50.邪神ティレジア その三
魔力体のシルバードラゴンになった俺たちは、バッサバッサと両翼を羽ばたかせて、空中を飛翔していた。
目の前では敵味方双方の無数の触手が暴れまわり、混沌とした戦いを繰り広げている。
ティレジアの"閉じかけの瞳"は相変わらず焦点が合わない様子で、グリグリと忙しなく動き回っており、その様子は明らかに混乱している。
その反対側の地面で、アリシアが泣きべそをかいたセレスティアを背負いながら、心配そうな視線を空中に浮かぶアカツキに向けていた。
アカツキは暗闇の手の根元に釣られ宙に浮かびながら、俺が残した消えかけの厄介者の手達を必死に操作している。
『小童め、貴様の模倣とは言え、よくも操りおる』
〈ああ、上手いだろ?俺の教え子はさ〉
俺は竜王にそう答えながら、アカツキ見下ろして誇らしげに言った。
アカツキは好き勝手動く暗闇の手を厄介者の手で押し返しつつ、ティレジアの触手を追い払うように誘導していた。
アカツキのおかげで、アリシア達はティレジアの触手の脅威からは守られている。
全く、飲み込みの速い子だ。俺の生徒にしとくにゃ勿体ないくらいだね。
さて、やるなら今だ。
『狙うは!?』
〈決まってんだろ!目ん玉だ!ブチかませェ!〉
『応ォ!ゴアアアーッ!』
竜王に応える俺。
竜王は俺の返答とほぼ同時に鋭い牙付きの口をカパッと開け、咆哮と共に光のブレスを吐き出した。
轟音と暴風、猛烈な閃光を伴うブレスが"閉じかけの瞳"へと放たれた。
"閉じかけの瞳"は眩しそうに目を細め、ギュッと瞼を閉じてブレスを防ごうとした。
だが、完全に閉じる前にブレスが"閉じかけの瞳"を貫き、ついで瞼を焼き切ったのだ。
そして"閉じかけの瞳"から血飛沫が噴き出し、焼け爛れていく。
〈そのまま焼き切れェ!竜王っ!〉
『ガアアアアーーーッ!』
俺の叫びに応えるように、竜王のブレスは更に激しくなる。
ティレジアは光のブレスを受け、苦痛からか悲鳴を上げるようにビクリと跳ね上がり、巨木のような身体が激しく痙攣し始めた。
同時に、ヤツの触手全体の動きが鈍りだした。効果有りって事だ。
しかし、
『チイッ!仕留め損ねたッ!魔力が足らんッ!』
竜王が悪態を吐きつつ口を閉じる。魔力切れによって光のブレスが途切れたのだ。
しかし、ティレジアはまだ健在。倒し切るには足りていない。やっぱりゴブリン共から掻き集めた程度の魔石だけじゃダメらしい。
だが隙は出来た。
〈竜王!俺に代われ!〉
『良かろう!』
俺は竜王から魔力体の主導権を貰い受け、アカツキに接近しながら人型へと姿を変えた。
ピンク色のツインテールを風に揺らし、アカツキと同じ人の姿になった俺は、慣性に任せてアカツキの背中から生えている大元の暗闇の手の根元に手を掛ける。
「アカツキッ!よく頑張ったな!」
「先生っ!?」
アカツキは驚きながらも俺の声に振り向き、視界に俺の顔が入った瞬間、目を見開いて嬉しそうに声を上げた。
アカツキの両腕からは既に俺の厄介者の手は消えてしまっている。よくぞここまで粘ったモンだ。本気で免許皆伝あげちゃおうかな?
