52.光の大天使と闇の大天使
『ここは……どこだ?』
我の目に映るのは、ただ広がる闇のみ。視界に光はなく、漆黒の中に我一匹が浮かんでいる。
『まさか、異空間の中だと言うのか……?』
闇魔術士と共に戦った地下洞窟での邪神との激闘。
その末に、我らは魔力を使い果たし、魔力体ごと消滅したハズだった。
それでどうして異空間に彷徨い込んでしまったのか?
我は無駄に広いだけの空間を見渡す。だが、闇が支配するこの空間には、何も、誰もいない。
……いや、待て?目を細めて見れば、足元に何かが転がっている。
『……闇魔術士』
そう、我が足元で横たわっているのは、闇魔術士だった。
コヤツはぐったりと倒れ、返事をしない。
何度か声をかけ、軽く足でつついてみるが、まるで眠っているかのように微動だにしない。
『全く……この期に及んで、何を寝ておるか、たわけが』
我は呆れて溜息をつく。
だが、闇魔術士が本当に眠っているわけではないことは、我にもわかっていた。
コヤツは死力を尽くし、全ての魔力を使い果たしたのだ。いや、魔力だけではない。魂まで燃やし尽くして、邪神を倒すために戦い続けた。
我はその姿を隣で共に見てきた。無礼なヤツではあったが、常闇の中にあっても、闇を切り裂くその姿に、我は心を打たれたのだ。
だがその代償は、やはり大きかったようだ。
『……そうか、ここで終わるか、闇魔術士よ』
我は闇の奥底で、我は微かに口角を上げ、微笑んでみせた。
足元に転がっている闇魔術士を見下ろせば、闇魔術士はもはや魂としての形を保つことすら出来ないのか、薄っすらとした黒い影のようになりつつあった。
コヤツとの付き合いは、決して長くはなかった。
出会いからここまで、わずか数日程度の時間しか過ぎていない。だが、共に在ったモノとして、コヤツが我に与えたものは多い。
我はその一瞬の煌めきを、決して忘れぬ。闇の中でも輝いた、その光を。
我は静かに目を閉じた。コヤツと共に終る。それもよかろうと思ったのだ。
……そう思って、目を閉じたのだが……その時、背後から気配を感じた。
『……アスモデか』
振り向けば、漆黒の鱗を持つ巨大な蛇――アスモデ・エクリプスがこちらを見ていた。
『やあ、ルミナス。なに感傷に浸ってるんだい?似合わないねえ?』
『全く無礼なヤツめ……』
悠然とした笑みを浮かべ、軽い調子で言うアスモデ。
こやつは闇の大天使アスモデの化身。いつも飄々としていて、何を考えているのか読めない厄介なヤツだ。
『フン、我らをこの異空間引き込んだのは貴様か、アスモデ』
アスモデはニヤリと笑い、首を縦に振った。
『うん、そうだよ?けど、元々はこの術士クンが自分からボクの領域に踏み込んできたのがコトの始まりさ。面白いでしょ?ただの人型が、ボクの深淵を覗き込んで来たんだよ?』
『コヤツが……?』
驚きつつも、我は納得した。
確かに、この闇魔術士はただ者ではない。
光を消失させる触手魔術と言い、即席で暗闇の手を喚び出す術式を再現する事と言い、コヤツは人型として十分に異端だった。
『それでその時、こっそりボクの魂の一部を術士クンの魂に入れておいたのさ。まあちょっとした悪戯のつもりだったんだけど、そしたら面白いことになったねえ?』
『面白い……?』
我が目を細めて聞けば、アスモデは嬉々として語り始める。
『そう、面白かったよ!だって術士クンったら、ルミナスを倒しちゃうんだもの!そこからはずっと笑い転げていたよ!偶然とは言え、ルミナスと術士クンの魂が繋がっちゃうんだものねえ!』
『ぬううっ、アスモデ、貴様が元凶か……!』
どうやら我の転生機能が異常をきたし、闇魔術士と共に小童の身体に転生してしまったのは、このアスモデの悪戯のせいらしい。
我は事の元凶であるアスモデを睨んだが、アスモデは意に介した様子もなく、楽しげに笑い続ける。
『ああ、ごめんごめん、怒らないでくれよ、ルミナス。だって、見ていて本当に面白かったんだもの!』
そう言って細長い身体をくねらせて笑い続けるアスモデ。
本当に腹の立つヤツだ。だが、我とてコヤツに構ってはいられない。
『……我ももう終わる。貴様と戯れるのもこれで最後だ』
『えぇ~??ルミナスもったいないよぉー?その化身、消しちゃうのぉー?』
『フン、我が我の化身をどうしようと勝手であろう』
アスモデが不満の声をあげるが、我はそれに構わず、瞳を閉じる。間もなく消え去る闇魔術士への手向けとして。
しかし、それをアスモデが阻むように話しかけてくる。
『ねぇー?本当に良いのルミナス?せっかくの人型との化身なんだから、もう少し楽しんでみたら良いのにぃー?』
『煩いぞ。貴様には関係なかろう』
『ふぅん……じゃあさ、もしも、もしもだよ?その術士クンの魂、ボクがもう一度復活させてあげるって言ったら、ルミナスはどうする?』
『む……』
アスモデが悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
悪魔かコヤツは?どうせロクでもない条件を付けるのであろう。無視だ無視。
『……貴様の気まぐれには乗らぬ』
我は冷たく返したつもりだったが、アスモデはニヤニヤと笑いながら続ける。
『いいから、正直に答えてみなよルミナス〜?もし術士クンが復活したら?』
『ぬう……その時は、まあ……また相手をしてやっても、よい』
『へぇ〜?そっかそっかぁ〜。ふぅ〜ん?』
『な、何故笑うのだ貴様……!』
ニヤニヤと顔を緩ませながら、アスモデは我の周りを旋回する。まるで罠にかかった獲物を見るような目で、我を見る。
『いやぁ?別にぃ〜?ただ、ルミナスが人型に執着するなんて、珍しいなあって思っただけだよ?』
『別に、執着などしておらぬ……!』
『えー、ホントかなぁ〜?あっそうだ、最近さ〜?変な連中がボクの領域に紛れ込んでてねえ〜?ほら、さっきのティレジアとか言うやつとか?ちょぉーど困ってたんだよねぇ〜?』
『ええい!聞かぬ聞かぬ!我は聞かぬぞ!』
真っ暗闇の異空間に、我の叫びとアスモデのケラケラとした笑い声が木霊した。
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