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54.沈黙の少年は触手を駆る その二

 森の中、ゴブリンゴーレムが盾と斧を振り上げながら、ドスンドスンと大きな足元を立てて襲いかかって来る。


 そんな敵を前に、僕は焦るでも無く杖を前に構え、術式を構築し、詠唱する。


「大地の呪縛、緑縛(りょくばく)の茨よ、汝の力を我が意思に捧げ、我が敵を絡め取れ、【(ソーン)】!」


 詠唱を終えた僕の両腕に、左右それぞれ1本づつ、計2本の茨が発生した。

 長く伸びた茨は地面に垂れ下がり、それぞれ土の上でとぐろを巻いている。


 僕は杖を腰布に差し戻し、両手をフリーにする。

 茨を振り回すなら、手は空いていた方が良い。先生もそうしていた。


「ギギィッ!」


 僕の目の前で、ゴブリンゴーレムが大斧を振り下ろそうとしてきた。

 だけど大振りだ。避けてくれと言わんばかりのドスロー。


(ソーン)!」


 僕は咄嗟に片手の茨を横に振り、茨にその先にあった木の幹を掴ませた。

 そしてそのまま素早く茨を引き寄せて、素早く横方向へと跳んだ。


「ギッ!?」

「まだまだ!(ソーン)!」


 攻撃を回避された事に驚くゴブリンゴーレムを余所に、僕はもう片方の茨を敵の背後の木の幹に伸ばし引き寄せて、即座に敵の後方に移動する。


 一瞬で完全に敵の後ろを取った僕は、そのまま背中を反らし、


「跳べ!ソーン!」


 そう言って、思いっきり反動を付けて両腕を振り下ろした。

 すると、茨が勢い良く地面を叩き、反動で僕の軽い身体は容易く上空へと跳び上がる。


 ギューンっと一気に地面が遠ざかって行く。

 僕は森の木々の隙間を抜け出し、空に舞い上がる。

 上昇時の風が頬を撫で、栗毛色のツインテールが風になびき暴れる。


「……ははっ!あははははっ!」


 僕はつい嬉しくなって、大きな声を上げて笑った。


 風が気持ち良い。

 視界いっぱいに広がる青空。

 眩しい太陽。

 遠くにちっちゃくノマリ村が見える。もっと遠くに、山頂付近が白く冠雪している山脈も見える。

 1年前のあの日、先生たちと一緒に見た光景と同じ。


 今の僕は自由だ。

 今の僕は、僕自身の力で、自由に空に跳べるんだ。


 全部、先生と竜王さまのおかげ。

 先生たちが居たから、来てくれたから。


「先生……」


 ……本当はもっと一緒に居たかった。

 もっといっぱい僕の知らない事を教えて欲しかった。


 もっと撫でて欲しかった。

 あの時の撫で方はちょっと雑だったけど、とても暖かい手だった。

 先生の身体は僕と同じ大きさなハズなのに、先生の手は何故か凄く大きく感じた。


 もっともっと、褒めて欲しかった。

 少しだけ成長した僕を、ちょっとだけ強くなった今の僕を、見て欲しかった。


「……あ゙っ?そうだ、まだ戦ってる最中だった、えへへ……」


 僕つい戦いを忘れそうになったのを自省する。


「こんなんじゃ、また竜王さまに叱られちゃう、集中、集中」


 なんて言いながら、僕は眼下のゴブリンゴーレムを捕捉した。

 敵は空に跳び上がった僕を見失ったようで、キョロキョロと周りを見渡している。


「隙だらけ!纏え!(ソーン)!」


 僕はそう叫びながら、茨を自分の全身に纏いつかせた。

 茨の棘を外側にだけ展開して、まるで果物のドリアンみたいな格好になる。

 それは一種の障壁であり、身を守るための鎧だ。

 同時に僕自身を弾丸そのものにするための装備。


「それでもって!尖って回る!」


 僕は茨に追加で指示する。

 僕の身体を覆う茨が弓矢の矢じりの如く鋭利に尖り、同時にあの時、ヴェルデアーマーを屠った先生のように、ギュルギュルとスピンしだす。


「ちょっと右!ヨシ!行くぞぉー!」


 僕は空中で少しだけ軌道修正した後、真っ逆さまにゴブリンゴーレムの頭目掛けて、茨で身を包んだまま突撃した。


「ヒャッハーッ!」

「グビュッ!?」


 そして着弾。

 僕の叫びとほぼ同時にゴブリンゴーレムが変な声を上げ、ドゴォッ!!っと、辺りに激しい衝突音が響き渡った。


 ドリアン状の弾丸と化した僕は、ゴブリンゴーレムの身体を縦に貫通し、そのまま地面に突き刺さった。

 地面には僕が落ちた衝撃で少し大きなクレーターが発生している。


 弾丸となった僕に突っ込まれたゴブリンゴーレムは、真っ二つに割れ、間もなくその場に崩れ落ちた。

 そうしたら、間もなくスゥーっとゴブリンゴーレムの亡き骸が消えて、小さな魔紫石(レリクス)へと姿を変えた。


「っしゃあーっ!どうだ見たかーっ!僕の勝ちぃーっ!」


 僕は土煙を上げながらクレーターから立ち上がると、両腕をグッと天に掲げ、全力で勝利の雄たけびをあげた。


 勝ったらこうやって高らかに勝利宣言するのが、先生の教えだ。


 ~~~


 それから僕は、戦いでちょっと土で汚れてしまった自分の服をポフポフ叩いて汚れを落としながら、ルドオグの町の近くの森に向かい歩いた。


「……あはは、こっちも消えてないです、先生」


 僕は空中に浮かぶいくつもの異空間を見上げながら、苦笑した。

 先生ってば、この異空間は放っておけば消えるって言ってたんだけどなあ……?


 先生とセレスティアさんが戦ったあの時、始めて先生が闇夜暴狂ミッドナイト・バッシュを発動した際に出来た異空間なんだけど……全然、何も、当時と変わらず。やっぱりこっちも消えずに残っていた。


 ここは町に近くて危険だからと、聖ルミナス大教会の聖騎士団の人たちが異空間の周りに囲いを設けて立ち入り禁止区域にして、厳重に警戒されていた。

 この聖騎士団の人達は、教会に帰ったセレスティアさんが手配してくれたものだ。

 僕は関係者だから、警備の聖騎士の人に一言声を掛ければ、この立ち入り禁止区域にも顔パスで入れるようになっている。


 もっとも、入るなって言われても、僕は茨で跳んじゃえば空中から入れちゃうけどね?


 僕はそんな立ち入り禁止区域の異空間の前で少し俯き、居るはずも無い先生たちへと向けるように話しかける。


「先生と竜王さまが消えてから、僕は何度もこっちの異空間にも、あっちの地下洞窟の異空間にも行きました。先生たちの痕跡を感じたくて。でも結局、先生たちは何処にも居なくて……」


 僕は少し落ち込んだ気分になり、言葉を詰まらせた。

 先生たちとはもう会えないんじゃないか?そう思うと凄く寂しくなってくる。


 僕にとって、先生たちと過ごした5日間は、僕の人生を変えるには十分な時間だった。

 たった5日間だったけど、先生たちは僕の運命を切り開いていった。僕の進む先を、眩く照らしてくれた。


 だから今の僕にはもう、止まる選択肢も、迷う道も無い。

 全部先生が教えてくれたから。


 僕は顔を上げ、グッと拳を握り前に突き出して、ニッと笑っていう。


「後はどうするか?それじゃあもう、探しに行くしか無いじゃないですか!」

お読みいただきありがとうございます。

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