思わなかったけど。
僕も吃驚しちゃって、僕の言葉が、どれだけアカリを追い詰めてしまったか考えて、後悔した。
これからは、もう少し考えてから話そうと思う。出来る限りね。
「あ、うん。あれ?アカリは長い方が好きだった?」
僕は歩きながら、襟足辺りの自分の髪を触りつつ、アカリに聞いてみた。
すると隣を歩くアカリが急に赤面して焦りだす。
「すっ!?すっすっすっ!?好きじゃないし!?全然好きとかじゃないし!?」
「プッ、あっはは!何焦ってんのぉ〜?」
「べっ!?別に焦ってないわよっ!?バカ!」
焦るアカリが面白くて、僕は笑いながら彼女をからかう。
うん、こんな感じ。
アカリがへそ曲がりなのは変わらない。けどきっと、アカリとは仲良くやっていけると思う。
アカリも先生たちが消えた事を悲しんでいて、先生を探す旅に同行したいと言ってくれた。それが嬉しくて。
だから僕は、アカリと一緒に旅立つことにしたんだ。
「ほらお嬢さん、お手を拝借……なんちゃって」
僕は少しおどけた風に言いながら、アカリの前に自分の手を差し出す。
「なぁーにがお嬢さんよ?……でも……し、仕方ないわね……?」
するとアカリは、チラッと僕の顔を見た後、恥ずかしそうに顔を背けつつも、そっと僕の手のひらに手を重ねてきた。
僕はそんなアカリの手をギュッと握り、2人で手を繋いで村の外へと歩き始めた。
~~~
僕とアカリは、青空の元、村の皆に見送られて旅立った。
僕らはノマリ村からの村道を歩き、ルドオグの町の向かって歩いていく。
隣のアカリが、僕と手を繋いだまま、思い出したように口を開いた。
「それで?これからどこに行くのよ?」
「目的地?んーとねえ、まずはルドオグの町を経由して、サントルム王国へ向かうつもり」
「サントルム王国?そんな大きな国に行ってどうすんのよ?」
不思議そうに首を傾げるアカリ。
僕はアカリの綺麗な瞳を見つめながら答える。
「サントルムで素敵な思い出の皆さんに会うつもりだよ。あっ、素敵な思い出ってのは先生が以前所属していたパーティーで、勇者候補の雷術剣士さまが居るんだ」
「ゆっ!?勇者候補ぉーっ!?そんなスゴイ人に会ってどうすんのよぉ!?」
「フフン」
アカリが僕の答えを聞いて、大げさに驚く。
そんなアカリの反応に、僕は何故か得意げになって、フンスと意気込んだ。なんだろう?先生が褒められたみたいに感じたからかな?
「そうだなあ……とりあえずそこで話を聞いて、先生の痕跡を辿るつもり」
「はぁ……それはわかったけど……ホントに会えるの?相手は勇者候補さまなんでしょ?こんなド田舎出身の私たちになんかに会ってくれるわけ?」
「会ってくれるよ、きっとね」
「どっから出てくんのよ、その自信は……」
やれやれみたいな顔をしたアカリと一緒に、僕らは歩き続ける。
僕はこれから、アカリと一緒に、世界各地を旅しながら先生の手掛かりを探していく。
先生が僕に教えてくれたように、先生と出会って変われた僕のように、僕が誰かの人生をより良く変える事が出来る様な人になって、先生に再会した時に胸を張っていられるように。
だから先生、待ってて下さい。
僕が絶対に、先生を見つけてみせます。
──これは僕と、僕の英雄になってくれた人の物語。
(完)
これにて完結です。
お読みいただきありがとうございました。
今回は兎に角完結させる事を考えて書いていました。
それでもいろいろ畳みきれずにで……広げた物語を畳むのって、とても難しいなと実感しているところです。
バクタと竜王の話は、また機会があれば書いて見ようかなと思っています。
リアルの状況次第ですが、その時はどうぞ宜しくお願い致します。
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