そんなアカツキを一瞥し、俺は暗闇の手の根元に手を掛けた。
そして……
「よぉしこっからァ!俺が全部ァ!引き受けたァ!」
俺はアカツキの背中から、暗闇の手を力いっぱい引っこ抜いた。
ズルリと抜けた暗闇の手は、アカツキの身体から分離して、宙に浮かぶ俺の右腕の肘に収まる。
『抜けるのかそれは!?』
「抜けるんですかそれ!?」
「応よ!誰がこの魔術詠唱したと思ってやがる!」
竜王とアカツキの2人のツッコミ。アカツキが理解不能って顔をしている。
俺は別に何も可笑しい事はしていない。最初から、俺だけは暗闇の手の根元を引っこ抜けるように術式を調整しておいただけだ。
そんな事は兎も角、背中から暗闇の手を引っこ抜かれたアカツキは、フラリとバランスを崩して地面に落下しかけていた。
俺は慌てて左手で落ちるアカツキを抱きかかえる。
「先生っ!」
「おっと!大丈夫か?」
「はい!」
アカツキは短くそう答えると、ニカッと満面の笑みを見せた。
……可愛い。うん、この笑顔見てると、先生やるもの悪くなかったって思うわ。
実際、アカツキは良い子だよ。素直だし、可愛いし、何でも一生懸命。
喉の病気で苦しんでた時から、その根性も折り紙付きだ。
何度も言うけど、魔術の才能に至っては天才的だよ?一度見せただけでほっとんど覚えちゃうんだから。君の才能には驚かされてばっかりで、先生としてはタジタジです。いや、ホントに。
だから尚更、ここでこの子を失う訳には行かないね。
「アカツキ!授業は参考になったか!?」
「えっ?は、はいっ!いっぱい参考になりましたっ!」
「よぉし、良い子だ!」
質問の意図が分からずポカーンとしているアカツキ。
俺はそんなアカツキの頭を手でワシャワシャと雑に撫でた。
「へっ?わっ?わぁ〜っ……」
アカツキは俺に突然頭を撫でられ、恥ずかしそうな表情を見せた。
参ったね、可愛いすぎる。これだけで俺はもう満足だよ。
「……よし、【厄介者の手】!アカツキをアリシアのところへ!」
俺はアカツキにニッと笑い掛けつつ、左手から再び1本の触手を生み出す。
竜王が全力の光のブレスを撃ったせいか、もう俺の魔力は残り少ない。今はもうこの1本の触手を作り出すので精一杯。
俺はその触手でアカツキを巻き付けて抱え、アリシアのところへと移動させる。
「えっ?せっ、先生っ!?」
まだ俺の行動の意図が分からないようで、困惑の表情を浮かべるアカツキ。
遠ざかっていくアカツキに手を伸ばしそうになるのをグッと我慢しつつ、俺はアリシアに声を掛ける。
「アリシアさんっ!アカツキとセレスティアをお願いしますっ!そのまま外へっ!」
「ええっ!?ナガラ先生っ!?貴方はっ!?」
俺からアカツキを受け取ったアリシア。セレスティアを抱え、アカツキの手を引いた彼女の叫びが洞窟中に響く。
アカツキもついに俺の意図を察したらしく、俺を見上げて叫ぶ。
「先生っ!僕、僕はまだやれますよ!?先生っ!僕も一緒に戦いますっ!だから……」
自分も戦うと言うアカツキ。
その心意気は良し。だが、今は退いてもらう。ワガママは言わせない。
俺はチラッとアリシアを見た。
すると、アリシアは一瞬ハッとした表情をしたが、直ぐに何か決心したような表情を此方に向けて、コクンと一度頷いた。
どうやら、俺の意図はアリシアに伝わったらしい。
俺はそれを見て安心し、ニッと笑いながらアカツキを見て言う。
「アカツキ!お前は天才だ!将来きっとモノスゴイ魔術士になる!でも、今日明日直ぐにとは行かない!だからそれまではコツコツ修練あるのみだ!人生も魔術も、どっちも反復と継続!地道〜にやるんだぞぉ〜!?」
俺の助言。アカツキの先生として言ってやれる、最後の助言だ。
それを聞いたアカツキは叫んだ。泣きそうな顔をして力いっぱい叫んだ。
「先生っ!待ってくださいっ!先生ぇっ!」
……参ったな、そんな切なそうな表情されると決意が鈍る。
だから俺は敢えてアカツキから目を逸らし、振り向いて後ろの敵を見据えた。
そして俺はそのままアカツキたち3人を残して、触手を大空洞の天井に伸ばして飛び上がった。
「せんせぇーーっ!」
アカツキの俺を呼ぶ大きな声が聞こえる。
その叫びは、俺の心に深く刺さった、ような気がした。
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